☆やえニュース☆

  いわゆるA級戦犯デスクトップバトンミサイル発射小泉メルマガレビューいわゆるA級戦犯(中) / 拒否権を発動するわがまま専守防衛「自衛のための敵地攻撃」が出来ない3つの理由

平成18年7月3日

 いわゆるA級戦犯

 ごめんなさい、ちょっと間があいてしまいました。
 うーん、どうも最近好不調の波が激しい気がします。
 なんとかコントロールできるようにならなければなりませんね。
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 
 小林のよしりん先生が新しく本を出版されました。
 
     
 

 最近のよしりん先生は「反アメリカ・反小泉」の妄執に取り憑かれてしまって、どんな現象でも最終的には小泉さんのせい、『SAPIO』で連載中の「新ゴーマニズム宣言」も、小泉さんの似顔絵が載らない回は無いと言えるぐらい、小泉さんに固執していました
 しかしさすがにそれではさすがにマズイと思ったのか、それとも周りの苦言があったのか、はたまた売り上げが落ちてしまったのか、まぁそれは分かりませんが、前々回の『SAPIO』から「ゴーマニズム宣言」の看板を新しくて、「ゴー宣・暫く」というタイトルに直して、仕切り直しをしています。
 最近一般国民にもかなり多くなってしまった反権病ですが、よしりん先生もはやくこのご病気から復帰されるコトを、これを機に祈っています。
 
 で、新しく出された本ですが、この本はかなり素晴らしい内容になっています
 基本的には、思想系ではなく、知識を得るための本になってはいますが、タイトルにありますように、A級戦犯をよく知るためにはとても分かりやすくかつ充実した内容になっています。
 さすがよしりん先生、小泉さんの似顔絵がなければこのように素晴らしい内容にするコトができるんですね
 
 で、A級戦犯については、よしりん先生のこの本を読んでいただければとてもよく分かると思うのですが、ここでやえもひとことA級戦犯について語っておきたいと思います。
 A級戦犯についてはいまだにどういう存在かよく分かっていない人がとても多いような気がします。
 しかし、靖国の問題を語る上でも、戦後を総括する意味でも非常に重要な存在ですから、正しくA級戦犯について知っておく必要があるでしょう。
 
 A級戦犯とは、第二次世界大戦期に日本が戦いそして敗れた大東亜戦争の総括として行われた、勝者が敗者を一方的に、しかも法的根拠もなく裁いた極東軍事裁判、いわゆる東京裁判において名付けられた戦犯の一種です。
 ちょっと難しく言ってみましたが、簡単に言えば、東京裁判の被告とされた人たちですね。
 まぁその東京裁判の評価についてはまた次の機会に譲るとして、いま「戦犯の一種」と言いましたが、つまりこの裁判においてはA級戦犯の他にも戦犯が存在していました。
 B級とC級の戦犯です。
 東京裁判の被告には、大きく分けてA級戦犯、B級戦犯、C級戦犯の3種類の被告が存在したのです。
 では、その3種類は、それぞれのどのように違いがあるのでしょうか。
 
 その前に、一般的にはA級戦犯はどんな風に思われているのかをちょっと考えてみましょう。
 
 例えば、小泉総理が靖国神社に参拝するコトに対して、最もそれに反対しているのが中国と韓国ですが、その反対の主張というのは一体何なのでしょうか。
 そうですね、「A級戦犯が合祀されている施設に総理大臣が参拝するのはけしからん」というモノです。

 商務部長「政治の冷却化は既に経済関係に影響」
 
 薄商務部長が中日関係を重視していることを表明した上で、「ただし、中日の政治関係が冷却している局面は、経済協力の発展にも既に影響している。中日関係は非常に難しい状態だ。責任は中国側にもなく、日本の人々にもない。日本の一部の指導者が、A級戦犯を祭っている靖国神社参拝をやめようとしないことが原因だ」と述べたことを紹介。

 つまり、「先の大戦で中国を苦しみ抜いた極悪人であるA級戦犯が祭っている神社に参拝するコトは、それは日本の総理大臣が、ひいては日本がA級戦犯を認めているというコトになる」という理屈でA級戦犯が合祀されている靖国に参拝するのはけしからんと言っているのでしょう。
 国内でもこれに同調しているような人がけっこう多く、「だからA級戦犯だけ分祀して、A級戦犯のいない靖国にすれば問題は解決するんだ」と主張している人がいるワケです。
 
 では、そもそもA級戦犯とはどういう罪で起訴された人達だったのでしょうか。
 
 多くの人はここを誤解しているのですが、A級戦犯とは「最も罪が重い人たち」という意味では全く無いのです
 A級という言葉に惑わされて、例えば車のライセンスみたいにA級がトップでB級C級と下がっていくようなイメージで東京裁判の戦犯を語っている人が多いんですが、これは全くの誤りなのです。
 A級とB級とC級の違いはなんなのかと言いますと、それは罪状の違いなのです。
 
 A級は、平和に対する罪
 B級は、戦争犯罪
 C級は、人道に対する罪
 
 なのです。
 本来なら、A級戦犯とか言うと紛らわしいので、戦争犯罪類型A項とか言った方が適切なのでしょう。
 日本語で言えば、イ項ロ項ハ項とか、丙型乙型とかというようなもんですね。
 その両者には、本質的には上下の差はないワケです。
 
 実際にそれは判決にも表れています。
 A級戦犯は全員で28人いまして、その中で死刑にされた人は7人いますが、禁固刑で終わった人も2人いらっしゃいます。
 一方B級やC級として裁かれた人の中にも、実は千人近くもの人が死刑にされているんです
 もしA級が最も罪が重くて、C級が軽いというのであれば、この差は生まれませんよね。
 そもそも「平和に対する罪」と「人道に対する罪」、これどちらが重いのかというのは、ちょっと決められないのではないでしょうか。
 いま左巻きの人も多くがA級戦犯許すまじと言っていますが、しかしそんな人たちが大好きな人権というモノに対してC級戦犯は罪を犯して死刑にまでされているワケで、さらにその人達も靖国にも合祀されているのに、しかしなぜそれは問題にしないのか、A級だけを問題にするのか、これは大きな矛盾なワケです。
 
 ですから、この問題においてあり得る立場というのは2つしかありません。
 どのような立場に立とうとも、「戦犯なんて日本国内にはもはや存在しないから問題ない」と主張するか、もしくは「戦犯は全ては悪だからABC級戦犯全て合祀されている限り駄目だ」と主張するかです。
 「A級戦犯がいるから靖国は駄目なんだ」という主張は、かなり歪みまくっている主張でしかないのです。
 
 
 
 (つづく)
 

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平成18年7月4日

 デスクトップバトン

 なーっはっはっはっはー
 全国一億8千五百二十三人のあまおちファンのおにゃのこ達よ、ひさしぶりにオレだー。
 昨日のやえの更新のつづきをぶった切ってまでオレだー。
 
 
 
 ・・・きょろきょろ
 
 ほっ、今日はやえがいないぞ。
 ひさしぶりにオレ登場して、オープニングで殴られるかと思ったぜい。
 
 つーわけで、今日はひさしぶりにオレ登場で、しかも堅い話は抜きだー。
 ここの人からバトンが投げられたので、バトンなんてもはや絶滅危惧種かと思っていたんだが、意外としぶとく残っていて、そのしぶとさに乾杯、答えてみるぞー。
 たまには息抜きだと思って読んでくれたまえ。
 
 
 
 【1】あなたのデスクトップを晒して、一言どうぞ
 
 
 
 こちらにあらせられるのは、秋篠宮眞子さまであられるぞ。
 一同御前である。
 頭が高いっ。
 ひかえい、ひかえいぃぃっ。
 
 
 【2】OSは何?
 
 WinXPの、ホームだったかな?
 
 
 【4】この壁紙は何?どこで手に入れた?
 
 オレの眞子さまに対する大いなる敬愛の精神のなせる技
 
 
 【5】壁紙は頻繁に変える?
 
 眞子さまへの愛は永遠
 
 
 【6】デスクトップのアイコンの数はいくつ?
 
 数えてくれ(笑)
 
 
 【7】【ファイルやショートカットがゴチャゴチャしているデスクトップ、許せる?
 
 許せるもなにも、この状況。
 というか、Winって95の時なんてデスクトップにショートカットおいている方が普通だったから、その時から変わってないだけ。
 あと、一回のクリックでソフトを起動させたい質なので、よく使うソフトはデスクトップかタスクに入れておく。
 スタートだと、何回か押すし、時間もちょっとだけ待たなきゃならんので、いやだ。
 だから一番多く押すアイコンは、タスクのデスクトップボタンだな。
 
 
 【8】何かこだわりはある?
 
 変なこだわりなら、デスクトップの一番上の段には何も置かないというのがある。
 なんだっけ、昔、デスクトップをマック風にするスキン使ってて、その時のマックってWinで言うスタートとかタスクバーとかが上にあったから、自動的にデスクトップの最上段が開いたんだよね。
 それ以来上が開いてないとなんか窮屈な感じがするんだよ。
 あと、デスクトップにダウンとかすると、ファイルが必ず最上段の左に来るから分かりやすいというメリットもある。
 
 それから、眞子さまのご尊顔にはアイコンがかぶらないようにしてる。
 いつもそのお美しいお姿を拝見できるようにね。
 左のにはかぶっちゃってるけど。
 
 
 【9】今回、このバトンが回ってきてからこっそりとデスクトップを整理した?
 
 してねー。
 いつもこんなん。
 ただ、晒すに当たって機密ファイルがいくつかあったので待避させたけど。
 
 
 【10】最後に『この人のデスクトップを覗きたい』という5人へバトン
 
 ま、眞子さま・・・
 

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平成18年7月5日

 ミサイル発射

 もはや説明するまでもないでしょう。
 本日未明、北朝鮮がミサイルを発射しました。
 ミサイルは計7発撃たれ、その種類はスカッドミサイルとテポドン2と言われています。
 幸いなことに全て日本海に着弾した模様で、人的または経済的には特に被害が出ていない様子です。
 
 テレビとかいろんなところで今回の北のミサイル発射に対して意見が言われています。
 北の真意はなんだとかというのが一番多いようですが、こればかりはジョンイル本人でないと分からないでしょう。
 例えばアメリカの独立記念日を狙ったんだろうとか、そしてそれは日本に対するメッセージというよりはアメリカとの1対1での対話を求めるためのモノだろうとか、色々と言われているワケです。
 ただこういうモノは、特にミサイル発射なんていう行為はほとんど最終手段に近い手段なワケですから、狙いや期待される効果なんていうのは複数あると見た方がいいでしょう。
 瀬戸際外交の最終手段だろうと言われていますけど、実際の話、最近の北に対する諸外国の色々な動きを見ればほとんど手詰まり状態だったので、もうこれしかない、どんな結果になるか分からないけど今よりは事態が動くだろうと半ばやけくそ気味になってミサイルを発射したんじゃないかとやえは見ています。
 
 それを示しているかどうかはアレですが、最後の7発目は夕方になって発射されました。
 これなんていうのは、朝方に6発撃ってみたはいいけど、思ったより全然他国、特にアメリカと日本が焦ってくれない驚いてくれないという現実を前にして、だったらさらに撃ってやるぅと、やっぱりやけくそ気味に撃ってみたというのが真意なんじゃないでしょうか。
 そして、これだけ時間をおいてまた撃ったというのは、今後もまた継続して打ち続けるんだというメッセージであり、つまりこれは「さあ焦ろ、やれ驚けと」そういう北の願望によるモノなのでしょう。
 
 これを逆に取れば、日本政府としては冷静な態度を取って正解だったというコトが言えると思います。
 まぁ冷静と言っても、国際法の中で出来るコトを粛々と進めたというだけなんですけどね。
 ただ、いきなり熱くなりすぎて、北を撃てジョンイルを殺せという、過激すぎる態度はとらなかったという意味ではありますが、しかしそれでもよく考えれば、北にとってはそれが熱くなろうとも怖がってくれたとしても、どっちにしても何らかの反応を期待してミサイルを撃ったワケですから、一番イヤなのが無視されるという態度なワケです。
 そして日本は見事にそのようにスルーしてしまったワケです。
 小泉総理もおっしゃっているように、「ミサイルを撃ったところで北にはなんらプラスにはならない」と、変な話、日本が制裁すら行わずに何も対応をしなかったとしても、日本国民は「弱腰だ」とかなんとか言うのでしょうけど、北としても「ミサイルカード」を切っても何も得られなかったという時点で、ミサイルカードを無駄遣いしたという意味においてこれは確実にマイナスになるワケです。
 日本にはプラスになるワケです。
 まして今回すでに対応していますが、万景峰号を入港停止措置をしているワケで、こういう北にとってはマイナスになるだけの行為を始める口実を与えてしまっているのですから、これからも日本政府としては国内法、そして国際法に則って粛々と対応を進めていけばいいでしょう。
 
 
 その上でやえは一点だけ不満があります。
 というのも、これは昔言ってきたコトと全く同じコトになりますが、あまりにも国民の意識が目先のコトにしか向かないのがとても歯がゆいのです。
 
 いま多くの日本国民がこの問題に対して思っているコトと言えば、ひとつは「北はとんでもない」とかというモノであり、もうひとつは「日本政府はもっと強い態度を取るべきじゃないのか」というモノでしょう。
 「関係各所や関係各国と連携を密にしていきたい」という政府関係者の言葉を聞いて、それではだめだもっと日本が独自の態度を示してもっと強い姿勢で臨まなければならないと、そう思っている人も多いかと思います。
 しかし、そんなコトを言っても無駄なんです。
 だって日本は強気の先にある最終手段である戦争という手段を用いるのだって、独自では何も出来ないからです。
 戦争をする、相手を叩くという行為すら、関係国つまりアメリカですね、アメリカと連携しなければ攻撃などできないのです。
 自衛隊はありますが、しかし自衛隊は、防衛する能力は持っていても、相手を叩く能力は本当に持っていないからです。

 北朝鮮が日本に向けてミサイルの発射準備をしたことがわかったとしましょう。その発射場所も判明したとします。さて、そのとき自衛隊のF−15戦闘機が相手の基地を攻撃するのにどれぐらい時間がかかるでしょうか?
 周囲の方にも訊いてみてください。五分、三十分、一時間など、いろいろな答えが返ってくると思います。では正解は−−−実は「どんなに時間があっても攻撃できない」です。
 それは憲法上の問題ではありません。自衛隊のF−15戦闘機には、敵地を攻撃する能力がほとんどないのです。この戦闘機でできるのは、領空侵犯をしてきた敵機を攻撃することです。(中略)
 しかし、どちらの立場でもほとんどの方が、まさか自衛隊の主力戦闘機が敵地の攻撃をできないようなつくりになっているということは、ご存じないのではないでしょうか。(『国防』石破茂著)

 前の前の防衛庁長官の石破茂先生が出された、帯のあおりが「ミサイル着弾10分前…その時何が出来るのか?」という今こそ読むべきだと思うような著書から引用させていただきました。
 飛んでる飛行機を撃つ能力と、地上にあるものを撃つ能力は、これは全く別モノであり、自衛隊には物理的に相手の叩く能力を持ち合わせてはいないのです。
 
 なぜこのようになっているのかというのは、直接的には石破先生のおっしゃるとおり憲法の問題ではなく物理的な問題ではありますが、しかしなぜ物理的に装備的にそんな装備しか配置していないのかといえば、それは憲法のせいですし、日本国民の意識のせいです
 専守防衛という、とりあえず日本の国土や領海からの危険性を排除するためだけの装備、剣は持たないけど盾は持つという、その盾は向こうから当たってくれば確かに相手ははじけ飛びますが、しかしその盾を持って相手に向かっても全く意味をなさないという、そういう盾しか持ってはいけないという国民の意識が、戦後60年ずっと続いてきた結果が今のこのありさまなワケです。
 こんなありさまでは、日本は最後の覚悟なんてどうやっても出来ないのです
 
 ではどうするのかと言えば、それは、まずは憲法改正しかありません。
 憲法を改正し、まずは自衛隊を「普通の軍隊」にしなければ、なにも前進しません
 こうしてこそ初めて普通の国として、最終手段も持ち合わせた普通の国としての対応が出来るようになるのです。
 
 さっき言いましたように、今の自衛隊には相手を叩く能力が物理的にもありませんので、ただ憲法改正をしただけではまだその能力を得るコトは出来ません。
 憲法改正をした後、さらに装備を調達し調え、さらに訓練をして使いこなせるようにならなければ意味を成さないからです。
 こうなるためには数年単位の時間、少なくとも10年はかかるんじゃないかと思うワケで、だからこそ最初の一歩である憲法改正は一刻も早く進めなければならないのです。
 
 しかし、その一歩を踏み出すための一番大切な要員である国民の声というモノが、ここにきてまでもほとんど全く聞こえてきません
 やえは、いまほど「憲法改正を」と声を挙げる一番の機会だと思うのですが、「政府は弱腰だ」という意見はあっても、「憲法改正を」とは言わないのです。
 どうしてそう言わないのでしょうか。
 いくら目先のコトだけ言っても、結局それは何も解決しないのです。
 
 ミサイル防衛システム、いわゆるMDも似たような事情でしょう。
 やっと今になってテレビなどで「実際にミサイルが撃たれたらどうしたらいいのか」というニュアンスでMDを紹介し、やっぱり早くこれを装備しなければならないという感じになってしますが、しかしこれもそもそも装備すると決めた当時は、本当にこんなモノは必要なのか、精度が低いわりに金ばかりかかるじゃないかと、批判も多く聞かれていました。
 アメリカではすでにMDは実践装備されているそうですが、しかし日本は最初の段階で来年の春ごろ、完全装備まではあと数年ぐらいもかかるんだそうです。
 日本は数年前にも北が撃ったミサイルが真上を通り過ぎていったという経験を持っていながら、しかしこんな対応の遅れをとってしまっているワケです
 そしてあの時も、「あれは人工衛星で平和利用だ」とか「一発だけなら誤射かもしれない」とか、よくわけのわからない理論がしかし国内では横行してしまって、いい機会を逃してしまったのです。
 いつまで日本はこれを繰り返し続けるのでしょうか
 どうして根本的に問題を解決しようという方向に世論が向かないのでしょうか。
 左巻きな人たちはこういう時だけ強気な態度に出ろとやっぱり政府批判のための批判をはじめ、いざ事前策を打とうとするとやっぱり反対するといういつも通りの態度しかとらないワケですが、しかし右な人たちだって目先のコトだけにとらわれて勇ましいコトばかり言いますが、やっぱり大局的な見地からの根本的解決策を考えようとはしないのです。
 右も左もこんな有様で、やえはとても歯がゆい思いがします。
 
 
 その他で言えば、日本の攻撃能力は全てアメリカにやってもらおうという意見があります。
 それはそれでひとつの現実的な意見だとは思います。
 しかしその場合にしても、やらなければならないは「関係各国との協議」です。
 実際に戦闘をするのはアメリカなんですからね。
 ですから、「関係各国と連絡を密にして」というセリフは、それは弱腰でもなんでもなく必要不可欠なコトなんです。
 ま、日本が独自軍隊を持ったとしても、今の国際状況で言えばなかなか一国だけで軍事行動をとるというのはあまり現実的ではありませんから、どっちにしても関係各国とは連携をとっていかなければならないでしょうけどね。
 
 ただし一応今回の件で知っておかなければならない事実として、この北朝鮮のミサイル発射は、幸いなコトと言えるでしょうけど、日本の領土にも領海にも、そして排他的経済水域にも入っていませんので、そうである以上は、日本と北朝鮮の関係においての国際法上では、このミサイル発射は特に違反をしているワケではありません。
 細かいところで言えば、航路関係のなんとかというのがあるらしいですが、しかしこれをもって重大な結果を出すような行動をとるのは説得力がちょっと薄いのです。
 また日朝には平壌宣言というモノがありますが、これもあくまで「宣言」であって、条約ではありませんから、これまた説得力が薄いワケです。
 となれば、この段階で、日本があまりにも強硬すぎる手段を執ってしまうと、それは逆に国際世論の反発を受ける可能性もあるのです。
 法的には何も違反をしていないのに、そこまでするのはむしろそっちこそ法違反である、と言われかねないワケです。
 ある意味、アメリカがイラク攻撃した際に受けた批判を、今度は日本が受けてしまうかもしれないのです
 
 ですから、ここで必要なのは、さきほど言いましたように「そんなコトをしても無意味だよ」と知らしめるコトではないかと思います。
 日本に対しては、少々のコトをやっても驚かないし、平常通り日常は過ぎていきますよ、なにやっても無駄ですよ、と、こう、北に限らず「相手」に思わせれば、それだけでかなりの防衛力にはなるワケです。
 もちろん具体的な武力による防衛力も重要ですが、こういう防衛力も大きな力となるでしょう。
 ですからある意味今回の件は、外に対して、「相手」に対して、日本の“防衛力”を示すいい機会とも言えるかもしれません。
 日本政府はひきつづき、国内法と国際法に則って粛々と対応をしていってもらいたいと思います。
 
 そして国民は、もっと広くて長い視点でこの問題を見てもらいたいと思います。
 いくらその場だけの対処をしても、それは根本から問題を解決するコトにはなりません。
 むしろ同じ問題を繰り返すだけになってしまうでしょう。
 防衛力は、ただひとつだけの要素ではなし得ません。
 北のような国家が現実に存在する以上は、外交努力による防衛力も必要でしょうし、目に見えない形の圧力・プレッシャーによる防衛力も必要でしょうし、そして直接的な軍事力による防衛力も必要なワケです。
 どれかひとつだけあればいいというコトには決してなりません
 そして今の日本には、最後の防衛力が決定的に欠けているワケです
 右も左も「今こそ憲法改正を」という声が全く聞かれませんが、この機会こそ声を挙げる時期なのではないのでしょうか。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、対処療法ではなく、根本治療を応援しています。
 

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平成18年7月6日

 小泉メルマガレビュー

 小泉内閣メールマガジン 第241号 ========================== 2006/07/06
 
 [らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
 ● 北朝鮮のミサイル発射に抗議/世界の中の日米同盟
 小泉純一郎です。
 昨日未明より、北朝鮮は数回にわたって弾道ミサイルと見られる飛翔体を発射しました。
 
 今週の小泉メルマガの内容は、おそらく予定外の緊急的でしょう、北朝鮮によるミサイルの問題をとりあげられていらっしゃいます。
 小泉さんが総理になってこのメルマガを始められて、一番良かったと思うのがこういう時ですね。
 こうやって重大案件をマスコミなどのフィルターを通さずに直接国民に向かって説明されるのですから、これはとても素晴らしいコトです。
 しかもたった一日前のコトであるのにも関わらず、昨日もあまり時間が取れなかったでしょう中に、翌週にまわさずにちゃんと今週こうやってミサイル問題を政府として総理大臣として説明してくださるんですから、これ以上ない丁寧な説明と言えるますよね。
 
 日本を含む関係各国による事前の警告にもかかわらず発射を強行したことは、日本の安全保障と国際社会の平和と安定、さらには大量破壊兵器の不拡散という観点から重大な問題であり、日朝平壌宣言に反する疑いもあります。
 わが国は、直ちに北朝鮮に対して厳重に抗議しました。さらに、北朝鮮がミサイル発射凍結を改めて確認し、これを実行するとともに、六者会合に早期にかつ無条件に復帰することを強く求めます。
 
 昨日も言いましたように、ミサイルによる北の目的は色々と多数あると思いますが、中でも一番の目的はおそらくアメリカとの1対1での交渉の場を得るコトだと思われます。
 しかしアメリカも、そして日本もかなり素っ気ない態度しか今のところ示しておらず、こうやって従来通りの「六者会合に出ろ」と言われ続けるだけになってしまっていますので、いまところ北にとってなんのメリットも見いだせない形になっているワケですね。
 
 政府は、北朝鮮に対し、万景峰号の入港禁止措置をはじめとする制裁措置をとることを決定しました。日本は、日米同盟に基づくアメリカとの協力をはじめ、六者会合参加国を含む関係国との連携をさらに進めるとともに、国連安保理事会においてしかるべき対処がなされるよう働きかけます。
 
 さて、この安保理のお話ですが、いまの段階ではすでに7月5日付けで「国連安保理非公式協議」というものが開催され、終了しています。
 その安保理協議の場で日本側は「北のミサイルは日本の安全保障や、世界の平和と安定、また大量破壊兵器の不拡散等の観点から問題であり、北自身のミサイル発射モラトリアム、そして六者会合の共同声明にも違反している」と主張しました。
 さらに、「今回の北の行為に対し、国際社会の一致した対応が必要であり、国連安保理決議の形で採択すべし」と提案しました。
 その結果、安保理としては、次の会議の正式な議題としてこの北のミサイル問題を取り上げるコトを了承しています。
 つまり、採択の結果によっては北を非難する国連決議という非常に重い結論を出すコトができる可能性が出てきたというコトになります。
 おそらく今のところ日本にとってはこれが一番いいシナリオとなるでしょう。
 
 今回のこの非公式協議ですが、これは国連安保理という会議の性格上、昨日出てきた問題を即日すぐに会議に付されるというこのスピードはかなり異例なんだそうです。
 その意味おいては、今のところ日本の外交戦略が成功していると言っていいでしょう。
 しかし問題がないワケではありません。
 中国とロシアが、いつも通り国連決議にはかなり消極的な態度を示しています。
 安保理会議で議題とし議論するコトそれ自体には意は唱えませんでしたが、決議として採択するかどうかという部分において、やはり北寄りの二国が反対する可能性があるんですね。
 しかも両国は常任理事国ですから拒否権を持っているワケで、このまま態度が軟化しない限りは、国連決議は否決される公算が大なのです。
 こうなった時にでは次の日本の一手は何があるのかというコトも考えておく必要があるワケです。
 
 先週は、カナダの首都オタワを訪問し、28日、ハーパー首相と日加両国の経済関係の拡大に向けた協力や、北朝鮮の問題、G8サミットなど国際社会において日本とカナダが協力すべき課題について話し合いました。今年の2月に政権についたハーパー首相とは、初めての会談でしたが、じっくり話し合うことができました。
 
 ミサイルの話はここでいったん終わりのようです。
 まぁこの原稿を書かれたのは昨日でしょうから、文面から見ても安保理が開かれる前のようですし、今後の続報を期待したいですね。
 で、日本としては、六カ国協議という枠組みの他にも、このG8ですとか、サミットですとか、あるいはASEANなど、他にも色々な枠組みを持っています。
 ですから今こそこれらの枠組みを十二分に発揮し、日本の立場を良く理解してもらって、北の包囲網を作っていくべきだと思います。
 昨日も言いましたように、どちらにしても日本一国だけでどうこうするというのは現実的ではありませんから、まずは世界各国の理解を得るというのが今の最大の目標であると言えるでしょう。
 
 この後は、小泉さんのこの前の訪米の様子が、いつもよりかなり多めに書かれています。
 が、今回はミサイルの件がありますので、残念ながらカットさせていただきます。
 ごめんなさい。
 
 
 
 [編集後記]
 昨日未明3時50分過ぎ、私は、北朝鮮によるミサイルの発射の第一報を受け、直ちに官邸に駆け付けました。官邸では、総理と関係閣僚等による安全保障会議などが開かれ、情報の収集、分析、対応の協議など大変緊迫した一日でした。こうした事態に備え、日頃から様々な状況への対処を検討してきたので、適切に対応できたと思います。
 今回、北朝鮮が繰り返し7回(7月5日19時現在)ミサイルを発射したことは許し難いことです。我が国として毅然とした厳しい対応をとる必要があり、万景峰92号の我が国への入港を禁止したことを含め具体的な措置をとりました。今後、北朝鮮がどのような行動をとるのかも不明です。米国を始め関係各国と緊密に連携しつつ、北朝鮮の対応を見極めながら更なる措置を検討していきます。(じんえん)
 
 ではここでいくつか論点整理をしてみたいと思います。
 まず、日本政府として今後はどのような対応をしていくべきかという問題ですが、昨日やえは「北は日本やアメリカを慌てさせるのが目的なのだから、慌てるような行動をとってはならない、むしろ何もしなくてもそれは北にとってはすでにマイナスになっている」という趣旨のコトを言いました。
 これに対して「何もしなかったのではない。出来なかっただけだ。外国に対しても何も出来ない国だと思われるだけだ」という御意見をいただきました。
 
 しかし、ここは冷静に見る必要があると思います。
 というのも、抗議をするとか、政治ではなく国民レベルで怒りを表すというのはこれはとても重要なコトだと思いますし、このレベルまで冷めろとは言いませんが、しかしこれが政府レベルの行動をするという点についてはまた別問題です。
 政府として何か行動をするという場合には、やはりこれは法やルールに則った上で行動をしなければなりません。
 例えば、昨日の韓国の前に、日本が竹島に調査船を派遣しようという話がありましたが、それに対して韓国は「そんなコトをしたら調査船は拿捕する」と息巻いていたワケです。
 しかしこれは実際に拿捕してしまえば明確に国際法違反なんですね。
 調査船は公船でありますから、公海や排他的経済水域、さらには領海においても、公船を拿捕するというのは明確に法違反です。
 もうちょっと正確に言うと、領海に進入してきた船を拿捕等の武力による行為ができる場合というのは、その船が「無害でない通航」をしていると判断した場合のみというコトになります。
 領土や領空に対しては、どのような目的であれ進入をしてきた時点で問答無用で束縛等できるのですが、海の場合だけは勝手が違ってくるんですね。
 これは国連海洋法条約による規定です。
 そして調査船というのはその名の通り調査が目的なのであって、一般的には「無害である船」と考えられるワケで、そういう意味において拿捕はできないのです。
 ですから、もしこれを韓国が日本の調査船にやっていたら、完全に国連からなんらかのペナルティーが加えられていたコトでしょう。
 まぁ、だから韓国は言うだけで実際はやらなかったとは思いますが、つまり政府として行動するというコトはこういうコトであり、ルールの範囲内で行動するというのが大原則なワケです
 その上で今回のミサイルの件を見てみれば、国内法と国際法をよく鑑みて、一体何が出来るのだろうかというコトを冷静に分析して行動する必要があるワケです。
 国際法を無視したような形の行動をとってしまっては、それは北を利するコトにしかなりません
 ですから、昨日の段階で政府も「北朝鮮による飛翔体発射を受けての当面の対応」というコトで万景峰号の入港禁止措置などの9つの措置を発表していますように、ルール内でできるコトを粛々と進めていっているワケですね。
 また、経済制裁等のさらに出来るルール範囲内の行動もあるでしょうし、この辺は安保理の決議が出るかどうかという他の側面も鑑みながら、随時行っていくのだと思われます。
 
 ルールを超えて怒りにまかせて何かをやるコトが「何かをやるコト」とはやえは思えません。
 ルールの範囲内で粛々とコトを進めるコトを「何もやってない」と言うのも違うと思います。
 怒りは怒りとして当然存在しますし、それを国民の間でしっかりと認識し維持し政府に対してエネルギーとして注入し続けるというコトは大切なコトだと思いますが、それと政府との行動を一緒にして考えるというのは、それは間違った考え方だと思います。
 
 また、「アメリカと協力するなりなんなりして戦う意思があるということを示すのは重要だと思います」という御意見もいただいておりますが、これは日米安保で常に示しています
 「日本を攻撃すればアメリカが反撃してくる」
 こんな常識的なコトを知らない外国はまずいないでしょう。
 正式に条約としてそれが明記されている以上、実際そうなった時にどれぐらいアメリカがやってくれるのかという問題はそれは別にあるとしても、明記されている以上は100%の力で反撃される可能性も否定できないのですから、これは大変な意思の明示になっているワケです。
 正式な条約にあるのですから、まず100%でやるというのが前提として成り立っていなければならないワケですからね。
 ま、時に小泉−ブッシュの間は100%に近い力で反撃してくれるだろうという期待もありますし。
 つまりこれはいつも24時間365日意思は示しているんです。
 
 その上で例えば「これ以上やったらアメリカとおたくを攻撃するで」と直接的に言ってしまえば、これはむしろ宣戦布告に等しい行為になってしまうワケですから、それはできません
 そうではなくて、日米安保条約がある以上は、いついかなる時でも日本が戦争状態になれば必ずアメリカが出てくると、それは示し続けているコトになっているのです
 もしろこれが無かったら、完全に日本の領海内にミサイルを撃ち込んでいたか、下手したら領土にまで打ち込んでいた可能性も否定できなかったでしょう。
 
 
 もう一点。
 日本の「領域」というモノを整理しておきたいと思います。
 まず領域とは、国家の主権が及ぶ空間のコトでして、これには領土と領海と領空とで成り立ちます。
 領土については分かりやすいですね、日本が持っている土地がある場所です。
 領空は、領土と領海の真上に存在する空中の部分を言います。
 ちなみに宇宙は含みません。
 ですから、領土と領海がハッキリしていれば領空もハッキリするワケです。
 ややこしいのは領海でして、といっても厳密な意味ではこれはハッキリしています、混乱する元は、領海の他にも概念が存在するからです。
 
 まず海上保安庁のこのページを見てください
 
 画像も拝借しちゃいますが、海に関してはこのようにいくつか権利を主張できる概念が存在します。
 で、ハッキリさせておきたいコトは、いわゆる主権を主張できる概念はほぼ領土から数えて12海里までの「領海」の部分であるであるというコトです。
 「接続水域」は、「法令違反の防止及び違反処罰のために必要な規制をすることが認められた水域」ですから、主権領域とは言えないでしょう。
 同様に排他的経済水域(EZ)も、その名の通り経済的な意味における部分のみの権利が主張できる概念でしかなく、大きな意味での主権全てを主張できる範囲ではありません。
 
 となれば、「日本の領土(領域)が攻撃された」という場合には、領土・領海・領空のいずれかが攻撃された場合となるワケです。
 今回のミサイルは、もしかしたらEZに入っている可能性もありますが(公式発表では入っていません)、しかしEZに入っていたとしてもそれは日本の領域ではありませんので、侵略されたとか先制攻撃されたと言うほどの説得力を持つかと言えば、それは微妙だと言わざるを得ないと思います。
 日本の平和に対して驚異であるのは確かですが、しかし厳密に言えば今回の行動が「日本に対して攻撃をした」とは断言出来ないというのが現実のところだと言わざるを得ないでしょう。
 
 ちょっとやえも色々調べて、国際法に詳しい人とかにも聞いてみたんですが、自衛権の行使に関する規定はハッキリとした形では存在していないんだそうです。
 というか、各国に委ねられているというのが本当のところのようですが、しかしだからといって独自にどんなコトでも法さえ作れば自衛権になるというワケでもないでしょう。
 ですから、敢えて明確な線引きというコトを言えば、国連の決議というところになるワケで、乱暴な言い方をすれば決議さえ議決されればなんだってOKというコトにもなるのですが、逆に国連決議が無ければどんな行為だって自衛権行使に当たる行為にならないと言えてしまうでしょう
 もちろん敵兵が上陸してきた等明らかに侵略行為を受けた場合には自衛権は当然行使するコトが出来ますが、それでも事後報告を行わなければならないと国連憲章51条にて規定されているワケで、国際法的には国連決議に寄らない反撃というのは暫定措置という位置づけになるようです。
 
 まぁ実際のところこの辺の概念は難しいんですよね。
 敵兵上陸のように誰がどう考えても侵略行為と分かるような攻撃に対しては国連決議なんていらないだろうと誰しも思うでしょうけど、しかし何処かで歯止めをかけておかないと自衛と言いながらどこまでも拡大解釈ができてしまうようになります。
 日本の専守防衛的に言えば、上陸敵兵の排除までは完全に自衛権の範囲内でできるワケですが、排除が済んだ後に敵国に向かって自国兵を派兵し攻撃をはじめ首都を制圧し国家責任者を拘束するという行為に対しては議論が分かれるところだと思います。
 そう言う意味で、今回のミサイルが先制攻撃であるかどうかという部分においても、領土や領海を攻撃されたワケではない、ましてEZですらないという部分においてやっぱり微妙とか言いようが無く、今回の件に関して日本が国連に「日本がこれから反撃するので決議をくれ」と訴えるコトは出来るんだと思いますが、しかしそれが国連で認められるかどうかというのは別問題、というか、かなり難しいと言うのが妥当なところだとやえは思います
 
 まとめますと、国連決議があればなんでもありではありますが、それの裏返しで、国連決議を議決するかどうかの明確な基準規定というモノがないワケでして、その辺はどうしても国際的なバランスを取らなければならないという現実問題が出てくるワケです。
 つまり、アメリカのように一国でもイケイケどんどんとイラクを攻撃する国もありますが、それに対して国際社会がどう思うのかどう見るのかというコトと同じように、日本が世界からどう思われるのかどう問われるのかというコトを常に考えながら行動しなければならなりません。
 そして今回の件を考えてみれば、果たしてEZすらかすっておらず人的物的にも全く被害が出ていない状況において、それを理由に反転攻撃という手段が国際的に理解を得られるのか、その辺はキチッと冷静に見なければならないでしょう
 一応日本の国内法的にも武力攻撃事態法があって、先制的自衛権が明言されているところですが、それが国連や国際社会に理解を得られるかどうかはまた別問題です。
 EZも領土なんだ日本は攻撃されたんだだから反撃するんだー、と息巻いたところで、それは文字通り独りよがりにしかならない可能性の方が高いというコトはちゃんと知っておく必要があるのです。
 
 繰り返しになりますが、アメリカのように自衛権や先制攻撃などの明確な規定が確定していないというコトを裏手にとって、イラクの時のようにあの手この手恫喝融和買収などの手段によって強引に進めるという手法もありますが、しかし独自軍隊すら持たない日本にはその手法は天地がひっくり返っても無理な話であるコトなんて言うまでもありません。
 
 昨日も言いましたけど、政府として行動するのであれば、国際ルールの中で何が出来るのかというコトを冷静に分析して行動していかなければなりません。
 国際ルールの中で出来ないコトを挙げて、例えば韓国のような「公船でも拿捕するニダ」と主張するコトが、確かに一見すればそれは強気の態度で国民の憤懣を払拭させる自己満足的な意味合いはあるかもしれませんが、果たしてそれが大人たる先進国のするコトでしょうか
 やえは、日本人が中国や韓国みたいに他国の国旗を燃やして破いて喜んでいるような姿を見たくはありません。
 北の行動は今回こんなに国際法違反を犯しで先制攻撃をしたんだから日本は即刻やり返せ反撃しろと言う人がいま結構見られるところですが、昨日の話にもどっちゃいますけど、それならまずは憲法を改正しようと、自衛隊を国軍にしようと、なぜそっちに目線がいかないのか、やえはやっぱり不満です
 変な話、アメリカのような国に日本をしていたら、今回の件これだけでも北と戦争は出来ていたワケなんですから、これは全ての政治において言えますが、その場その場だけで言っても何もならなく、全ては事前の積み重ね、事前にちゃんと準備をしていて初めてその場で対処できるようになるワケで、いまの日本の対応に不満がある人は、それは事前に準備をするようにしていなかったツケだと言えるのです。
 幸いなコトにまだミサイルが日本国土に落ちていないですから、もし今回の件で不満がある人は、今後の日本についてあるべき姿を模索して、現実的に実行できる方策を提言するのがいいのではないでしょうか。
 今までろくすっぽ準備もしなかったのにも関わらず、その範囲を超えて要求をするというのは、あまりにも我が儘すぎる行動だと思います。
 
 
 バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳は、今回はメルマガレビューですので、らいおんはーとを応援しています。
 

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平成18年7月8日

 いわゆるA級戦犯(中)

 (前回はこちらです
 
 
 この問題においてあり得る立場というのは2つしかありません。
 どのような立場に立とうとも、「戦犯なんて日本国内にはもはや存在しないから問題ない」と主張するか、もしくは「戦犯は全ては悪だからABC級戦犯全て合祀されている限り駄目だ」と主張するかです。
 「A級戦犯がいるから靖国は駄目なんだ」という主張は、かなり歪みまくっている主張でしかないのです。
 
 論としては「東京裁判で戦犯として裁かれた人間は全て悪であり、靖国神社合祀もけしからん、そんな場所に総理が参拝など以ての外」というモノは筋が通っています。
 A級戦犯と同じように死刑にされた被告が存在する以上BC級の戦犯が罪の軽い者とは決して言えず、むしろこれはAもBもCも同様なのですから、そこに格差を生じさせる考え方は間違っています
 
 「中国が言うからといって分祀などしてはいけない。もしA級戦犯だけ分祀したとしてもどうせ中国はそれから必ずBC戦犯についても反対と言い出すに決まっている」という主張があります。
 これは中国という国の思考回路が、「相手が一歩引けば自分は一歩進む」という譲歩を知らない尊大な態度からの警鐘です。
 やえもそう思います。
 例えば中国との領有権で問題になっている尖閣諸島がありますが、もし仮にこれを日本が譲歩してしまったとしたら、中国はそれだけにあきたらず、沖縄まで領有権を主張し始めるコトでしょう。
 これは多くの日本人にとって現実味のないお話のように聞こえるでしょうけど、しかし実際にもうすでに中国の一部では沖縄の領有権を主張しているような人がいたりしています。
 中国というのは「無茶でも押してしまえ。押すのはタダだ。それで失敗しても損はないし、利益が出たらラッキーだ」ぐらいに思う文化ですから、その主張は際限を知らないんですね
 だからいくら日本がA級戦犯だけ譲歩したところで、その後中国はBC戦犯についても文句を言ってくるでしょうし、それでさらに譲歩すれば最終的には靖国神社の存在そのものについてケチをつけてくるコトでしょう。
 
 これは中国の基本的思考回路の上での問題ですが、しかしコトこの靖国の問題に関しては、いくら中国が無茶だと思っているケチだとしても、実は理屈も通ってしまっているコトになってしまうんです
 もうお分かりですよね。
 なぜならA級もBC級も、本来の東京裁判ではその罪とされたモノは同等とされていたからです。
 だから中国がちょっと理論武装をして、「そもそも東京裁判ではA級とBC級との間には罪の重さの差は無かった。よってA級を分祀したのであればBC級も分祀しなければ筋が通らない」と言ってきたら、今度は日本の方がぐぅの音も出なくなってしまうのです
 この主張に関してだけは中国の言い分はもっともだからです。
 しかも筋論ですから、外圧すらなりません。
 こういう意味からも、A級とBC級を分けて考えるような主張は完全に間違っていますし、A級戦犯だけを分祀するなんて方法は絶対に取ってはならないのです。
 やるとしたら、「全ての戦犯は国内においては罪にはならない」と言うのか、それとも「ABC一括して罪人と見なす」かのふたつだけなのです。
 
 「ABC戦犯は許されない論」と、「戦犯なんて日本国内にはもはや存在しないから問題ない」のふたつしかこの問題には主張が存在しない以上、では両者はどこが違うのかと言えば、それは「東京裁判での戦犯」の考え方でしょう。
 つまり本当に東京裁判での戦犯は、少なくとも日本国内において「その罪を問えるのかどうか」という点によって、その扱いが変わってくるコトになります。
 
 よしりん先生も『いわゆるA級戦犯』で紹介していらっしゃいましたが、あるA級戦犯で実刑を受けた方がいます。
 重光 葵(しげみつ まもる)
 戦前においては、東條英機内閣・小磯国昭内閣で外務大臣を務め、敗戦時には日本全権大使として降伏文書の署名をし、戦後においては自民党の前身の日本民主党の副総裁を務め、鳩山一郎内閣で外務大臣を務めた政治家です。
 東京裁判ではA級戦犯として禁固7年の判決を受けて服役しました。
 繰り返しになりますが、重光さんはA級戦犯として実刑を受けながら、戦後は公党の副総裁を務め、外務大臣まで務めています。
 さらに言うならば、重光さんは、日本が国際連合に加入するときに、日本の代表として国連総会にてスピーチをしたという人物です。
 そしてそのような功績が認められ、重光さんが亡くなった際には勲一等旭日桐花大綬章が贈られています。
 
 こういう人がA級戦犯と呼ばれている人の中にはいるワケです。
 もし「(ABC級)戦犯は後世においても許される存在ではない」と言うのであれば、日本国内では重光さんが国会議員や外務大臣になるコトに反対しなければならなかった(選挙で落選させなければならなかった)でしょう
 しかし実際に重光さんは実際に外務大臣までをも務めていらっしゃいます。
 さらに言うなら、いま中国はA級戦犯を絶対に許さないと言っているワケですが、それなら当時、拒否権を持っている中国が「戦犯が国連の場でスピーチするのはけしからん」と言わなければならなかったハズなのではないでしょうか。
 しかしこちらもそういうコトはありませんでした。
 国内に関しても中国に関しても、いま言っているような「(A級)戦犯が祭られている施設に首相が参拝するのはけしからん」と言うのであれば、同じように「戦犯が外務大臣という公職に就くのはけしからん」と言うべきだったでしょう。
 そして「戦犯を靖国から追い出せ」と言うのであれば、同じように「過去の外務大臣名簿から重光を削除しろ」と主張しなければ筋が通りません
 いまの戦犯に対する批判というモノは、このように明らかに矛盾しているのです。
 
 このように、実際のところは「国内においてはもはや戦犯は存在しない」と言った方が実は適切なのです。
 これは考え方だけの問題ではなく、公的にもそうなっています。
 それは、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」という国会決議があって、そのタイトルにありますように、戦犯の赦免(罪や過失を許すこと)を決議したモノです。
 これは1953年に衆議院にて決議されました。
 この前にもいくつか同様な決議、例えば1952年の「戦犯在所者の釈放等に関する決議」など、戦犯とされた人たちの名誉を回復するための決議がいくつか国会においてなされています
 国会の決議ですから、その重さは法律に匹敵します。
 よって、もはやこれだけで「国内においてはもはや戦犯は存在しない」と断言できるワケです。
 
 もちろん政府においても、この国会における決議を遵守しています。
 去年、今の民主党の野田毅さんが政府に対して戦犯に関する主意書を出されたのですが、その主意書と政府の答弁書は次のようなモノでした。

 主意書
 これら解釈の変更(昭和27年の戦犯拘禁中の死者はすべて「公務死」とするという変更)ならびに法律改正(「戦傷病者戦没者遺族等援護法」等)は、国内法上は「戦犯」は存在しないと政府も国会も認識したからであると解釈できるが、現在の政府の見解はどうか。
 
 政府答弁書
 当該刑を科せられた者に対する赦免、刑の軽減及び仮出所が行われていた事実はあるが、その刑は、我が国の国内法に基づいて言い渡された刑ではない。

 赦免はしたけどその元となった刑は日本の法ではないという、よくよく考えたら変な日本語ではありますが、つまりこれは日本国内においては戦犯という人たちは存在しないと言っているワケですね。
 このように、ある時期から今も昔も、公的には日本国内には戦犯は存在しないとハッキリしているのです
 
 
 
 (つづく)
 

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平成18年7月10日

 拒否権を発動するわがまま

 この前の北のミサイルに対して現在国連安全保障理事会にて、国連決議を出すかどうか協議がされています。
 この決議が可決されれば、これは法的拘束力が存在する非常に強い効果を出すワケで、北にとっては大ピンチになるコトになります。
 そういう意味で一段下の「議長声明」ではなく、日本は強く決議を求めているワケですね。
 
 しかしひとつ問題があります。
 もはや説明するまでもないでしょう、理事国が持っている拒否権です。
 この拒否権、例えその一国だけが反対を主張していたとしても、拒否権を発動してしまえば一国だけの主張によって問答無用で否決されてしまいます。
 国連理事国における伝家の宝刀と言えるでしょうし、また国連の一部の国による特権的な不平等の象徴とも言えるでしょう。
 そして、今回の決議に対してあまり積極的ではないロシアと中国がこの拒否権を有しているワケで、日本の一番の難題になっているワケです。
 
 残念ながら日本はそれに対抗するすべを持っていません
 というか、拒否権に対してはどの国でも、それに対するコトはできないんですね。
 拒否権発動に対してて拒否権が出せればいいんですが、それは出来ません。
 だからせめて決議をする前になんとか説得をして拒否権を発動しないように理事国に求めるしかないんですが、しかしそれも、いくら説得されても駄目なモノは駄目と言われてしまえば終わってしまうワケです。
 ですから、もし今回ロシアや中国が拒否権を発動してしまえば、その時点で国連決議は出ないコトになり、今回の安保理は終わってしまいます。
 日本はどうしようもありません。
 
 ではこうなった場合どうするのかと言えば、政府レベルの外交上では色々とやっていく、例えば議長声明を出してなんとか六カ国協議は出るよう説得を続けるというコトになるのでしょうけど、それだけではなくて、せめてというか、むしろ国民レベルにおいて強い意志を示す必要があるのではないかと、やえは思っているのです
 
 つまり、ロシアや中国、特に中国が拒否権を出す可能性が高いワケですが、これらの国が拒否権を出したら、しっかりと我々国民レベルで「中国・ロシアは拒否権を発動してまで我を通そうとした」「国際世論の声を無視した」「ひいては北の行為を容認した」と、怒りを持って非難すべきなのではないのかと思うのです。
 「結局中国もロシアも国際社会なんてどうでもいいんだ」「ただ自分たちだけが良ければそれでいいんだ」「そんな我が儘な国なんだ」「北のミサイルを容認するような駄目な国家なんだ」と、日本人が理解して、そう訴えるのです。
 主張するのです。
 ちょっと歪んでいるかもしれませんが、「この恨みは忘れないぞ」と、国民こそが中国とロシアに対して思い続けるのです。
 
 こういう行為は、公的な立場での国家レベルでできるモノではありません。
 形だけの非難声明は出来るかもしれませんが、「覚えてろよ」とはさすがに言えません。
 しかし、だからそ国民がそれを示すのです。
 中国の愛国無罪のように、なぜか国内をボロボロにするような頭の悪いようなコトはする必要ありませんが、世論として、まさに北の拉致問題が発覚したときのように、怒りを今度は中国とロシアに向けるのです
 奴らは北をかばった、北を容認したと。
 そして中国とロシアに対して、国際社会から肩身の狭い思いをさせてやるのです。
 
 一部で今回の中国とロシアの思惑に対し「それは小泉総理のアジア軽視外交のせいだ」とお花畑全開な主張をしているおバカさん達がいるみたいですが、そもそも日本と中国との関係がどうであろうといつも北に対しての中国とロシアの態度はこんなもんなんであって、そんなコトはもはや日本国民はすでに見抜いてしまっていますよね。
 だから、そういうアホな人たちはおいておくにしても、今こそ日本国民こそが政府に変わって怒りを中国とロシアに示すべきなのです。
 日本政府がそういう態度に出れないのは仕方ないコトで、それを批判したところで改善しようもない上に国益にも繋がらないワケで、だからこそ国民こそが怒りを持って中国とロシアを糾弾するべきなのです
 
 最近の日本人は、出来ないコトばかりを政府に押しつけてしまっている人が多い傾向にあるような気がします。
 今度詳しく述べますし、この前もちょっと言いましたように、憲法改正をしようともしないのに反撃しろだとかとか攻め滅ぼせだとか改正のさらに先にある行動だけを政府に求め押しつけ批判する行為とかなんていうのは、その最たるモノでしょう。
 しかしそれでは問題は動きませんし、日本にとってなんらプラスにはならないのです。
 だからこそ国民は国民として出来るコトを考えるべきなのではないでしょうか。
 国民が出来るコトは憲法を改正するというコトですし、また直接非難できない政府に変わって国民が関心を示し怒りを表明するコトだと思います。
 北朝鮮は日本政府の外交行為よりも、むしろ日本国民の反北感情の方を懸念材料としていたきらいがあります。
 こういう状態を中国やロシアに対して国民が示すべきだとやえは思います。
 
 拒否権はそもそもがわがまま的要素100%の存在ですから、いくらそれを保持していたとしてもあまり発動させたくないという思惑がそれぞれの理事国には働きます。
 拒否権というモノは、そのようなわがままと世間の目・国際社会の世論を理解した上で発動するモノなのです。
 ですから今回ロシアは拒否権発動まではしたくないと思っているようですし、だからこその動きを強めるためにも日本人はもっと怒るべきなのです。
 今回の国連決議がどうなるかまだ分かりませんが、もし中国が拒否権を発動しようものなら、日本人は北への怒りと同時に、中国への怒りを示す必要があるでしょう
 今回はそれによって否決されてしまったとしても、その世論の怒りは今後の日本の対北政策に必ずプラスになるでしょうし、拒否権という不平等な存在に対してますます牽制するコトができるでしょうし、そしてそれはこれからの日本の国益にとって必ずよい方向に向かわせるコトができるモノだと、やえは思います。
 

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平成18年7月11日

 専守防衛

 ちょっと日本の独自国防概念「専守防衛」についておさらいをしておきましょう。
 
 専守防衛とは呼んで字のごとく「専ら(もっぱら)守る防衛」であり、言い換えれば「守り専門」「反撃せずに防御一辺倒」と言ってもいいでしょう。
 武具で言えば、盾は持っていますが、矛は持っていないのです
 ちなみに公式的には

 相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のために必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」(平成16年版防衛白書)

 となっています。
 具体的には、敵攻撃機が日本の領域に入ってきたら打ち落とす、敵船が日本の領域に入ってきたら沈める、敵兵が上陸してきたら撃ち返す、という意味になります。
 いま流行りのミサイルで言えば、ミサイルが日本に向かってきているのであればそれを打ち落とすコトはできます。
 しかし敵機であろうと敵船であろうと敵兵であろうとミサイルであろうと日本に攻撃をしてきたとしても、それを理由に相手国に日本側が攻め込むコトは出来ませんし、盾の役割を超えるような反撃もするコトは出来ません
 それが専ら守る防衛、「専守防衛」です。
 
 おそらく世界的に見てもこのような防衛概念はとても特殊でしょう。
 そもそも人間的と言っていいでしょう、普通の感覚を持っていればこのような防衛概念というのはあり得ません。
 だって、相手が殴ってきても、それを両手でガードしたりよけたりするのは出来るけど、こっちは殴ってはいけないと言っているワケですから、これはけっこう無茶な話なワケです。
 ですから、日本人の中にも憲法はさすがに知ってるけど専守防衛の概念は知らなかったという人もけっこういるみたいで、だから安易に外国を攻めてしまえと言っている人もいるのでしょう。
 でも日本という国は、何があっても、極論敵国が核兵器を撃ってきたとしても、その国を攻めるコトは出来ません。
 それが日本の防衛概念「専守防衛」なのです。
 
 この概念というのは、当然の話ですが自衛隊においても徹底されています。
 局地的白兵戦でもそうです。
 なんと自衛隊の隊員は、いくら目の前に守るべき民間人がいたとしても、それだけでは「敵と思わしき人物」を攻撃するコトはできません。
 100%敵であると証明できるのであれば攻撃も出来ますが、普通そんなコトは不可能ですよね。
 唯一それが出来るとしたら、相手が自分を攻撃した時です。
 こうなれば100%その相手が敵と証明できますから、ここでやっと防衛行動が取れるようになるのです。
 ですから自衛隊というのはそういう場面を想定して、「敵と思わしき人物」がいる場合にはまず自分を標的にして相手に先に発砲をさせてその後防衛行動をとる、というウソのような話を本当に訓練しているのです。
 これが日本の「専守防衛」なのです。
 
 なぜこのような概念が成り立ってしまっているのでしょうか。
 もちろん大元は憲法9条です。
 憲法9条では戦争と武力の放棄を謳っていますから、最低限「相手を攻撃する武力」は持てないと解釈されています。
 さすがに「自分を守る盾」までを放棄する、相手が殴ってきたら黙って殴られろというところまでは放棄しているワケではないと解釈されていますが、だからこそ「相手を攻撃してはならない」とここのラインだけはハッキリと解釈されているワケです。
 つまりそれが「専守防衛」という概念を生み出しているんですね。
 
 まずこれが日本の防衛戦略の基本的前提です。
 よって、いくら北が日本の、仮に今回のミサイルが領海に落ちていたとしても、直ちに日本が反撃できるというワケではありません
 国際法では反撃できるという可能性は出てきます(詳しくはこの前の更新を)が、日本の憲法内ではおそらくこれは難しいでしょう。
 仮にミサイルが日本の領土に落ちていて人命が失われていたとしても、では陸上自衛隊を派兵して北朝鮮領土に攻め入りジョンイルを拘束する、という行為は出来ません
 世論は沸騰するでしょうけど、しかし専守防衛とはそういう概念なのです。
 
 ただし、この辺はやはり概念という曖昧な存在ですから、どこまでハッキリと線引きが出来るのかという部分については議論が残るところもあります。
 先ほどの「もしミサイルが日本の領土に落ちたら」という話で言えば、陸上自衛隊の派兵は出来ないでしょうけど、相手がミサイルを発射前にそのミサイルへの攻撃というコトなら出来るかもしれません。
 というのも平成16年に「武力事態対処法」という法律が出来まして、この法の中には「先制的自衛権」という概念があり、「明らかに我が国を標的としているミサイルの燃料が注入されているのが確認出来たら、それを攻撃するコトは可能」になったのです。
 平成16年3月25日の予算委員会で当時の防衛庁長官だった石破茂先生も次のように答弁していらっしゃいます。

 例えて言えば、ある国が我が国に向けて、東京を火の海にしてやるというふうに宣言をし、東京に向けてミサイルを発射せよというような指令が下り、そしてミサイルが直立をし、燃料が注入をされたという状況を考えたときに、それは実行の着手というふうに評価を法的にされる場合があり得るということでございます。
 そして、自衛権の発動というのはいつなのかといえば、それは、おそれでは足りない、しかし被害を受けてからでは遅い。いつなのかといえば、それは着手した時期である。

 これは「相手の国の領域には一切手を出せない」としていた専守防衛の概念を大きく変更する法律なんですね。
 
 しかしこれも問題はあります。
 というのも、この「先制的自衛権」を発動させるためには条件がありまして、それは何かと言えば、先ほども言いましたように「明らかに我が国を対象としている」場合に限って先制的に攻撃が出来るコトになっているという点です。
 ハッキリ言ってこれは現実的には非常に難しいと言えるでしょう。
 石破先生の言葉でも「東京を火の海にしてやるというふうに宣言をし、東京に向けてミサイルを発射せよというような指令が下り」とおっしゃっていますが、普通「東京を火の海にしてやるというふうに宣言」なんて敵を利するような宣言なんてしないワケですし、まして「東京に向けてミサイルを発射せよというような指令が下り」なんて、スパイや盗聴でもしていない限りこんな敵の最重要機密を知るコトなど出来るハズがありません
 今回の北のミサイルだって、結局は日本のEZすら入らなかったワケで、むしろ着弾地はロシアの方が近かったのですから、結果論的に言えば今回の北のミサイルは「明らかに我が国を対象としている」とは言えなかったと言えるでしょう。
 これではいくら「先制的自衛権」が存在していたとしても、現実的には日本は北のミサイル基地を攻撃は出来ないのです
 ではどういう時に「先制的自衛権」が行使できるのか、「明らかに我が国を対象としている」と言える事態になるのかと言えば、これはやえの私感ですが、おそらく「明確に開戦している状態」の場合だと思います。
 明確に開戦している場合において角度的に日本の方角を向いている敵のミサイルであれば、まぁ「明らかに我が国を対象としている」と言えるでしょうから、この場合に限って燃料注入の段階で日本がミサイル基地を攻撃するコトは出来ると思います。
 しかし逆に言えば、このような状況以外では不可能だとやえは思っていますし、そもそも明確に開戦状態とはすでにミサイルが一発以上は打ち込まれている状況だと言えますので、やっぱりこの概念でもミサイルを完全に防ぐというコトは出来ないと思います
 
 もちろん日本国土が攻撃され人命が損なわれるような事態になれば、それはアメリカによって反撃がなされるでしょう。
 そう日米安保条約に明記されている以上は、アメリカはそれを遂行する義務があります。
 しかし、日本はそれが出来ない、少なくとも航空自衛隊が敵国の領空に潜入し敵基地の攻撃は出来ません(そもそもそんな能力は物理的に持ち合わせていませんし)し、陸上自衛隊が敵国に上陸して敵兵を撃ち敵の総大将を捕縛するという作戦をとるコトは出来ません
 それが日本の専守防衛なのです。
 
 もうひとつ例外的なモノがあって、例外というのもアレですが、上の方で出しました白兵戦における自衛隊員の専守防衛的な防衛行動ですが、この場合は反撃は出来ます。
 つまり、向こうが先に撃ってくれば、自衛隊員の方は発砲はできるコトになっています。
 これはなぜかと言えば、この時の発砲というのは軍事的な防衛行動というよりも、ただの正当防衛にあたるからです。
 いくら日本は憲法9条があるといっても、人間的には正当防衛は認められているワケで、そして正当防衛とはある程度の範囲内で敵に対して反撃をしていいとされているワケですから、この正当防衛に基づいて自衛隊員は白兵戦においては反撃ができるコトになっています。
 これも石破長官がイラク派兵当時の国会委員会答弁で答えていらっしゃいます。
 確かこの時のやりとりは、民主党のあまりにも理解力が無いというコトで当サイトでも取り上げた記憶があります
 このように、自衛隊員としては撃たれれば反撃は出来るコトにはなっています。
 
 ただし一応確認しておきますが、正当防衛という言葉はあくまで人間に対して与えられている概念であって、これが国家になると正当防衛とは言わなくなります。
 普通はそれは自衛権とか言うワケですが、日本はその自衛権をかなり抑制してしまっているんですね。
 だから、自衛隊員という人間が正当防衛行為をするコトは出来ても、それがそのまま国家に当てはまるというコトではありません。
 また、正当防衛という概念は行き過ぎた行為を禁じていますから、例えば相手が素手なのに防衛する方が刃物で相手を殺してしまったら過剰防衛ですね、このように過剰防衛にならないように自衛隊員が持つ銃器はどのぐらいの大きさまでに規制するか、どこまでが正当防衛でどこからが過剰防衛になってしまうかなんて話を真剣に国会で議論されていたりします。
 拳銃はいいけど、機関銃は駄目だ、とかですね。
 こんな、これほど机上の空論という言葉が当てはまる議論もないですが、それでもそれを行わなければならないのが日本の現状なワケです。
 それが専守防衛なのです。
 
 
 日本はこんな現状です。
 ではこんな日本の現状は、一体だれの責任なのでしょうか。
 それは日本国民全員です
 全ての日本国民が日本国民としていまの憲法を認証し、結局改正が出来なかったという現実に対し、全日本国民にこの現状の責任があるのです。
 いま、政府に対して弱腰だ弱腰だだから駄目なんだと、はやく北を攻めろと勇ましく言っている人がけっこういますが、これはあまりにも無責任すぎ、責任転嫁しすぎだと思います。
 日本政府はこういうコトしか出来ないと定められているワケで、手足を縛られているワケで、そしてのその手足を縛っているのが他でもない国民自身なのです
 自分で手足を縛っておいて「なんで手足を出さないんだ」と批判している姿というのは、どこまでも矛盾してしまっていると言えるでしょう。
 もし本当に手足を出さなければならないと思うのであれば、やるべきコトは「では縛っている手足をほどく」という行為であるハズです。
 そしてその行為とは憲法改正に他なりません
 
 やえは今回の件に対して決して思想的にも政府の行動が正しいんだと、絶対に北を攻めてはならないと言っているワケではありません。
 やえは、もっと日本政府が出来る行動の選択肢を増やすべきだと思っていますが、それをするためにはまずは「縛っている手足をほどかなければならない」と言っているに過ぎなのです。
 いくら思想と政治が別だとしても、しかし自分で手足を縛っておいて「なんで手足が縛られたままなんだ。もっと手足を出せ」という拷問じみた矛盾を言うのは、あまりにも身勝手すぎる行為でしかないのではないでしょうか。
 
 この前やえは「怒りは必要です」とは言いましたが、同時に「冷静に物事を見なければならない」とも言いました。
 怒りは行動原理のエネルギーとして必要であり、この怒りを忘れてはいけないと思いますが、しかしだからといって無茶苦茶を言ってもいいワケでは決してありません。
 怒りを保ちつつ、しかし同時に冷静にいま日本が何が出来るのかを見極める必要があります。
 そしてやえは今日本に一番必要なのは、憲法改正であり、自衛隊を国軍とするコトだと思います。
 日本はまずそれをしなければ、日本は一歩どころか半歩すら前進できないのです
 日本政府は弱腰な態度しか示せない絶対に戦争できないと思われているから北になめられているんだ、なめられないために強気にでるべきだと主張する人がいますが、それは違います。
 なめられているのは日本国民です。
 それを忘れてはいけません。
 
 日本人自身が専守防衛という鎖でもって日本を縛っている事実をまず見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
 

     
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平成18年7月12日

 「自衛のための敵地攻撃」が出来ない3つの理由

 北のミサイルのせいで急に国防意識が芽ばえたのか、国会議員の中だけでなく国民の間からもMD(ミサイル防衛システム)だけでない、先制的に相手のミサイルを発射前に叩けないのかという議論、いわゆる「自衛のための敵地攻撃」論が巻き起こっています。
 永田町では先端を切った形を取ったのが防衛庁長官の額賀先生であり、一昔前なら確実にクビが飛んでいるような発言であるのですが、いまはこれぐらいは当然のように認められています。
 なかなか隔世の感があるワケですが、しかしそもそも議論自体が許されないという空気はあまりにも間違っていたワケですから、こういう議論はどんどんしていきたいですね。
 
 右も左も逝ってよし!!
 バーチャルネット思想アイドルのやえです。
 おはろーございます。
 
 では今日は、その日本のミサイル発射についてのやえの考えを述べたいと思います。
 
 まず最初に言っておかなければならないコトがあります。
 それは、今回述べる「自衛のための敵地攻撃」と、昨日などで述べました「先制的自衛権」は別の概念であるというコトです。
 なかなかこのふたつは似たような概念であり、また名前もかなり似てますので、というかそもそも「自衛のための敵地攻撃」という名前は正式なモノではありませんから、混同している人も多いと思います。
 おそらくマスコミも始め、国会の議員さん達でもよく違いが分かっていない人が多いと思いますが、これはハッキリと違うというコトをまず意識してください。
 というのも、「先制的自衛権」とはこの前もお話ししましたように武力事態対処法で定められているような、我が国に対する明確なミサイル攻撃に対する先制的な自衛攻撃」を指しているワケであり、つまりこれはもはや議論される必要もなく合法だとすでに国内において整理されていますから、いま改めで議論しても無意味な話でしかないのです。
 当時の防衛庁長官である石破先生の答弁も紹介しましたね。
 一方いま新しく議論しようとしているのは、まぁハッキリした概念は人によって違うのでしょうけど、少なくとも「先制的自衛権」を超えた概念であるのは確かです。
 だって「先制的自衛権」と同じ概念なら議論する必要もない、既に運用可能(物理的にその能力があるかどうかは別ですが)な概念なのですから、それを超える概念ではないと議論する意味がないからです。
 実際のところ、この違いを分かっていない人が多いみたいですし、さらに言えば「先制的自衛権」に対してすらすでに法整備整理が終了しているというコトも知らない人がかなりいるみたいですが、まずはこの辺はこのように整理されているというコトを知っておいてください。
 その上で今日の更新文章をお読み下さい。
 
 
 では、「自衛のための敵地攻撃」について述べていきますが、結論から言いますと、今の日本ではこれは無理だと思います
 不可能です、出来ません。
 それには3つ問題があると思います。
 
 
 1つは言うまでもなく憲法の問題です。
 昨日の更新でも専守防衛のお話をしましたので繰り返しになってしまいますが、憲法上日本が持てる戦力というのは盾の役割を果たすモノまでであって、攻撃を主とした矛は持てないコトになっています。
 確かにこの問題に関しては色々な人が様々な意見を言っているワケで、法律や憲法は解釈によって人によって色々と見方があるワケですが、しかし武力の放棄が明確に書かれている以上は「矛は持たない」という線を越えてしまうともうこの条文は有名無実となってしまい、では何が「戦力の放棄なのか」という部分を説明できなくなりますので、最低この一線だけは譲れないのです。
 逆に言えばいまなぜ日本の自衛隊の存在が許されているのかと言えば、「矛を持たない」という概念が憲法9条の「戦力の放棄」を担保しているからなのです。
 「戦力の放棄」は具体的に何を示すのかを説明できる状態にあるからこそ、逆説的に「それ以外は9条に接触しない」と説明できるワケで、だからこそ「戦力の放棄」を担保している「矛を持たない」という一線だけは越えてはならないのです。
 
 となれば、先制的なミサイル攻撃もこの範囲内を遵守する必要があるワケで、そしてミサイル戦略のその一線のギリギリのラインは、昨日説明しました「先制的自衛権」である「明確な相手の攻撃意思」になってくるんだと思うのです。
 「もう明確に相手が攻撃の意思があるんだから、それをさせないために攻撃能力を破壊するのは防御である」と言うのは、日本語的にも理に適った理論だと言えるでしょう。
 そして昨日言いましたように、「相手の明確な攻撃意思」をどう証明するのかと言えば、それは「すでに開戦状態である場合の日本に向かっているミサイルへの燃料注入」以外ちょっと考えれないワケです。
 もしくはスパイを送り込んでいるか、もしくは盗聴とかでもしていれば別ですけどね。
 この場合ならいまの憲法下でも可能だと思いますし、それは国会審議でも明らかになっているワケです。
 
 しかし今の議論というのは、それを超えて相手のミサイルやその基地を破壊しようというモノですから、それは今の憲法では無理だとやえは思います
 それを超えてしまうコトは、憲法9条に接触する行為です。
 ここを超えてしまうと、もはや憲法は有名無実の存在になりますから、法治国家である以上はそれはやってはならないコトです。
 
 現状では、世界的に見て自衛権を限定している形の日本国憲法がある限り、防御を超えた矛を持つコトになる「自衛のための敵地攻撃」は無理なのです。
 「自衛のための敵地攻撃」を可能とさせたいなら、憲法を改正するしかないでしょう。
 
 
 2つ目は、国連と国際社会へ理解されるかどうかという点です。
 国際社会の中でもまだまだ先制攻撃については議論が分かれるところです。
 特にアメリカがイラクに対して自衛を理由とした先制攻撃をしかけてしまいましたから、半ば「先制攻撃」という言葉に対して過剰反応してしまうような人や国も無いとは言い切れない状況になっており、これはよほど慎重に話を進めなければならないのではないかと思っています。
 これも前の更新で触れましたが、国際法では何を持って相手への攻撃と見なすかという部分については、特に明確な定義があるワケではなく、あるとしたら国連決議が基準です。
 つまり、国連決議がなされればどんな行為だろうと相手への攻撃と見なされますし、逆に国連決議がなされなければ例え国土にミサイルをぶっ放されようとも攻撃とは見なされなくなってしまいます。
 よって自衛のための敵地攻撃を行うためには、その行動が国際常識的に見て正当であると認められる必要があるワケです。
 日本が北朝鮮のミサイル基地をこの段階で攻撃したとして、それを国際社会が認めるか認めないか、認めたら合法であり、認められなかったら国際法違反であると、そうなるワケですね。
 
 この場合現段階でどうなのかと考えたら、やえはちょっと難しいと思います。
 「自衛のための敵地攻撃」は、日本がこの段階でミサイル等を北の基地にぶち込んだとしても日本が先制攻撃&宣戦布告をしたのではない=正当な自衛行動であると主張する行為ワケですから、国際世論に対しても相当強い「日本の危機」を証明しなければなりません。
 しかしアメリカのイラクの時の例を見れば分かるように、今の国際ルールだと曖昧な部分が多すぎるために、またそれぞれの国の事情によっても意見が変わってきますから、なかなか現実的に難しい場合も多々あるかと思います。
 少なくとも中国なんかはなにをやっても反対してくるコトでしょうしね。
 
 だからミサイルの問題に関してだけ言えば、ひとつ明確なルールを作ればいいんじゃないかとやえは思っています。
 そのルールとは次のようなモノです。
 
 ・そのミサイルの射程距離に入っている全ての国へ事前に告知し了承を得ていない段階でミサイルへの燃料注入などの発射準備をした場合、周辺国はそのミサイルと基地に限って攻撃し無力化させて良い。
 
 こうすれば少なくともミサイルの驚異は防ぐコトができるようになるでしょう。
 そしてこういうルールさえ作っておけば、それは自衛のための敵地攻撃(正確には「敵基地攻撃」と呼んだ方がいいでしょう)への国際世論のコンセンサスを得られたと明確に認めるコトができるようになると思います。
 
 ただし、言うまでもないですけど、現在国連においてはこのようなルールは存在しません。
 このようなルールができていない以上は、特に北のミサイルとは無縁の国なんかから、「自衛のための敵地攻撃」を暴発的な先制攻撃とみさなれてしまう可能性も否定できません。
 まして中国とかロシアとかどうやっても認めないでしょうしね。
 ですから、こういう国際ルール、国際世論のコンセンサスをちゃんと得られるような環境作りも、自衛のための敵地攻撃が可能になるためには必要な作業だと思います。
 
 
 3つ目は、それをやってしまえば有無を言わさず全面戦争状態に陥ってしまうからです。
 と言っても誤解して欲しくないのは、公明党の神崎代表が言っているような、戦争という状態そのものを忌避するといった、戦争それ自体にならないために自衛のための敵地攻撃をしてはならないと言っているワケではありません。
 やえが言いたいのは、戦争をするという選択肢は捨ててはならないと思っていますが、しかしやるからには絶対に勝たなければならない、必ず勝つと分かるまでは戦争はしてはならないというコトなんです。
 勝てない戦争などは絶対にやるべきではありません。
 やるからには必ず勝つ必要があります
 
 しかし残念ながら今の日本は戦争をしたところで勝てません
 いくら相手が北朝鮮であろうとも、例えアフリカとかの貧困国と戦争をしたとしても、それでも日本は勝てません。
 なぜかと言えば、日本は相手を攻撃する能力がありませんし、そもそもそれは憲法で攻撃は認められていないからです。
 昨日の更新でも述べましたように、日本は相手の攻撃を防ぐ盾は世界一の能力を持っていますが、反面相手を直接叩く能力は皆無に近い能力でしかありません。
 しかし戦争に勝つためには、相手の総大将を捕まえるか、相手の攻撃能力を0にするか、もしくは相手の戦意を喪失させるかさせなければならないワケで、そしてそれらは全て相手を直接攻撃しなければ達成されないのです。
 変な例え話かもしれませんが、ドラえもんの幻の最終回と言われファンの間でも最も評価の高いドラえもんが未来に帰ってしまうという回では、のび太君はドラえもんが安心して未来に帰れるようにとジャイアンにケンカを挑んで勝つというシーンがあるのですけど、そのシーンですらボコボコにされながらものび太君はジャイアンを最後の最後はしがみつきながらもひっかき攻撃をしているんですね。
 確かに相手の攻撃をことごとく防いでいればある程度は戦意を喪失させられるかもしれませんが、しかし最後の最後に敗戦を覚悟させるためには、やはりなんらかのキッカケが必要なワケで、それには攻撃をするという行為が必要不可欠なのです。
 ですから、戦争になれば日本は負けないという状態にはできる可能性はあるかもしれませんが、しかし決して勝てない国でもあるのです
 
 そう言う意味から、日本はいま現在の状態では戦争を決してしてはならないのです。
 勝てない戦争などやってはならないのです。
 理由はどうあれ「自衛のための敵地攻撃」という行為は外国にミサイルをぶっ放す行為に変わりありませんから、そこまでしておいて相手が黙っていると考えるのはあまりにも甘すぎる考えです。
 ですから、いくら防衛的な行為だとは言え、相手の軍事基地を攻撃する以上は戦争を仕掛けられる攻撃を受けるそして戦争をする覚悟と準備をしておかなければならないのです。
 それが最低条件です。
 繰り返しますが、やえは戦争はするなとは言いませんし、時にはそれぐらいの覚悟を持って戦争も辞さない行為も国を守るためには必要だと思いますが、しかし戦争をするからには必ず勝たなければなりません。
 そして残念ながらいまの日本では戦争には勝てないのです。
 
 確かに戦争になればアメリカは攻撃してくれるでしょう。
 しかし、日本がミサイルをぶっ放すだけぶっ放しておいて、じゃあ後は任せましたと言うのは、これはさすがにどうかと思います。
 もちろん条約上はそれも可能なワケですが、だから形上はちゃんと代理戦争してくれると思いますけど、それでもやっぱりアメリカにとっては心の中で引っかかるモノはあるでしょう。
 戦争するのは人間なワケですからね。
 ですから、ミサイルをぶっ放して「じゃあ一緒に戦いましょう」と言うのなら全面協力してくれるでしょうけど、ぶっ放すだけぶっ放して「後は任せた」ではあまりにも無責任すぎる行動だと思います。
 
 それから、これは日米安保体制そのものにも言えるのですが、仮に敵がアメリカであった場合は対処しようがなくなってしまいます。
 誰の言葉か忘れましたが「仮想敵国とは全ての外国である」という言葉がありますように、防衛戦略とは基本的な本質は最終的にはこういうコトを指し示すモノだとやえは思います。
 ですから、日本もこういう視点を持って国防に当たるべきでしょう。
 また、日本が防衛と思って攻撃したけどアメリカはその行為を防衛とは見なさい、というような日米の意思の統一が図られなかった場合というのも考えられます。
 その場合はアメリカは代わって攻撃はしてくれないでしょうね。
 小泉ブッシュ体制ならこういうコトはないでしょうけど、そうでない場合もこの先必ず出てくるでしょうから、国防を真面目に考えるのであればそういう場合でもちゃんと日本が防衛行動をできるような体制は整えておく必要があるのではないでしょうか。
 「自衛のための敵地攻撃」はその名の通り自衛行動であるワケなのですから、最低限日本だけでなんとかやれる体制は必要だと思います。
 
 そしてそれらが可能になるためにはどうしたらいいのかと言えば、もはや言うまでもないでしょう、憲法改正しかないのです。
 憲法を改正し、少なくとも専守防衛ではない普通の国が持っている自衛権、それは集団的自衛権も含めた自衛権を認め、普通の国と同じように戦争ができる国にしておく必要があるのです。
 しかし現在の日本はそうではありませんから、この点からしても自衛のための敵地攻撃は不可能だと思います。
 
 
 この3点において今の日本においては「自衛のための敵地攻撃」はできないとやえは判断しています。
 まぁ結局は憲法改正が大前提になるワケでして、後は国連と国際社会のコンセンサスを形成する必要があるというところでしょう。
 勇ましく「敵を攻撃しろ」言うだけなら簡単ですが、しかし現実はそう簡単ではありません。
 現実世界ではこういう問題をひとつひとつクリアしていく必要があるワケで、そしてこれらを解決するためには国民的な意志が必要です。
 攻撃できる能力は必要だ必要だと言うのはいいんですが、まずはこういう実際にある問題に国民は目を向けて欲しいとやえは思います。
 

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