Home > アーカイブ > 2016-12

2016-12

総理大臣評価論 2


 さてでは、小渕総理以降の総理大臣についての評論を前回に続いて書いていきたいと思います。
 今日は順番に、森総理にしましょうか。
 でも多分、森総理については長くなると思いますので、今日は森総理だけになると思います。
 よろしくお願いします。
 
 森喜朗総理の一番の能力であり魅力は、「火中の栗を平然と拾い上げる胆力」にあると思っています。
 つまり誰もやりたがらないような仕事や状況に対し、森総理は臆するコトなく仕事を引き受ける懐の深さがあります。
 例えば最近で言えば東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長に森総理が就いていますが、これも森さんクラスでなければ務まらない役でした。
 はじめから色々と批判されるのが簡単に予想できる役どころであり、同時に国家も絡む仕事になりますからパイプも度胸も必要、さらにオリンピックなんて一大イベントのトップになるのですから相当の重い人を就けなければ周りが納得しない、そんなかなり難しい人事だったワケです。。
 こういう中、「森さんならば皆が納得する」と思わせる実績と雰囲気が森総理にはあり、森さんも元総理なのですから役職がなくても一定の影響力は持てるハズなのに、そんな状況が分かっているからこそ会長に就くという、自ら火中の栗を拾いに行く度量を見せて、会長就任となりました。
 もともと自民党の中でも派閥の会長という重量級であり、さらに総理まで務めた人なのですから、この人事に文句が言える人なんていないワケで、逆に言えば森さんレベルでないと空転しかねない人事だったとも言えるでしょう。
 
 これ、森さんが総理に就任する状況も似たような感じでした。
 今さら説明するまでもありませんが、森さんは小渕総理の急死を受けて急遽総理大臣に就任しました。
 あの時は「森さんしかいない。森さんならなんとかやってくれるし、引き受けてくれるだろう」という状況だったんですね。
 そして森さんは、臆するコトなく総理に就任したワケです。
 
 では森総理の評価ですが、これもまずは、あの時の日本と永田町の状況を確認し直す必要があります。
 というのも、あの時の日本の雰囲気は今では考えられないような左寄りの雰囲気だったというコトを、まず前提に踏まえておかなければ理解できないコトがあるからです。
 
 繰り返します。
 あの時代、日本はまだまだ左寄りでした。
 北朝鮮の拉致問題が広く認知されたのは森さんの後の小泉総理の訪朝時ですが、それまでは、北朝鮮による拉致があったのではないかと疑問を呈するだけで「お前は右翼だ」とレッテルを貼られるような時代でした。
 これは誇張でもなんでもありません。
 事実、当サイト管理人のあまおちさんなんか「韓国は日本に敵愾心を持っている」と主張するだけで、かなり激しい批判が寄せられ、言うに事欠いて「お前は日韓友好を阻害する売国奴だ」とすら言われたコトがあります。
 繰り返します。
 これは誇張でもなんでもありません。
 事実です。
 まず、当時はこういう雰囲気だったというコトを踏まえてください。
 
 次に永田町の事情ですが、これはちょっと複雑で長くなります。
 派閥のお話であり、森総理が誕生する前までのお話です。
 
 森総理の派閥の清和政策研究会、いまは細田派であり安倍総理が所属する派閥でもありますが、この派閥から総理が出るのは、なんと福田赳夫総理以来というかなり久しぶりのコトでした。
 調べたら22年ぶりのようですが、重要なのは、この清和会という派閥は旧日本民主党の流れを汲む観念・理想主義が強い流れを汲む派閥だというコトです。
 もっと簡単に言えばタカ派系なんですね。
 旧日本民主党系は自民党の中では保守傍流という言い方もする(吉田茂の自由党系を保守本流と呼びます)のですが、こちらは傍流と呼ばれるだけあって自民党の中では非主流派の方に身を置くコトが多く、排出総理もそんなに多くありません。
 森さんの前で言えば、だいぶさかのぼって海部俊樹総理になりますが、ただしこの人は「現住所河本派・本籍竹下派」なんて呼ばれていたぐらいだいぶ毛色の違う人ですし、その前の宇野総理も、そもそも就任の事情がリクルート事件のまっただ中でありピンチヒッター的だったので(事実2ヶ月で終わってしまいました)、かなり事情が違う選出方法だったと言わざるを得ません。
 となれば、森さんより前に保守傍流からまともに排出された総理というのは中曽根総理までさかのぼらなければならないワケで、就任年は1982年なので、これはもう森さんの時代ですら時代背景が全く違う、比較対象にならないような背景だと言えるんですね。
 
 ではなぜ森総理がそうした中で総理になれたのかですが、これは小渕総理の誕生の時に、その下地ができていました。
 当時、自民党の時期エースと言えば、先日亡くなられた加藤紘一元幹事長でした。
 加藤さんについてはいわゆる「加藤の乱」で失敗したという認識が一般的には強いのですが、これはちょっと違っていて、実際には小渕総理が誕生する際の総裁選の時に大きな躓きがあったのです。
 
 小渕総理はいわゆる田中(角栄)派経世会の流れを汲む派閥の会長でしたが、経世会は吉田茂の自由党系保守本流の派閥です。
 特に昔の経世会は自民党の第一派閥で、鉄の結束と言われたほどの強い結束力を持つ派閥であり、田中角栄の金と力をそのまま引き継いでいる、自民党のザ・主流派の派閥だったんですね。
 そして加藤さんの派閥は、これも吉田茂の自由党系保守本流の派閥で、今にも続く宏池会(現・岸田派)の会長でした。
 この経世会(現・平成研究会(額賀派))と宏池会は、こういう事情からかなり近しい関係にあり、多くの政権においてこの2つの派閥がメインとなって政権を作り、そして運営してきました。
 こうした協力関係で自民党の権力争いにおいて多くの場面で主流派として鳴らしてきた2派なのですが、その関係を加藤さんが突如壊してしまったのです。
 小渕さんが出馬した総裁選に、加藤紘一さんも出馬してしまったのです。
 言わば加藤さんと宏池会は経世会に反旗を翻してしまった形になり、これに小渕さんは珍しく激怒したと言われいます。
 そして結局総裁選は小渕さんが勝ったのですが、その後、この2つの派閥の距離はかなり離れてしまいました。
 
 だいぶ昔話が長くなりましたが、この2つの派閥の距離が象徴されるのが、森総理誕生のいわゆる「五人組」の会談です。
 この5人組とは、森喜朗、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香の各議員さんですが、つまりここに宏池会の議員は入っていません。
 これはもしのお話になってしまいますが、もし加藤紘一さんがあの時総裁選に出ていなかったら、小渕さんの後は森さんではなく加藤さんになっていたのではないかと、やえは思っています。
 こんな事情があり、森さんは清和会にして22年ぶりの総理に就任したのです。
 
 さて長々と色々説明してきましたが、まだインターネットが黎明期だった森総理の就任時、結局日本のマスコミは森総理に対しては叩く要素がたくさんありました。
 最も観念的なタカ派である清和会の会長であったコト、ハト派の加藤紘一さんを蹴落とした形になったコト、そして世の中がまだまだ左翼的だったコト、なにより自民党という政党そのものを叩くコトが正義だと未だ信じられていた、もしかしたらこれまで積み重なってきたモノが積もりに積もって最も自民党叩きの怨念が貯まっていた時代だと言えるかもしれません。
 森総理の一番の敵はマスコミだったと、就任時から決められていたようなモノでした。
 
 そして森総理はマスコミに叩き潰されてしまいました。
 
 森総理は、表も裏もできるという面では珍しいタイプの政治家と言えるかもしれません。
 細川内閣誕生により自民党が初めて下野していた時には、裏のタイプである野中広務さんや亀井静香ちゃん先生らと共に社会党などを切り崩して村山政権誕生と、自民党の与党復帰の道筋をつけましたし、表では大物政治家としては珍しい文教族というコトで、この方面で総理として教育改革に大きな功績を残しました。
 また外交にも強く、あのロシアのプーチン大統領と信頼関係を築けているというのは、わりと有名なお話ですよね。
 前回にも言いましたように、森さんも、総裁選こそやっていませんが、自分の力で派閥の会長となり自民党の権力争いに勝ち抜いてきた人ですから、やはり基本的には有能な人なのは間違いないと思っています。
 残念なのは、どちらかと言えば裏の系統の方が強い人であり、「外から見ればどう映るのか」という点が多少無頓着だったのかなというところです。
 マスコミのデタラメな言葉狩りは以ての外ですし、大部分はこうした叩きのための叩きだったと思っていますが、真意はともかくそれでもさすがに安易すぎるのではないかと思わずにはいられない“失言”があったのも確かです。
 振り返りますと、発言の全体自体はともかくとしても、たまに出てくる単語とかがちょっときわどく安易なんですよね。
 その場にいる人を笑わせるのは得意でも、その場にいない人にも自分の言葉が伝わるっていうその先までのコトを総理大臣として考えていれば、もっと長い間総理として活躍できたのではないかと思っています。
 当サイトとしてはあの有名な「神の国発言」も、ちゃんと全文読めば報道とは違うと主張していましたし、個人的には言葉狩りなんて負けずに頑張ってもらいたかったのですが、言ってしまえば森総理は「時代に負けた」と言えるのかもしれません。
 
 このシリーズ全体的に言えるコトなのですが、基本的に自民党の総理大臣というのは優秀だと思っています。
 その最も大きな理由は、権力闘争により磨かれて勝ち残っている人が総理大臣になるからです。
 最近は政治家を安易に小馬鹿にする人が増えてしまっていますが、少なくとも議員を何十年も続け、まして与党議員として活動し、ポストもそれなりに重れば誰だって優秀になれますし、そうした人だからこそ与党議員を何十年も続けられているワケです。
 逆にそれらの職責についていけなければ総理候補までにはなれません。
 いま総理候補と呼ばれている人もそうです。
 政策の好き嫌いは人それぞれだとしても、岸田外相も石破議員も、能力だけを評価するなら今の自民党の中ではピカイチでしょう。
 その上で、人望やら胆力やら色々なモノを兼ね備えた総合人間力の高い人が自民党総裁選挙に立候補して勝ち得るのですから、そうしたステップを踏んできた人はみな優秀なのです。
 もちろん人間ですから得手不得手はありますし、個性やキャラクターもありますから、分野ごとに評価は分かれてしかるべきですが、少なくとも森総理も総合的には十分優秀と評価できる総理大臣だったと言えると思っています。
 このシリーズ全体的に「総合的には優秀」という言葉がよく出てくると思いますが、それはこういう理由からです。
 少なくともやえは評論家気取りで「一方で下げで一方で上げる」的な妙なバランスは取ろうと思いませんので、率直にそう思っているというだけなんですね。
 
 かなり長くなってしまいましたが、では次は小泉総理ですね。
 森総理は「時代に負け」ましたが、小泉総理は「時代を引き寄せた」と言える総理です。
 そういう意味では、かなり特出した人物であるコトには違いないでしょう。
 
 というワケで、今年はこれで最後の更新となります。
 今年一年もありがとうございました。
 また来年もどうぞよろしくお願い致します。
 

総理大臣評価論 1


 掲示板でこのようなコメントを頂きました。
 

やえちゃんこんばんわ。
 
最近、おーぷんで歴代総理大臣スレを立てている者です。
平成後期の総理大臣について書くうちに、ぜひともやえちゃんの評価を知りたくなりました。
もしよろしければ取り上げていただけますと幸いにございます。
 
下記にurl乗っけときます。
http://utuke.org/archives/1063042369.html

 
 コメントありがとーございまーす。
 というワケで、せっかくですので小渕総理以降の総理大臣について、やえの評価について書いてみたいと思います。
 
 と言っても、どの面を評価するのかによって、内容は随分変わってしまうコトでしょう。
 政策と言っても経済や外交や社会保障など色々ありますし、また政治家は政策だけでなく政局もその力を計る意味では大きなポイントですから、これを外すのも違う気がします。
 しかしそんなコト言っていては収拾が付かないのも事実で、なかなか困ってしまいますね。
 というワケで考えた結果、政策についてはこれを評価するとなると、結局は評価者の思想や好みで評価が分かれますから、今回についてはあまり政策の評価はしない方向で行こうと思います。
 では何で評価するのかと言えば、政権運営とか政治家としての行動についてです。
 その総理大臣はどう政治家として歩んでいったのか、大げさに言うとそういう感じで書いてみたいと思います。
 
 まずですね、民主党政権の総理については評価しなくていいですよね?(笑)
 まぁ敢えて言いますと、3人の中で一番やえの評価が低いのが菅直人総理で、最もマシなのが野田総理です。
 人によっては鳩山総理を最低に挙げる人もいるでしょうけど、やえは民主党が万年野党の時代からずっと菅直人議員は本当にヤバいと言い続けていましたので、総理に就任した時は本当に絶望でしたね。
 結局あの人は運動家でしかなく、政治家になってもその運動家の思考が全く抜けなかったワケで、そんなので政治ができるワケがないんですよ。
 この場合の「政治」とは、決して永田町で行われている行為だけの意味ではなく、広く「人間同士が行う社会行動」という意味での政治になります。
 つまり菅直人という人は、「外野からがなり立てれば人間は動くだろう」という非現実的な思考を最後まで捨てるコトができなかった、いや今でも抜け出せない人なんですね。
 しかし人間とは、理屈もありますが感情もあって、複雑な人間関係の上で相手がいてこそ自分がいるっていう社会の中で生きている動物なのであり、人を動かすとはこの現実を踏まえた上で行わなければ上手く行かないのです。
 こんなのは永田町だけでなく、少人数のサークルの中でさえ同じコトが言えます。
 だれだってそんな経験、一度や二度では済まないハズです。
 しかしそれすら最後まで分からなかったのが菅直人という人間なんだろうと、そういう評価です。
 
 そういう意味では、野田総理については、この人、自民党に所属し、自民党の権力争いで揉まれていれば良い総理になったんじゃないかなと思っています。
 頭は良い人ですし、他人の意見を飲み込む気概も持っています。
 ただ、環境が民主党だったというのがこの人の最大の不幸だったのでしょう。
 菅直人総理とは真逆で、周りの意見を飲み込むコトができるからこそ、民主党という政党の雰囲気に抗うコトができなかったと思うんですね。
 つまり、元々この人の気質ではないけど「反自民・反官僚・親労働組合」などという民主党のしがらみ(というかもはや民主党のアイデンティティですよね)に最後まで付き合ってしまったのが失敗した原因なワケなのです。
 ですから、この程度のイデオロギーしかない民主党に浸からずに、ある種の何でもありの自民党の中で権力争いを行い、それで勝利して総理大臣になっていれば、もっとこの人らしいバランス感覚のある政治が実行できたのではないかと思うのです。
 そういう意味では、優秀な人なのは間違いないこの人が、この程度で終わってしまったコトはもったいないですねとやえは思っています。
 
 宇宙人については、宇宙人の思考はよく分からないので、分かりません。
 宇宙人には総理大臣はできないというコトだと思います。
 
 おっと、評価しなくていいですよねと言いながら、キッチリ評価してしまいました。
 では次誰行きましょうか。
 まずは小渕恵三総理にいきましょうか。
 
 小渕総理は、まさに自民党らしい政治家だったと言えるのではないでしょうか。
 政策もできるし、政局にも力をキチンと持っていた、ケンカもできる人ですし、また新しいモノを取り入れようとする意欲もありましたし、そしてこれらを活かす実行力も持っている人でした。
 よく言われますように、他人の言葉に良く耳を傾ける人で「人柄の小渕」なんて言われていましたが、その通りで自民党内をうまくまとめていたというイメージが強いです。
 この辺、娘さんである小渕優子議員にも受け継がれているのかもしれません。
 不祥事で最近表舞台には出ていませんが、不思議な魅力で平成研究会(元小渕派・現額賀派)の次のエースは小渕優子だと前々から言われています。
 「この人の言うコトならいいか」という人間から溢れ出る説得力を持つ人というのはそう簡単にいるモノではなく、政治家にとって、こういう魅力を持っているというのは大変強いと言えるでしょう。
 
 そう言えば「冷めたピザ」と評されたコトもありましたが、やえはそうは思いません。
 この人は周りの人の意見を聞き飲み込む度量があるからこそ、自分では決断できないかのように見えたのかもしれませんが、実際は違うんだと思っています。
 例えば本当に決断できない状況というのは鳩山内閣の時のような、言うだけ言って期待させるだけ期待させたあげくに出てきたのは総理自身のボヤキだけだったというような状態のコトを言うのであり、周辺事態法や二千円札など、評価はともかく結果結論を出してきた人に表現する言葉ではありません。
 
 現在ではだいぶ高い評価を得ている小渕総理ですが、やえとしましても、おおむね高い評価で良いのではないかと思っています。
 これは極めて自民党的な力が最も良い形で発揮された総理だったと言い換えるコトができるとも思います。
 元々頭はいいし、官僚ともキチンと意思疎通ができてパイプがある、その上で自民党の政治家の中で権力闘争を勝ち抜いて派閥の会長となった(なにせ小沢一郎に直接勝った人です)上で総裁総理に就任している人であり、つまり「総理に耐えうる政治家」だったと言えるワケなんですね。
 政治とは複雑な事情がより複雑に絡み合っているモノであり、単に頭がいいとか人当たりがいいとか、それだけでは勤まりません。
 政治とは人間総合力であり、総理大臣とはその最たる位置にあるモノです。
 もちろん何事にも例外はあって、必ずしも毎回その総合力が高い人が総理になるワケではない、例えば後で評価しますが、第1次の時の安倍総理には理想や理念は人一倍ありましたが、あまりにも経験がなさ過ぎたために志半ばで倒れたワケですが、しかし少なくとも小渕総理は自らの力と能力と運で総理になった人です。
 自民党の権力闘争とは、この人間総合力を磨き、またふるい落とすコトができる唯一の場である(自民党じゃないとダメという意味ではなく、現在のところ残念ながら自民党にしかないという意味です)と思っていますが、すなわち小渕総理はこれらの総合力がかなり高かった政治家だったと、やえは評しています。
 在任中に亡くなってしまったのが惜しかった名宰相だったと言っていいのではないでしょうか。
 
 っと、これ書いてて結構面白いですね(笑)
 というワケで、もうだいぶ長くなったので、ここで一旦区切りますが、まだ数名しか評してないので、もうちょっと続けようと思います。
 よろしくお願いします。
 

外交とは0と1の世界ではない


 さて、いよいよロシアのプーチンが今週末日本にやってきます。
 これまでの各国との首脳会談とは違い実質的な交渉事のある、しかもそれは根っこは第二次世界大戦にまでさかのぼるという歴史的な出来事の延長線上の交渉という、大変重い会談となります。
 今年はオバマ米国大統領の広島訪問など歴史的な場面がありましたが、もうひとつ大きな山が動くかもしないというのが、このプーチン訪日と言えるでしょう。
 
 しかし敢えて事前に言っておきます。
 そもそも交渉というモノは、その場で結果の全てが出るモノではありませんし、期待するモノですらありません。
 もちろん結果を出すために交渉を行うモノではありますが、しかし交渉なのですから、その交渉の中で結論が出なかったとしても、交渉自体が無駄だとは決して言えません。
 中には、交渉の場をセットし交渉が行われたという事実だけでも意味がある交渉というモノもあるワケで、本来こんなコトは外交に限らず世間一般の交渉事全てに言えるコトなのですが、なぜか外交になると頭に血が上って冷静に判断できなくなる人が出てきますので、念のために言っておきます。
 
 そもそもとして、この北方領土問題と平和条約問題は、ここ何十年とまともに交渉できていなかったというのが実際のところです。
 一番最近交渉自体が行われたのはいつかと言えば、おそらく森内閣の時ですね。
 あれです、鈴木宗男さんの時ですね。
 あの時も2島返還論が出たりなんだりしていた記憶があるのですが、当時のコトを当サイト管理人のあまおちさんは、「鈴木宗男の人物はともかくとしても、少なくともこれで北方領土の交渉が随分後退したのは確かだ」と言っていました。
 15年位前でしょうか?
 もっと前かもしれません。
 つまり前回の北方領土問題が交渉として動いていた時期っていうのは、それぐらい前のお話なんですね。
 ですから、ハッキリ言えば今現在交渉として成り立っている時点でずいぶん前進していると表現しても差し支えは無いのではないかと思うのです。
 もっと言えば、この件でロシア大統領を訪日させている=交渉が行われていると内外に示しているのですから、一定の成果は出ていると言えるんですよね。
 
 もちろんゴールはここにあるワケではないのですので、それだけで諸手を挙げて喜べなんてお話には全くならないワケですが、しかし逆に、プーチン大統領が来日した交渉で結論が出ないからという理由で日本政府や交渉そのものを批判する材料にはなりません。
 戦後70年近く経つのに一向に動かなかった交渉事を、たった1,2年で解決しろとか、この交渉で全ての結論を出せと言う方が間違いなのです。
 そして言うまでもなく、この交渉事は大変に難しい問題です。
 領土問題なのですからね。
 ですからますます交渉に時間がかかって当然なのです。
 その日その場だけで見ればもしかしたら動いていないように見える前進も、後から考えれば大きな一歩だったってコトはよくあるお話で、それを些細な感情論で潰してしまうのはあまりにも国益を蔑ろにする行動でしょう。
 これは前回のお話と同じコトになりますが、外交とはその場の国民の評価がその後の動きに直接影響を与える身近な存在です。
 だからこそ主権者たる国民が冷静に判断しなければならないのです。
 
 もっと言いますと、正直言いまして、こういう外交交渉直後の国民の反応っていうのは、一歩引いて考える必要があると思っています。
 それは日比谷焼き討ち事件もそうですが、最近で言えば日韓合意なんかも、その発表直後は頭に血がのぼりまくっていた人達がたくさんいましたね。
 しかしいま時間が経って冷静になったら、あの合意が日本にとっては大きなカードになっている、防護壁になっているというのが分かるハズです。
 あとは「約束を破る」という行為をした方が悪いのは当然のお話で、そこをキチンと日本国民が理解し、もし万一のコトがあれば誰をどう批判するのかっていうのさえ間違えなければ、この合意は日本にとって大変有益なモノなワケです。
 やえはあの当時直後からずっとこのような評価をしていましたが、全然理解できない人いっぱいいしまたよ。
 そしてあの時散々罵詈雑言を吐いていた人が謝罪をしたり考え方を転換したとか、やえは見たコトがありません。
 この辺は民主党政権誕生時も同じようなお話ができるワケですが、ですから、もうやえとしては直後の国民の反応に対しては「頭を冷やして冷静になりましょう」とか言いようがないと思っています。
 もちろんですが、それでも国益に反すると分析できれば、それはキチンと批判すべきですが、少なくとも感情のままに批判しても、それはただの罵詈雑言にしかなりはしないでしょう。
 
 今の段階で山口での日露首脳会談がどのような結末を得るのかは、やえには全く分かりません。
 ただそれは、どんな結末だとしても、これからもずーっと続く日露関係の1場面に過ぎないというのは確実なコトです。
 ですから、今回の結末をどう受け止めるのかというのは、「将来の日本にとってどう受け止めるべきか」という視点で考えなければなりません。
 少なくとも日比谷焼き討ち事件のような最悪な結果は避けなければなりませんし、まぁあんなおバカなコトは現代ではあり得ないとは思いますが、世論の爆発も構図としては同じなのですから、キチンと国民は冷静に受け止めなければなりません。
 一時の感情が日本の何十年後にも影響を与えるのです。
 ここのところをよくよく考える必要があるのです。
 
 さて、明日からどうなるコトでしょうか。
 

Home > アーカイブ > 2016-12

最新の更新
web拍手

面白かったらぜひ拍手ボタンを!
メッセージを送るコトも出来ます。
ブログランキング

政治 ブログランキングへ

幅を広げるために参加しました。
良かったらクリックしてください。
カレンダー
« 2016 年 12月 »
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別記事一覧
カテゴリー
最近のコメント(レスをツイッターでやってます)
最近のトラックバック
RSS
箱入りやえちゃん
 
過去ろーぐ!

平成23年10月以前過去ログ
平成14年から続いているんですよ!

Return to page top