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まず話し合うコトが外交。それ以上に何があるのか?


 外交って文字通り交わってこそ始まるモノですよね。
 それが話し合いであっても、経済的なモノであっても、そして戦争であったとしても、お互いが交わらなければ何も始まりませんし、何も生まれません。
 話し合いも戦争も一人では出来ないワケで、外交とは何はともあれ話し合う、戦争するという「接触」がなければ何もならないワケです。
 
 そうした中、戦争という手段を使わないとした上で外交を行おうとするのであれば、まずは話し合いという手段が用いられるコトになるワケですが、しかし一方的に仕掛けるコトができる戦争と違い、話し合いの場合は双方がそれに応じなければ始まりません。
 戦争という手段は自分の都合だけで一方的に始められるというメリットがあるワケですが、それは今回はともかくとしても、よって話し合いの外交の場合は双方が同じだけの努力をしなければならないんですね。
 
 では、これは国同士の外交だけに限らずですね、まず自分自身のコトとして考えてもらいたいのですが、他人と何か話し合わなければならない事情がある場合、例えば何らかのトラブルを抱えてしまった場合や、隣に引っ越してきた人に挨拶する場合など、他人と接触をするという外交を行おうとする場合、自分としてはどういう態度をとるべきでしょうか。
 こう書くと何か難しいコトを要求されているかのように感じてしまうかもしれませんが、要は普通のコトでしかなく、つまり「話し合いをしましょう」と言うだけですよね。
 なんでもいいんですよ、会社でも学校でもサークルでも家庭でも、「この案件についてみんなで話し合おう」とか「ちょっと相談があるんだけど」とか「これから第○回定例会議を始めます」とかでも、つまりは話し合いをしましょうと全員が合意して話し合いを始めれば、それが国同士であったとしても個人同士であったとしても、すわなち外交になるのです。
 なんにも難しいコトはないですよね。
 
 ではもうちょっと自分のコトとして考えてみて下さい。
 今度は部活動で考えてみましょうか。
 とあるクラブが2つ、どちらも体育館を使用するスポーツのクラブだとして、しかし同時には使用できないのでそのローテーションをどうするかっていう話し合いをしようというコトになりました。
 この場合、まずお互いの部長やマネージャーなどの担当者がお互いに話し合いの席について、その中で色々と交渉や調整を行うコトになりますよね。
 これが普通です。
 しかし例えば片方のクラブの部長が話し合いをする前に突然こう言い出したらどうでしょうか。
 
 「週4回ウチの部に使わせてくれるなら話し合いのテーブルに着く」
 
 正直、この部長はかなり頭のおかしい人だと認識するしかありません。
 そもそもその体育館の使用方法について話し合いをしましょうと言っているのに、話し合いをする前にその条件を一方的に飲めと言っているのですから、これでは「話し合い」というモノ自体を否定してしまっているんですよね。
 これは「外交」でもなんでもありません。
 なぜなら交わってないからです。
 話し合いをせずに単に自分の主張を一方的に飲めと言っているだけであり、命令と表現する方が遥に近い現象でしょう。
 
 よってこの場合、真摯に外交をしようとしているのは誰なのかと考えれば、当たり前のように話し合いをしようとした部長だけとしか言いようがありません。
 一方的な要求をした部長は外交という行為を放棄しているのですからね。
 はい、ここまで言えば何のコトか分かりますよね。
 日本と、中国や韓国とのコトを言っているワケです。
 
 日本政府の立場は「対話のドアは常にオープンになっている」です。
 しかし中国や韓国は「○○を飲まなければ対話はしない」と言っています。
 この場合、「外交」は日本しか行おうとしていないんですよ。
 日本国内にもサヨクマスコミなんかが「日本は「オープンになっている」と言うだけでなく、対話のためにもっと具体的に行動を示せ」なんて言っているワケですが、具体的に日本政府に何をどうしろって言うのでしょうか?
 外交努力をしている日本と、外交放棄をしている中韓と、両者を比べて「努力をしろ」となぜ日本側に言ってしまっているのか、どういう根拠で日本にそう言えるのか、わけがわかりません。
 繰り返しますが、外交とは戦争を除けば「話し合いのテーブルに着く」のが外交です。
 ですからとにかく「テーブルに着く意思がある」のが外交そのものであって、むしろそれが外交の全てとすら言えてしまいます。
 もちろんテーブルについてからの交渉も重要ですが、単に「外交を行う」という事象を実行しようとするならば、「テーブルに着く意思を持つ」が全てなんですね。
 これ以上やりようがないワケですよ。
 繰り返しますが、話し合いのテーブルに着く前に条件を出したりそれを飲んだりするというのは、もはや外交ではないワケですから、外交をするという意味においては「話し合いのテーブルにつく」しかないのです。
 では日本はどういう態度ですか?
 キチンと「テーブルに着く意思」を示しているじゃないですか。
 外交を始めるというコトに関しては、日本はこれ以上やりようがないんですよ。
 それなのにこれ以上日本政府に何を求めるのですか?
 もし「相手の意思を無視してでも外交を始めよ」と言うのであれば、あとは戦争しかありません。
 日本のマスコミは日本政府に戦争をしろとでも言っているのでしょうか?
 
 あるいは、日本のマスコミっていうのは中国や韓国を「普通の独立国」とは思っていないのかもしれません。
 日本の支援がなければ二本足で歩けない、子供以下の国だと思っているのかもしれません。
 でなければ、外交なんてしなくていいからとにかく相手の言い分を飲め、なんて言えないですよ。
 本当に日本のマスコミって失礼ですよね。
 仮にもGDP世界二位の国と、G20に入る国に言えるような目線ではありません。
 完全に中国と韓国を見下している目線です。
 日本政府はそんな失礼なコトはできないでしょう。
 だってまがりなにりもどちらも独立国なんですからね。
 ですから同じ独立国として「外交しましょう」と言っているのです。
 本当にマスコミっていうのは傲慢なんですね。
 

「日本を取り戻す」外交


 岸田文雄外務大臣ネタ3日目の今日は、こちらのニュースです(笑)
 

 日本がASEANを抱き込んで中国に対抗、中日の正常な関係をぶち壊している―中国紙
 
 日本は最近、国内政治の企てもさることながら、外交的にもやたらと“小細工”を繰り出している。岸田文雄外相はブルネイで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会合で、ASEAN諸国に対し、中国と領有権争いを抱える南シナ海に対する主権主張を支持する立場を表明。“中国の海洋活動が活発な”南シナ海紛争の早期解決のため、中国が消極姿勢を見せている法的拘束力のある「行動規範」の策定を呼びかけた。
 その一方で、ASEAN諸国に向けて「釣魚島(日本名:尖閣諸島)は日本固有の領土。領土争いは存在しない」との立場を重ねて強調。岸田外相と王毅中国外相は会期中、会談を行った形跡はなく、集合写真で顔を合わせる機会があったにも関わらず、視線を合わせることすらしなかった、と日本メディアが伝えている。

 
 国内紙ではASEAN外相会談に対して「日本が孤立していている中」なんて言ってたところもありましたが、どうして日本のメディアって、日本が失敗しているように伝えようと必死なんですかね。
 毎日新聞なんてこんな書き方していたりします。
 

 中韓首脳会談:孤立懸念の日本、対話模索
 
 中韓の接近に日本政府内では「孤立化」懸念も出ている。中韓との関係改善を図るため、日本はブルネイで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議に合わせ、岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相の会談を7月1日にも行う調整をしているほか、中国の王毅外相とも非公式な立ち話などでの対話を模索している。

 
 いかにも日本が困っている、世界から孤立していて、その現状をなんとか打破したいと政府は苦労していると言わんばかりの書き方です。
 でも、実際は違うワケです。
 最初の記事にありますように、岸田外務大臣は「中国が消極姿勢を見せている法的拘束力のある「行動規範」の策定を呼びかけた」り、ASEAN各国の外相と会談を重ねたりして、積極的に日本外交を展開しています。
 さらにこちらの記事によりますと、「力による一方的な行動を慎み、国際法を順守することが、地域における法の支配の確立に重要だ」と述べ、国際法に基づいて解決すべきだとの立場を表明」し、「日本とASEANの特別首脳会議を12月13~15日に東京で開くことも確認し」ています。
 日本の国益を守りつつ、積極的なアジア外交を展開していますよね。
 特に「法的拘束力のある「行動規範」の策定」については、こちらの記事にありますように、「行動規範の策定に当たっては、中国が有識者らによる「賢人会議」を設置するよう提案。これに対し、フィリピンやベトナムからは「時間稼ぎに使われる」と異論が出ている」と、ますます中国がASEAN諸国から反発されている様子がうかがい知れる中での、日本のイニシアティブです。
 
 さて、これのいったどこに「日本が孤立している」と言える事象があるのでしょうか。
 
 まぁ確かに「中国と韓国から」は、日本は孤立しているのかもしれません。
 一応「日本・中国・韓国」という3カ国だけで見れば、1対2という構図ですから、まぁ「孤立」と表現しようと思えばなんとかギリギリできないコトもないでしょう。
 でもそれがなんですかと。
 もちろん人によって外国に対する評価は違うのでしょうし、思い入れも違うでしょう。
 中国や韓国がこの世の何よりも代えがたく重要だと言うのは勝手です。
 でもそうだからと言って、日本が「孤立」していると表現するのは違うんじゃないですか?
 ましてなにより、安倍内閣と岸田外務大臣は、中韓からの「孤立」なんてどこ吹く風なんですよね。
 
 分かっているコトですがメディアって勝手なモノで、岸田文雄先生は何度も言ってますようにやえのド地元の選出なのでよく知っている方でずっと注目している方ですからメディアの取り上げられ方もよくチェックしているのですが、岸田先生が外務大臣に就任した時、メディアは「ハト派の岸田外相就任は中韓への配慮だ」なんて取り上げていたモノです。
 ウィキペディアにも残っているんですよね、「中国要人との太いパイプを持つ古賀誠を後見人に持ち、対話を重視するスタイルの岸田の起用が中国など関係諸国へのメッセージであるとの報道もある」と。
 このコトから一部ネット上では、中韓への土下座外交が展開されるんじゃないかとメディアの言い分に煽られていたりしていましたが、なにがなにが、むしろ本当にハト派と言えるのかと言えるぐらい「日本の立場」を明確にした外交を岸田外務大臣は展開してくれています。
 ま、本来「ハト派」という言葉も、本来「サヨク」とは一線を画す言葉ではあるんですけどね。
 
 最近よく言ってますが、日本は一流国です。
 一流国は、「下」に対してお世話する義務があります。
 日本はそういう立場です。
 もちろんG8諸国の対等なお付き合いも大切ですが、同時にいかに「下」と付き合って、言い方は悪いですが、それによって「日本の利益に繋げるのか」というコトを考えなければならないのです。
 そしてそれは決して「一方的に搾取する」という意味ではありません。
 一流国の様々な面での支援が必要な国はいっぱいあるのです。
 同時に、お世話するコトで得られるメリットも日本にはあるのです。
 その国々の面倒を見るコトで得られる利益が日本にある以上は、そういう着眼点でも外交を考えなければならないのです。
 
 そういう視点を持った時、果たして中国や韓国との外交をどう考えるのかと冷静になれば、果たして「孤立だ孤立だ」と煽り立てる必要性があるのかどうかというのは、かなり疑問だと言ったところでしょう。
 
 別に日本から中韓を排斥しようとはしなくてもいいです。
 そんな無理矢理に排斥するなんて3流国のやるコトです。
 でも逆に、日本の方から必要以上におもねって近づこうとする必要も全くないワケです。
 日本は一流国として、手助けが必要な国を大切にしていればいいだけで、「ドアは常にオープン」にしておくコトは大切ですが、その上で向こうが日本を必要としないのであれば、それはそのままでいいのです。
 
 今までの外交は、外交はと言うか、日本外交に対する国民の見方というコトになるのでしょうけど、今までは「アメリカと中国と韓国」だけの視点になりがちでした。
 でも実際はそんなワケではないワケですし、そもそも日本政府もそれだけでない外交を今までもしてきたワケです。
 だからいまこそ、国民こそが「中韓視点」から脱却して、もっと日本が一流国としてやるべき外交のあり方という視点で考えていかなければならないのではないでしょうか。
 まずは日本は一流国だと自覚する必要があるでしょう。
 その中でもっとも害悪なのがマスコミですが、主権者たる国民がそれを打破していきたいですね。
 

事実を直視し、それを教訓にしてこそ歴史


 今日はこちらのコメントにレスさせていただきます。
 

 今さら仙谷のせいにしてもおそいんじゃないの?
 きっかけがどうあれ、既に尖閣に火はついたんだし、安倍がどうさばくかが問題だろ?
 それとも仙谷を友愛すれば尖閣は返ってくるとでも思ってるの?
 無駄な事にこだわってると大局を見失いますよ。

 
 やえのこの前のお話の主題は、仙谷官房長官や民主党をどうこうしろっていうお話ではありません。
 むしろ、ここの部分、主題の部分を読み違えてしまえば、このお話は180度意味合いが違ってしまうモノになってしまいます。
 ですから、なぜこの問題をいま考えなければならないのか、なぜやえは「歴史的な事実として繰り返して書き残しておきたい」と言っているのか考えてもらいたいと思います。
 
 これは「歴史的事実」なんですよ。
 もっと簡単に言えば、「歴史」なんですよ。
 ですから、まずもって「せいにする」とか「おそい」というのは、かなり的外れというか、関係の無いお話でしかないのです。
 仙谷官房長官の所行で尖閣諸島に関する諸問題が、領土問題になったり政治問題になったのは、これは事実であって誰にも否定できないコトです。
 つまり事実である以上は歴史であるワケです。
 では歴史とはどうあるべきなのか、我々はその歴史をどう使うべきなのかというところを考えいかなければなりません。
 
 例えば大東亜戦争。
 日清戦争や日露戦争は、終わりのコトも考えて、戦争後の交渉の闘いまで戦い抜いて奪い取った勝利だったのに、なぜ大東亜戦争は終わりなき戦いに突入してしまったのか、こういう検証をしなければならないワケですが、その前に、果たしてなんのために検証をするのかという点はまず抑えておかなければなりません。
 それは決して「○○が悪かった。こいつがいたから戦争が起きた。全ては○○のせいだ」と、悪玉を仕立て上げて、自分の責任が無いコトを証明するために、他人に責任を押しつけるために検証するワケではありません。
 なぜ歴史を検証するのかと言えば、同じ悲劇を二度と繰り返さないためです。
 歴史を検証し、よりよい方法があったんじゃないかと、違う道もあったんじゃないかと、当時は気づけなかった点でも、後から冷静に第三者的な視点で見るコトによって、また同じような状況になった時に今度は良い方向に進めるよう、そのために検証するのです。
 大東亜戦争、結果的に日本は負けたのですから、結果は悪い方向でした。
 ですから本来ならキチンと検証して、誰が悪かったとかではなく、「なぜ悪かったのか」を考えて、「ではどうすべきだったのか」を探していかなければならないのです。
 どうも大東亜戦争に関しては冷静な視点が持てずに歴史を直視できない人が多いようですが、本来はこういう見方で歴史を振り返らなければならないのです。
 
 よって、「仙谷を友愛すれば尖閣は返ってくるとでも思ってるの?」という視点は、むしろやえの前回更新の主題とは正反対にしか解釈していない上でのご意見でしかありません。
 やえはそんなコトは一切言ってません。
 もしこんな視点でこの問題を語ってしまえば、むしろ歴史を振り返るというコトにはなっておらず、ただ単に仙谷官房長官という生け贄を仕立て上げただけで終わりになってしまいます。
 これでは歴史は再び繰り返してしまうでしょう。
 やえは前回の更新の最後にこう書いています。
 
 「そしてそれはなにより、現在では考えも付かないようなコトが、ひとつの外交的失敗で大問題に発展して、未来に大きな負債になってしまうコトもあり得るというコトなのです」
 
 「仙谷のせいだ。あいつに罰を与えるべきだ」と言うだけでは、この問題はそれで終わりになってしまいます。
 そうではなく、まず歴史的事実としてなぜそうなってしまったのかという点を「事実として確認」して、その上で「なぜそうなったのか」を検証して、今後同じようなコトにならないためにはどうすべきなのかを考えなければならないのです。
 
 残念ながら、この問題に限らず「仙谷のせいだ。あいつに罰を与えるべきだ」という見方で政治を捉える人が少なくありません。
 でもそれだと同じコトの繰り返しです。
 特に民主党政権時では失敗が数多かったワケですが、その責任を単に民主党やその議員だけに押しつけて、民主党の悪口を言えば自分には責任はないかのように言ってしまうだけでは、今度は民主党以外の政党に対して同じ失敗をしてしまうコトでしょう。
 それでは歴史を紡ぐ意味がありません。
 「仙谷を友愛すれば尖閣は返ってくるとでも思ってるの?」という視点はその通り「無駄な事」です。
 しかしやえが指摘しているコトは、そんな点ではないのです。
 繰り返しますが、歴史的事実を検証し振り返って教訓にするためです。
 そのためには、まず入り口として「原因」である「仙谷官房長官の所行」を「歴史的事実」として確認しなければならないのです。
 その上で、どう検証して、どう教訓とするのか、です。
 日本は民主主義国家であり、主権者は国民なのですから、国民こそがここをよくよく考えなければならないのです。

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