メールを頂きました。
>やえちゃんの前書きはいつも長いけど、他のサイトだったらやえちゃんの前書きだけで一日分の日記になりますよね。
がーん。
そうだったのですかー。
もしかしてやえは余計な労力を使っていたんでしょうか。
えーと、えーと
一日で二日分の文章が楽しめるバーチャルネット思想アイドルやえ十四歳にようこそいらっしゃいました。
一粒で二度オイシイ。
一粒100メートル。
・・・・・・・・・・・・。
右も左も逝ってよし!!
バーチャルネット思想アイドルのやえです。
おはろーございます。
メールはお返事が返せないことが多いのですが、いつも励みになっております。
ありがとうございます。
さて。
今更ですが、テレビとか新聞とかマスコミというものは、どんな難癖をつけてでもお上批判をしなければ気が済まないようです。
これもやえは最近よく言っていることなんですが、近頃の保守ブームや嫌韓ブーム反米ブームというのは、感覚的にはずっと昔から今のような空気のように思ってしまいますが、しかし実際はかなり最近の話です。
1年以内の出来事でしかありません。
たった3年前には「何が何でも朝鮮半島絶対正義派」という人間が確実にいました。
「韓国が日本に対して敵対心を持っている」と言うだけで売国奴呼ばわりされるような状況だったのです。
もちろん今のこの状況はやえにとっても喜ばしいことではあるのですが、しかし過去のことは過去のこととしてそのような時代があったということはきちんと覚えておくべきです。
小泉さんを批判する口実に「アメリカ追随だけでいいのか」というのがあります。
「日本はアメリカのいうことだけを聞いていればそれでいいと戦後からずーっと思ってきた。その最たるものが小泉首相。しかしそれで本当にいいのか」
こんな論調ですね。
でも実は、数年前まではマスコミの論調というものは「いかにしてアメリカのご機嫌をとるのか」というものでした。
よく思い出してみてください。
たった数年前のクリントン政権の時、大統領アジア外遊の際、一番最初に訪れた国が中国だった時がありました。
これに日本のマスコミは大騒ぎです。
「大統領は日本を通り越して先に中国に行った」「つまりアメリカは日本よりは中国の方が大切」「これからはアメリカ−中国という大国路線に切り替わる」「アメリカは日本を見限った」「日米同盟の危機だ」
こんな言葉が舞い踊り、そして同時に空前の中国ブームがやってきました。
書店に行けば中国関連の本が溢れかえったのです。
「数年後中国は日本を越えるだろう」「これからの投資先は中国」「アジアの大国新リーダー中国」
うーん、今思い返してみると、この時代の方がよっぽど「ポチ」だったような気がします。
いかにアメリカ様のご機嫌をとるのか、ということをテレビや新聞で真面目に議論していたのですから。
日本がが戦後以来最もアメリカと仲良くなった今になって「アメリカ追随でいいのか」と言いはじめましたが、当時はマスコミが率先して「アメリカが日本より先に中国に行った」ということに対して危機感を持ち「いかにアメリカ様に日本が取り入れられるか」を議論していたのです。
やえは当時の方がよっぽど「ふーん、アメリカと中国ですかー、きな臭い取り組みあわせですねぇ」なんて思っていたんですけど、どうして当時は誰も「ポチ」って言わなかったのでしょうか。
マスコミも反米保守さんも教えて欲しいところです。
マスコミの言ってることには一貫性がないということももう言うまでもなくその通りなんですが、それ以上に「昔はこのような空気だった」ということはキチッと覚えておくべきです。
どうも数年前の空気をコロッと忘れてしまいがちです。
事実、北朝鮮のことを「地上の楽園」だと宣伝し朝鮮半島を神聖化した輩の責任を追求しきれていません。
多くの日本人を北朝鮮に送り、拉致を許し、核をつくらせ、その資金も日本が出してしまっているような結果となり、部品までメイドインジャパン。
さらにはそれに対する批判すらも許されない空気を、当時のマスコミと親朝鮮派一部政治家と一部の世論がつくっていました。
言ってしまえば現在の北朝鮮の脅威は、結果的に半分ぐらいは日本が手助けしてしまったと言っても過言ではないのです。
その責任を取らなければならない人間がまったく厚顔無恥にも無視を決め込んでいるのはとても問題ですが、しかしそれ以上に「当時の空気」を忘れてしまうことの方が大問題です。
歴史は教訓にしてこそ存在価値があります。
しかし歴史を忘れてしまうと教訓にすることも出来ず、同じ失敗をまた繰り返してしまいかねません。
この北朝鮮の問題も、それを教訓にし未来につなげなければならないはずなのです。
北朝鮮の問題等のは、本質を見ずに議論しようとせず当たらず触らず腫れ物のように扱った結果、そのツケが全部自分に跳ね返ってきました。
また同じ過ちを繰り返すわけにはいきません。
例えば戦争と平和・防衛の話にしても、ただ憲法9条という文字だけのものを神聖化し侵すべからずで、現実に即さないのに祭り上げていたりしていますが、これもこのままだといつか取り返しが付かないことになってしまうかもしれません。
「なぜ戦争をしてはいけないのか」「どうして武力を持ってはいけないのか」「平和とはどうすればおとずれるか」
こういった過去の失敗を教訓にしてこそ、本質的根本的本質的議論となると思いますし、そのために過去と歴史があるのだと思います。
バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、歴史の正しい使い方を応援しています。