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「海を埋め立て領土領海を主張している」など、思想が入り込む余地もない悪


 このニュース、なぜか日本国内ではあまり大きく取り扱われていない気がします。
 

 米駆逐艦、24時間内に派遣か 中国人工島12カイリ内
 
 ロイター通信などは26日(日本時間27日未明)、米海軍が24時間以内に、中国が南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島で埋め立てた人工島から12カイリ(約22キロ)内に、駆逐艦を派遣すると伝えた。この海域での中国の領有権の主張を認めず、航行の自由を行動で示す目的がある。哨戒機も同時に派遣する可能性があるという。中国政府の反発が予想される。

 
 もうこれは簡単すぎるお話で、中国が勝手に海を埋め立てて自分の領土だと言い張っているという、言葉にすればなんともバカバカしいお話です。
 でもこれがバカバカしいと一言で片付けられないのが、武力を背景にした主張だという点です。
 中国という軍事大国が武力を背景に海を埋め立て、武力を背景に領土領海を主張しているこの現状は、いくら国際法違反だとしても、中国に武力に対抗する国際法を執行する機関がない以上は、この現実を見るまでもなくやりたい放題になってしまうのです。
 そして結局それに対抗できるのはアメリカの武力だけというのも、誰も否定できない事実なワケです。
 
 日本人は、国際法が存在するというだけでそれを遵守しようとします。
 それは正しいコトであり、素晴らしいコトだとやえは思います。
 しかし、その日本人の美徳と、全ての人間が日本人と同じように考えているというコトとを混同してはなりません。
 日本人は国際法を、実力機関が無くったとしてもキチンと遵守しようとする精神は誇るべきモノですし、今後もそのような考え方を変えてはならないと思いますが、同時に、そう思わない人間もこの世の中には存在するっていう事実もキチンと認めなければなりません。
 「自分がそうだから相手もそうだ」とは考えてはならないのです。
 
 現実的に中国はこういうコトをする国家であり、またこの件以外にも多くの周辺国と国境を争う強引な紛争を抱えている国家です。
 そしてそれは、国際法によらず武力を背景にそれを主張します。
 これが現実なのです。
 日本人は日本は、国際法によって主権を主張しますし、それが正しい姿ですが、しかし自分がそうだからと中国もそうだと考えてはならないのです。
 
 だから備えが必要なんですね。
 「自分たちは戦争はしない」と誓ったとしても、しかしこれはイコールで「だから相手も戦争はしない」とはなりません。
 これは純然たる事実です。
 自分は自分であり、他人は自分とは違う価値観で行動します。
 自分は他人とは違う存在だと認識するコトは、確か哲学における人間がまず幼児から成長する上で重要なプロセスだったと思うのですが、日本は早くここから成長しなればなりません。
 自分たちは戦争しないと誓うのはまぁいいでしょう。
 しかしだからといって戦争に備えるコトすら放棄するというのは幼児の理屈です。
 まずは、自分たちは戦争をしないというコトと、戦争に備えるというコトは、並列で存在し得る概念だというコトを早く認めなければならないでしょう。
 
 でも多分、日本の多くのマスコミは、国民からその事実を隠してしまいたいのでしょう。
 安保法制に対するデタラメな報道を見れば一目瞭然です。
 結局「アベは戦争をしたがっている」という感情論でしか語られなかった反対論ですが、逆に言えばこれは感情論でしか反対論を語れなかった裏返しとも言えます。
 冷静に事実を客観視して安保法制を語れば、日本だって軍備をもっと整えなければならないというコトに多くの人が気づいてしまいます。
 だから多くのマスコミは自ら語るコトをやめ、感情論で喚くしか出来ない輩を必要以上にピックアップし、それをもって反対論としたのでしょう。
 
 この中国の行動もそうです。
 本当は日本も怒るべき行為ですよ。
 これに思想の左右も対立も全く関係ありません。
 「国際法を無視して海を埋め立て領土領海を主張している」なんて、もはや思想が入り込む余地すら存在しないほどの悪です。
 少なくとも政治資金の領収書になんとかバーのモノがあったとかいうお話なんかよりは、数百倍重要な問題だと言えるでしょう。
 それなのになんなのでしょうか、このまさに他人事のような報道の仕方は。
 日本のマスコミは、日本人のこの事実に気づかれたくないのでしょう。
 
 しかしいくら事実から目をそらしたとしても、事実は事実として存在します。
 中国は日本を始めとする多くの領土をかすめ取ろうと画策していますし、さらに海を埋めて立ててまで領土を広げようとしています。
 これに日本も現実的に対応しなければならないのです。
 いくらそこから目をそらしたとしても、中国は日本と違うのですから、中国は中国の理屈で事を勝手に進めていくだけなのですからね。
 

対等な関係は対等な制度から


 ごめんなさい、シルバーウィークを満喫してしまいましたー。
 ダメですね、この連休は人をダメにしてしまいます(笑)
 というワケで、気持ちを切り替えて、また今日から頑張っていきましょー。
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 さて。
 安保法制も可決しましたし、これが最終目標ではありませんけど、とりあえず一段落というところです。
 なので、しばらくこのお話もするコトがなくなると思いますので、最後にひとつ言っておこうと思います。
 
 似たようなコトはこれまでも何度も言ってきていると思うのですが、日本が国連憲章に基づいた国防政策をフルバージョンで行使できるようになるコトこそが、当面の日本の目標だとやえは思っています。
 なぜなら、それこそが真の意味での「自立」だからです。
 今回の安保法制の議論でもよく聞かれたのが、「結局はアメリカの言いなりになるだけだ」という批判ですが、しかしこの批判で一番間違っているのが、その言い方だとさも現状がアメリカの言いなりにはなっていないと言わんばかりの物言いだという点です。
 違いますよね。
 現状の日本は、アメリカに守って貰うコトが前提の国防体制を敷いています。
 他国から戦争をふっかけられても、火の粉を払うことは出来ても、自分からは相手を叩くコトが出来ないという、世界でも希有な縛りを持っているのが日本です。
 しかしそれではまともな国防なんてできるハズもないと現実問題としては分かっているからこそ、日本が自ら縛っている部分をアメリカに肩代わりして貰っているワケですよね。
 そして一番重要な点は、これは正式な条約によって公的な制度によって担保されているという点です。
 二国の間でなんとなくそういうパワーバランスになっている、なんていう類いのモノではなく、法律よりも上位にある条約によって、それが形作られているのです。
 安全保障問題を考える上では、まずはこの意味を考えるべきなんですね。
 
 制度として正式に「自分が殴られたら、お前が反撃されるかもしれないけど、代わりに攻撃してこい」という制度を敷いているのに、それで対等な関係だと思う方がどうかしてますよ。
 日本はアメリカに守られているんですよ、庇護されているんですよ。
 この現実から目を背けてはなりません。
 たまに「アメリカは本気で日本を守る気なんて無い」とか言う人がいますが、そういう問題じゃいなんですね。
 「条約でそう決まっている」のです。
 「法律で決まっている」よりも上位の決まり事であり制度なんですね。
 制度でそうなっている以上は、正式に制度によって「日本はアメリカの庇護下にある」と定められているのです。
 
 この時点で「アメリカの言いなりになるだけだ」という批判は的外れもいいところなんです。
 むしろ今も「アメリカの言いなりになりかねない制度を日本は正式に採用している」のであり、今回の安保法制によって、そこからちょっとだけ前進したというのが正しい認識でしょう。
 
 アメリカとは対等な関係になるべきです。
 いやそれはアメリカだけのお話ではありません。
 全ての国と、同じ権利を行使できる、それを背景に外交ができる国になるべきだと思っています。
 だからこそ、国連が認めるフルバージョンの集団的自衛権を行使できる国にする必要があるのです。
 
 国同士だって人間同士だって、お互いの関係性の中で微妙なパワーバランスは生まれるモノです。
 それは色々な事情があるでしょう。
 しかし少なくとも制度の上で対等にならないと、そんな関係性の中におけるパワーバランスを語る以前の問題じゃないですか。
 制度で日本はアメリカの庇護下にあるんですよ。
 対等だなんだを言うのであれば、まずここから脱却しなければお話にならない、それが最低限のスタートラインなんですよ。
 
 安保法制と集団的自衛権の問題には色んな視点がありますが、そもそも国連が認めている権利であるという点からして反対する理由がいまいち分かりませんし、また一方、アメリカと対等な関係になるという点で反対する人は少なくともやえは見たコトないワケですけど、でもそれなのに、それを実現する方向を歩き出したら批判し始めるというのは、ちょっと理解に苦しむワケです。
 目標があって、しかし現実にはその1から10を一度に全部同時に達成できるコトなんてまずないのですから、段階を踏んでコツコツやっていくしかないのは、キチンとした生活を送っている人なら簡単に分かるコトなのですから、そうやってやっていくしかないじゃないですか。
 安倍総理の意志がどうであれ、少なくとも形式上は集団的自衛権の一端を行使できるようになっている以上、日本がより強固な力を持つようになった、そしてアメリカとの差が小さくなったと言えるのは確実なのです。
 これがゴールでは全然ありませんが、その怪談の一歩を踏んだだけでも、十分評価に値すると思っています。
 0か100しか評価しないと言ってしまうのは子供の理想論だけですしね。
 
 日本が強くなる。
 結局はこれだけでいいんですよ、評価の基準としては。
 安保法制は現状よりも確実にそうなると思っているからこその評価なのです。
 

見せかけの数字でしかないデモと、政治を決める実数としての選挙


 山形市長選挙が自民党系の候補の勝利で幕を閉じました。
 山形市長が自民党系の人になったのは、なんと半世紀ぶりだとか。
 

 <山形市長選>自民系、半世紀ぶり市政奪還
 
 任期満了に伴う山形市長選は13日、投票が行われ、即日開票の結果、無所属新人で元経済産業省職員の佐藤孝弘氏(39)=自民・公明・次世代・改革推薦=が、ともに無所属新人で元防衛省職員の梅津庸成氏(48)=民主・共産・社民・生活推薦=、飲食店経営の五十嵐右二氏(64)を破り、初当選した。市政の転換を求める民意の勢いが、安全保障関連法案への批判を上回った。自民は約半世紀ぶりに市政を奪還した。梅津氏とは1773票差の激戦だった。

 
 しかしこの選挙、市長選という地方選挙だったのにも関わらず、特に国会での野党側が推薦していた候補陣営が、安保法制をなぜか争点にし出しました。
 記事にもしっかり残っています。
 

 <山形市長選>五輪相地元で安保決戦の様相
 
 安全保障関連法案の参院審議が進む中、3新人が立候補を予定する山形市長選(9月6日告示、13日投開票)が「安保決戦」の様相を呈している。法案の賛否と同じ政党対決の構図、選挙期間に審議が大詰めを迎えるタイミングに加え、安倍政権の閣僚の地元という舞台が拍車を掛ける。
 (中略)
 <法案の審判にも>
 立候補するのは、いずれも無所属の飲食店経営五十嵐右二(64)、元防衛省職員梅津庸成(48)=民主・共産・社民・生活推薦=、元経済産業省職員佐藤孝弘(39)=自民・公明・次世代・改革推薦=の3氏。
 「首長の役割は住民を守ることだ。安保(法案)は地方に無関係ではない」
 梅津氏は20日、連合山形の決起集会で力を込めた。安保法案の違憲性を指摘した憲法学者、小林節慶大名誉教授の教え子。2人が並んだポスターを市内各所に張り巡らせ、「平和都市宣言」事業の継続を訴える。
 野党が山形市長選を重視するのは、法案審議の終盤と投開票が重なるためだ。審議が難航した場合、憲法規定の「60日ルール」を適用すれば投開票翌日の9月14日以降、衆院で再可決し成立させることができる。
 民主党県連の吉村和武幹事長は「これだけ政党対決が強まれば、市長選が安保法案の審判という側面は否めない。国会も選挙結果を無視できない」と見通す。

 
 実際に争点になっていたかどうかは、地元の人の肌感覚によりますから、やえには分かりません。
 ちらほら地元の人の声のようなモノを聞く限りは、うんざりするぐらい野党側の安保反対の声が大きかったみたいな感じだったようですが、まぁそれは人それぞれというコトにしておきましょう。
 ただし実際に、今回の市長選挙に敗北した野党側が自ら争点にして、それを旗印に選挙に臨んだという事実は否定できないワケです。
 
 もしこれが、伝統的に自民党系が強い地盤であったらまたお話は別なのでしょうけど、今回はなんと半世紀ぶりの自民党系の勝利ですよ。
 これはもはや、まざまざと「デモが見せる数字は虚数でしかない」というコトが証明されたと言えるでしょう。
 デモに対してやえはいつも言っています。
 仮にデモに一万人集まったとしても、衆議院選挙で当選した人に投票した人の数字には全く届かない、と。
 さらに言えば、デモとかは住所など関係なく、言わば全国から集まるコトができるのですから、ますますその数字は意味が無い、と。
 今回の山形地方選、当選得票数が約5万6千票ですから、衆議院選挙の約半数ですよ。
 本来的には安保法制なんて全く関係ない地方の市長選に、一方的に安保法制を争点として仕掛けたにも関わらず、結局選挙には負けているのですから、デモや運動ってモノが現実的としての数字とはかけ離れているという現実をまざまざと見せつけられたと言えるのではないのでしょうか。
 
 つまりこれは、ハッキリ言ってこの前のデモが本当に10万人集まっていたとしても、だからなんだってお話なんですよ。
 30万人でもそうです。
 それだけデモで集まったところで、決して衆議院選挙で候補者ひとり勝たせるコトは難しいでしょうし、事実として市長選挙すら勝たせるコトは出来なかったのですし、なにより与党を形成するほどの国会議員を輩出するコトなんて夢物語にすらなってないと言えるでしょう。
 本来地方選挙ですから国政には関係ないので、与党側からこの結果についてどうこう言うのは適切ではありませんが、しかし少なくとも野党側は争点だと自ら設定したのですから、その言葉は受け入れないとダメですよ。
 デモの人数なんて全く政治に直結しないコトが、安保法案反対派自らが証明したのです。
 
 やえは、デモは民主主義とは相容れない行為だと思っていますが、いまのところ合法手段ですから、デモをするなとは言いません。
 しかし、いくらデモが起きようとも、それが政治政策に直結するがごとくの言説というのは否定します。
 そんな事実は存在しないからです。
 見た目の数字が多ければ実数を凌駕すると言わんばかりのデモ肯定の言説は、つまりはそれは民主主義の否定にしかなっていないのです。
 

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