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2016-04

人の振り見て我が振り直せ


 先日行われた、G7広島外相会合とそれを受けてアメリカ大統領が広島に来るかもというお話に対して、広島に本社がある中国新聞が以下のような「論評」を載せています。
 

 論評 火が口と米国大統領 「訪問」すればいいのか
 
被爆地広島に、オバマ米大統領は訪れるのか―。5月下旬の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に伴う訪問検討が表明された。広島市での外相会合で原爆慰霊碑に献花したケリー国務長官に続き、さらなる歴史的な訪問を求めるのであれば、被爆地こそが声を上げ論じるべきだろう。人間を大量殺りくした原爆投下の是非であり、核に依存する安全保障からの脱却だ。
 
(中略)
 
 平和記念公園となった旧中島本町では少なくとも597人が45年末までに死去した。ゆかりの住民慰霊祭を営む福島和男さん(84)=佐伯区=は、ケリー国務長官の来訪に接して、絞り出すようにこう話した。
 「思い出すと今もはらわたが煮えくり返る。恨んでいないかと聞かれれば、捨てきれんもんがあります」。両親と祖父母ら家族6人を「あの日」奪われた。
 投下は「今でも許せない」のか、「やむを得なかった」のか。NHKが広島市で5年ごとに続ける「原爆意識調査」で昨年、前者が43%、後者は44%となった。体験者が減り記憶の継承がきちんと図られていない。加えて、中国や北朝鮮の「脅威」に対して核の力を信奉する風潮が被爆地でも広がってはいないだろうか。
 「原爆は威力として知られたか 人間的悲惨として知られたか」。この痛切な問い掛けを60年代に発した中国新聞の故金井利博氏は、原水爆禁止運動が混迷を深める中、広島を政党宣伝の貸座敷にすることは死者に対する「許しがたい侮辱」でもあると喝破した。

 
 全体的に、果たして核廃絶を目指しているのか、それともただアメリカに恨み節をぶつけたいだけなのか、かなり疑問に感じる「論評」です。
 まして「このタイミング」です。
 もちろんだからこそのこの論評なワケですけど、あまりにも「米国大統領」に対する感情が先行しすぎてはいませんでしょうか。
 
 この論評で最も良くないのが、様々な分野でそれぞれ考えなければならないテーマを、一緒くたにして感情論で外にぶつけている点です。
 例えば引用もしました「思い出すと今もはらわたが煮えくり返る」の一節ですが、これは核兵器に対する思いなのか、それとも戦争に対する思いなのか、はたまた「戦争時における非戦闘員に対する攻撃」に対する思いなのか、おそらく全てごちゃまぜになっていますよね。
 もちろん殺された方はそんなのどうでもいい感情なのでしょうけど、でもそこから一歩引いた新聞紙上で「論評」するのであれば、それは必ず冷静な視点が必要です。
 感情論をぶつけたいのであれば、それこそツイッターででもやってればいいんですから。
 またその上で、戦争上のコトであれば法的責任であればもはや決着済みであるワケですし、非戦闘員に対する行為であれば、これは広島や長崎だけのコトだけでなく東京や沖縄なども同時に論ずるべきですし、それは法的責任とはまた別の視点で考えなければならないコトでしょうし、ただただ戦争というコトであれば、日本軍だって米国人をたくさん殺したワケであり、それが戦争であるワケですからね、なんとも言えないのです。
 
 難しい問題です。
 やえも、決してこれまでのアメリカの非道を全て水に流して見なかったふりをしろなんて言いません。
 しかし、それをただ感情にまかせて相手にぶつければいいというコトでは決してないのは確かです。
 まして前にも言いましたように、いま謝られてもそれで現状が何か変わるって問題でもありません。
 ですから難しい問題だからこそ、1つ1つ丁寧に論じていかなければならないと言いたいのです。
 「思い出すと今もはらわたが煮えくり返る」という言葉だけを相手にぶつければいいってワケでは決してありません。
 
 前から言ってますように、まずは「核兵器廃絶」です。
 核兵器廃絶と、原爆投下の責任をごっちゃにしていては、核兵器廃絶への道は完全に遠のいてしまいます。
 まずはここをどうするかっていうのが、いまの一番の考えどころのハズです。
 しかし「政党宣伝の貸座敷」という表現は、完全にそれに水を差す行為です。
 この人は果たして何がしたくてこれを書いたのか全く分からないのですが、核廃絶というのは、天から下された人類への関門とかそういうアレなのでは全く無く、これは完全に「政治課題」です。
 核問題というのは政治課題であり外交課題であって、現実の問題なのです。
 ここを忘れて、何か「自分は天に選ばれて正しいコトをしているんだ」的なような感覚でこの問題を語ってしまえば、完全に的外れになるだけか、むしろ問題を後退させるコトしかできないでしょう。
 今回の「論評」は、まさにこうなっていると言わざるを得ません。
 
 人には感情があって、立場があって、メンツもあって、民主主義国家には選挙もある。
 こういう現実を前にして、その上でどう核廃絶を達成するためにはどういう道を進むべきなのかっていうコトを、極めて冷静にリアルに考えるコトが大切なのです。
 広島の人間だからこそ、ここを考えなければならないのではないのでしょうか。
 やえは強くそう思うのです。
 
 最後にこの記事を引用しておきます。
 人の振り見て我が振り直せです。
 

 「加害国・日本が被害者になる」 反発の韓国メディア、自らの歴史認識にこじつけ? 「日本の首相は真珠湾を訪れ謝罪したことがない…
 
 オバマ米大統領が5月末に広島を訪問する見通しとなったことに関し、韓国メディアの多くは、ケリー米国務長官が今月11日に広島を訪問した前後から「太平洋戦争を起こした“加害者”である日本を“被害者”に変えてしまう」と反発しており、オバマ氏の訪問を問題視し続けている。
 韓国紙、中央日報は12日付の社説で、「東アジア全体の目で見れば、米大統領が今、広島に行くのは時期尚早だ」と断じた。その理由として、「日本は韓国や中国などの被害国から完全に許しを受けたわけではない」とし、日本の韓国などへの謝罪が、広島訪問の前提であると主張。「訪問が実現しても、日本の蛮行に対する免罪符ではないことを、米国は明確にしなければならない」と要求した。

 

日常を送ろう


 東日本大震災の時にも言いましたように、被災地以外の人が一番大切にすべきは「日常を過ごすコト」です。
 同じ国の中で大変な目に遭ったいる人がいるのに、と思う気持ちも分からないでもありませんが、ただ身もふたもないコトを言ってしまえば、だからといって被災者以外が被災者と同じ暮らしをしても復興が早まるワケでもなんでもありません。
 むしろ逆です。
 被災者以外の人が無意味な自粛を行い、経済活動を縮小させてしまえば、それだけ経済が停滞してしまい、国全体の力が弱まってしまうコトに繋がります。
 ハッキリ言ってしまえば、「被災者に寄り添って、慎ましい生活を送る」は、ただの自己満足でしかないのです。
 
 もちろん義援金を贈るとかそういう非日常の行為は、余裕のある人はどんどんすればいいと思います。
 ただし、その好意が必ずしも有効かどうかという点は考えなければなりません。
 例えば千羽鶴を被災地に送っても、むしろ邪魔でゴミにしかならないというコトは東日本大震災の時にも多く言われたコトですよね。
 またボランティアにしても、本当にいまそこに必要かどうかはシッカリと考えなければなりません。
 「いてもたってもいられないからとにかくボランティアに来た」は、高確率で邪魔にしかならないワケで、普段なんの訓練も受けていない一般人が、さらに大規模広範囲での活動なのに組織的に動く教育を受けていない一般人が突然被災地に押しかけても、むしろ二次災害を誘発する要因にしかならないと言わざるを得ません。
 とにかく人手が必要だという場面では、様々な手段を用いて現場から情報発信されますので、どうしてもボランティアがしたいという人はそれを待つべきです。
 
 冷静に考えてほしい点があります。
 それは、日本においてはここまでの災害が起きても、決して略奪などの無法地帯が出来るワケでもなく、また餓死者が出るコトもない、という点です。
 地震や津波による被害によって命を落とすコトはあったとしても、逃げた先で別の理由で命を落とすコトは日本では起こりません。
 これは最近では当たり前かのような感じで特段語られるコトもありませんが、世界的に見れば相当に珍しいコトであり、もちろん被災者には確かに日常的な生活の部分で不自由な思いをしなければならなくなりますが、少なくとも命を落とすコトはないのですから、そういう意味で、被災者以外の人が「とにかく一刻も早く、何も考えなくてもとりあえず駆けつけて手伝わなければならない」なんて事態はないんですね。
 少なくとも、そういう一刻一秒を争う事態というのは、それは消防や自衛隊などのプロに任せるべきコトです。
 特に地震などは言うまでもなく1回起こればそれで終わりというコトではなく、何度も揺れて、またその回数が増えるコトに建物などの崩落の危険性が高まるのですから、そんなところに素人が行っても、プロの邪魔をするだけ、最悪、プロの仕事を増やしてしまうだけになってしまいます。
 繰り返しますが素人が今すぐ現場に急行しなければならない理由などありはしません。
 必要な場合はプロの人がキチンと募集しますから、それに従うようにしましょう。
 
 よくよく考えなければならないのは、なぜボランティアをしたいと思うのか、です。
 それは本当に「被災者・被災地のため」ですか?
 ただ単に「自分は役に立っているんだ」と思いたいだけの自己満足になっていませんか?
 
 やえは大嫌いな言葉なのですが、「やらない善よりやる偽善」という言葉がネットで流行っています。
 でもこの言葉のニュアンスというのは「やる偽善」がそれでも役に立っているという前提の言葉になってしまっているワケなのですけど、でも実際は「むしろ害悪になっている」という場合こそを本来は「偽善」と言うのです。
 つまり「やらない善よりやる偽善」を盾にして、実は害悪にしかなっていない行為すらもこの言葉は正当化してしまっているとしか思えないんですね。
 「押しかけボランティア」は、偽善ではなく、自分のコトしか考えていない自己満足の害悪なのです。
 善か悪かの心の問題ではありません。
 「他人に迷惑をかけている」という害なのです。
 「やらない善よりやる偽善」という自己満足丸出しなこの言葉、もう一度考え直してほしいところです。
 
 自粛はいけません。
 日常を送りましょう。
 その上でどうしても何かしたいなら、義援金を送るなり、被災地産の商品をいっぱい買って経済を回すなりをしましょう。
 その上でどうしてもそれ以上を行いたいという人は、そして国や自治体のサイトをチェックして、一次情報を確認した上で、自分が出来るコトを探してみてください。
 日常を送れるコトは決して後ろ指を指される行為なのではなく、これこそが国の力になるのです。
 

歴史的な平和記念公園の献花


 先日、広島におきましてG7外相会合が開催されました。
 この会合が広島で開催されるのはもちろんはじめてで、そもそもアメリカ・イギリス・フランスという核保有国の外務大臣が広島に来るっていうだけで史上初のコトという、歴史的な会合でした。
 そして生中継までされた、平和記念公園での献花。
 併せて原爆資料館の視察と、予定に組み込まれていなかったと言われている原爆ドームの視察。
 広島で生まれた身として、本当にあの時は涙が出そうなくらい、胸が一杯になりました。
 
 前回言いましたように、核問題に関わる様々な感情の部分については多くは語りません。
 要は核兵器のない世界を望む、そんな世界が一日でも一秒でも早く訪れるためにどう足を踏み出すのかを現実的に考え、小さくてもその一歩を着実に進めてもらい、そしてその歩みをキチンと評価し歓迎するっていうのが、やえの率直な思いですし、そしておそらく多くの広島の人間にとってもこの願いこそが共通する願いでしょう。
 ですから、もしその歩みに逆行するようなコトを言ったりするっていうのは、少し冷静に考えて欲しいと思うのです。
 それは一時的な感情を満足させるため、ただ単にカタルシスを得るためだけではないのですかと、真の願いは核廃絶なのではないのですかと、そう問いかけたいのです。
 
 今回の外相会合では、新聞やテレビをはじめ、本当に多くマスメディアが取り上げていましたが、その中で一番気になったのが、被団協の主張でした。
 広島県原爆被害者団体協議会という団体(細かく言えばこれも2つの団体があったりするのですが)なのですが、その名の通り被爆者の団体です。
 この被団協がテレビなどのインタビューで、「ケリー国務長官は被爆者と意見交換しなかったのはけしからん」というニュアンスのコトを言ってたんですね。
 やえはもう本当にガッカリしました。
 
 被団協は一部の政党に近しい極左的な雰囲気を持ちつつも、それでももはや政治闘争しかしていない他の左翼団体と違い、今でもその行動原理は核廃絶こそを目的とし、そのために行動している団体として、広島では認知されています。
 ですから、地元メディアでは露出の機会も多く、広島内での知名度はかなり高い団体でもあります。
 しかしそんな一定の努力を行っている団体なのに、核廃絶よりも自分たちの感情を前面に出したワケなんですね、今回の主張というのは。
 やえは本当にガッカリするしかありませんでした。
 
 いま被団協がケリー国務長官と面談したら、いったいどんな要求をしてしまうのか、それは容易の想像が付きます。
 謝罪要求と即時核廃絶条約の締結要求、この2つを口に出してしまうコトでしょう。
 しかしその結果どうなるかは、もう説明する必要はありませんよね。
 間違いなく謝罪はするハズもありませんし、条約も今の段階でアメリカが締結するワケもなく、しかしその一方、そんな要求をされたからには、もはやアメリカの高官は二度と広島の地を訪れてはくれなくなるでしょう。
 それは間違いなく、核廃絶への道に逆行する行為です。
 被団協はなぜそんな簡単な理屈が理解できなかったのでしょうか。
 
 そもそもとして、被団協だって別に被爆者の全てが加入している団体ではありません。
 決して被爆者の総意を代弁する団体ではありません。
 それなのになぜ、さもケリー長官が被団協と会うコトは当然のコトかのように、ケリー長官は我々と会うのは義務なのにそれを履行しなかったと言わんばかりに、平然とマスコミの前でしゃべれるのでしょうか。
 その姿は、さすがに何様ですかと思わずにはいられませんでした。
 自分たちの感情だけを優先させ、また結局は団体の指摘利益だけを追求するかのようなその姿勢は、本当に失望せざるを得ませんでした。
 
 今回、広島選出の岸田文雄外務大臣の主導の下に出された「広島宣言」の一節です。
 

 我々は、核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている。

 
 この一文だけでも目頭が熱くなる思いであり、この一文のためだけでも今回広島でG7外相会合が開催された意義があったとしみじみと感じ入ります。
 次はいよいよオバマ大統領が広島入りするかどうかが焦点になっていますが、もちろんやえも米大統領が広島を訪問してもらえるなら、それは大変意義深いコトだと思っています。
 今後どうなるかはやえには分かりませんが、少なくとも、この核廃絶への長くそして細い道ではありますが、それでも少しずつは前進しているのでしょうし、なによりこのG7外相会合がその歩みを促進させたのは確かでしょう。
 どうか、この道がもっと広く短いモノになってほしいと願うところです。
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、核なき世界を応援しています。
 

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