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2016-01

国会議員の国民の代表であり、行政府をチェックするのは当然の仕事


 甘利大臣の件で一言言っておきたいコトがあります。
 
 甘利大臣の不祥事そのものについては、やえは特に触れようと思いません。
 違法であればそれは捜査当局が判断するコトであり、また最後には裁判所が判決を下すべき問題であって、法律に照らし合わせて出される証拠の全てを閲覧できる立場でない一般人の身では、正しい判断などできようもないからです。
 もちろん、ある事象に対して政治資金法などからどう考えるべきかっていう解説ならできますから、機会があればしたいと思いますが、いまはそもそも報道されているコトが事実かどうかすら疑わしい段階なので、今日のところは中身に触れません。
 それより、もっと気になるコトがあります。
 
 最近の報道の仕方を見ると、なにやら国会議員が役所に問い合わせするコト自体が悪であるかのような伝え方をしてしまっています。
 新聞ではさすがに分かっているのか「○○省の幹部が問い合わせがあったことを認めた」とかいかにも悪いコトをしてますよという雰囲気だけ出して、直接的に糾弾するような書き方はしていませんが、テレビなんかではもっと直接的に、タレントを使うコトで、悪いコトをしているかのような印象操作をしていますよね。
 つまりそういうコトです、もうこれだけで分かりますよね。
 国会議員が行政府に問い合わせをするコトそのものは、決して悪ではないのです。
 
 なぜなら、国会議員は国民の代表だからです。
 言わば国会議員は国民そのものです。
 しかし行政は、トップが国会議員もしくは総理に任命された閣僚であったとしても、大臣や副大臣などだけで行政の全てを見張るコトなどできるワケもなく、時に行政は自らの組織の理論を優先させるコトがあります。
 こんなコトはいまさら言うほどのコトじゃないですよね。
 一昔前は「官僚政治」なんて言われたコトもありましたが、やはり何万人にもなる役所の規模を考えれば、国民の常識よりも組織の常識を優先させてしまうコトは、これは人間が人間である以上どうしても出てくるコトなんだと思います。
 
 つまりは国会議員はここを監視する役割も負っているんですね。
 時に組織論に凝り固まった役所の理論を、国民の代表たる国会議員が世間の常識に解き直す。
 これはまったく悪の行為なのではなく、むしろ民主主義にとって必要な行為とすら言えるでしょう。
 
 もちろん、もちろんですよ、国会議員を頼り一企業が自らの利益のためだけに権力を笠に着て、常識を越えるような有利な立場を得ようとしたのであれば、それは悪です。
 もし今回の件がそうであれば、それは悪だと言うしかありません。
 しかし、国会議員が行政に問い合わせや現状の報告を求めたり、また行政の対応を改めようとする行為そのものは、決して悪ではありません。
 ここをごっちゃにして、単なる政治家叩きに転嫁させては決してなりません。
 もしそんなコトをしてしまえば、国民自らが官僚政治を呼び込んでいるだけにしかなりません。
 ここは冷静に判断すべきです。
 
 国会議員は国民の代表であり国民そのものであるってコトを忘れている人が最近多い気がしてなりません。
 

現行の衆議院議員の定数は、これを削減する積極的な理由や理論的根拠は見出し難い。


 このタイトル、先日公表された「衆議院選挙制度に関する調査会」の答申の一節です。
 答申はこちらで全文公開されていますので、興味ある方はご覧ください。
 
 この調査会、メンバーは非議員の有識者です。
 会長役の座長に東京大学総長も務められた佐々木毅さんをはじめとして、けっこう有名な学者さんたちによる有識者会議です。
 つまりこの答申は、選挙で選ばれる自らの身分に関わるような議員の意志を反映しない形、もっと言えば、いちいち民意なんて気にしなくてもいいモノだというコトに注目してください。
 その答申で「現行の衆議院議員の定数は、これを削減する積極的な理由や理論的根拠は見出し難い」という一節が載せられているのです。
 
 原文そのままを引用するとこうです。
 

 現行の衆議院議員の定数は、国際比較や過去の経緯などからすると多いとは言えず、これを削減する積極的な理由や理論的根拠は見出し難い。

 
 この問題についてはやえはかなーり昔からずっと言い続けているコトなんですけど、いまの日本の現行制度を見ると、議員定数を減らす必要性が全くありません。
 特に、議員定数でよく言われる理由のひとつである「外国に比べて議員数が多い」については、これはまったくのデタラメだと言い続けてきました。
 例えばこちらの記事では、やえが自分で主要国の議員数と人口を調べ、議員ひとりあたりの人口数というモノを算出していますが、その結果は、アメリカは断トツに議員数が少ないのですが、日本はその次に議員数が少なく、イギリスに比べれば約1/2の議員数となっています。
 そしてそれは、この調査会の答申でも表付きで指摘されています。
 
 
 
 下院とは日本で言う衆議院に当たる、どの国でも直接選挙が行われる(上院は選挙でない国もある)議院ですが、そこだけで比べると、日本の世界比較はますます大きくなります。
 もちろん日本の議員数は格段に少ないワケです。
 G7中、日本の次に議員数が少ないドイツでさえ日本の倍の人数がいるんですね。
 これのどこが「外国に比べて日本の議員数は多い」のでしょうか。
 
 もうひとつよく言われるコトに「経費削減」という言葉が出てきますが、しかしそもそも議員数の問題というのは民主主義の根幹に関わる問題であり、単にお金の問題で考えられる問題ではありません。
 少なくとも、議員定数の問題はお金の問題よりも上位にある問題と言えるでしょう。
 なぜなら、そもそも民主主義という制度自体が手間もお金もかかる制度だからです。
 法律1つ作るにも、何百人もいる議員が長い時間を掛けて議論を行い、その上で賛否を聞いて過半数以上の賛成を得なければならないワケで、当たり前ですが決定権者が少ない方が時間も手間もお金もかかりませんが、それでも「民主主義という枠組み」を守るために、時間も手間もお金も度外視でこの制度を採用しているワケです。
 もともと経費がかかるコトを想定した制度が民主主義なのです。
 だからもし、民主主義の価値よりもお金を上位にして考えろというなら、いますぐ民主主義を辞めるべきなんですね。
 でももちろんそんなコトまで考えている人はいませんし、もし本気で民主主義をやめるべきだと言われれば、共産主義者など以外は否定するコトでしょう。
 であるなら、経費削減を理由にこの問題は考えられないハズです。
 
 その上でもし、国際比較として日本が抜群に議員数が多いなら、少しは考慮していいとは言えるかもしれません。
 それでも本来こういうのは比較して成否を決めるモノではありませんからそれも一要素でしかないと思いますが、しかしどちらにしても、日本は抜群に議員数が少ない方なのですから、結局経費削減という理由は議員定数が結論づけられる理由にはなりはしないのです。
 
 よってこの答申も「これを削減する積極的な理由や理論的根拠は見出し難い」と結論づけたのでしょう。
 冷静に理知的に考えれば、日本はこれ以上議員数を減らして良いコトなどなにもないのです。
 ですから本来一票の格差を是正したいのであれば、議員数を増やすのが望ましいのです。
 
 でもこの答申も、その次に急に日和ってしまいます。
 

 (1)一方、衆議院議員の定数削減は多くの政党の選挙公約であり、主権者たる国民との約束である。
 (2)このことから、削減案を求められるとするならば、以下の案が考えられる。(以下略)

 
 政治課題としては、「国民との約束」は考慮する必要もあるでしょう。
 しかし、今回のこの調査会はそういう“議員個人の事情”を排除するために非議員のメンバーにしてあるハズです。
 それなのになぜ、こんな公約なんていう調査会には全く関係ない理由で「理論的根拠」を否定してしまっているのでしょうか。
 これがまだ、この調査会の答申を受けて、政治家サイドで選挙公約を勘案した結果として議員定数削減に踏み切るっていうのでしたら分かるんですよ。
 それなのに、非議員の調査会の段階で公約なんてモノを考慮してしまう、言わば日和ってしまっているコトに、やえは大変な違和感と失望感を感じてしまいます。
 
 ですから、議員でもなんでもないやえは言い切ります。
 仮に選挙公約であったとしても、それよりも民主主義の根幹に関わる議員定数の問題については、それを無視してでもこれ以上議員数を削減するコトはやめるべきです。
 そこにメリットはありません。
 これは、冷静に理性的に考えたら、普通に出てくるハズの答えなのですから。
 
 そしてこれをキチンと伝えないマスコミもマスコミです。
 この答申を報道する内容は、やっぱり議員定数削減の部分だけでした。
 でも「2.議員定数」のトップに来ているのは「現行の衆議院議員の定数は、これを削減する積極的な理由や理論的根拠は見出し難い」であり、非議員がメンバーの調査会の答申という性格を考えれば、この部分こそをもっと大きく報道するべきのハズなのです。
 
 調査会が辺に日和った点、そしてマスコミの相変わらずの態度のこの2点について、やえは声を大きくして指摘しておきたいと思います。
 

数の力を党利に悪用する民主党


 さすがにこれはあまりにもひどすぎる上に、なにやら広く報道されていない気がしますので、取り上げようと思います。
 こちらの件です。
 

 おおさか維新「民主許せない」…質問時間配分で批判
 
 おおさか維新の会の下地幹郎政調会長は12日の衆院予算委員会で、政府にほとんど質問せず、異例の民主党批判を展開した。
 民主党は「与党でも野党でもない新しい政党を目指す」というおおさか維新の会のスタンスに反発。与党が慣例で野党に譲った約7時間分の質問時間を、おおさか維新の議員数に応じて配分しなかった。
 これに対し、下地氏は予算委で「民主党の行為は許せない」と攻撃。首相も「野党が分配すればいいだけの話だ」と肩入れした。

 
 これ、国会独自の慣例に基づくお話なので、まずはその解説からしておきましょう。
 
 国会の委員会では各会派(≒政党)が政府に対して質問を行うワケですが、その質問時間は会派に所属する議員の人数に応じて割り振られます。
 簡単に言えば、人数の多い会派には多くの時間が与えられ、人数の少ない会派には少ない時間しか与えられません。
 議員数とは国民の意思の反映によって決められたモノですから、より多くの国民の意思が反映された会派に多くの質問時間が割り振りされるというのは民主主義として当然のコトでしょう。
 
 よってこの原則からすれば、基本的に審議時間が一番多く割り振られるのは与党第一党となります。
 いまで言えば自民党ですね。
 例えば審議時間の原則はこんな感じになります。
 
例)
委員会総時間:10時間
会派人数:自民50人・民主20人・公明10人・おおさか5人・共産5人
 ↓
質問時間:自民5時間・民主2時間・公明1時間・おおさか30分・共産30分

 
 これが原則です。
 
 ただし実際の国会運営においては、与党の質問時間はそんなに長くありません。
 実際のとろこは、野党第一党が一番質問時間が多いという運営がなされています。
 これは、政府からより距離を置いている野党に質問時間を多く与えるコトで、立法府と行政府の距離を測るという目的で行われている慣例です。
 もっと分かりやすく言えば、与党は政府に対して厳しい質問をしないの(実際国会中継を見れば分かりますが、実際はそんなコトはないんですが)で、野党に配慮する形で野党に多くの時間を与えているっていうコトなんですね。
 
 では具体的にはどういう形で野党に時間を与えているのかというコトなのですが、委員会の時間は限られていますから、単純に野党の質問時間を増やすという方法ではありません。
 先ほどの例で言えば、自民が5時間質問した上に民主にさらに4時間与えて6時間としてしまうと、総時間をオーバーしてしまいますよね。
 よって実際には、「与党の質問時間をある程度削って、その削った分を野党に与える」という形をとります。
 先ほどの例で言えば、例えば「自民の5時間分の4時間を野党に与え、自民の質問時間を1時間とする」という形になります。
 こうするコトで、総時間を変えるコトなく、野党の質問時間を確保しているんですね。
 
 今回自民は、この慣例に従い、自らの審議時間を野党に与えました。
 実務的には、この与党分の時間をまず野党第一党である民主に預け、その上で民主が野党各会派に割り振りするっていうのが通常の作業となります。
 そして普通であれば、この与党から与えられた時間は野党間でも議員数に応じて比例的に割り振られるコトになります。
 例で言えばこうなります。
 
例)
原則質問時間:自民5時間・民主2時間・公明1時間・おおさか30分・共産30分
 ↓
自民4時間分を野党(民主20:おおさか5:共産5)が配分
 ↓
野党配分量:民主160分・おおさか40分・共産40分
 ↓
実質質問時間:自民1時間・民主4時間40分・公明1時間・おおさか1時間10分・共産1時間10分

 
 本来はこうです。
 しかし今回の問題はこの「野党の配分量」の部分にあります。
 本来のこの形あれば全く問題はなかったのですが、しかし今回はなんとも野党第一党の民主がその権力権限を使い、おおさか維新の会に「自民党分の時間」を全く与えなかったのです。
 例を取るとこうなります。
 
例)
原則質問時間:自民5時間・民主2時間・公明1時間・おおさか30分・共産30分
 ↓
自民4時間分を民主と維新だけに比例配分(民主20:共産5)
 ↓
野党配分量:民主192分・共産48分
 ↓
実質質問時間:自民1時間・民主5時間12分・公明1時間・おおさか30分・共産1時間18分

 
 ちょっとこれ、ひどすぎると思いませんか。
 本来自民の時間であったものを与えられただけに過ぎない「他人の時間」を、さも自分たちのモノかのように民主はふるまって、自分たちの都合だけでおおさか維新の会に割り振らなかったのです。
 その結果、比較としておおさか維新の会の質問時間はとんでもなく短くなってしまいました。
 さらに悪質なのが、この「本来おおさかが受け取るハズだった自民分の時間」を自民に返しているならまだしもなのですが、民主はその大部分までを自分たちの時間に横取りしてしまっているのです。
 小汚いとか、そんなレベルを超えていると思いませんか?
 本来は自民の時間であるモノなのに、民主はさも最初から自分のモノかのように振る舞い、数の力を持っておおさか維新の会の時間を潰したのです。
 
 普段、自民党のコトを「数の力を背景とした暴力的な国会運営」と言いながら、自分たちこそがまさに「数の力を背景とした暴力的な国会運営」をしているのです。
 まして「野党分に比例して配分する」という手続きを事務的に処理するためだけの野党第一党という立場なのに、その便宜上の権限でしかない力を悪用して自分たちの党利党略に使ったのですから、その悪質さというのは何にも比べられないほどだと言わざるを得ないワケです。
 
 だからおおさか維新の会も、委員会審議という場で異例の野党への抗議を質問の中で行いました。
 ここでしか正式に発言できないんですよね。
 なにせ、秘密会である「理事会」では、多数決という数の力でおおさか維新の会の抗議を封殺するコトができるのですから。
 
 また同時に、いつも自民党に対して数の力カズノチカラと唱えているマスコミも、この本当の数の暴力には何も言わないんですよね。
 あまりにも勝手です。
 本来これは、国民の投票の結果を表した議員数に応じた質問時間という民主主義の根幹に関わる問題であり、政党間の駆け引きだけに終わらない、民主党による民主主義の否定という大問題のハズなんですけどね。
 

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