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2013-10

消費者保護政策をもっと鮮明に


 大阪の阪急阪神ホテルズがレストランなどのメニューを偽装していた事件について一言言っておこうと思います。
 よくもまぁあれだけ誰もがウソだとしか思えない言葉を羅列できるなぁと、日本中があきれ果てた例の問題です。
 消費者庁も強い関心を持っているようで。
 

 消費者庁が本格調査へ
 
 阪急阪神ホテルズ(大阪市)がメニュー表記と異なる食材を使っていた問題で、消費者庁が景品表示法違反(優良誤認)の疑いで、本格的に調査に乗り出したことが29日、消費者庁への取材で分かった。消費者庁は同社の担当者から事情を聴くなどして実態解明を進めており、今後、処分を検討する。
 消費者庁は7日に同社から問題の報告を受け、調査を始めた。担当者に事情聴取するとともに、実際に使われていたメニューを入手して表記内容を検証。同社の食材の仕入れ先も調べ、客に提供されていた食材の特定を急いでいる。
 消費者庁は調査の結果、同法に違反すると判断した場合、消費者の誤解を招くメニュー表記の差し止めや不当な表示をしていたことを周知する行政処分か、措置命令を出す。措置命令に従わない場合、法人で3億円以下の罰金、個人で2年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される。
 消費者庁幹部は「消費者に大きな影響を与えた問題として認識しており、真相解明に向けて徹底的に調査していく」と話した。森雅子消費者担当相も29日の閣議後の記者会見で、「偽装であれ何であれ、消費者が誤認するような表示があれば法令に違反する」と指摘した。

 
 これって結構いろいろと考えさせられる問題をはらんでると思うんですね。
 まずこの問題、どのような法律に接触するのかを考えてみますと、それは記事にもありますように「景品表示法」に接触する可能性があるんだと思われます。
 特にここに関しては森雅子消費者担当大臣も「偽装であれ何であれ」と言っていますように、故意だろうが故意でなかろうが違反だと明言しているようですから、この法律に則った行政処分の可能性は十分にあり得るだろうと予想されるワケですね。
 
 しかしここでこの問題、というか、この手の問題全般に対して考える際の分岐点が1つあります。
 森大臣は「偽装であれ何であれ」と言ってますが、これ故意に偽装していたと証明されるのであれば、景表法ではなく詐欺罪が当てはまるようになるのではないかと思われる点なんですね。
 もちろん景表法違反でもあるのでしょうけど、故意ならばさらに詐欺罪にひっかかるワケです。
 だって故意であれば、「騙そうとして騙した」のですからね。
 これが詐欺じゃなくて何が詐欺なんだと言えてしまうぐらいの案件になるワケです。
 
 となれば、そもそも「偽装であれ何であれ」という言葉はおかしいんですね。
 だってこれ逆に言えば、「偽装でなければ景表法違反にはならないコトもある」という意味がバックボーンとしてなければこの言葉は出てこないからです。
 もし一般論として偽装が景表法の要件に一切入っていなければ、そもそも偽装かどうかなんてコトは問題にはならず、問答無用で「法令違反だ」と言うべきところなんですからね。
 
 そしてこれは、さっき言いました詐欺罪の問題に絡みます。
 すなわち景表法は、詐欺罪の絡みからも「故意かどうかを要件にしてはならない」のです。
 だってそれが要件なら「故意=詐欺罪も景表法も両方当てはまる」となり、同時に「故意でない=詐欺罪も景表法も当てはまらない」となりますから、これだと何のために景表法が存在しているのか分からなくなるからです。
 もっと言えば、もしこういう構図であれば景表法なんていりませんよ。
 存在理由がありません。
 詐欺罪の方が全然罪としては重いんですからね。
 ですから、そうならないためにも、もちろんそれが不注意での表示ミスだったとしても消費者としてはそんな事情なんて関係なく消費者としては「違うモノを見せられた」コトには変わりはないのですから、消費者庁においてはキチッとそこの整理をしてほしいと思います。
 事業者の自分勝手な都合ではなく、消費者保護の視点に立って考えて欲しいところです。
 
 もうひとつ、消費者保護強化の視点で考えておきたいコトがあります。
 それは景品表示法の中身についてです。
 もし今回の場合に景表法違反となった時に、ホテルにどのような罰があるのかと調べたところ、これは記事にも書いてあったのですが、実はあまり大したコトができないんですね。
 この法律で出来るコトというのは、記事を引用すると「消費者の誤解を招くメニュー表記の差し止めや不当な表示をしていたことを周知する行政処分か、措置命令を出す」というだけなのです。
 簡単に言えば、「メニューを正しく直せと指導する」のと「このホテルは不当表示をしていましたよと公開する」の2つだけです。
 たったこれだけなんですよ。
 記事にある「法人で3億円以下の罰金、個人で2年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される」は、あくまで「措置命令に従わない場合」だけであって、これは「行政処分に従わないコトに対する罰」ですから、不当表示をしたコトに対する罰ではないんですね。
 ですからこの行政処分が下ってもホテルが素直に「分かりました。表記は直します」と認めれば、行政としてはそれ以上何も罰を下せなくなっちゃうんですね。
 正直これってどうなんでしょうか。
 
 だって今回のコトは阪急阪神ホテルズにしてみれば、当然として表記は直すワケですし、ここまで全国的に大問題になっているのですから、今さら行政からの公開なんて一切の意味をなしません。
 となければ、もちろん消費者庁が動くというコト自体にはある程度の意味はあるのですが、法的な実行力としてはもはや何の意味もなしていないとしか言いようがないのではないのでしょうか。
 ここは改善すべきところだと思うんですね。
 
 多分これは、市場原理基づいた上での「罰」なんだと思うんですよ。
 行政が「この企業は悪いコトをしていますよ」って公開すれば、市場原理によってその企業は淘汰される、少なくとも不利益は被るだろうからそれが罰になる、という考え方なんだと思われます。
 それはそれでひとつの考え方だと思いますし、原則論で言えば、それは間違いではないとは思います。
 ただそれは、やっぱり経営側の視点にしか立ってない物の見方なのではないのかと思うのです。
 例えば、全体として、時間にしても規模にしてもマクロの規模で見れば、結果的にその企業が倒産して罰を受けるってコトにはなるのかもしれませんが、しかしミクロで見れば「騙された人」っていうのは確実にいるワケで、そういう人達への保護政策には全然なっていないと言えるのではないかと思うのです。
 騙された人にとって、その企業が5年後に倒産したとしても、騙された人は騙されっぱなしで終わりじゃないですかと。
 またそれは、「抑止力として景表法が役立っていない」というコトも同時に言えるワケです。
 結局「バレなきゃいい」で終わってしまうんですよ。
 なぜなら、「バレたらどうせマスコミに書かれるので、行政の公表があってもなくても同じ」なのですから、マスコミの記事が抑止力になっているとは言えますが、それは同時に法律が抑止力になっていないとも言えるワケですよね。
 これではもはや法律の意味をなさないですし、消費者保護のためにもなりません。
 
 ですからせめて罰金、そして一定期間の営業停止措置などの制裁は必要だと思うのです。
 少なくとも「記者会見すればしのげる」とか「一定期間耐え抜けばなんとなかる」と企業側に思わせたらダメです。
 それでは、次を防ぐための抑止力にはなりません。
 その事件を起こした企業は次は同じコトをしようとはしないかもしれませんが、他の企業への抑止力には繋がりません。
 むしろ「こうすればなんとかなる」という犯罪教唆、とまではいいませんが、悪しき前例にはなってしまうでしょう。
 そもそもどう考えても今回の阪急阪神ホテルズの記者会見は、弁護士かなんかの入れ知恵で、「この場だけをなんとか防ぐための方便だった」としか思えないワケですから。
 抑止力とは全く逆の効果です。
 マスコミや行政による公開にある程度の意味があるとは言え、昔に比べていまはますます経済活動における刑事の意味合いのウエイトは増えてきているのですから、それに見合う規制と罰を用意しておくコトは、公平な経済活動の意味からも、消費者保護の観点からも重要なコトなのではなでしょうか。
 
 消費者庁が誕生してから民主党政権ではほとんど役立たずだったと言われても仕方ない消費者庁ですが、ここでそろそろ奮起してもらいたいと思います。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、消費者保護政策を応援しています。
 

マスコミの「報道」とは?


 TBSの朝の番組「朝ズバ!」でキャスターを務めていたみのもんた氏が、自身の息子が犯罪を犯した件で番組を降板するっていうニュース、すでにご存じの方も多いかと思います。
 この件については色んな人が色んなコトを言っています。
 やえも、おそらくここ1、2年の間では、いわゆるタレントという枠組みに置かれる人達の中では、みのもんた氏に対してが一番多く批判してきた気がしますので、この際やえも言及しておこうと思います。
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 さて。
 この件については、みのもんた氏の長男はすでに成人しているのだからみのもんた氏が責任を取る必要なんてない、という声もあります。
 まぁそれはそうでしょう。
 いつまでも子の罪を親が背負っていては、世の中犯罪者が何倍になるんですかってお話になっちゃいます。
 ので、今回はそういうお話ではありません。
 
 やえが気になったのは、みのもんた氏が、特に「朝ズバ」を辞めた理由です。
 みのもんた氏はこんなコトを言ってるんですね。
 

 みのもんた「夢にまで見た報道番組」降板は「断腸の思い」
 
 降板した「みのもんたの朝ズバッ!」(月~金曜前5・30)「みのもんたのサタデーずばッと」(土曜前5・45)は「公平中立、公明正大な発言をしなきゃいけない。日頃から私はダメなものはダメだ、いいものはいい、そういう気持ちで番組を進めていました」

 
 びっくりしたのは、みのもんた氏の自身の番組や自身の言葉などを「公平中立、公明正大」だと思っていたコトです。
 いや、ホントびっくりです。
 「朝ズバ」やみのもんた氏がいままでどれだけデタラメで偏った発言を繰り返してきたのかというのは、これまでかなり取り上げてきましたのでここでは言いませんが、よもや本心からあれを「公平中立、公明正大」と思っていたとは、ちょっと信じられませんという言葉しか浮かびませんまん。
 みのもんた氏は常に「みのもんたの意見」を言っていたじゃないですか。
 「みのもんたの意見」とは、つまり主観ですよ。
 別にテレビで主観を言ってはいけないとは言いませんよ。
 言いませんけど、でも主観はあくまでその人個人の意見でしかなく、そこに「公平中立、公明正大」なんてモノはないワケですよ。
「公平中立、公明正大」であれば、主観は排さなければなりません。
 それをあれだけ主観丸出しで毎日毎日ご高説をぶっていたのに、よくもまぁこんなコト言えるもんだと逆に感心してしまいます。
 
 ましてこの発言もおかしいですよね。
 

「日頃から私はダメなものはダメだ、いいものはいい、そういう気持ちで番組を進めていました」

 
 これ、主観宣言ですよね。
 「公平中立、公明正大な発言をしなきゃいけない」と言った直後に主観宣言とは、いったいぜんたいどういう思考回路をしているのでしょうか。
 みのもんた氏がそれを個人的に「いいモノはいい」と思うのは勝手ですが、しかしそれでもって全ての人がそう思うワケでも、全ての人に当てはまるモノでもありません。
 あくまでそれはみのもんた氏の中だけの基準で決められた主観でしかありません。
 それともなんでしょうか、みのもんた氏は自分を「自分が思うコトは100%他人も従うだろう」と神様にでもなっていたつもりだったのでしょうか。
 それもと「公平中立、公明正大」という日本語を理解していないのでしょうか?
 
 そしてなにより、この辺についてを誰も指摘し批判していないところが、テレビや他の既存メディアの一番腐っているところなのではないでしょうか。
 メインキャスターが主観を言っている以上、それは「報道番組」ではありませんし、「公平中立」でも「公明正大」でもありません。
 でもそれを指摘する人が皆無なのが、テレビ界や日本のマスメディアの一番の問題です。
 みのもんた氏の長男の問題や、番組を降りるっていうコトそのものについては長い時間掛けて記者会見したそうですが、ついぞ「みのもんた氏の発言は本当に公平だったのか」というコトについては誰も指摘しませんでした。
 結局いまの日本のマスメディアに生きている人の中は、「主観と公平中立」「報道と個人的意見」の区別がついている人はいないのでしょうか。
 
 「朝ズバ!」を報道番組だと堂々と言い、それにツッコむ人がいないという時点でアレなんですが、既存マスメディアはこうやって「公平だ」という顔をしながら、自らの利益のために個人的意見を押しつけ洗脳しようとしているのです。
 これはもはや法規制しか無いのではないのかとやえは思っています。
 

核兵器廃絶への主張こそが核を持たぬ日本の「武器」


 先日日本政府が正式に「核兵器不使用声明」に賛同し、125か国との共同声明に参加しました。
 日本がこれに参加するのは初めてのコトです。
 

 核兵器不使用声明発表 日本が初参加
 
 核兵器は非人道的なものだとしていかなる状況でも使用すべきではないと訴える共同声明が、国連総会の軍縮問題を扱う委員会で発表され、アメリカの核抑止力に頼る安全保障政策上の理由からこれまで参加を見送ってきた日本も、初めて参加しました。
 国連総会の軍縮問題を扱う第1委員会では、21日、提案国のニュージーランドを始め、日本を含む125か国が核兵器をいかなる状況でも使用すべきではないとする共同声明を発表しました。
 共同声明はまず、「核兵器は過去の使用や実験の経験から制御不能な破壊力と無差別さを持ち、受け入れがたい人道上の影響をもたらすのは明らかだ」として、その非人道性を強調しています。
 そして、これまでの国際的な核軍縮への取り組みを踏まえながら、「いかなる状況でも核兵器を2度と使わないことが人類の生存の利益につながる」と核兵器の不使用を訴え、「すべての国は核兵器の使用を防ぎ、拡散を防止して核軍縮を達成する共通の責任を有する」としています。

 
 記事にもありますように、やえの出身地でもある広島市の選出である岸田文雄先生が外務大臣だからこそ為し得たコトだと、やえは勝手に思っているところですが、ともかくこれは大変に日本にとって国益に叶う素晴らしい参加だと思っています。
 
 中には、特に日本は核武装すべきだと思っている人にとっては好ましくないコトだと思っているかもしれません。
 しかしそういう人であったとしても、ちょっと視点を変えて欲しいんですね。
 核兵器も、核兵器を持つコトが目的なんじゃなくて、それはあくまで日本の防衛力を高め、それによって国益を得るための手段でしかないのですから、つまり、核兵器を持たずとも国益に叶うのであればそれで十分なハズなのです。
 手段のための目的であるとちゃんと認識していれば、それで問題ないコトが分かるでしょう。
 そして今回のこの共同声明に署名したコトは、相対的に日本の軍事力を高めるコトに繋がる、イコール国益を得る方向への声明参加になるのです。
 
 日本は現在核兵器を持っていません。
 いくらいわゆる「アメリカの核の傘」に入っているとは言え、しかそれはどうやったって日本独自ではその核兵器を使用するコトはできないのですから、日本は核兵器を持っていないと言うしかありません。
 むしろこれは「アメリカの核の傘に入っている」とはいえ、日本の国益のためだけに核を様々な意味で「使用」するコトはできない、できていないコトを意味します。
 日本は自分の意志で動かせる核兵器を持っていないのです。
 
 ではなぜ核兵器の保有がメリットになるのかと考えれば、それは結局「一部の国だけが持っているからメリット」になっているワケですよ、核兵器は。
 他人が持っていないからこそ、自分だけが強い武器を持つコトによってアドバンテージを得ているワケです。
 これは現実的に否定できない事実です。
 核兵器を持つコトによるメリットは現実的にあるワケで、だからこそ北朝鮮なんて必死になって作ろうとしているのです。
 
 では逆に、そのメリットを消し去るのはどうするのかを考えてみましょう。
 これは核を持っている国がなぜアドバンテージを持っているのかを考えれば簡単に分かるコトです。
 つまり「一部の国だけが持っているからメリット」なのですから、そのメリットを消すためには「全員が持つ」か、もしくは「全員が持たない」という状態にすればいいのです。
 日本は一般人の拳銃の保持を禁じているからこそ拳銃を持つ警官の優位性が高いワケで、ですから一般人も銃を持っているアメリカでは一般人より優位に立とうと思えば、拳銃よりより強い武器を持たなければならないワケですよね。
 実際それでアメリカは苦労しているワケです。
 このように、同じ状態になってしまえば、その武器のアドバンテージというモノは無くなってしまうのです。
 核兵器も同じように、「全員が持つ」か「全員が持たない」という状態なれば、ただ単に「核兵器を保有する」というだけでは、一切のメリットにはならなくなるワケです。
 
 ですから核を持たない日本にとっては、この「核兵器廃絶に向けた世界的な流れ」というのは、「核を持たぬ」日本にとって、核のアドバンテージを無くす方向に進んでいるコトになるワケです。
 「核を持たぬ日本」にとって、これは大きなメリットですよね、核を持っている国のアドバンテージを消し去ろうとしているのですから。
 もちろん、この声明が125か国で発表されたからといって、その瞬間に世界にある核兵器が無くなるワケではありませんから、現在のところはまだ核兵器を保有しているメリットの方が大きいのかもしれません。
 しかし、これも現実的なお話として、いまは実際に日本は核兵器を持ってはいないワケですし、保有する可能性も現在のところはほぼゼロです。
 保有のための議論すら、一部の超タカ派以外からは一切聞こえてこず、一般的な国民議論にはほど遠いというのが現実的なところでしょう。
 となれば、現実的に国益を求めるのであれば「どうやったら核兵器が持てるのか」ではなく、「核兵器を持っていない国としてどう国益を高めるのか」という視点で考える必要があるのではないのでしょうか。
 そうした中、今回のこの共同声明参加というのは、日本にとって大変意義深いモノなんじゃないですかと思うのです。
 
 よって日本にとって必要なのは、この流れをさらに推し進めるコトです。
 今回同じく参加した125か国の中の124か国にとっては、実際に戦争による核兵器の被害を世界で唯一受けた日本が参加したコトで、ますますの発信力は大きくなるとメリットを感じているでしょう。
 そしてそれは、核被害に遭ったというだけでなく、普通に世界大国である日本が参加するってだけでも、その発信力が以前とは比べモノにはならないぐらい大きくなるのは事実だと思います。
 この流れを止めずに、むしろもっと加速するコトによって、核兵器が廃絶されれば、核を持たない国としてはこれほどのメリットはないでしょう。
 現在の核保有国と、核兵器というステージだけで見れば同じ高さに立つコトになるのですからね。
 またそうでなくても「どんな場面であってもまず使えないな」と思わせるぐらいになれば、それはもはや核の保有だけではメリットとはならない世の中になるでしょう。
 これは実際にそうです。
 例えばまだ核兵器が使えそうな雰囲気を残していた朝鮮戦争の時代あたりでは、核兵器の保有そのものが大きな武器となっていましたが、現在は少なくともアメリカが積極的に核兵器を使うコトは絶対にあり得ない、というか「使えない状況になってしまった」と表現するのが的確な時代にいまなっていますよね。
 もし北朝鮮辺りが暴発して核兵器を撃ち込んだ後であればアメリカも核兵器を使うかもしれませんが、しかしアメリカからの発射というのは、もうこの時代はあり得ないでしょう。
 こうやって核兵器はどんどん使えない雰囲気になり、いつしか「使えない兵器」となるワケです。
 例えばいま段階で「化学兵器を持て」なんていいますか?
 強ければなんでも持てばいいっていうモノじゃない証左でしょう。
 
 核兵器廃絶に向けた主張というのは、つまりは核兵器を持っている国に対する「武器」なのです。
 勇ましく核兵器を持て持てと言うよりも、よっぽどか現実的な問題として、この武器を有効に活用するコトの方が大きく国益に叶うのではないのでしょうか。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、戦略的核兵器廃絶主張を応援しています。
 

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