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では、天皇家とは、神武天皇家とは、日本の中でどのように伝統を継承してきたのでしょうか。
神武天皇家は男系を自らの家の継承のルールとして天皇という位を受け継いできました。
天皇125代のウチ、直系継承はたった69回だけです。
また側室の子の即位は55例にものぼり、さらに兄弟間の継承や、これは何度も言ってますように一言では言い表せない程度の関係の間での継承も数回は行われています(例:48代称徳天皇→49代光仁天皇)
普通の感覚では、これではルールが全然無いのではと思ってしまうでしょうけど、しかしそう思うコトこそが、男系が明確なルールであった証拠とも言えるでしょう。
この神武天皇家の複雑すぎる家系図は、直系主義をとらず男系主義を貫いてきた何よりの証拠なのです。
逆に男系を否定するのであれば、ではなにをもって神武天皇家は神武天皇家なのか、今まで続いてきたのはどのような理由から「続いてきた」と言っているのか、それらの全く理由が無くなってしまいます。
家の相続は、その家の伝統によってルールが決められます。
決してその方法は一種類とは限りません。
また、それを他人がとやかく言うコトは出来ませんし、さらに言えば当事者たる相続させる人もされる人も、安易に個人的理由を唱えるコトはできないでしょう。
一子相伝の家に向かって、養子を認めてきた家がそれを批判をしたところで、なんの意味のないコトです。
一子相伝と決めているのは自分の家だけであって、これを行っているからといって他人の家のルールまでを押しつけているワケでは全くないのですから、それはその家の価値観の問題であって、仮に無理矢理一子相伝を形だけでもやめさせたとしても、心の中では「途絶えた」と一子相伝の家の者は思うでしょう。
それだけで十分一子相伝家は断絶なのです。
形だけで強弁しても無意味意外何者でもありません。
また、継承のルールは歴史という時間の流れによって形作られるモノですから、今の一瞬の個人的意見だけでもっても、それを安易に変えるコトは許されません。
継承は受け継ぐというコトであり、すなわち「歴史を作る」というコトに他ならないのですから、なにより歴史という伝統を重んじる必要があるのです。
今の一瞬の時間だけで物事を決めるのであれば、それは歴史でもなければ、継承でもありません。
“継承する”のであれば、点ではなく線で物事を考えなければならないハズです。
もし継承しないと決めるのであればもはや個人の勝手と言えるのかもしれませんが、しかし線を点で途切ってしまったのにも関わらず、それを線だと、継承したと強要するのは、これは全く筋が通らない話でしかないのです。
繰り返しますが、なにも直系だと歴史が作られないと言っているのではありません。
ただ、男系を崩すと「神武天皇家が終わってしまう」というコトをやえは言っているのです。
もし直系主義にするというのであれば、それは新しい天皇家のはじまりであり、それはそれで日本の天皇として日本国民が敬愛するというのは当然の話ですが、しかし天皇家の歴史は0からのはじまりだというコトなのです。
これから直系主義でいくというのであれば、少なくとも直系で結ばれない118代後桃園天皇以前は別の天皇家として考えざるを得ないでしょう。
そしてこれは、日本の国史の終わりなのです。
平安時代も江戸時代も平成時代も、日本が一つの国家として国史を受け継いでこれているのは、いつの時代も神武天皇家を象徴として日本が戴いているからに他なりません。
いくら皇帝と名乗り、自らの国史だと主張しても、所詮シナの国は国史のない国です。
そもそも国名からして違いますし、その国と国との関連性も全くありません。
確かに政治的または思想的には、なんらかの理由をつけて歴史を国史だと強弁することは可能かもしれません。
しかし科学的に、というか、冷静な目で厳密に事実を事実として見るのであれば、それはやはり所詮は強弁でしかないのです。
その点からしても、神武天皇家を戴く日本という存在は、世界で唯一の政治的にも思想的にも科学的にも国家として1000年以上続いているという尊い国家なのです。
2月8日付の『SAPIO』で、神武天皇家男系を受け継ぐ武田恒泰氏はこうおっしゃっています。
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長く続いている王室や皇室は、それだけで国際社会から尊敬されるからです。世界中の貴賓が集まる結婚式などの式典で、「陛下」と呼ばれる国王や天皇が、「閣下」である大統領や首相より上座に座るのも、その表れでしょう。ちなみに「陛下」同士が並ぶ場合は、より王朝の歴史が長い方か、より在位期間の長い方が上座に座るのが外交上の慣習です。そのため、いずれの面でも「世界最長」だった晩年の昭和天皇は、世界の誰と同席しても常に上座にお座りになりました。それは、日本の天皇が「偉い」からでも「強い」からでも「豊か」だからでもありません。その価値は「尊い」としか形容できないものです。「偉い」「強い」「豊か」といった価値は後から生み出すことができるのに対して、「尊いもの」はつくろうと思ってもつくれない。それは、長い歴史の中で淘汰されずに受け継がれてきたものだけが持つ価値なのです。
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この尊い神武天皇家と、それを戴く尊い日本は、まさに国史を根拠としているワケです。
男系を捨てるというコトは、神武天皇家を捨てるというコトであり、同時に国史を捨てるというコトなのです。
そして世界で最も尊い存在を捨てるというコトに他ならないのです。
もちろん男系を捨てたところで、日本の社会が大きく変わるコトはないでしょう。
気にしなければ一般人にとってはなんら影響の無い話です。
だから過去の歴史をかえりみない、また未来の日本を背負わないという人であれば、神武天皇家がどうなっても関係ないと思うでしょう。
しかしそれは、やえから言わせていただければ「今だけがよければいいだけの人」なのです。
今まで流血の努力で日本を培ってきた先人達に感謝もせず、今の日本が日本であるその理由も知らずに、美しく尊い日本を未来にわたって受け渡す責任すら放棄しているような人たちなんだと、そう思うのです。
それはとても悲しいお話なのです。
神武天皇家は男系というルールで歴史を作ってきました。
このルールを捨てるというコトは、神武天皇家が断絶するというコトに他ならず、そしてそれは日本の国史が断絶するというコトです。
問題を矮小化させてたいしたコトではないとうそぶく人がとても多い最近ですが、この問題は国家そのもののアイディンティティに直接関わるというコトをまず知ってもらいたいと思います。
なぜ世界を見渡しても日本だけが、1000年以上も前から今にわたって日本という国号を使い続けているのでしょうかか、使い続けられているのでしょうか。
その歴史と伝統はけっして軽いものではありません。
やえは、その重みを受け継ぎ、そして未来に託す義務があるのだと、ひとりの日本人として思うのです。
バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、僭越ながら神武天皇家を応援しています。
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