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2014-01

これからは国民自身が付けていたツケを支払う時間


 ちょっと話題になっていますが、フランスでこんなコトがあったようです。
 

 「慰安婦漫画」韓国OK、日本ダメ 仏国際展 主催者「政治的な宣伝」
 
 欧州最大級の漫画フェスティバル、フランスのアングレーム国際漫画祭が30日、開幕した。漫画祭には、慰安婦問題をめぐる日本と韓国の作品が出展されたが、主催者側は、「強制連行はなかった」とする日本側の漫画を「政治的」として撤去するよう要請した。韓国政府が持ち込んだ「元慰安婦被害者」の作品は展示を許可した。「韓国側主張の誤りを正し、真実を伝えたい」と、漫画作成に意気込んできた日本側関係者は納得せず、波紋が広がっている。
 30日、韓国政府の趙允旋(チョ・ユンソン)・女性家族相はアングレームを訪問し、「散ることのない花」と題した元慰安婦についての漫画企画展の開幕を宣言した。しかし、事前に地元記者らを対象に予定されていた説明会は主催者側の要請で中止された。

 
 ちょっと煽りすぎなんじゃないですかねと思わざるを得ない書き方ではありますので、現地での実情がどういうコトになっているのかちょっと疑問ではありますが、とにかく『主催者側は、「強制連行はなかった」とする日本側の漫画を「政治的」として撤去するよう要請した。韓国政府が持ち込んだ「元慰安婦被害者」の作品は展示を許可した』という部分は事実なのでしょう。
 この事実については日本人として憤りを感じるところです。
 もはや韓国という国に対しては何の感情も持ち得ませんが、フランスに対しては「失望」せざるを得ません。
 ちょっと強い口調で言いますが、もともと白人に理性的かつ論理的な思考を求める方が間違いなのかもしれませんが、「韓国の主張の展示は良くて、日本の主張の展示はダメだ」と言っている姿を冷静に振り返って、もうちょっと自分が何を言っているのか考えてもらいたいところです。
 
 ただひとつ、これは日本人として国民として考えなければならないコトがあると思っています。
 それは、「これはツケだ」というコトです。
 そもそもですよ、日本がここまで海外で自己主張する姿はかなり珍しいと言えるワケで、むしろ去年から今年にかけてやっとこういう姿が見られるようになったワケです。
 それまではだんまりだったんですよ、日本は。
 それが日本人の国民性だというのはその通りのコトなのですが、しかしそれ以上に、特にこのいわゆる慰安婦の問題ですとか、なんとか大虐殺ですとか、戦争がらみのコトについては、日本人自身が根拠も無しに日本を叩いていたという歴史があるコトは、日本人として考えなければならないでしょう。
 すなわち、これまでは日本人自身が日本の足を引っ張っていたから、海外でのこういうキャンペーンが出遅れた、いえ日本人自身の手によって反日キャンペーンすら張られていたワケで、だから全てが後手後手の状況に陥ってしまっていると言えるのです。
 いまやっと反転できるようにはなりましたが、いまの状況というのはスタート地点ですらなく、かなり後方からのスタートなのです。
 そしてそれは日本人自身の手によるモノであり、いまはツケを支払う時間だと見ざるを得ないのです。
 
 例えば、いまでは戦犯かのようにやり玉に挙げられている村山談話や河野談話ですが、しかし当時はこのような反発はほぼありませんでした。
 むしろ「政府は口だけで一切心からの謝罪や賠償をしようとしないじゃないか」という“国内”からの批判の声があったぐらいです。
 やえはこれらの談話の中身を決して肯定するコトはありませんが、ただ、それを肯定してきたのは日本国民自身だったという事実は、これは事実として受け止めなければならないと思っています。
 そしてそういう時代が、何十年も続いてきたのが、日本の社会なのです。
 
 もちろんだからといって、いま反撃の手を緩めろという意味ではありません。
 この歴史を反省の材料にして、今後を考えるべきだというお話です。
 そして同時に、国民自身が他人のせいにして責任を押しつけて、自分だけは正義の立場にいるんだと思わないようにしなければなりません。
 政府とか政治家とかマスコミとか、そういう一部だけのせいにして、こいつらがちゃんとやらないから今こんなコトになっているんだ、と思うのは間違いです。
 彼らの責任ももちろんありますが、国民自身からして昔はああいう雰囲気の根本を形作っていたというコトは決して忘れてはならないのです。
 なぜなら、また同じコトを繰り返さないためです。
 どんな問題だって、国民自身が誤れば、政治家も政府もマスコミも全く及ばない力を発揮するんですからね。
 国民が主権者なのですから。
 
 
 続報ですが、日本政府も正式に激おこプンプン丸を表明したみたいですね。
 

 日本の慰安婦漫画を展示拒否 岸田外相「残念だ」
 
 日本漫画の展示拒否について、岸田氏は「友好親善、国際的理解を深める趣旨に沿わない動きがあることについて残念に思う」と強調。菅氏は韓国の企画展をめぐり「フェスティバルの趣旨にそぐわない状況が発生しており、極めて残念だ」と指摘した。対抗措置として、慰安婦問題に関する日本政府の取り組みや立場を説明する文書を現地で配布し始めたことを明らかにした。

 
 こういう反応も、いままでの日本政府としてはちょっと珍しいというか新鮮な気がします。
 これは「遅れたスタート地点」であり、これからは政府も国民も一体となって盛り返していきたいですね。
 

一部だけしか景気が回復してないからダメって言うなら代替案を示せ


 これだからやえは経済のお話というか、どちらかと言うと、普段からしたり顔で経済を語る人を好きになれないんですよ。
 特にテレビとかマスコミ上に出てくる人は。
 
 だって、民主党政権の時は、日々日本経済は下り坂を転がり落ちていた、景気もどこまでも続く奈落底のように落ちる一方だったのに、それでもあの時はほとんど経済の話題が批判の対象にならなかったじゃないですか。
 民主党政権前期は提灯記事ばかりで、後半は民主党自身のオウンゴールで批判せざるを得ない状況に追い込まれて嫌々批判記事を書いていたんじゃないかと思うしかない感じのトーンでしたが、それも結局経済の問題ではなく、あくまでデタラメな政権運営の問題ばかりで、政策への批評はほとんど聞かれませんでした。
 その間に日本経済政策は、史上最低になっていたのにも関わらずです。
 しかしアベノミクスに対してはどうでしょうか。
 概要を発表した段階で批判が飛び交いました。
 まだ実施していない時から、マスコミは批判を繰り広げていました。
 中には肯定的な意見も無かったとは言いませんが、そもそも「アベノミクス」という言葉自体が、朝日新聞が作り出したネガティブキャンペーンとして生み出したモノでしたよね。
 そうやって批判してきたくせに、そしていま効果が見えてきたところで、それなのにさらにこう言うワケです。
 「アベノミクスは一部の人達にしか恩恵を与えてないからダメだ」と。
 
 それが本当かどうかは、とりあえず今回はおいておきましょう。
 でもこれは、実際に効果が出ているコト自体は事実として認めているワケです。
 であるなら、それは肯定的に言うべきなんじゃないですか?
 だっていままでは、少なくとも民主党政権時の3年数ヶ月の間は、どこもかしこも日本経済全てが悪くて、上だけが下だけがというレベルを超えて、上も下も全てが急転直下で下がり続けていたじゃないですか。
 ですから、そういう時期の直後の政権としては、むしろ一部でも上り坂になっているというのであれば、それは万々歳なんじゃないですか?
 下り坂の方がいいって言うならもう何も言うコトはありませんが、大部分の人はそうではないワケで、であるなら今の段階ではアベノミクスに対する批判って出ないハズなんですよね。
 
 もちろん「一部ではなく自分にも恩恵を」と言うのは自然な感情だと思いますし、そういう政策をと望む気持ちも分かりますが、しかしそれを「一部だからけだからダメ」と言ってしまうのは違いますよね。
 だって、ではそう言ってしまうコトはどういう状態を望んでいるコトになるのかという場、それは「下だけが先に上昇するパターン」か「全体が一致して上がるパターン」かどちらかしか考えらないワケですが、果たしてそんなコトを可能とする方法が存在するのかと逆に問いたくなるからです。
 「上から下まで、首都から地方まで、全てが同時に景気を良くする」。もしくはせめて「企業ではなく個人から先に景気が良くなる方法」を、もしこういう方法論があるのであれば、ぜひ教えてくださいよ。
 そしてそれはたぶん、安倍さんも麻生さんも、ぜひとも教えてもらいたいと思っているコトでしょう。
 もし「一部だけだからダメ」と批判するのであれば、まして民主党政権時に落ち続ける政策に対して批判しなかった(子ども手当などの給付政策が正しいと思っていた)のであれば、ぜひこれらを達成するための具体的な方法をいますぐ示してくださいと言うしかなくなるのです。
 
 でも、これを具体的に提示する人なんでいませんよね。
 口にするのは、ただただダメだというだけです。
 
 経済に限らず、批判というモノは必ずしも対案を示す必要はないとは思っています。
 しかし今回の問題というのは、すでに民主党政権の時にある程度の給付政策の失敗という結果が出ている以上は、別のアプローチが必要だと結論が出ているワケで、そして実際に安倍内閣はその結論を出しているのですから、それでもダメというのなら、対案を示すしかないじゃないですかってお話なのです。
 だって政治とはあくまで現実論なんですから、現実に存在しないモノはどうやったって実現できません。
 無い物ねだりを政治に求めるのは筋違いです。
 いまアベノミクスを批判している人っていうのは、結局無い物ねだりをしているに過ぎないと言うしかないのです。
 
 現実の学問である経済学を主張するのに、その実は無い物ねだりってみっともなくないですか?
 だからやえは、マスコミ上でしたり顔で経済を語る人を好きになれないんですよ。
 

今こそ日本は独り立ち外交を


 たぶん外交で最も愚かな人、そして最も自国の足を引っ張る人というのは、日本が他国から(それが合理的でも非合理でも)批判されるようなコトをすると、その問題の中身ではなく「批判された」という事象だけを持って日本や日本政府を叩く人でしょう。
 「批判が出たから靖国参拝はやめよう」
 いま安倍総理の靖国神社参拝を批判している人というのは、もう大部分がこういう理由ではないのでしょうか。
 最近はもはや「A級戦犯が」というセリフも聞こえなくなってきましまた。
 東京裁判に対する正しい知識が浸透してきたのか、それともそもそも詳しい中身を理解していないのかは分かりませんが、とにかくあるのは「他国が批判するから悪だ」という、実は論拠にもなにもなっていない、無責任に批判ばかりです。
 
 しかしやえは、最近ちょっと雰囲気も変わってきましたねと思うのです。
 マスコミは相変わらずではありますが、それでも新聞で言えば産経はともかく読売新聞も、だいぶ「他国ガー」というだけではない論調になってきましたし、なによりネット上では、もはや「批判された」という事実だけでどうこう言う人なんて、ほぼ皆無になってきたと言えるのではないのでしょうか。
 なによりやえが最近ハッとさせられるのは、アメリカに対してなんですね。
 これまでは、中韓に対しては反発していた人でも、アメリカに批判されると態度を堅くする人っていうのはかなり多かったのですが、もはやアメリカに言われても、アメリカに言われる筋合いはないと言う人が増えてきているように感じています。
 
 例えばこういう批判は一昔前は日常茶飯事でした。
 「アメリカ大統領や高官がアジアを歴訪するが、日本には来ない」という報道があった時、一昔前ではそれみたコトかと大バッシングが起きていました。
 最近だけではないんですよね。
 やえの記憶だとクリントン大統領の時だったと思うのですが、あの時は「日本より先に中国に大統領が行った」というコトだけをもって、日本のマスコミは日本政府が無能だと大バッシングをしていました。
 左系のマスコミなんて、「これからは中国の時代だ」と言いながら「日本はアメリカと中国とどっちをとるんだ」みたいな、そんなあおり記事もよくありました。
 まぁそれは今でも変わらない気がしてきましたが、とにかく、ちょっと前までは、アメリカの大統領がどこに行くかなんてだけで日本は一喜一憂していたのです。
 
 こうやって文字にすると、正直バカバカしいと思いませんか?
 アメリカの大統領がどこ行こうが関係ないじゃないですか。
 確かに日本外交の基本で基軸はアメリカとの関係です。
 それは否定しません、というか、否定できません。
 なぜなら、日本の国防は半分以上はアメリカに委託しているようなモノだからです。
 この構図を今さらここで説明する必要はないかと思いますが、憲法九条がある限りは、日本の外交の基軸はアメリカだと言わなければならないコトは変わりありません。
 でも、これは一方的に日本がアメリカにおもねらなければならないという意味では決して無く、アメリカだって日本に気を遣わなければならない事情もあるワケです。
 そもそも今回の靖国神社のアメリカの批判にしても、アメリカ(というか中韓以外)は参拝そのものに反対しているのではなく、中韓との火種をわざわざ作る必要はないだろうという理由での批判でした。
 つまり逆に言えば、「中韓が何も言わなければ参拝すればいいじゃない」というモノであって、アメリカの関心事はあくまで「極東アジアの安定化」なのです。
 ですから、逆に日本がさらに反発して益々「極東アジアの安定化」が遠のけば、それは日本の反発だったとしてもアメリカは困ってしまうのです。
 ましてそれがアメリカの批判が発端であれば、ますますアメリカは「自業自得」というレッテルを貼られるしかないみっともない状況に陥ってしまうワケなんですね。
 だから、日米同盟の特に軍事的な部分においてはかなり日本はアメリカを基軸とした外交をとる必要はありますが、だからといって全てをアメリカ基準にする必要はないですし、アメリカも日本に気を遣う部分がある以上はお互い様であるのが外交というモノなのです。
 
 最終的には、日本は九条を改正して独自軍事力を手に入れて、少なくとも先進国らしい大国らしい自分だけで自分の身を守れる、いや、いざとなれば小国を同時に守れるぐらいの力を手に入れるべきです。
 そのとき、日米同盟はあってもいい、むしろこれはある方が日本に有利になるので維持しておくべきだとは思いますが、それはあくまで対等同盟関係である必要があります。
 日本はここを目指すべきであって、よって「中韓が批判した」「アメリカが無視をした」なんて小学生低レベル程度の批判なんてもう脱却しなければならないでしょう。
 中韓が何を言ってもいいじゃないですか。
 アメリカが中国には訪問して日本に来なかったとしても、別にいいじゃないですか。
 そしたら日本はそれを受け止めた上で、では日本の利益になる外交はどうなのかというコトを考えて、日本の視点で動けばいいだけなのです。
 その結果としてアメリカが困れば、そんなのは日本に知ったコトではないですし、日本は日本の国益を求めて淡々と外交していけばいいのです。
 
 むしろいまの安倍岸田外交は、それを実践しているとすら言えますよね。
 ASEAN重視で、先日はアフリカとインドを訪問し、いままで日本外交が手を付けられずにいた地域を熱心に回り、また中東の紛争も日本が積極的に関与仲介しようとすらしています。
 特に核問題については岸田外務大臣が広島選出というコトもあって、かなり積極的です。
 
 いまこの現状を考えて、なにか日本に不具合がありますか?
 
 まずここを冷静に考えてもらいたいです。
 「中韓が批判している」「アメリカの高官が日本に来ない」と言いますが、それでなにか日本に不都合があるのですか?
 はやくもオバマ大統領のアジア歴訪には日本が含まれていないとか大騒ぎし出す予兆が出てきていますが、しかし来なかったら来なかったで、なにか日本に不都合があるのですか?
 堂々としていればいいじゃないですか。
 日本は孤立していません。
 孤立なんてできないんですね、いまの現代経済のシステムにおいては、日本を孤立させると、ほとんどの国が経済パニックに陥る仕組みになってしまっているのですから。
 そしてASEANにしてもインドにしてもアフリカにしても、日本に恩を売っておいて損するコトはない、むしろそれらの国々は日本にもっと親しくなりたいと思っているハズですから、それは日本も同じコトで、決して世界は米中韓だけではないのですから、この視点で外交は考えなければならないでしょう。
 正直言えば、日本に冷たくされて困るのはオバマ大統領と米民主党だと思いますしね。
 
 安倍内閣の誕生から、もしかしたら「日本外交の自立元年」と言える年になったのかもしれません。
 もちろんその先には九条の改正が絶対条件として立ちふさがっているワケですが、日本はそれを乗り越えていかなければなりません。
 この問題は誰でも無い国民自身の問題です。
 国民自身が中韓の文句もアメリカの文句も気にせず大局的な立場で日本の国益を追求できる視点を持つ時代に来ているのです。
 日本の外交のために、他国の動向に一喜一憂するのはもうやめるべきでしょう。
 

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