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2014-10-06

これは文化の問題ではなく「意識の差」の問題


 今日はちょっと毛色の違う問題を取り上げたいと思います。
 敢えてまとめブログの方を引用しますね。
 

 泥を塗りたくって厄除けする宮古島の伝統的祭りで泥を塗られた観光客が苦情 一時は中止も検討
 
 宮古島の国の重要無形民俗文化財「パーントゥ」が、クレームに悩まされている。厄払いの意味を込め、仮面を着けた神様が人々に容赦なく泥を塗る伝統的な手法が、その意味合いを知らない観光客に受け入れられず不幸な衝突が生まれている。
 
 ■「汚された」と苦情・暴行も
 3、4日の夕方、宮古島の平良島尻地区。仮面を着けた青年3人が扮(ふん)するパーントゥが現れた。ツル草を巻き付けた体は泥まみれで、鼻を突く異臭が漂う。逃げ惑う人々を追い回し泥を塗るたび、悲鳴が上がる。改装したての住宅や乗用車内にも荒々しく上がり込んだ。
 「怒る人はおらんよ。ちゃんと厄よけして、健康を願ってくれてるんだから」。集落のお年寄りの男性は誇らしげに言う。地元の住民は泥をつけられても笑顔。「ありがとう」と声を掛け、お酒やおすしを振る舞う姿も見られた。
 一方、花柄のワンピースとカメラを泥だらけにされた観光客の若い女性は「ここまでとは思わなかった」とショックを受けた様子。近くにいた中年の男性も泥を塗られ、「本気で怒っている」と不満げだった。
 関係者によると近年、観光客から苦情が寄せられ、対応に苦慮しているという。「服を汚された」「抱きつかれた」といった女性のクレームに加え、数年前には、怒った男性にパーントゥが暴行される事態になった。「中止も検討した」と、地元の男性は語る。
 トラブルを防ぐため、パーントゥの周囲には複数の付添人を配置。不勉強な観光客が大挙して押し掛けないよう開催日を直前まで知らせない工夫もした。島の観光資源としてアピールしてきた宮古島観光協会も地元の意向を受け、大々的に宣伝するのを控えている。ホームページ上には日程を載せず、直接問い合わせがあった場合のみ伝える対応に変えた。担当者は「必ず『汚れてもいい服で来てください』と念を押しています」と話す。

 
 まとめられている反応は「イヤなら来るな」系が多いようですが、ちょっとそれは違うと思うんですね。
 まずこれ、なぜ問題・衝突が起こるのか、という部分を考えてみる必要があります。
 
 「イヤなら来るな」系の言葉には「その土地独特の文化の上ではその行為が普通であり常識であるんだから、外の人間が口出しするな」という考え方が根底にあるんだと思います。
 そして、「その土地の“独特の常識”を見に行ったのだから、そうされて当然だろう」という意識が働いているのだと思われます。
 
 しかし、実はここの「独自の常識」という部分に齟齬が生まれているから、この種の問題が発生するんですね。
 観光に行った人は、どういう想定でこの地に赴いたのでしょうか。
 「多少はドロは跳ねるだろう」「顔にドロを塗られるかもしれない」「全身泥だらけになるかもしれない」「持ち物すらドロだらけにされるかもしれない」「ドロのバケツを頭からかけられるかもしれない」
 これって人によって違ってくるんですね。
 もしある程度このお祭りのコトを調べて知っていたとしても、その中においてどこまでされるのかっていう部分はどうしても「自分の常識の中」から想定するコトになります。
 そしてこれは主催者の方にも同じコトが言えるんですね。
 「わざわざこのお祭りに来るんだから覚悟は出来ているだろう」と主催者の方は思っているのかもしれませんが、残念ながらその想定のラインは観光客ひとりひとりによってバラバラであるワケですから、ここのラインの齟齬によって問題が発生してしまうのです。
 
 もうちょっと分かりやすい例で考えてみましょう。
 記事にもありますように「カメラを泥だらけにされた」とありますが、じゃあこれどうしたらいいのでしょうか。
 対策としては、「近づかれたらとにかく逃げる」「防塵防滴のカメラを使う」「防水カバーをつけておく」などの対策が考えられます。
 しかしこれも結局「想定ライン」によって変わってくるんですね。
 例えば引用したまとめサイトのコメント欄にも「耐水カメラや防防カメラで臨めば何も問題はない」というコメントがありますが、この人にとっては「防防カメラで臨む」というのがラインなワケです。 
 しかし、その「ライン」は果たして正しいラインかどうかっていう部分を果たして誰が判断するのでしょうか。
 このコメントの人は「防防カメラで臨めば何も問題はない」と言ってますが、しかしもしかしたらお祭りのこの神様がカメラの表面にドロを塗りたくるだけではなく、レンズを外してカメラの内部にまでドロを塗りたくられたらどうするっていうのでしょうか。
 全然「何も問題はない」ことないですよね。
 一眼タイプのカメラではない防水を謳っているカメラでも、ドロなんていう水以外の混入物が大量にカメラに付着し、内部に侵入しようものなら、あっさりと壊れてしまうモノです。
 そしてそれをメーカーに言っても、「ドロの中までは想定しておらず補償外」と言われるコトでしょう。
 しかしここまでされても、「想定しないお前が悪い」とか「イヤなら行くな」と言って終わりになってしまうのでしょうか。
 だけど少なくとも「耐水カメラや防防カメラで臨めば何も問題はない」と言っていた本人がここまでされていたとすれば、この人はお祭りの主催者に対して怒っていたコトでしょう。
 
 この問題は、ここの「人によって違う意識の差」が一番の問題なんですね。
 結局このコメントの人も「これぐらいなら大丈夫だろう」と知らず知らずのウチに自分の中でラインを引いて発言しているワケですが、しかしそれは他の人だって同じなのであって、その上での問題というのは、つまりは「人によってラインが違う」コトが原因なのです。
 いまこの人は、記事によって問題が起こったというコトを前提とした上だからこそ「高めのライン」を引くという意識が働いているのですが、それでも実際それ以上を超えてくる可能性だってあるワケですし、そうした場合はやっぱりトラブルになるんですよね。
 この問題も、ドロがどうだこうだというコトよりは、「常識のラインを簡単に超えてきた」という点こそが原因となっているのです。
 まずこの根底の部分を確認して認識するコトが、この問題を考える上で重要です。
 
 むずかしいのが、さっき言いましたように「想定されるライン」が人によって違うという点です。
 ドロが跳ねるぐらいはともかくとしても、神様役の人が見物人に向かっても直接塗りにかかってくるっていう行為に対して、しかし他の地域のお祭りなんかを考えると、参加者と見学者って明確に分かれていますよね。
 青森のねぶた祭りとかそういうのって、そうじゃないですか。
 参加者は線引きされた見学ブースから山車引きを眺めるっていう形です。
 このように、仮に飛び入り参加するってコトになったとしても、その時点で「参加者と見学者」に普通は明確に線引きされるワケで、ですから今回のこのトラブルっていうのは、そういう「想定のライン」でこのお祭りに行くと「まさか積極的に塗りたくられるとは思わなかった」となるワケですね。
 
 これに対して「想定が甘い」というのは、ただ「自分の中の想定がその人とは違っていた」だけと言えます。
 「想定が甘い」と言っていた人でも、やはり自分の中のラインがあるワケで、しかしそれを超えれば同じように怒るコトでしょう。
 もし「カメラを持っていて、外からの人間だと簡単に分かるような雰囲気で、かつ神様が近づいてきたら全力で逃げたけど、どこまでも追いかけられて捕まえられ、倒された上にカメラを分解されて、どこもかしこも泥だらけにされた」としても、それは「想定が甘い」と言えてしまうのでしょうか。
 果たしてそれは想定できる範囲内なのでしょうか。
 しかも「今回のこの記事を読む前に」という状態でです。
 
 我々はいま「問題が起きて記事になった後」にこうやって考えているので、その想定を超えての対策も色々と考えるコトができているワケですが、そうでない段階において果たして常識の範囲内で「カメラを持っていて、外からの人間だと簡単に分かるような雰囲気で、かつ神様が近づいてきたら全力で逃げたけど、どこまでも追いかけられて捕まえられ、倒された上にカメラを分解されて、どこもかしこも泥だらけにされるかもしれない」なんて想定できるでしょうか。
 ハッキリ言って無理だと思います。
 なぜ無理なのか、それは、お祭りだからという理由で日常的な常識や、また都会ではない場所での特殊性などから、いわゆる日本人的な一般常識からのラインを遥に超えている部分で線引きがされているからです。
 ある意味これは、東日本大震災の前に大津波への対策などを果たして何人が本気で考えられていたのかっていう問題と同じですよね。
 ある村の村長さんが10mの防波堤を作ろうとして村民から大批判を浴びたっていうお話もあるぐらいで、人間、自分の常識を越える想定っていうのはなかなか出来ないモノであり、しかし問題が起きた後からは好き勝手言えてしまうモノなのです。
 
 
 今回の問題は、誤解をおそれず言えば、このお祭りの行為はもう法律を超えている問題です。
 普通、泥だらけで他人に抱きつけば、もう暴行罪か器物破損罪ですよ。
 でも「お祭りだから」っていう理由で許されているんですよね。
 この部分はまだいいとしても、しかし法律が適用されないのであれば、では法律ではない別の部分で常識のラインを決めなければならないワケですよ。
 だって「お祭りだから」っていう理由で何でも許されるワケじゃないじゃないですか、極端なコトを言えば殺人とかレイプとか、少なくとも現代においては許されるワケがありません。
 でもそれが許されないっていうのもあくまで「一般常識」で考えられるラインでしかなく、ではそのラインはどこにあるのか、ここがあやふやなんですね。
 今回のこの問題の原因はここにあるのです。
 「どこの線引きがされているのか」という部分を計るコトができない、「何が根拠でここにラインが引かれているのか」という当たり前の常識が全く想像できないからです。
 そして、どこに線引きされるのか基準を計るコトができないので、結局人によってそのラインがバラバラになってしまい、その結果として齟齬によって問題が起きている。
 今回の問題の原因はここにあるのです。
 
 もうちょっと違う視点で見れば、記事にあるような「「抱きつかれた」といった女性のクレームに加え」というのも、完全に想定外から起きた問題でしょう。
 だって「泥だらけにされる」のと「男性から抱きつかれる」のとは全く次元の違う問題だからです。
 多少ドロを付けられるのは覚悟していても、普通の常識で考えたら中々「男性から抱きつかれる」なんて想定はしづらいですよ。
 だって「泥を塗られる」のと「男性から抱きつかれる」というのは「別の恐怖」なのですからね。
 まして、これが外部からの人にしているのか内部の人にしているのかは分かりませんが、まとめブログに貼られている写真の馬乗りにされて顔を覆っている女性のようなコトをされた場合、これも果たして想定しない方が悪いとなるでしょうか。
 やえはこれはさすがにかなり無理筋だと思います。
 
 やえはこのお祭りに対して中止してしまえと言っているワケではありません。
 ただ「イヤなら来るな」という物言いだけは、むしろ問題を複雑化させるだけにしかならないと思うんですね。
 解決策の中には、それこそ「丁寧な説明と周知徹底」が基本になると思うのですが、しかしここで大切なのは、問題の根底には「意識の差がある」という部分をキチンと理解した上で説明をしなければ、新たな問題を起こしてしまうのではないかと危惧するのです。
 なぜなら主催者の方も方で「自分たちの常識」で考えているからです。
 一言「泥を付ける」と言っても、外部の人間は「顔に付けられる」と思っているかもしれませんが、内部の人間は「全身隙間なくどろだらけにする」と思っているかもしれません。
 ここはもうどうしようもなく埋められない「常識感覚の違い」なんですね。
 で、その主催者の感覚が悪いと言っているのではなく、相互にキチンと理解するために「意識の差」という存在を認識しておなければ、結局同じ問題が堂々巡りするだけになってしまうので、まずは「自分と違う常識を持っている人がいる」と意識するコトが大切だと言いたいのです。。
 「周知徹底」は当たり前というか誰でも考えつく、そして一番の解決方法だと思いますが、しかしその中身においてもキチッと考えなければ、ますます問題を大きくする原因になりかねないんですね。
 意識の差がある中で周知徹底と言っても、本当にそれは周知を徹底していると言えるのか、ここに齟齬が生まれてしまうのです。
 そしてそれが問題に発展してしまうのです。
 
 こういう中で「イヤなら来るな」は、むしろ問題を複雑化させるだけの暴言にしかならないとしか言いようがありません。
 ハッキリ言って現代では「殺されてもレイプされても黙っていろ」はさすがに通用しない以上は、その上で法以外のラインを引く行為を行うのですから、それはもう主宰する方が線を引いて、それを周知徹底させるしかないんですね。
 もしくは、もう観光客を一切受け入れないか、です。
 やえはこういう文化はできるだけ残って欲しいと思いますから、それだけに上手い対応をとってほしいと願わずにはいられません。
 そしてそのためには、まずはこの問題の根底には何があるのか、そこを考えて欲しいと思うのです。
 

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