☆やえニュース☆

  「その事象に直接関係ない属性をもって行動等に制限を加えることが差別」 / 小泉メルマガレビューネタ切れイランの核開発献血・売血について考える伝統とホリエモン小泉メルマガレビュー図解!神武天皇家の偉大さ!!神武天皇家問題についていろいろと消費者の意見うぃるこむ民主主義における政治家のタイプ

平成18年2月1日

 「その事象に直接関係ない属性をもって行動等に制限を加えることが差別」

 やっぱりデリケートな問題なだけあって、全てを伝えようとするのは難しいなぁ。
 またまたたくさんの反響をさんきゅーだが、伝わりきれなかったものをほっとくわけには、誤解されたままではいかんので、もう一回オレだー。
 
 前回の更新で言いたかったのは、差別の定義のひとつである「その事象に直接関係ない属性をもって行動等に制限を加える」を当てはめてよく考えようという事であり、また、その事象と属性は何も科学的な理由だけに限らないという事であった。
 いや、前回の更新のきっかけであった「女性禁制の山」や「土俵」は、「細かい定義をつけるんだったら、非科学的なこれらの事例はどうなんだよ」というような意見なのかと思っていたので、前回はそれを焦点に当てた訳だったのだ。
 前回の更新では「穢れが理由ならばなんでも差別にはならない」と言ったのでは決してない
 当然ながら一番大切なのは定義である
 
 「その事象に直接関係ない属性をもって行動等に制限を加えることが差別」
 
 つまりだな、穢れ信仰の中においては「血=穢れ」であり、生理は女の象徴でもあるから、どうしても「穢れ=血(生理)=生理」と切っても切れない関係であるからこそ、「とても神聖である場」においては行動を制限されても仕方ない、女性には遠慮してもらっているということなのだ。
 血という穢れが女性という属性に直接関係するからこそ、それは差別ではないと言える訳なのである。
 一番大切なのは定義の原理原則であって、そしてその定義の「事象」が非科学的でも問題はない、というのが前回の更新。
 
 では「部落差別」はどうだろうか。
 確かに部落差別は穢れ信仰から来ている。
 部落民は穢れているという意識が根底に流れているから、まぁ実際は、穢れていると明確に意識しているのではなく、なんとなくそれが避けなければならない存在のような気がするという程度なんだろうが、とにかくそのような意識があるからこそ部落差別が存在すると言える。
 しかし今の部落差別には「なぜ穢れているのか」という理由が全く抜け落ちてしまっているのだ
 
 確かにそもそもの発祥は穢れ信仰の原則に当てはまる。
 元は罪人だったり、血を直接扱うような職業の人たちを部落としていたという過去があるからだ。
 そして親の罪も子の罪だという風潮があった時代においては、このような考え方もある程度致し方なかったと言わざるを得ない歴史も認めなければならないところだろう。
 だが、今は決してそんな事はない。
 今は職業や犯罪うんぬんで部落民が決まるのではなく、ただ単に「部落に生まれれば部落」という理由でしかなくなっている。
 これはあまりにも理不尽だ。
 「死」という穢れ信仰においては最も穢れの強いものであっても塩をかけるだけで祓えてしまうと認識しているような現代人が、なぜ部落にだけは過敏に反応してしまうのか、もはや「穢れ信仰」とは言えないレベルになってしまっていると言えるだろう。
 こんなものはもはや“本来の”穢れ信仰という伝統の文化ではなく、ただの人間の醜い蔑みの心というものの表れではないのだろうか
 
 そして当然、「事象」と「属性」の間における差別の定義からも、それは明らかに差別だと言える。
 
 例えば部落の就職差別の場合、就職と穢れの間に何か因果関係があるとは思えない
 商社マンという職業は、普段穢れ信仰における神聖性と何か深い関係があるというのだろうか。
 商社マンは穢れ信仰における神聖な存在である必要があると考えられているのだろうか。
 全くない。
 よって、就職差別は「その事象に直接関係ない」のであり、その行動に制限を加える事は差別なのである。
 
 
 このように、原理原則を貫こうというのが最も大切な事であると前にも言ったが、まずはそれを考えてほしい。
 
 
 ところで、穢れとは関係ないが、「「雰囲気」を商品にしている店の男性のみ入店お断りは関係アリになるのでは?」とような関係の質問にも答えておこうと思うのだが、これはまた別の考え方があるので、長くなりそうだから後日に回すことにしよう。
 

平成18年2月2日

 小泉メルマガレビュー

 小泉内閣メールマガジン 第220号 ========================== 2006/02/02
 
 [らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
 ● 国会審議に全力投球
 小泉純一郎です。
 今週は、国会で補正予算についての活発な議論が続いています。来年度予算の審議に先立って、アスベスト対策、新型インフルエンザ対策、耐震強度偽装問題のための対策に必要な予算などを盛り込んだ補正予算について、衆議院と参議院において審議しています。
 
 あれ?
 そんな話題で議論が活発でしたっけ。
 どっちかと言えば、耐震偽装マンション問題やライブドア騒動で活発だったと思うのですが。
 しかも犯罪が発覚した後に、発覚する前から犯罪を知らなければならなかったかのような、事後法を当てはめるかのような滅茶苦茶な理論で自民批判しか頭にない民主党が、ガキ以下にごねていただけのような気がするんですが。
 そして見事なブーメラン
 
 補正予算に盛り込んだ項目は、いずれも緊急に必要なものばかりですので、できるだけ早くその成立を図り、すみやかに実施していかなければなりません。
 予算は、これから政府が講じるべき政府全体の施策を資金面で裏打ちする大切なもので、国会審議の中でももっとも重要な議案です。したがって予算委員会の審議では、国が直面する全ての課題について幅広い議論が行われます。委員会審議にあたっては、国民の代表たる議員のみなさんの質問に対し、政府の方針や政策をわかりやすくていねいに説明するために全エネルギーを集中させています。
 
 補正予算は明日参議院で通る予定でしたっけ。
 一応予算は全てにかかる問題なので、委員会や本会議での質問はなんでも出来るコトになっていますが、しかし大臣の首を取るコトしか頭にないような人たちの質問をいくらしたところで、予算自体には全く関係がないのではないでしょうか。
 つまり時間の無駄と言います。
 
 ライブドアの問題、耐震強度偽装の問題、米国産輸入牛肉の問題、防衛施設庁の官製談合の問題などに加え、少子化の問題や社会保障の問題、経済運営や外交・安全保障の問題など日本の将来の発展にとって重要な課題について、真剣に議論していきたいと思います。
 
 あら、わざわざ乗ってあげるんですか、お優しいですねぇ。
 でも、ライブドアも耐震偽装も、すでに警察検察が動いているコトなのですから、わざわざ予算の大切な時間を割いてまで国会でやる必要はないんじゃないかと思うんですけどね。
 しかしホントいままで全く存在感の無かった民主党ですが、いざ不祥事っぽいものが出てくると生き生きしだしますよね。
 これってつまり、わかりやすい責任追及は出来るけど、難しい政策論争は出来ないというコトですよね。
 
 最近よく、「勝ち組」「負け組」という言葉を耳にします。確かに難題に挑戦すれば、うまくいく人とそうでない人が出てくると思います。しかし、「負け組」だからといって卑下することはありません、難しい問題に挑んだことは立派なことだと思います。「負け組」と言われている人々にもこれからチャンスをいっぱい提供して、一度や二度失敗しても再挑戦することができる社会にしていかなければならないと思っています。
 
 またまたお優しい小泉さん。
 しかし実際のところ、たいしたこともないのに自分を「負け組」と称して、必要以上に卑下する人、いや自虐する人って多い気はしますね。
 もともと日本人は自虐大好きですし。
 最近「格差」の議論も出てきていますが、あれだって、所詮は相対評価で上をうらやましく思い嫉妬しているだけの人がとても多いのではないでしょうか。
 絶対評価で見れば、別に今までとなんら変わらないのにですね。
 生活が変わったのではなく、ただ単に人の心が変わっただけなのではないでしょうか。
 
 むしろ、「勝ち組」「負け組」のほかに、挑戦しないで待っている人「待ち組」がいると思います。そういう人々も、持てる力を存分に発揮し、一人ひとりの創意工夫を活かすことができる社会にしなくてはなりません。そして、どうしても自分の力ではできない人に対しては、お互いに助け合う、持続可能な社会保障制度がしっかり支える社会、そういう社会の実現をめざして、これからも改革を進めてまいります。
 
 なんですか「待ち組」って(苦笑)
 それってなんてニート?
 ニートとかの仕事やりたがらない症候群も、別に技術が不足しているのではなく、そもそも人間誰しも初めから技術が満足にある人なんていないんですからね、ただ単に働きたくないだけの怠け者に過ぎないのではないでしょうか。
 もしくは高望みしすぎか。
 やっぱり心の問題、人の心が変わっただけと言えるのではないかと思います。
 そしてそれは、一昔前にサヨクが流行らせた「人間は全て素晴らしい才能がある」と言いふらしたような自意識過剰思想のせいでしょう。
 そんなモノの尻ぬぐいを政治がしなきゃいけないんですから、大変ですよね。
 
 明日は節分、暦の上では、もう立春ですが、まだまだ寒い日が続いています。中学や高校、大学の受験をめざしているみなさんにとっては大切な時期だと思います。風邪などひかないよう健康に気をつけて、日頃たくわえた力を十分に発揮できるよう健闘をお祈りしています。
 
 なんだか今日は優しいモードですね。
 小泉さん、ちょっとお疲れでしょうか(笑)
 やえのまわりも最近風邪引きさんがいっぱいいます。
 受験生のようなどうしても休めない人は気合いを、そしてそうでない人はゆっくり休んで直して下さい。
 風邪は寝るコトでしか直りませんからね。
 小泉さんもお気をつけ下さい。
 
 
 
 [ニッポンの元気]
 ● 生きている遺産を未来へ
  (白川村教育委員会世界遺産対策室長 板谷孝明)
 白川郷荻町(おぎまち)合掌造り集落は、平成7年に国内で初めて居住地域がユネスコの「世界文化遺産」の登録を受けました。集落内には、大小114棟の合掌造りが点在し、ほぼ規則的に三角形の妻面(つまめん)を南北に向けて建てられた姿が、周囲の美しい自然景観と一体となって「日本のふるさと」の原風景を形成しています。
 
 ああ、あれですね。
 上手く説明できないですけど、頭の中には風景が想像できます。
 ええと、これですね。
 
 美しいですねぇ。
 
 特に多くの労力が必要とされる合掌造り家屋の屋根の葺き替えは、今でも地区住民の助け合いによる協同作業「ゆい」で行われます。こうした作業を通して住民の協調が図られ、若者への伝統技術の継承、また、子どもたちは保存の苦労と大切さを学び、特異な文化が受け継がれています。
 このように合掌造りが日々の生活の中で生きていること、そしてこの遺産が多くの人々の相互扶助によって守られていることが白川郷の最大の魅力だと思います。
 
 昔の伝統を継承するというコトは、つまり手間をかけるというコトです。
 人間の進化とは便利を追求するコトであり、いかに手間を省くかというコトですが、しかしこのような歴史を保存し伝統技術を継承するというコトは、ある意味人間の進化に逆らっているというコトになるワケです。
 もちろんそれが美しいというコトも分かりますし、歴史を保存するコトも大切なコトです。
 こういう問題は、その辺の折り合いが難しいところなんですよね。
 
 地域では世界遺産登録を機に毎年多くの観光客が訪れるようになり、経済的に大変豊かになってきました。反面、集落の景観のみならずそこで暮らす人々の生活や気持ちにも大きな変化が見られるようになりました。私たちが暮らす生活の場、商業活動をいとなむ空間そのものが文化遺産であることから、「生きた遺産」を保護することの素晴らしさ、難しさが同居しています。
 
 時々、自然は大切だ、なによりも上位の価値がある、今の日本は自然との共生を忘れてしまっている、なんて言う人いますけど、それはあまりにも浅はかすぎる意見だと思います。
 例えばこの白川村も、世界遺産に登録され、観光客がたくさん増えたコトから成り立っていけるようになっているワケですが、しかしその観光客というのは、自然と共生できないような経済社会の上に成り立っている人たちが稼いだお金での観光であるワケです。
 つまり白川町だって、必ずしも自然と一体となり得ない人工的な人間社会の上に成り立っていると言えるワケなんですね。
 先ほども言いましたように、伝統を保存するというコトは手間を必要以上にかけるという意味ですから、その分お金もかかるワケです。
 国や地方自治体の補助金でそれを補完したとしても、やっぱりその補助金は、人工的な経済の上での税金から発生しているワケで、やはり人工の上に成り立っているワケです。
 なんでもかんでも自然自然と言っても、それだけで決して成り立たないという、そういう現実は知っておく必要があるのではないでしょうか。
 
 これからも住民の知恵と活力によって地域の抱える様々な課題を克服し、このかけがえのない「歴史的文化遺産」を後世へ伝えると共にここに生活する人々が誇りや魅力を感じる地域づくりを目指したいと考えています。
 
 白川村の人たちは、手間をかける覚悟をした人たちですから、それはそれで敬意を表します。
 どうぞ日本の美しい伝統と自然を守り続けてください。
 やえは真似は出来ませんが、それだけに応援をしています。
 
 
 
 [編集後記]
 国会は、17年度補正予算とアスベスト対策関連法案などの審議をしています。31日に衆議院を通過しましたが、これらは国民の皆様から一刻も早い実施が待たれているものばかりです。
 30日の衆議院予算委員会では、米国産牛肉の輸入再開の問題を巡って審議が紛糾し、深夜にまで及ぶという事態がありました。このため、私も安倍官房長官とともに、政府内・与党内の調整のため緊張した一日を過ごしました。国会内を走り回りましたので、万歩計も久々に1万歩を記録しました。
 
 ああ、下手したら25時ぐらいから本会議が始まるとか言われてた月曜のアレですね。
 わざわざ民主党なんかに付き合ってあげるなんて、そこまでしなくていいのになんてやえなんかは思うんですが、大変ですね。
 ご愁傷様でした。
 
 一日も早く18年度予算の審議に入り、その早期成立を目指さなければなりません。政府・与党の連携を密にし、国民に分かりやすい国会審議が行われるよう、自分の役割を全力で果たすべく、気持ちを新たにしています。
 明日は節分です。「鬼は外、福は内」といきたいものです。(じんえん)
 
 ま、まぁ、なんか文章からお疲れ度がにじみ出ているような気もしますが、まだまだ長丁場ですから、がんばってください。
 明日は年の数だけ豆を食べる日ですね。
 じんえん先生はお風邪などをひかれないようご自愛下さい。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、らいおんはーとを応援しています。
 

平成18年2月5日

 ネタ切れ

 ごめんなさい。
 正直、ネタ不足です。
 現在はやえが皇室の問題、そしてあまおちさんが人権の問題を続けている状態ですが、さすがにこれだけでは飽きられてしまうでしょうし、これだけでは面白くないのではないかと思います。
 あまおちさんとのネタ会議でも
 
 
 困ったな。ネタが無いな。
 
 いや、本当に無いですね。今ニュースなんかでは、ホリエモン騒動か、耐震偽装か、BSEか、それぐらいしかやらないですしねぇ。
 
 あと、民主党とかアサヒとか叩いてもなぁ。もうどこでもやってるから、ウチでやる必要も無いだろうし。
 
 民主党ももうちょっと存在感があればいいんですけどね。今やっても弱いモノいじめ以外なにものでもないですし。
 
 そういう意味では、菅直人は「偉大なるミスター民主党」だよなぁ。
 
 とにかく今はつまらないですよね。昔と体質は変わらないですから、「わかりやすいみんしゅとう」ほどのインパクトのある更新はできなさそうですし。
 
 うーむ。
 
 いま連載中の問題でも、やえが更新の問題、あまおちさんが人権の問題ですが、これだけっていうのもアレですしね。
 
 それもそうだが、しかしそもそもオレが出張りすぎてもアレだしな。
 
 
 と、一応あまおちさんも気にしてはいるみたいです。
 まぁ、ふたりで交互にやっても、それだけではやっぱりつまんないですしね。
 
 というワケで、かなりサイトの先行きが不安になってきましたので、この際、みなさまにお伺いを立てようとおもっています。
 言ってみれば、ネタが無いときにはどのような更新をすればいいのか、どのようなネタを仕入れればいいのか、どのようなネタの更新なら楽しんでいただけるのか、市場調査です。
 6日中にはアンケートを設置しようと思いますので、どうぞお答えいただければと思います。
 
 
 いやホント、どうしてこんなに困るのかと思うぐらいネタ切れです。
 切実です(笑)
 よろしくお願いします。
 

平成18年2月6日

 イランの核開発

 アンケート、伸びが悪いですね。
 まぁ「ネタが無いのは平和な証拠」というのは真理なんですが、ただ当サイトは、あまり他のサイトが扱いまくっているような問題はあえて扱わないというのがあるので、平和かどうかはアレですけどね。
 まぁ書きたいコトが出てくれば更新もすんなりと出来てしまうモノですから、どうぞキッカケをやえに与えていただければと思います。
 よろしくお願いします
 
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 
 確かに、最近内政問題ばかり目を向けてて、外交問題はスルーしていたような気がします。
 まぁこれは逆に小泉さんが外交はがんばっているから、特に大きな問題は起きていない、とも言えるのかもしれません。
 むしろ小泉外交で問題になっているのは中国や韓国の特定アジアのあたりだけですから、こんなのもはやウチで取り扱うようなネタもないですからね。
 10年前から特定アジアの問題はなんら変化してないですから。
 
 というワケで、今日はイランの核開発について、ちょっとだけ触れておきたいと思います。
 
 というのもですね、日本ではあまり盛り上がってないですよね、イランの核開発。
 北朝鮮が核開発しているかもってなったときは、ものすごい世論の高まりがありましたが、イランに対してはその半分も盛り上がりません。
 どうしてでしょうか。
 
 と言っても、これが普通なんだと思います
 やえはあの時散々言いました。
 北朝鮮の核開発や拉致問題は、日本にとっては強大な驚異ですが、しかしヨーロッパの方から見れば全く関係のない話であって、対岸の火事でしかありません、と。
 だから、それを無理に押しつけるのは無理ですと。
 無茶ですと。
 そして今同じようなコトが起きているワケです。
 イランの核兵器は、直接的にはあまり日本には関係無いのです。
 だから、もしかしたらフランスとかにしてみればヤキモキしているかもしれないぐらい日本での反応というのは鈍いのです。
 
 しかし別にそれをやえは非難しようとは思いません。
 だってやえもたいして興味はないですしね。
 そもそもどうしたって日本には関係のない話ですし、そしてイランがどんな思いを持って核開発に踏み切っているのか、さらにあの辺の地域では日常的にどのような想いが考え方が交錯しているのか、さっぱり分かりませんしね。
 そして、分からなければ、どうやったって理解なんて出来ないのですから、下手に口を出すべきではないのです。
 むしろ、なんか勝手に想像して同情したりするのが一番問題でして、イランはアメリカやヨーロッパなどの強者にいじめられている弱者でかわいそうだ、なんて安易に思ってしまうコトが一番マズい考え方です。
 向こうの方の感情が分からないまま、そんな適当なコトを言ってしまうのは、それは極東アジアの事情をよく知らずに「北朝鮮にも言い分があるんじゃないか」と主張するのと変わりないワケなのです。
 
 たまに拉致問題や核問題を「これは世界の問題だ」と声高らかに言っている人が日本にいますけど、そんなのは日本人だけが思っている問題でしかないのですから、外国に解決を求めるような活動をしても、表面的にはもちろんよくしてくれるのでしょうけど、そんなモノは所詮それだけでしかなく、ちょっと日本人として恥ずかしいのでやめてもらいたいというのがやえの感想です。
 外国の人間は、言うまでもないぐらい当然のコトながら、自国の国益が最も大切な価値観です。
 ですから、自国の利益と外国の言い分が一致すれば行動を共にするコトもあるかもしれませんが、しかし所詮はその程度です。
 どこにも最後まで外国が日本を助けてくれるという保証はありません。
 そして表面的な外国の理解、しかも一部だけの、だけを持って、日本の政治批判の材料のひとつにする輩もいるワケで、そんな無責任な話もないといえるでしょう。
 この辺はもっと冷静に、そして真に解決を認めるなら戦略的に動く必要があるのではないでしょうか。
 
 外国の事情は、外国の感情は、その土地の人間にしか分からないモノです。
 なんとか理解しようとしたとしても、あまり表に出ないような根の深い感情は、絶対に外の人間には分かりません。
 近隣の国はどこの地域でも仲が悪いとよく言いますが、日本と韓国の関係が他の国からは理解しにくいように、イギリスとフランスとドイツの微妙な感情のすれ違いも、日本人ではなかなか理解しがたいモノがあります。
 だからこそやえは、外交の問題でも、日本が関係の無い話であれば、別段興味を持とうとは思わないのです。
 いえむしろ、問題を良い方向に進んでほしいと願うからこそ、あえて放置するのです。
 他人が知らないまま手を出すコトほど、問題がややこしくなるコトもないですからね。
 
 そしてそれは、自分の問題であるなら、自分の手でしか解決できないというコトの裏返しです。
 なんだかイランの核開発とは全く関係のない話になってしまいましたが、この問題から得られる教訓とは、せいぜい核に対してはフランス大統領の「核を使ってでも止めさせる」という超強気な態度も時には必要であり、今の日本に最も欠けているコトなのではないでしょうか、というコトだと思います。
 拉致をしている、核も作っているかもしれない国が隣にあるのに、自前の軍隊を持とうという議論すら起きない日本は、ましてフランスの覚悟を「平和の敵だ」程度にしか考えられないような人がいっぱいいる日本は、果たして本当に主体的に問題を解決する覚悟があるのか、やえは小一時間問いたい気分なのです。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、覚悟ある外交を応援しています。
 

平成18年2月7日

 献血・売血について考える

 ありゃ?
 献血アンケートの集計結果って公開してなかったっけ?
 のー、オレはてっきり公開しているものとばかり思っていたー。
 いや、集計はしたのよ。
 ファミレスで数時間粘って頑張ったんだから。
 店員のおねーちゃんからすごい嫌な目をされながらも、頑張ったんだから。
 よく頑張ったっ。ミミ彡  ゚̄ ̄'〈 ゚̄ ̄ .|ミミ彡 感動したっ。
 ありゃこまったな。
 集計だけして、公開した気になっていたのかもしれん。
 蝶ごめん。
 蝶蝶スマンカッタ。
 蝶ゆるしてー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 で、というわけで、改めて献血・売血について考えてみることにしよう。
 
 まずは簡単な問題提起。
 売血…つまり金で自分の血を提供すること、これがなぜいけない事とされているのかと言えば、端的に言えば、ヤクザ者が金目当てに売血する意志のないものにまで強制させて売血させるおそれがあるからであろう。
 またもうひとつ、売血が行われれば金のために無理をしてまで売血する者が出てくるので血の質が悪くなる、極端なことを言えば病気に罹っていても血を売ろうとする者が出てくるのではないだろうか、という理由もあろう。
 そして、過去の日本においてはそのような現実があったというのも事実である。
 
 現在の日本は、無料で血を提供してもらうという献血制度が確立されている。
 さっきも言ったように、つい30年前までは日本でも売血制度があって、輸血用などのほとんどの血は売血によって賄われていたのだが、やはりヤクザの暗躍や病気などの原因になったという問題が起こり(しかもアメリカ大使をこれで殺してしまっている)今ではいろいろな人の努力の結果、献血制度のみで日本の血液事情は成り立っている事になっている。
 そして、これからも献血だけで賄っていけるのであれば、それはそれでいいことだろう。
 無料で献血が確保できるのだから、有料よりは献血を必要としている人の負担が少なくなる訳で、これが今後も継続していけるなら言うことは無い。
 
 しかし、残念な事に、どうもそう話はうまいこといかないようなのである。
 実際は血は足りていない
 そもそもオレが献血・売血問題に関心を持ったのも、献血用の血液がかなり足りなくなっていて大変だというニュースの記事を見たのがきっかけだったりするわけで、それがきっかけでその後色々と献血について調べていくことになるのだが、その結果、輸血用の血液はともかく、血液製剤などの血が材料である薬用の血液はその大部分が輸入物の血で賄われているという事実を知ってしまった。
 そしてその輸入物の血は、売血が認められている国からも輸入されているという。
 
 果たしてこのような現実の前に、「日本では献血制度が確立しているのだから安心」と言っていられるのだろうか。
 また実際に、輸入物の血液製剤のせいでエイズにかかってしまった不幸な事件がついこの前おこったではないか。
 このような思いから、オレは「売血の可能性」について考えるていくことになった。
 
 話を戻そう。
 なぜ売血は行ってはいけないとされているのか。
 
 オレが考えるに、そもそも「ヤクザ者の問題」と「安全の問題」は、「血を売る売らないの問題」とは関係が無いのではないかと思うのだ。
 いや確かに密接な関係であるというのは否定できないだろう。
 血が売れるのだから売る奴が出てくるわけだし、そして血は努力しなくても生産が出来てしまう。
 普通の生産物は働いて汗を流して苦労しなければ売る事は出来ないが、しかし血は寝っ転がっているだけで誰でも生産できてしまうのだから、楽をしようとする人間が目をつけるのも有る意味当然だ。
 しかしオレは、密接な関係だとは思うが、完全にイコールだとは思えない。
 
 例えばギャンブルというものは、野放しにすればヤクザ者や危ない金が横行する可能性がある。
 だから公的機関がある程度管理し、ヤクザ者が入ってこれないようにして、また掛け率の上限なども管理してそれらを防いでいる訳である。
 この結果、たまに闇ギャンブルが摘発される事はあるが、ギャンブルで社会が混乱するほどの問題は最近ではほとんど起きていない。
 もちろんギャンブルも娯楽のひとつであるのだから、無理に全てを禁止するだけでは余計に闇ギャンブルを増大させるだけだが、このように一定の管理をする事によって、健全且つバランスを取る事ができる訳である。
 
 もうひとつ例えれば、性風俗なんてのもヤクザ者と安全の問題が密接に関わってくる問題だろうが、これも管理次第で問題は少なくすることが出来るものと言える。
 性風俗は、説明するまでもなく、性風俗店には裏でヤクザが糸を引いていたり、また性病などを蔓延させてしまう危険な問題が常につきまとう。
 しかしこれだってしっかりと公的な機関が管理すれば、ヤクザは入り込めなくなるし、性病などに対する管理もしっかりすれば蔓延する事はないだろう。
 むしろ今は風俗ではなく、公的機関が管理できない若者のフリーセックスなどによってエイズ感染が拡大してしまっているのだから、やはり管理がいかに大切かという事が分かろうものではないか。
 
 ギャンブルも性風俗も、ちょっと間違えれば重大な問題を引き起こしかねないが、しかししっかりと管理すれば需要を望む方も供給する方も、そして社会に対しても、なんら問題なく運営する事ができる訳である。
 
 売血も同じなのではないだろうか。
 ヤクザ者も病気等も、それは管理次第のはずである。
 もし売血しなくても国内の血液が全てまかなえるというのであれば売血する必要もないのだろうが、しかしそうでないというのはさっき言った通り。
 それならば、なにも危険な輸入物血液を使うのではなく、国内で日本政府が目を光らせられる範囲内で完全に管理した血液を使った方が、はるかに安全ではないだろうか
 BSEも、日本政府の目の届かないアメリカの市場での事だからこそなんか今問題になっているわけであって、これが日本国内であればいくらでも目を光らせられるのだから、絶対に安全性は高まる。
 肉はアメリカの安い肉が需要があるわけだが、しかし血はむしろ日本人の方が絶対にいいわけだ。
  
 それでも売血はしてはならない事なのだろうか。
 

平成18年2月8日

 秋篠宮殿下、妃殿下、ご懐妊おめでとうございます!!

 秋篠宮殿下ばんざーーーい!!
 ばんざーーーーい!!
 紀子様ばんざーーーーーい!!
 ばんざーーーーい!!
 
 秋篠宮殿下におかれましては、まずはお慶びを申し上げます。
 また、紀子様におかれましては、どうぞお体にお気をつけ、健やかなるお子様を無事ご出産されますことをお祈り申し上げます。
 本当におめでとうございますっ。
 

平成18年2月8日

 伝統とホリエモン

 なんか、大昔に話題になった、イラクの3バカトリオの一人、今井なにがしとかいうアホがブログを作って、自分に送られてきた批判の手紙を公開しているとかいうニュースが入ってきました。
 こちらで公開中らしいのですが 、今現在重すぎて見れません。
 相変わらず、自分が何をしたのか自覚していないのでしょうね。
 バカは死ななければ直らないと言いますが、これほどこの言葉が似合う人間も珍しいのではないでしょうか。
 
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 
 最近はネット右翼なんて言葉が流行っているみたいですが、なんかやっぱりひねりが無いですよね。
 こんなのネットの上での右翼という意味にしかならないのですから、これはネットアイドルや、バーチャルネットアイドルなどと言葉の作り方では全く同じなワケで、あまおちさんも世界で唯一ネット思想家なんて名乗っていたりするのですから、昔からある言葉を部分だけ変えただけでしかなく、やっぱりひねりがありません。
 それよりも右翼という思想に全く到達しないという意味の「プチ保守」の方がやえ的にはしっくりくるのですが、もちろん当サイトで名付けたのですからしっくりくるのも当然なのですけど、それはともかく、とにかく最近は表面的にだけ愛国心をことさら大きく主張したり、また中国や韓国を批判することだけに熱情を傾けている、おこちゃま保守が流行りです。
 しかし、おこちゃま保守、プチ保守と言えば、ファッションだけで保守思想に傾倒するような、カッコイイという理由だけで保守側を選択するような、ブームに乗っているだけの底の浅い人たちを指し示す言葉であるのですが、最近はそうでもなくなってきているというのが悲しい現実だったりします。
 
 ライブドアのホリエモンが逮捕されたというニュースは、もはや説明するまでもないみなさんご存じでしょうが、保守と呼ばれる人たちの一部からのこれに関する反応には、かなり醜いモノがあります。
 例えば『SAPIO』で連載している、いつものよしりん先生の『新・ゴーマニズム宣言』ですが、残念ながら今週のお話には中身が全くなかったりします。
 せっかく8ページもの紙面を割いているのにも関わらず、読者に伝わってくるのは「反小泉、反武部」だけなのです。
 結局言いたいコトは、「小泉はダメだ。武部はダメだ」というコトだけしか描かれていないのです。
 そして、そのダシにされているのがホリエモンなだけなワケです。
 
 プチ保守は、伝統という言葉を多用します。
 伝統という言葉さえ出しておけば、全て価値の上位に存在できると信じています。
 プチ保守がホリエモン批判をする時も、この伝統という言葉を多用し、理論の根拠とします。
 
 ホリエモンは今までの株式市場のルール(暗黙の了解)を破った、モラルを崩した、実体のないマネーゲームだけしか目に見えてなかった、だからこんなコトが起きたんだ!!
 これが、伝統を大切にするプチ保守の言い分です。
 これを逆に言えば、ホリエモンや楽天の三木谷社長などのIT企業やM&A企業が存在する前の株式市場は、伝統を大切にする素晴らしい場だったと言っているコトになるでしょう。
 
 しかしこんなのやえから言わせていただければ、はぁ?です。
 まちゃまちゃバリにはぁ?です。
 
 プチ保守が言うには、元来日本人は勤勉な性格であり、コツコツと物を作って慎ましく生きるというのが美徳であって、一攫千金を狙う山師のような輩ははぐれモノだと、ホリエモンは日本の伝統の破壊者だと言うのですが、しかしそのように言うのであれば、株式という存在そのものを全否定しなければならないのではないのでしょうか
 株式なんてものは初めから実体のないものです。
 もちろん株式は会社の評価から価値が決まるのですから、バックボーンとしての会社という実体はあるのでしょうけど、しかしそれでも、所詮「会社の評価」という目に見えないモノを無理矢理数値化したモノだけでしかありません。 
 まして株価は必ずしも会社の経営状態だけで決まるのではなく、例えばその会社の株式をたくさん一気に買えばそれだけで株価は上がったりしますように、いわゆる日本人の伝統であるコツコツと働いて得られる実体のある存在とはほど遠い存在でしかないでしょう。
 これは別に小泉さんの構造改革の成果でもなく出もなく、もともと株というモノはこういうモノなのです。
 そういう存在なのです。
 
 ですから、本当に「コツコツと働いた実体」を求める保守であるのならば、株式という存在そのものを否定しなければならないハズなのではないでしょうか。
 伝統伝統と錦の御旗よろしく言いますが、しかしプチ保守の言う伝統とは、いったいどの辺から始まった伝統なのでしょうか
 
 そういえばこの前、どこかの銀行だか証券会社だかが発注ミスをしてしまい、ありもしない株式が大量に買われてしまい大損をしてしまったというニュースがありましたが、その反面、そのありもしない株のおかげで大儲けをした人がいっぱいいたワケです。
 その中には、大手の銀行や証券会社がたくさんあって、むしろ金額で言えば大部分においてそういったところが買っていたワケですが、はぁこれが昔から株式を扱っていた機関の伝統的な日本人的な手法だったのでしょうか
 あきらかに誤発注だと一目で分かるのに、儲かるからというだけで、伝統ある銀行や証券会社はその株を買い漁ったワケです。
 一応後から批判されて、なんとか基金を作るという落ちどころで手落ちにしたみたいですが、まぁ頑張って良いように言ったとしても、現代の株式市場とはもはやそのほとんどが儲け主義拝金主義に犯されている手遅れの存在ですざんねーんせっぷく、としか言いようがないでしょう。
 
 やっぱりこの視点からも、もはや株式なんて虚無な存在は即刻廃止にすべき、と言う方が“正しい保守”なのではないでしょうか。
 株なんてアヤシイものは、日本人なら手を出すべきではない、やめてしまえと伝統的な保守であるならば言ってみたらどうでしょうか。
 
 結局、実体のない伝統を論拠としているから、全く主張がデタラメになってしまうのです。
 天皇家のように時間を積み重ねることそれ自体に価値が生まれるという伝統であれば十分な説得力となり得ますが、しかし常に変化を求められる経済という分野に対して「昔の方法の方が素晴らしいやり方だ」と言ってしまうのは、それは全くの無意味です。
 ホリエモンは株式の根底を揺るがしてしまいかねないルールを破った、それは法律でも規定されていますルールであって、だからこそ逮捕されているワケですが、しかしマネーゲームに敗れて資産が減ってしまったという意味だけにおいては、それはゲームの敗者だと他人が言うのなら分かりますが、しかし存在自体を否定するような批判はちょっと無理矢理過ぎるのではないでしょうか。
 もしそれをするのであれば、株という存在全てを全否定しなければ矛盾するワケで、そういう主張するのであればまだ一貫性はありますが、しかし株の存在を肯定しつつ一方あやふやな伝統だけを論拠として存在の批判をするというのは、あまりにも醜い行為です。
 結局それは、ホリエモンか、もしくは小泉批判がしたいだけの姿にしか見えないのです。
 
 やえなんかにしてみれば、初めから株なんて興味ないので、ホリエモンの落ちぶれを見たところで所詮は他人の話であって、まして誰かを批判するような材料には初めからなり得ない話でしかないのです。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、伝統を大切にしていきたいものだなぁと思うのです。
 

平成18年2月9日

 小泉目間がレビュー

 小泉内閣メールマガジン 第221号 ========================== 2006/02/09
 
 [らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
 ● 秋篠宮妃殿下のご懐妊を祝して
 小泉純一郎です。
 7日、秋篠宮妃紀子殿下にご懐妊の兆候がおありになるとの発表がありました。誠に慶びにたえません。皇室のご繁栄にとって好ましい心温まるこのご慶事に、国民のみなさんとともに心からお祝い申し上げます。
 
 心からお喜びを申し上げます。
 どうぞご健康にはお気をつけ、元気な赤ちゃんを生んで下さい。
 
 先週末、災害対策、アスベスト対策、新型インフルエンザ対策、耐震強度偽装問題の対策に必要な予算などを盛り込んだ補正予算が成立しました。直ちに必要な対策に着手してまいります。
 今週月曜日からは来年度予算の審議が始まりました。政府の財政出動に頼ることなく、民間主導で景気回復の道を歩み始めた日本経済を安定した回復軌道に乗せていくために、そして小泉内閣が進める構造改革をさらに加速させていくために、まず予算を年度内に成立させることを目指して努力してまいります。
 
 予算が終わってまた予算です。
 いろいろと言われてますが、デフレを脱却しつつあるというのは事実ですから、それはそれで評価対象でしょう。
 予算は国家の根幹ですから、まずはじっくりと議論をしていただき、年度内に成立出来るよう頑張ってもらいたいと思います。
 
 先週、新しくオープンする表参道ヒルズに行ってきました。大正時代に建てられた集合住宅、同潤会青山アパートを建て替えた、地上6階地下6階の専門店と住宅、200台を超える駐車場などからなる複合施設です。
 表参道の緩やかな坂道と同じ傾斜の石畳の長いスロープや大きな吹き抜けなど斬新なデザインながら、通りのケヤキ並木と調和するように街路樹の高さにそろえられた建物。
 
 新しいヒルズ族の誕生のようです(笑)
 昔のあのアパートの姿も趣があったですけどね。
 ただアパートも最初は新しいアパートであって、そうやって街は生まれ変わっていくのだなぁとしみじみ思うワケです。
 
 東京は、銀座だけでなく、新宿、六本木や浅草、秋葉原など各地区にいってみたくなるような人をひきつける商店街がたくさんあり、こういう都市は世界でもめずらしいと思います。表参道も、日本人だけでなく、外国人も含めた訪れる人々を一層楽しませる街になると思います。
 
 小泉さんには是非秋葉原の感想をお聞かせ願いたいところです。
 果たして本当に本心から「いってみたくなるような人をひきつける商店街がたくさんあり」と思っているのかどうか(笑)
 まぁ最近は外人さんとても多いですけどね、秋葉原。
 
 いよいよ冬季オリンピックが開幕します。明日の開会式を控えたイタリア・トリノは雪も融けんばかりの熱気に包まれていることでしょう。私も、トップ・アスリートたちの活躍ぶりを楽しみにしています。
 日本からは、16才の若き新星から百戦錬磨のベテラン41才まで112選手、総勢238名の選手団がスキー、スケート、ボブスレーなどの競技に挑みます。初めてオリンピックに出場する人もベテランの人も、オリンピックへの思いは特別のものがあるようです。
 
 やはりベテラン選手と言えば、スキージャンプの原田選手でしょうか。
 5回連続オリンピック出場というのは、日本人では初めてだとか。
 しかし16歳の選手もいらっしゃるんですかー。
 やえと2つしか違いません。
 すごいですねぇ。
 
 先月、壮行会に出席し、選手諸君を直接励ましました。穏やかな笑顔の中にも内に秘めた闘志をひしひしと感じました。
 鍛え抜いた力と技と精神力をいかんなく発揮していただきたいと思います。私もテレビで応援します。日本がんばれ!
 
 スポーツ好きの小泉さんとしては、またまた寝不足になっちゃいそうですね。
 しかし、「日本ガンバレ」とか言うと、どっかから「安易なナショナリズムをあおるなニダ」とか言われますよ?(笑)
 まぁそれはさておき、是非是非選手の皆さんには、悔いのない素晴らしいプレーを見せて頂きたいですね。
 がんばれ〜〜
 
 
 
 [大臣のほんねとーく]
 ● ニッポンを幸せにする外交(外務大臣 麻生太郎)
 外務大臣になって心がけていることは、外交とは、日本国民の幸せのためにするんだぞ、ということです。当たり前だとお思いでしょうが、ここは大事なところです。
 
 現在人気ウナギ登り中の、麻生先生です。
 こんにちはー。
 
 外交とは相手あっての話なんですが、日本のためにする仕事なんです。日本人が世界で幸せに誇りをもって生きていけるようにするのが外交なんだということは、常に自分に言い聞かせておかなければなりません。
 例えば最近「ODA・情けは他人のためならず」と題してスピーチをしました。一見他国のために見える対外経済協力にしても、他国のためであると同時に、長い算盤を弾いてみたら、回り回って最終的には日本の利益を図る仕事に違いありません。そこらを、今、機会を捉えて強調しています。
 
 うわ。
 もうなんですか。
 ここまでわかりやすくて、しかも本質をズバっと言い切れる文章力。
 もはやレビューのしがいがないぐらい、「その通りだ」としか言いようのない、素晴らしい文章です。
 さすが麻生先生っ。
 
 外交で使う「武器」は、一にも二にも「言葉」です。日本の外交も、この言葉というものを更に磨いて、内外でしっかり日本外交を理解してもらおうと、思っています。外国の方たちに日本の意思を分かってもらうのはもちろん、国民の皆さんにもよく理解してもらわなくてはなりません。それを土台にして初めて、ぶれの少ない外交というものを進めていけるからです。
 
 あ・・いや、これもその通りなんですが、でも麻生先生、ご自身はむしろ「分かる人にだけ分かる」というような言葉ばかり使ってません?(笑)
 まぁそれが麻生先生の魅力なんですが、もしかしてこれも敢えておっしゃっているのでしょうか。
 やっぱりすごい人です(笑)
 
 東アジアでは、インドや豪州、ニュージーランドなど民主主義の友邦を巻き込んで、将来の共同体につながる一歩を踏み出すことができました。多くの国民のみなさまが心配されている韓国、中国との関係にしても、大切な隣国ですから、われわれ一歩でも前へ進めようと頑張っています。
 これらを進めるうえでも、日本は、どういう強さがあるのか知らないのでは、話になりません。就任以来、スピーチなどを通じて、そこをなるべくハッキリ言おうとしています。外務省ホームページに一度来てみてください。全部そこに載せてあります。
 
 いやあ、誇りの持てる日本を実感できる外務大臣ですねぇ。
 麻生先生のこれらの言葉には深みがあります。
 戦争反対、アジア友好なんてばかりを言っている人の言葉には、全く厚みがないですし、魅力を感じないですし、説得力がありません。
 しかし、麻生先生ならば、本当に言葉が武器になれる、それは過激なことを言うという薄っぺらい意味だけではない、日本を代表できる素晴らしい外務大臣だと言えるのではないでしょうか。
 この人事が発表されたときには、麻生さんで大丈夫かな、と言われたものですが、もう全然適材適所です。
 これから、是非日本を世界誇れる国にさらになれるよう、外交をお願いしますっ。
 
 
 
 [編集後記]
 国会では今週から平成18年度予算の審議が始まり、連日白熱した議論が続いています。
 閣議は火曜・金曜の朝に開催されるのが定例ですが、金曜日(3日)の夕方に急遽、定例閣議が月曜日(6日)の夕方に繰り上げて開催されることになり、すわ何事とマスコミが問い合わせに殺到するということがありました。
 
 す、すわ何事!?
 今時そんな言葉使う人、そうはいないですよ(笑)
 で、何事だったんでしょうか?
 
 これは単に各大臣が9時から開かれる予算委員会の答弁準備の時間を確保することを優先された小泉総理の配慮に過ぎなかったのですが、こんなことも大きな話題になるのです。
 
 すわと言うほどのコトでもなかったようで(笑)
 まぁ最近は政治が高視聴率をとれてしまう時代になっちゃいましたからね。
 それが良いコトなのか、悪いコトなのかは別としても。
 
 国会開会中は、霞が関の多くの役人が夜を徹して答弁メモの作成等を行い、大臣は早朝から目を通されるという作業が毎日続くのです。役人も大変ですが、国民にわかりやすいきちんとした議論が行われるよう役所を督励し緊張感をもって取り組んでまいります。(じんえん)
 
 かわいそうなお役人さん つд
 そして今日も霞ヶ関は不夜城となるのでした。
 まる。
 
 頑張って下さいね(笑)
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、らいおんはーとを応援しています。
 

平成18年2月10日

 図解!神武天皇家の偉大さ!!

平成18年2月11日

 神武天皇家問題についていろいろと

 いつになくたくさんの反応を戴いております、昨日の「国史表」ですが、今日はそれについていくつかお話をしたいと思います。
 
 まずはじめに、「それはお前の思いこみだけだろう」という意見があるのですが、逆にやえは聞きたいです。
 では、なにをもって過去の国家を今の日本と同じ国家と考えているのでしょうか?
 どのような根拠で「ひとつの日本」としているのでしょうか。
 
 それは「続いていると多くの国民が認識しているから」という曖昧な理由だけでは、とても説明されたとは言えません。
 それならシナの国だって、ずーっと中国だったと言ってしまえるでしょう。
 韓国の半万年と同じです。
 それらは違うとやえはもう何年も前から主張しているワケですが、つまり逆にでは日本はなぜ遙か古代からひとつの日本といえるのかと言えば、それは神武天皇家が日本の象徴として存在しておられたからです
 日本の場合にはこのように確固たる理由があるからこそ、そう正当に主張できるワケなのです
 
 実質的な支配という意味での日本の政治体制は、一番上の段のように何度も何度も変わっています。
 平安時代の実質支配者と、江戸時代の実質支配者は、一応関連性はありませんし、徳川家と足利家の間にも関連性はありません。
 よってこの視点では「繋がっている」とは到底言えません。
 
 二段目も同様です。
 
 三段目は、その国家の最も基本的な法や取り決め、つまり憲法のようなモノでのしばりですが、これでいけば平安時代と江戸時代は同じ国家であったと言えます。
 しかし言うまでもなく、明治に入ってからは、その長い律令制の国家を一度破棄し、明治憲法という新しい国家を作り上げました。
 あらゆる意味において明治維新は日本国史において最も大きな転換点です
 
 このように、法的な根拠も、実質支配的な観点からも、どれも日本が昔から一つの国家だったとは説明出来ないのです。
 これでどうやって古代の日本から現代の日本まで「ひとつの国家」と呼べるというのでしょうか。
 
 その中でひとつだけ普遍的な価値を見いだすのであれば、それは神武天皇家です
 これは推測でしかありませんが、なぜ世界的に見て珍しい、いやただ一つの例として、天皇家が古代から現代まで、実質支配の力を持たない時期があったのにも関わらず、存在し続けられているのかと言えば、それは日本人はもともとが国史という概念を非常に強く持っているからなのではないかと、やえは思っています。
 過去の日本を将来に繋ぐためには、神武天皇家が存在し続ける必要があると思っていたのではないでしょうか。
 普通の国であるのなら、普通は新しい国家は前王朝を根絶やしにします。
 なぜならば、危険だからです。
 いつ前王朝の人間が、そしてその支援者が、自分の首を取りに来るか分からないからです。
 まして前王朝の血縁者がいようものなら、いつそれをもって自分の首を取る正当性を主張されるか分かったモノではありません。
 しかし日本だけは違いました。
 なぜか武家は貴族達を根絶やしにしませんでしたし、憲法(律令)すらも破棄しませんでした。
 有名無実化にはしましたが、しかし律令制度を取り入れていたりもしています。
 皮肉なコトに、徳川幕府はそのせいで天皇家と天皇家の正当性を訴える人たちよってその体制を覆されたワケですが、しかしだからこそ、江戸時代と明治時代には関連性があるのです
 神武天皇家という絆が日本にはあるのです。
 そしてその強い概念は、ある種空気のように当たり前の概念になっているので、いざ体系化して考えようとすると逆に難しくなっているのではないのかと思うのです。
 さらに、今でも国史概念が空気ですから、別に何の根拠も無くても、日本は昔から日本なのだと思っている人が多いのではないのでしょうか。
 
 本当は根拠はあるのです。
 やえは、客観的事実として、こうなんだというコトを言っているだけです。
 いまそれを浮き彫りにしようとしているのです。
 
 ですから、もし、神武天皇家以外に国史を継ぐ根拠があれば、逆にやえに教えて下さい。
 
 また、この話はすでに過去に話しているコトです。
 いろいろとおっしゃっている方がいらっしゃいますが、この国史表はそれをふまえた上での説明をわかりやすくするために作ったのです。
 だから「図解の詳しい解説や、神武天皇家に関する説明はこちらをご覧下さい」とリンクもしてあるワケです。
 ですから、まずはこっちをご覧になってから、その上で御意見があるなら具体的にお願いします。
 
 
 次に、よくある御意見の中でも「対案を出せ」というのがあるのですが、これはしばらくお待ち下さい。
 少しずつ書こうとは思っていたのですが、(ネタがないというのは皇室の問題ばかりだとアレだからという意味であって、またそのようにアンケートの時の更新にも書いています)、しかし今は状況が変わりました。
 そうです。
 紀子様のご懐妊です。
 ですから、かなり踏み込まなければならない対案は、今は書く時期ではないと判断しています。
 
 それから、この対案はそこまで急ぐ必要性もありません。
 どうも小泉さんは今国会での提出をあきらめ加減ですのでちょっとほっとしたところですが、しかしついこの前までは今国会で提出すると公言してきたワケで、まずはこれを阻止するのが先だったワケです。
 しかし、男系を続かせるべき方策の議論というのは、そこまで急ぐ必要はないのです。
 なぜかと言えば、少なくとも今皇室にいらっしゃる男系の方というのは、皇太子さまと秋篠宮さま、そして愛子さま、また眞子さま佳子さまもいらっしゃいますので、ものすごいアクシデントが無い限りは、あと50年ぐらいは男系は続くからです。
 もちろん「50年しかない」という見方もありますが、しかしそれにしても1年ぐらいは、本来ならもうちょっと長い時間をかけて、じっくり議論するぐらいの時間はあってしかるべきなのではないでしょうか。
 その上で小泉さんはなぜか拙速にコトを進めようとしていたワケです。
 ですから、まずはこれを阻止するというのが先にあったのです。
 しかし、男系存続のための議論は、その後からでも十分に時間をかけての議論はできるのです。
 
 また、側室を復活させた方がいいというような趣旨のコトはすでに書いています。
 もちろん具体的にどうとは書いてませんが、まぁそれも含めて、しばらくはお待ち下さればと思います。
 
 
 ひとつ基本的なお話をします。
 男系では無理が来ているのだから女系も認める方向にいくべき、という御意見もよくあるのですが、これはかなり視点が違うのではないと思っています。
 なぜなら、男系が途絶えれば神武天皇家はそこで終わりだからです
 終われば元には戻せません。
 ですから、今は難しかろうがなんだろうが、まずは男系をつなぐコトがなによりも重要視しなければならない点だと思っています。
 もし仮に男系男子をつなぐ可能性が0になったとしたら、それはそれで新たに考えるべきコトの問題でしょう。
 しかし今はその可能性は0ではありません
 だから、女系天皇を唱えるというコトは、今の天皇家を継ぐ話なのではなく、天皇という存在は残すけど違う天皇家に変えてしまうという意味なのです。
 よって、男系を繋いでいく努力のための議論と、女系を今後はどのように考えていくべきかという議論は、本来は全くの別問題なのです。
 いわば平行線の議論で、そういう意味では同時に議論できる問題でもあります
 やえの立場からしても、男系を絶対に受け継いでいくべきですと言いつつ、同時に女系天皇とはどのような価値観を持つべきだろうかという議論を、同時にしていくコトは、なんら矛盾はないコトだと思っています。
 ただし、今はまだ男系が続けられる可能性が0ではないのですから、女系の話は今する話ではないと思っているだけなのです。
 そのエネルギーは、男系を存続させるための議論を費やしたいだけなのです。
 
 これは何度も言ってますが、仮に愛子さまが天皇に即位され、またそのお子様が即位されたとしても、やはり日本人として天皇陛下を敬愛するという気持ちにはかわりありません。
 しかしそれだけではない、もっと別の事情があるんだというコトを今言っているのです。
 そしてその一番大きな事情が「国史論」なのです。
 
 
 もうひとつ言っておきたいコトがあります。
 天皇家の問題を取り扱うたびに「神武天皇家と女系天皇家が分離しているとは言えない」という御意見がくるのですが、申し訳ありません、お願いですからまずはこちらをご覧になってください
 なぜそうなるのかというのはもう書いてるんです。
 残念ながら無駄に長くなるだけなので、新しい更新のたびに同じコトを書くコトは出来ません。
 ですから、わかりやすいようにトップにもリンクを張ってますし、特設のページにしているのですから、まずは読んで下さい。
 そして読んだ上で具体的に御意見がある場合には、是非それをお聞かせ下さい
 ただ「違う」というのだけ、ただ「それはお前がそう思っているだけだろ」と言われても、それだけではどうしようもないんですね。
 ちゃんと、なぜ「神武天皇家と女系天皇家は別の天皇家だと言わざるを得ないのか」というコトは具体的に書いてありますから、御意見はそれをふまえてから具体的にお願いします。
 
 
 最後に、ハッとさせられた御意見をご紹介します。
 一行なんですけど、「直系で考えれば光格天皇(119)あたりまでさかのぼれるのでは???」という御意見をいただきまして、これには「ああ、そういう取り方があるんですね。それはそうですね」と思わずうなってしまいました。
 ただ、当時の天皇や周りの方々が、当時はどのような意識で天皇家というものを考えていたのかという問題はあると思います。
 特に光格天皇ご本人はどのような思いで天皇に即位されたのかというコトを考えたら、いろいろと複雑だとは思います。
 しかし筋としてはこれは通っていると言えるでしょう。
 まぁこのように規定したとしても、たかだか200数年程度の歴史しかないとも言えるワケではありますが、それでもこの概念は大切にしたいと思っています。
 ありがとうございます。
 
 
 というワケで、まだまだ長い時間をかけて、法案の提出の危険性も少なくなってきましたし、じっくりとこの問題についてはこれからも考えていきたいと思います。
 そしてその都度特設ページにも更新を追加していきますので、どうかまずはそちらをご覧下さいね。
 よろしく願いします。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、神武天皇家を応援しています。
 

平成18年2月12日

 消費者の意見

 ついに開幕しましたトリノオリンピックですが、なんだかテレビで中継をしているのを見つけたらやっぱり見てしまいますよね。
 やえはウインタースポーツはあんまり普段は見ないですし、興味も持ちづらいんですが、それでもなぜかオリンピックには自分の国の選手を応援してしまう魅力があります。
 そしてスキージャンプの原田選手はとても残念な結果になってしまいました
 うーん、200gですか・・・。
 もしかして緊張してあまり食事がのどを通らなかったのでしょうか。
 でも原田選手は大ベテランですしねぇ。
 ところで、この前も言いましたように、やえはウインタースポーツの中では、比較的カーリングが好きです。
 地味の代名詞のスポーツになってしまってますが、じっくり見てたら面白いんですよ。
 うわーっと来るんじゃなくて、おーそう来ましたカー、という感じで。
 明日から予選が始まりますので、今回もやえは地味に楽しみたいと思っています
 
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 
 昨日のサンデープロジェクトで、日本共産党の書記長がこんなコトを言ってました。
 
 小泉自民党政治は景気がよくなったとうそぶいているが、景気がいいのは一部の大企業だけであって、市民はよくなっていない。
 地方に目を向けると、今スーパーなどの大型店がどんどん進出し、商店街はシャッターが閉まりっぱなしのところばかりになってしまっている。
 小泉総理の規制改革がこのように地方をひっ迫させているんだ。
 
 大規模小売店舗立地法という法律がありまして、これにより、大きなスーパー等は新たに店舗を開くにはある程度の規制がかけられています。
 小泉総理は規制を緩和させようという政策ですから、当然これも規制を緩和させる方向に向かいまして、その結果、大規模なスーパー等がよく地方で開店する例が最近多くなっています。
 そして、それが一番痛いのが近くの地元の商店街でして、確かに共産党の言うように、実際に商店を閉めざるを得ないような状況に追い込まれているところも、少なくないというのが現状のようです。
 
 これにはさすがに自民党の方も危惧しているようで、振れすぎた振り子を、もうちょっと元に戻そうという動きもあります。
 もちろん共産党の意見は、最初から「大企業=悪」論から来ているので、ハナから全くお話にならないのですが、それでも自民党が振り子を戻そうとしているというある程度のバランスは取ろうとする姿勢は、ある意味当然なのかもしれません。
 
 しかし、ちょっと考えてみてください。
 確かに、近くに大規模なスーパーなどが出来たら地元の商店街は困るでしょう。
 お客さんがスーパーの方に行ってしまい、地元の小売店は次々に潰れ、いつしか街に活気が無くなってしまう結果になりかねないでしょう。
 だけどその上で考えてみてもらいたいのは、それらの視点はあくまで「お店側」の視点でしかないというコトです
 共産党の意見も、そして自民党の意見も、それらは全て「大規模化小規模か、どちらかのお店がどうなるか」というコトだけで見ている、「お店側から見ただけ」の意見なのです。
 
 つまり、消費者の視点で見てみたらどうでしょうかというコトなのです。
 別に消費者は、大規模店が出来たからといって強制的に大規模店に足を運ばされているワケではありませんよね。
 すなわち、「大規模店が出来た」という事象そのものが直接「地元商店街の零落」に結びついているのではなく、消費者は大規模店と地元商店街とを比べて、大規模店の方が魅力があると判断したからこそ大規模店の方をよく利用しているだけなワケです。
 地元商店街が寂れるのは、それは消費者の選択の結果なワケです。
 逆に、大規模店を選んで利用している消費者から、大規模店を奪うような結果になるのは、それはあまりにも消費者の意志を無視していると言えるでしょう
 
 ある程度は経済も政府などがコントロールしなければならないという意見も間違ってないとは思います。
 しかし、あまりに共産党の意見は、いつも国民の視点で市民の視点でと言いながらも、消費者の視点が全く欠けているとしか言いようがありません。
 やはりやえも消費者の一人ですから、消費者の意見を言わせていただければ、ずーっと昔から代わり映えのないちょっと古煤けたお店でお買い物をするよりは、いつも新しいモノを仕入れてくれている綺麗なお店に行きたいと思います。
 それは誰だって思うコトでしょう。
 そしてその結果、どちらかが潰れるような結果になったとしても、それはある程度は仕方のないコトでしょう。
 
 結局はどちらが魅力的なのかという点によってどのお店に行くかが決まるのですから、自民党にしても、大規模店の出店をどう規制するかではなく、いかに魅力的なお店を出せるのかという点で、例えば大規模店が出店した地域の商店街のお店には改装費の補助金を出すとかですね、そういう前向きな議論をして欲しいと思います。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、みんなが幸せになれるお店を応援しています。
 

平成18年2月14日

 うぃるこむ

 わーーーっはっはっはーーーーーー。
 いやー、まずはみなに謝らないといかん事がある。
 というのも、今日はオレが真面目な、本当にクソ真面目な更新をしようと思っていたんだが、いやー、ダメになっちゃった、てへっ☆
 
 まてまて、石を投げるんじゃないっ。
 いくらやえに殴られ慣れとると言っても、石が額に当たればオレの脳みそがスクランブルエッグになってしまう。
 ぎゃー。
 
 ちょっとハイテンションなオレ。
 それがね、これ買っちゃったんだよ〜
 
 これ今までなぜか情報を入れて無くて存在を知らなかったんだけど、今日たまたま電気屋に行って初めて見て、一目惚れ。
 すぐに買っちゃったと。
 もう悩む時間なんて無かったね。
 即決即断即実行。
 
 というワケで、今日はこの黒くて堅くてイカスヤツにオレは夢中なのさ。
 許してくれたまえ。
 今日のオレはとっても機嫌がいいのさ。
 これは運命だね、運命の出会いなのさ。
 
 しかしひとつだけだまされた。
 これだけのボディなんだから当然メモリもSDかと思ってたのに、なんとミニSDだった。
 買ってないよーがっでーむ。
 しかもミニSDで1Gとか買ったら高いんじゃないだろうか。
 また出費ダー。
 
 ま、それがこいつの可愛いところさ。
 さあ、今日は存分に可愛がってやるぞー、うふふふふー(いろいろとダメです
 

平成18年2月15日

 民主主義における政治家のタイプ

 メダルがなかなか取れませんねぇ。
 期待されていた競技でも、かなりおしいところまでいった選手もいらっしゃいますが、なんだか全体的に日本は調子が悪いんじゃないかと思ってしまうぐらいの不調ぶりです。
 うーん、どうしてしまったのでしょうか。
 ところでやえ期待のカーリングなんですけど、現在(21時)日本が試合をしているのですが、民放ではどこも中継していません。
 なんでですかーーーーーーー。
 しくしくしく。
 謝罪と賠(ry
 
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 
 さて。
 今日は、民主主義における政治家のタイプというモノについてお話をしたいと思います。
 
 政治家のタイプには、大きく分けて2つあると思います。
 一つは「自己主張タイプ」
 もう一つは「意見集約タイプ(スポンジタイプ)」です。
 
 これを説明する前に、まず民主主義における、特に選挙というモノを、国民はどのように捉えているのかというコトを考えてみてほしいと思います。
 
 みなさんは選挙の際に、立候補者に対してどのような基準で投票する人を決めるでしょうか。
 ある人は、立候補者の主張を聞き、それに賛同し信任するという形で投票する人もいるでしょう。
 またある人は、自分の意見を国政に反映してくれるかどうかという思いで投票する人もいるでしょう。
 政治家にはどんな資質を求めますか、という質問を挙げた際にも、「自分の意見を言う人」という答えと、「国民の声を反映する人」という答えと、両方出てくると思います。
 
 つまり政治家にも、「自分の主張を認めてもらおう」というタイプと、「国民の意見を国政に反映させよう」と思っているタイプと、二通りがあるというコトなのです。
 
 例えば、小泉さんなんかは自己主張タイプですね。
 明らかに他人の意見を聞きません(笑)
 対してスポンジタイプの政治家と言えば、これはちょっと名前を挙げるのが難しいです。
 なぜかと言えば、やはり自己主張タイプの方がいろいろな意味で目立ちますし、人気も出るからでしょう。
 スポンジタイプの政治家を強いてあげれば杉村タイゾーちゃん先生で、あの人は目立ってますが、最近は「ニートの話を聞く」というスタンスで政治活動をしておられます。
 ですから、逆に言えば、名前が売れている有名な政治家というのは、良い意味でも悪い意味でも人気の高い政治家です。
 また、全国的には知名度はないけど、地元では選挙に強いっていうタイプの政治家は、どっちかと言えばスポンジタイプの人が多いと言えるでしょう。
 
 ただ、このタイプ分けというのは、完全にハッキリ分けられるというモノではないと思います。
 だいたい誰しも、初当選してから最初しばらくはスポンジタイプであり、徐々に当選回数が増えていくコトにつれて主張タイプに変わっていくと、こういう順番を踏むのが一般的なのではないかと思います。
 よくよく選挙等で政治家の演説を聴いていたら、有名な人は持論を得々と説いてますが、若い人ほど「皆様の声を是非国政に」とか言っていたりしてますよね。
 
 どっちのタイプがいいのかというのは、これはなかなか難しい問題でしょう。
 「政治家は自分の意見こそが一番大切だ」という意見も間違いではないと思いますし、「政治家は国民の声を国政に反映させるためにいるんだ」という意見も正しいと思います。
 ですから、どっちのタイプが悪いというのもないでしょうから、あとは有権者の好みであると言えるのかもしれません。
 
 また、こういう考え方もあります。
 先ほども言いましたように、当選回数が少ない政治家がスポンジタイプで、当選を重ねると主張タイプになるワケですが、つまり最初は自分の有権者から多方面から様々な意見を聞き、出来るだけ国政に反映させようと努力し、そしてそのうちにそれらが一つの意見として集約され、自分の意見として昇華されていき、そしていつしかそれが自分の主張となって訴えて、有権者に支持されていく、という形です。
 最初は乾いたスポンジであった政治家は、当選回数を重ねる事に意見をスポンジに集約させていき、そしてそのスポンジが一杯になったら、今度は外に向かって意見を主張していくようになる、というワケです。
 けっこうほとんどの政治家っていうのはこういうタイプなのかもしれません。
 
 さらに国政の場においては、その政治家も多数の内の一人でしかなくなり、意見の集約というモノはとても難しいモノになります。
 国政の場というのは、その選挙に勝ってきた人の意見をさらに集約させるワケですからね。
 近年、「日本の政治家は年をとりすぎている、外国のリーダーにはとても若い人がたくさんいる、日本は遅れている」なんて言う意見がありますけど、しかしこのような視点で見ると、特に日本のような「和」の精神が根強く、多くの人の意見を聞きましょうというタイプの政治が好まれる風土であるならば、やはりそれなりに政治家にも成熟には時間が必要なのでしょうと、成熟の時間を与えなければならないのではないでしょうと、そういうコトなのかもしれません。
 
 政治家という立場の人間が意見を責任を持って発信するためには、それなりに時間がかかるモノなんです、というお話でした。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、成熟していく政治家を応援しています。
 

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