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2016-11

他の家の継承ルールをとやかく言うべきものではない


 さて、皇統問題についてのお話を続けていきましょう。
 今日は、男系継承という神武天皇家の継承のルールについて、大きな誤解を持っている人がいるようですので、そこを解説していきます。
 
 言うまでもなく神武天皇家の継承のルールとは「男系継承」です。
 これがどういうルールなのかというのは今さら説明しませんが、しかし間違ってはいけないのが、この男系継承というルールは決して「日本の家や組織全般に当てはまるルールではない」というコトです。
 つまりですね、家とか組織とかって次の代次の代へと継承されていくモノですし、ほとんどの場合そのための努力をするワケですが、その継承のルールとはそれぞれの家や組織が自ら独自に決めるコトであって、外の人がとやく言うモノではないんですね。
 
 例えば徳川宗家は、宗家にもし継ぐべき男子がいなくなったら、いわゆる御三家のどこかから養子を迎えて宗家を継ぐというルールを定めました。
 最後の将軍徳川慶喜は、御三家の一つ水戸藩出身で宗家を継いだというのは、幕末ファンにはおなじみだと思います。
 また例えばいわゆる「一子相伝」なんて言われる家では、実子の一人にだけ秘伝の技を伝えていくっていう方法で継承していますよね。
 一方、同じ技を伝えるという継承でも、弟子の中から最も優秀な人を宗家に迎えるっていう家もあるでしょうし、新選組の局長近藤勇が宗家を継承していた天然理心流は、勇で3代目ですが、初代から勇まで全て養子で継承されています。
 勇は子供の頃に2代目に剣術のセンスを認められて養子に迎えられたっていうのは、幕末ファンにはおなじみのお話です。
 さらに例えば神社なんかでは、元皇族の方が継承するところもあれば、世襲のところもあります(ラーメン・つけ麺・僕イケメンの人は実家が神社で継がなきゃいけないと言ってますよね)。
 そしてそのどれもが、他人がとやかく言うべきモノではありませんし、そして世間には普通に受け入れられている継承のルールなワケです。
 
 神武天皇家が男系で継承してきたのは、それは神武天皇家が自ら定めたルールだからです。
 勘違いしてはいけないのが、この男系というルールをもって、性別の論争にもっていってしまうコトです。
 違うんですね。
 この際、男性が女性がってお話なのではなく、それは単に「そういうルール(男系)だからそのルール(男系)で繋がなければならない」と言っているだけなんですね。
 例えば神武天皇家が仮に女系で繋がれていたのであれば「絶対に女系を崩してはならない」と言っていたでしょうし、宮家からであればだけでもいいというのであれば「宮家を増やす努力をすべき」と言っていたコトでしょう。
 やえは、男性が優位であるべきだと考えているから男系で継承すべきだと言っているのではなく、神武天皇家が男系で継承してきた、逆に言えば男系だけがルールとして絶対的に守られて継承されてきたからこそ、男系でなければならないと言っているのです。
 ただそれだけのコトで、つまりこれは事実の確認なのです。
 男女論は個人の思想であり主張でしかありませんが、「神武天皇家が男系で継承してきた」は事実の確認でしかなく、やえの個人的な思想でも主張でもないのであり、よって誰も否定するコトはできないのです。
 
 これまで悠久の歴史の中で神武天皇家が男系で繋いできたのですから、もし男系が途絶えるような事態になったら、それはやっぱり神武天皇家ではなくなる(天皇ではなくなるという意味ではありません)と言うしかありません。
 これも考え方なのではなく、事実の確認です。
 ここに個人の思想を挟む余地はなく、「男系で継承された時だけ神武天皇家の継承」は、誰であったとしても否定はできない事実なのです。
 これが基本です。
 よくよく踏まえておく必要があります。
 
 ですから、天皇であればどんなルールでもいいと主張するのであれば男系にこだわらないのかもしれませんし、やえも存在自体を完全否定するつもりはありません(当たり前ですがルールによりますので)が、ただその際一つだけ確実に言えるコトは、男系でなければ「神武天皇家の継承ではない」という揺るがしようのない事実です。
 「神武天皇家ではなくなる」というというのは動かしようのない事実なんですね。
 すなわちこの問題、男系か否かを考えるというコトは、イコールで「神武天皇家を続けるかどうか」の問題なのです。
 

政治家批判とは?


 やえも皆さんのコメントのレスで、一言「政治家批判」という言葉を使ってしまっているので、様々な意味で混同してしまい、誤解を生みやすくなってしまっていてちょっと失敗したかなと思っている部分もあるんですが、やえが言いたいのは「政治家に直接向けた主張なのか」それとも「政治家を評価し、それを国民に向けて主張するのか」では全く意味合いが違うワケなのです。
 
 政治における結果と過程、そして主張するってコトについては、2つの点において、2つの視点が必要なんだと思うんですね。
 まず「政治家に直接向ける主張なのか」それとも「政治家の行動への評価を国民に向ける主張なのか」という点。
 そして次に、そもそもとしてその主題に対しては政治家はどういう行動を行うのが正しいと主張者が判断するか、です。
 
 「男系を優先するために、最終的には法改正すべきだ」という結論が同じだったとしても、この2つと2つの点において、その主張方法は大きく変わります。
 この皇統問題で言えば、やえは「政治家に直接向ける主張なのか」についてはすべきではないと思っていますが、その前に、そもそもとしてこの件は本来は国民の側から動くべき問題であるという前提があります。
 特に「天皇皇族と政治家(権力者)との距離という非常にデリケートな問題」は、日本という常に天皇を戴いた上で悠久の歴史をはぐくんできた国家としては、本当によくよく考えなければならない問題です。
 その上で本来なら、国民の側からキチンと道筋を立てた上で、権力者にはただの実務者として動いて貰うっていうのが、この皇統問題で言えばベストでしょう。
 一方最も悪いのは、一部の国民の声だけに押されて動くような事態です。
 これだけは絶対に避けねばなりません。
 ですから、「政治家に直接向ける主張」はすべきではないと思っています。
 
 ところでやえはこれまで、政治家の評価、政党の評価という意味では、過去に色々と文章を上げてきました。
 例えば、民主党政権の時代は、今ではなかなか考えられない、記憶が薄れている人も多いかもしれませんけど、特に前期は民主党政権こそが正しくて批判する人間は悪だと単純なレッテルが貼られるぐらい、強い民主党への追い風がネット上でも吹いていましたが、やえは以前の主張通り、あの政党が行う政策の多くの部分について具体的に指摘をして間違った政策だと、かなり強く批判をしていました。
 でも間違って欲しくないのは、これらは全て「国民に向けた文章」なんですね。
 これって過去何度か説明しているんですよね、実は。
 つまり「政治家を直接批判して政治家の行動を変えてやろう」とした文章なのではなく、「政治家の間違った行動を国民に向けて説明するコトによって、国民の意識に訴えよう」という意味での文章なワケです。
 似てるように思うかもしれませんが、これ、全然違うワケです。
 
 お話を皇統問題に戻すと、何度も言ってますように、やえはいまの動きについて政府与党の動きが間違っているとは思っていません。
 もし間違っているとやえが判断するなら、「安倍政権はこんな風に曲がっているんですよ」と国民に向けて文章をアップしていたかもしれませんが、しかしこの件に関しては、安倍政権も与党も間違っているとは判断していません。
 となければ、「政治家の行動への評価を国民に向ける主張」においても、政治家を主題とする文章というモノは出てこないんですね。
 
 短絡的に考えれば、確かに「男系を優先するために、最終的には法改正すべきだ」という結論を得るためには「政治家が動けば良い」という方法を採るコトが簡単ではありますから、そのルートをとるのであれば政治家批判になるような主張になってしまうのかもしれません。
 本来は「政治家は政治家としてどう行動すべきか」という理由を考え、その評価を冷静に下さなければならないのですが、結論を早く得たいがためにその中身の評価が出来ず、短絡的に「行動しないから悪い」という結論を出してしまうのでしょう。
 しかしそれは、「政治家は政治家としてどう行動すべきか」がないままの政治家批判であり、結局のところは「政治家に直接向ける主張」になってしまっているんですね。
 「政治家が動けば最良の結論が得られて解決するんだ」と、理屈抜きの結果ありきの主張にしかなっていないからです。
 この理屈は大変に危険な理屈なんですよね。
 
 やえは皇統問題を今の段階で政治家が具体案を出すべきではないと思っています。
 1つは、未だ国民の理解が低いので、男系優先の具体案を政治家が提示しても、むしろ反発されてマイナスにしかならないだろうと予想しているから。
 もう1つは、天皇皇室と政治家(権力者)との距離のバランスの問題からです。
 
 逆に言えば、これらがクリアされれば、どんどん議論を前進させて法改正まで持って行くべきだと思っています。
 ですから、もっと国民が男系男子優先こそを最優先に考えるべきだと意識を持ち(やえは側室制度すら復活には賛成です。もちろんこれは理解されるかどうかの問題は度外視しています。やえの個人的な意見です)、その上で天皇と権力者の距離の問題をうまく整理できれば、後は法改正が必要なのですから政治家がリーダーシップをとるべきでしょう。
 こういう意味において、もしこの段階まで来たのにも関わらず政治家が動かなければ、それはその時に「キチンと動かない安倍総理はおかしい」と国民に向かってやえは主張するでしょう。
 そして残念ながら、あらゆる意味でいまの日本においては、足りていないモノばかりだと言わざるを得ないのが正直な現状だと思うのです。
 
 結論も主観でいいんですが、ただその結論を達成するために安易に「政治家が動けば達成される」→「政治家が動かないから達成できないんだ」→「この政治家は悪だ」と思考してしまうのは、ちょっと短絡的すぎるのではないのでしょうか。
 なぜ動かないのか、本来はどう動くべきなのか、他に理由や足りないモノがあるのではないのか。
 様々なモノを考えるべきなのです。
 「とにかく政治家が動いて法改正をすればそれで終わる」とは、結果だけ見ればその通りなのかもしれませんが、それは大変危険な考え方だと指摘するしかありません。
 
 以前よく使っていたフレーズなのですが、「政治家や国家は国民の安楽装置ではありません」。
 少なくともこの問題について言えば、現状、男系最優先論が未だ国民の中で受け入れられていない以上は、国民以外の言葉で表現される主体に責任を転嫁させるようなコトはできないのではないでしょうかと思っているのです。
 
 さて、何度もこのようなお話を繰り返してもアレですから、次回はまた皇統問題の中身について書いていきましょう。
 次回は「神武天皇家が続く意味」を説明してみようと思います。
 

皇室問題に対する世論の現状認識と、国民が主体的に政治に参加するための意識のお話


 今日の文章は、先日コメントくださいました.さんにレスする形での文章となりますが、内容的には一般論として書いてますので、多くの方に読んで頂ければと思います。
 皇室問題とその現状、そしてやえの姿勢に関するコトです。
 
 まずですが、たぶん2つの点において現状に対する認識がやえとはちがうんじゃないかと思います。
 1つは、やえは決して現状において「男系継続優先論」が今の国民の間で主論にはなっていないと思っている、という点。
 もう1つは、政治家にどういう形で伝えるべきか、という認識の点です。
 
 まず1点目ですが、もしかしたら.さんは、政治家が男系継承のための方策について具体的に案を提示すれば国民のほとんどがすぐに納得する、というように認識しておられるのではないかと、これまでの一連のコメントを拝見して感じているところですが、しかしやえはむしろ現状は真逆だと思います。
 確かに「男系で繋いでいくべき」という一言であれば、確かに多くの国民は理解するでしょう。
 しかし具体的方策、例えば旧宮家の復帰や、当サイトでは女性皇族の方に旧宮家の男性の方とご成婚してくださり、その際に宮家に復帰して頂き、皇位継承権はその子供から、という主張をしているところですが、こうした具体的な方法を今の国民に提示したら、おそらく多くの国民は反発するのではないのでしょうか。
 少なくともやえはそう認識しています。
 するとどうでしょうか。
 いま政治家が具体案を提示するのは、むしろ反発を招くだけで、男系継続への道が難しくなるだけのような気がしてなりません。
 
 よって、具体的に提示しない政治家が悪い、とは言えないと思っていますし、同時に政治家の方達も同様な感想を持っているのではないかと、やえは想像しています。
 政治家や、特に政府と自民党がどのような具体案を持っているのかはやえには分かりませんが、しかし少なくとも「宮家を増やす」「女性皇族の身分に関する現状を変更する」という部分についてはマストだと思いますので、ここについての具体案をいま提示するのは、むしろ男系継続にはマイナスになってしまうのではないでしょうか。
 それは当サイトにいただくコメントを見ても、ある程度見えてくるコトではないでしょうか。
 「男系ってなに?」
 「天皇を継承するために、なぜそんなコトまでしなければならないのか?」
 今の国民の認識というのは、こういう感想の方が圧倒的に多い気がしてなりません。
 
 また、特にこの件は単なる法律改正の問題ではなく、皇族のあり方を考えるモノです。
 もちろん技術的には法律改正にはなりますが、しかしいまの日本の憲法法律のあり方を考えれば、「政治家が一方的に皇族のあり方を変えてしまう」という形になってしまいます。
 これって本来大変に危険なんですよね。
 これは象徴天皇という現憲法の規定だけの問題だけでは無く、古来より日本政治の一番の課題となってきた天皇の政治利用のお話にまでなってしまう問題なのです。
 だからこそ、これは普段の法律の問題以上に、国民の側から声を上げるべき問題だと思うのです。
 
 理想を言えば、政治家の側からではなく、国民の側から、こういう形での継承をすべきだとコンセンサスがとれる方向が最もいいと思っています。
 少なくとも、「じゃあ具体的な手続きは政治家に任せますので、男系継続を最優先にしましょう」と多くの国民が理解できるところまでは必要なのではないでしょうか。
 
 もう1点。
 例えばやえがここで「政治家は具体案を出さない。けしからん」っていう趣旨の更新をアップしたとしましょう。
 しかしそれって、結局やえが普段やっているコトと同じですよね。
 まぁ万が一当サイトを国会議員の方が読んでくださっていたら全く無意味とは言いませんが、正直やえはその自信は持てません。
 また、どう考えてももし読んでくださっていたとしても、その国会議員さんの数よりも、読んでくださっている一般国民の方が、人数は多いですよね。
 それならやっぱり国民に向けた文章を書いた方がいいじゃないですかと。
 
 もちろんそれは、前回お話をしましたように、政治は国民こそから広めていくべきだという基本を守るというコトでもありますし、さらに言えば、ここで政治家批判をしたところで、政治家本人には届かない上に、国民が「そうだそうだ政治家が悪いんだ。政治家が動かないからダメなんだ」と自分は外側にいるような感覚になってしまいガチになってしまい、やえはこれが一番マズいコトだと思っています。
 だって主権者は国民なんですから。
 この姿勢っていうのは、いつまでたっても当事者意識が持てない日本の野党のような思考に凝り固まってしまう危険な考え方なのではないでしょうか。
 政治家批判は、耳当たりはいいですが、当事者意識を奪ってしまう方法だと思っています。
 
 ネットというのは、個人が主体的に動かなければ何も得られない点が良いところなんですね。
 国会を取り囲むデモは暴力的であり非民主的だと前回申し上げましたが、国民や政治家が個人として主体的にネットの文章を読みに行くというのは、自らの意志での行動であり、国民自らの主体的な行動です。
 だからやえはここに大きな可能性を信じているのです。
 以前にも言われたコトがあるのですが、やえは運動家や扇動家になるつもりはありません。
 ネット思想アイドルとして、ここでやえの考えを表明し主張するコトがやえの活動です。
 もしもっと違う形での活動を期待してくださるのでしたら大変光栄でありがとうございますなのですが、やえはこれらの意味で、いまのところは今の形をずっと続けていきたいと思っています。
 
 ネットが無い時代は、テレビと新聞が世論形成には大きな力となっていました。
 それはもう説明するまでもないですよね。
 でもいまネットが発達して、いよいよその旧態依然の体制から脱却できる時が来たのです。
 でもそれなのに、結局テレビなどと同じ手法によって世論を誘導しては、そんなの意味はありません。
 そして残念ながら、一部サイトにはそのようなキライが見えるところもあります。
 テレビや新聞の「発言切り貼り」は批判しておいて、自分たちはもっとひどい切り貼りや、趣旨とは180度も違うようなタイトルをつけてアクセスを得ようとするサイトですね。
 確かに多くの人からの注目を集め、また意見を1つの方向に(それが捏造まがいであっても)向かわせるという目的には、その手法の方が効果的なのかもしれませんが、やえは絶対にそんなコトしたくないのです。
 政治とは、民主主義とは、国民一人ひとりが自らの意志によって政治の方向性を決定づけてこそだと思っています。
 
 1億人以上いる国家の政治を考えて動かそうとするのですから、その1/1億でしかない個人でできるコトなんてそんな大きくありません。
 むしろそれは当然でしょう。
 やえはそれを自覚した上で、これからもやえの考えをここでアップしていきたいと思っています。
 もし、あんなコトもしてほしい、こういう方法もあるんじゃないか、というコトがあれば是非コメントして頂ければと思います。
 

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