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2017-06

民進党が向き合うべきは自民党ではなく国民


 前回や前々回の更新に対するコメントや、ネットの様々なところでの反応を見るに、民進党の人達やその支持者、支持者でなくても反安倍の人や反自民の人達というのは、ちょっとズレてるというか、向いている方向が違うんですね。
 
 「民進党は言っているコトとやっているコトが違う」「他人に厳しく自分に甘い」などという指摘に対して、「自民党の答弁が矛盾しているじゃないか」と返されても、確かに言葉面だけの「矛盾」という部分に対しては合致点があるのかもしれませんが、しかし中身で考えればそんなの全然関係がないお話でしかありません。
 勘違いして欲しくないのは、それはそれとして安倍総理や自民党の発言が矛盾しているとその人が思っているのであれば、それ自体は構いませんし、自分のブログやツイッターなどで発言されるのもいいでしょう。
 それ自体は当然の権利だと思いますし、安倍総理や自民党に間違った点があれば指摘するのは国益に適うでしょう。
 それは個人の自由ですから、それについてに関してはやえがとやかく言うコトではありません。
 ただ、「民進党は言ってるコトとやってるコトが違う」という指摘に対する反論には一切なっていませんよ、というところはキチンと理解する必要があると思うんですね。
 
 特に民進党の一番嫌われている部分である「言ってるコトとやってるコトが違う」「他人に厳しく自分の甘い」というのは、民進党が他人に向けて注文を付けているという点が大きいのです。
 他人に対しては清廉潔白でいろと注文を付けるくせに、自分はドドメ色な上に、それを指摘されると激高するか無視するかするんですから、国民はこの態度に腹を立てるワケです。
 この点において安倍総理や自民党の全く別の件なんて一切関係がないんですね。
 仮に本当に安倍総理の発言が本当にデタラメであったとしても、それで民進党の「自分に甘い」という批判がかき消されるモノでありません。
 まったく関係がないんですね。
 特に「他人の注文を付けている」という構造上、対して「安倍総理は矛盾している」というのは“一個人の意見や感想”にすぎないモノよりも、より強い嫌悪感を感じやすいというのは、冷静に受け止めなければならないでしょう。
 
 そしてそれは、なにより国民や有権者がどう受け止めるのかというお話に帰結するんですね。
 「民進党はこういうコトから、言ってるコトとやっているコトが違う」という指摘に対して、「安倍総理の答弁の方が矛盾してる」と反論したとしても、結局国民にはその声が全く心に響いていないんですね。
 むしろますますそれを見ている国民としては嫌悪感が募るだけです。
 これがまだ民主党政権崩壊直後ぐらいなら、そういう指摘もいいでしょう、それが後々民主党や民進党の支持に繋がるかもしれませんからね。
 しかし、民主党政権が倒れて何年が経ったでしょうか。
 その間民主党と民進党の支持率はどうなっているのでしょうか。
 いい加減現実を見なさいと言うしかありません。
 そんな願望は甘い夢想でしかないと認識しなければなりません。
 国民や有権者は民進党に「他人に厳しく自分に甘い」と、もう認識されているのですから、そこから打破するためには自分で自分の身を律するしかないハズなのです。
 ここに自民党などの他人の存在が入り込む余地はありません。
 自民党への批判や反論も意味がありません。
 民進党は「他人に厳しくするなら、自分にも厳しい」という姿勢を、自らの言動で示すしか方法はないでしょう。
 それなのにその国民の「目」から逃げるように自民党がー安倍がーと言うだけなのが民進党なのであり、それでは支持は全く集まりませんよとそう指摘するしかありません。
 果たして民進党は何のために政治を行おうとしているのでしょうか。
 
 民進党がいま向き合うのは自民党なのではなく国民なのです。
 国民に自分たちにどう「政権担当能力があるのか」を示さなければなりません。
 民主主義には健全な野党が必要だというコトは改めて言うまでもないとは思いますが、では民主主義における野党とは何かと言えば、それは「いまの与党に代わる政権担当能力を有する政党」であり、「選択肢」なんですね。
 もちろん選択肢は与党の中、自民党の別の人や勢力でも構いませんが、だからといって野党は政権担当能力がなくてもいいとはなりません。
 民進党は、いくら安倍総理や今の内閣を批判しても中傷しても全く意味ないという現実をキチンと認識し、本来の健全な政治のあり方としては自分たちはどうあるべきなのかというコトを理解して欲しいと思います。
 少なくとも「アベタオセ」だけではなんにもならないでしょう。
 

等しく国会議員であるという意識がない民進党


 たぶん民進党などの野党議員が一番ダメな点というのは、「与党も野党も関係なく自分たちは等しく国会議員という立場として同じ責任を負っているという意識が全くない」というところでしょう。
 前回のお話とあわせて、どうも民進党や共産党の議員さんは、「与党だから責められて当然。野党は責めるのが仕事なんだから自分たちが責められる筋合いはない」と、こう思っているフシがあります。
 言うまでもありませんが、まずこれが間違いなんですね。
 
 国民から見れば、全ての国会議員は与党も野党も関係なく等しく国会議員です。
 そりゃそうですよね、国会議員の選挙の際においては政党を選ぶんじゃなく(比例もありますが)基本的には人を選ぶのが選挙ですし、また与野党についても、選挙の際には全く完全に全員が一度無役になった上で選び直しなワケであって、例えば与党だと50人は無条件当選とかいう差はないのですから、やはり国民から見れば与野党も国民の投票の結果でしかなく、その選ばれたひとりひとりは等しく平等に皆国会議員なんですね。
 安倍総理だって、共産党の一回生議員だって、国政選挙で国民から選ばれた国会議員であるという事実を前にして、その責任は同じだというのは、むしろ当たり前の感覚と言っても差し支えないでしょう。
 ですから、「与党だから不祥事に厳しく野党だと甘い」なんて戯れ言は、制度上からも国民の意識からもあり得ない感覚だと言うしかありません。
 
 民進党など野党議員はこれが分かってないのです。
 国民は与党であっても野党であっても同じ国会議員として平等な目で見ているだけなのですから、そりゃ言ってるコトとやっているコトが違えば、そんな人に支持は与えないでしょう。
 野党なんだから批判される必要はないと言ったところで、国民はそうは考えてないのですから、そんな甘えた態度をとればそれだけ支持が失われるだけです。
 そうしていまの揚げ足取りとしか思えない批判しかできない野党が出来上がっているワケです。
 
 このお話というのは、どっちかと言えば民進党を批判する意味合いというよりは、健全な野党を育てる上で必要なお話となります。
 民進党への支持率が上がらないのは、国民の意識がすでにこうなっているからなんですね。
 確かに麻生内閣までは「特別な野党」で通っていたのかもしれません。
 与党への批判をしていれば野党の支持が集まっていました。
 それは事実です。
 でも、そんな“間違った意識”はすでに“改善”されました。
 ですからいくら野党が与党を批判しようとも、仮にそれが正しい内容の批判だったとしても、批判者が同じようなコトをしていれば「お前が言うな」と言われて当然でしょう。
 だって言う方も言われる方も“同じ立場”なんですからね。
 よって、いまの自民党と少なくとも同じ能力を持ち得る政党を育てるためには、「与党と同じ責任を自認する政党」を育てなければならないワケです。
 
 民進党が政権を取れないっていうのは民進党の勝手ですが、国会審議が揚げ足取りばかりになってしまうのは、それは国家国民にとって大変大きな損失です。
 果たして民進党がそれに気づくのはいつになるでしょうか。
 民進党が目覚めるのが先か、また分裂して無くなるのが先か、さてどうでしょうかね。
 

二枚舌民進党


 民進党が嫌われる理由を挙げるといくつも出てきてしまうワケですが、そのうちのひとつに、「言ってるコトとやってるコトが違う」「他人に厳しく自分に甘い」「二枚舌」というのが挙げられるでしょう。
 例えば民進党は他人の問題には地獄の底まで追いかけるという姿勢なのに対して、蓮舫代表の二重国籍問題や、山尾元政調会長のガソリンカードの政治資金問題などの自分の問題には責任を果たそうとしない姿勢なんか、その最たる例と言えるでしょう。
 その中で、この問題についても、実は民進党のこういう二枚舌体質が最も表れている例なのではないかと思うのです。
 

 「安倍首相は国会軽視」=山井民進国対委員長
 
 民進党の山井和則国対委員長は9日の記者会見で、安倍晋三首相の憲法改正に関する国会答弁について、「国会軽視、憲法軽視、国民軽視だ。これほど国民と国会をばかにした答弁は今までなかったのではないか」と批判した。
 首相は8日の衆院予算委員会で、民進党議員の改憲に関する質問に対し、「(自民党総裁としての考えは)読売新聞に書いてある。それを熟読してもらえばいい」と答えている。
 山井氏は「国民に説明せず、強引に憲法改正をする姿勢は言語道断だ。円満に(国会の)憲法審査会で憲法改正の議論をすることの妨げになったのではないか」と語った。

 
 民進党ってよくある国会での質問において「自民党総裁としてお答えください」って質問をかなり頻繁に行うのですけど、ではいざ国会の場以外で自民党総裁として発言すると「総理が謁見発言をした」と噛み付いているワケなんですね。
 これかなり矛盾してますよね。
 つまり、行政府の長としての総理大臣として国会の場に出ているのですから、国会の場では「総裁としては答えられない」と総理が答えるのは当然のコトなのに、だからこそ国会の場ではない場所で自民党総裁として発言したら、今度は「総理と総裁は同じなんだから国会軽視だ」と言い出しているワケです。
 こんなのいったいぜんたいどうしろって言うのかというお話なんですよね。
 もし普段から「総理はどんな場所でも総理としての発言になるのだから、国会においても総裁としての発言はすべきではない」と民進党が言ってるなら分かりますよ。
 でも総裁として出ていない場で総裁として答えろと言いながら、総裁として出ている場での発言を総理としての発言だと言い張る姿は、果たして本当に自分の言葉を理解しているのかどうかと疑ってしまうレベルでしょう。
 
 結局こういう姿が「言葉尻を捉えて批判したいだけだろ」と思われる原因なんですよね。
 もし本当に国会での議論を推進したいと思うのであれば、新聞紙上で発言したコトそのものを問うのではなく、それを踏まえた上で、では国会でさらに踏み込んだ有意義な議論にしましょうと言うべきでしょう。
 物事の本質を見極めて、それを前進させよう改善していこうという姿勢ではなく、とにかく安倍総理や自民党に噛み付くコトだけを考えているから、あちこちで矛盾を起こしてしまうのです。
 そして噛み付きすぎて、矛盾しているコトすら気づいていないのかもしれません。
 あまりにも滑稽な姿だと言うしかないでしょう。
 
 しかしそれでは日本の政治は良くはなりません。
 もしかしたらその日本の一番の不幸は、こういう矛盾だらけの姿の民進党に対してマスコミはキチンとこういう本質的な部分を指摘しないコトなのかもしれませんね。
 たぶんおそらく、民進党自身は自分たちがこれだけ矛盾を抱えているとは見えていないのかもしれませんから。
 

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