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原爆忌


 8月6日は広島に原爆が投下された日です。
 広島に生まれた者として一言申し上げます。
 
 原爆、核兵器については過去にも散々言ってきましたので繰り返しません。
 それはこの辺を読んでいただければと思うのですが、今年改めて思い知らせれたのが差別の問題です。
 言うまでも無く、福島原発事故に関連する、様々な差別の問題についてです。
 
 広島で生まれ育つと、原爆関連で多くの他の地域とは違う教育を受けます。
 中には完全にヒダリに向きすぎている害悪としか思えないモノもありますが、しかし功罪の功の部分も確かにあります。
 その1つが、こういう差別の問題です。
 やえは福島原発事故の中で起こった差別問題で改めて、というよりも、はじめて気付きました思いです。
 ハッキリと差別の問題とか言うといきなり同和教育とかになってしまうのですが、しかしもっと違う形というか、原爆の問題を知っていくと必ず差別の問題っていうのは出てくる問題ですから自然に考えさせられるんですね。
 そしてその方が、シッカリと身になるんだと思うんです。
 
 かの有名な『はだしのゲン』でも、差別については度々描かれています。
 主人公のゲンも、放射能のせいで髪の毛が抜け落ちそのせいでいじめを受けてしまいますし、別の女性の登場人物もケロイドによる見た目の問題で差別を受けるというシーンがあります。
 (よく言われる朝鮮人(三国人)問題は、いい人もいれば悪い人もいるという是々非々のスタンス(というか作者の体験談マンガですからその態度は当然と言えば当然)なので、これを差別問題と言うのは違うと思っています)
 そしてまたはだしのゲンだけでなく、様々なで、時に被曝者の方本人からのお話を聞いたり、資料を見たりしながら、「原爆のにおける差別の問題」というモノを身近に感じていくワケです。
 こうして「差別の問題」と明確に区切って教育を受けるワケではなく、「原爆の問題」として差別が内在しているという形で、その苦しみと悲しみを自然と広島に生まれ育った者として感じて受け継いでいます。
 
 差別についてはよく「寝た子を起こすな論」が言われるのですが、今回の原発の件でそれが完全にデタラメだったコトが証明されました。
 もしかしたら、部落問題とかの差別についてはそれで解決するのかもしれません。
 全ての人間の記憶から部落という存在がなくなれば、部落差別のみは解決するのかもしれません。
 しかし、理由無く他人を貶し汚い言葉をぶつける差別というそのものは、「寝た子を起こすな論」では絶対に解決しないコトがハッキリしたのです。
 
 差別は差別する人が差別だと意識しなくても差別が起きます。
 「福島ナンバーには近づくな」
 このたった一言でどれだけ大きな心の傷を作るのか、やえには怒りしか覚えません。
 しかしどうせ言った人には分からないのでしょう。
 差別問題をもし教育の場で取り扱わなくなったら、またいつこのような「心ない言葉」が生まれ出てくるのか、現状でさこんな最低の言葉が出てくるのですから、分かったモノじゃありません。
 本当に悲しいコトです。
 
 これはやえの主観で、広島で教育を受けた全ての人がそうだとは言えませんし、それはなんでも人による、不真面目な人もいますし、頭が残念な人もいますし、極端に走る人もいますから、全ての人がそうだとはいいませんが、それでもやえは、広島で教育を受けた方がその差別の苦しみや悲しみを知っている分、同じ原因で起こる差別についてはシッカリと正面から問題を見るコトが出来たと思っています。
 広島の人間は誰よりも放射能のこわさを知っているからこそ、放射能に関する差別についても正面から考えるコトができるのです。
 「ピカドンが移るぞ」と言われた過去を持つ土地に生まれ育った身としては、まさか「放射能が移るぞ」なんて、そういう発想がそもそも生まれないのです。
 そしてなにより、いくら言った本人が冗談だと言い張っても、それを受ける人がどのような気持ちにさせられるのか、広島の人間なら簡単に想像が付くのです。
 
 例えば、自動車に放射能が付いてるからガソリンスタンドへの入店禁止とかいうどうしようもなく低レベルな差別が起こりましたが、広島でちゃんと教員を受けていればこんなコトはあり得なかったお話です。
 避難してきた家族の子供が、福島から来たというだけでいじめをうけるとか、しかも親まで「あの子と遊んではいけません」とか言ってしまうとか、原爆のコトを思うと、正気の沙汰とは思えません。
 もちろんこの程度のコトは常識を持って最低限の科学的知識を持っていれば当然として分かるコトではあるのですが、それが出来ない人も少なくないというコトが露呈したのが3.11であり、でも広島だったらこういうコトは無かったんじゃないかなぁと思わざるを得ないところだったりしています。
 
 ごめんなさい、もしかしたら感情がいつもより入りすぎてとりとめの無い文章になってしまったかもしれませんが、今まで原爆のお話をすると基本的には核兵器のお話になるのですが、ぜひですね、差別の問題という点も忘れないで考えてほしいと思います。
 被曝者の苦しみというのは、もちろん病気などによる肉体的苦痛もあるのですが、発病しなくても精神的苦痛がとても大きいのです。
 「いつ発病するのか」という精神的苦痛と、「差別」という精神的苦痛です。
 特に原爆の当時は、科学もいまほど発達しておらず、となれば一般人にはさらにそんな知識はない状態でのコトでしたから、言ってしまえば今の福島原発事故の時よりも全然差別が起こりやすい状況でした。
 そんな中の被曝者の精神的苦痛がどれほどのモノだったか、それはとてもとても悲しい事実だろうと思います。
 原爆の問題はこういう点もあるんだというコトを知ってもらって、そして考えてもらいたいと思います。



コメント:2

oguogu 12-08-06 (月) 23:02

私は、こういう差別問題は結局ケガレに行き着くと思っています。問題なのは、日本人のほとんどの人が自分はケガレなどには影響されていないと思っている事で。嫌悪感がケガレに対しての物だと自覚できれば随分と違うと思うのですけれど。

禍福は糾える縄の如し 12-08-08 (水) 0:15

産経新聞によると、黙祷の間もずっと「原発いらない」と叫び続けたバカがいるそうです。

 「反原発なんかいらない」

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