西村修を見よ!!

新日本プロレスの西村修を見よ。
彼はガンに侵されている。
1990年に新日に入門してから、93年の新日新人戦のようなものに当たる「ヤングライオン杯」に準優勝し、将来のエース候補の一人だった。
しかし98年、突然ガンが発覚する。
彼は命を取るかプロレスを取るか究極の選択を迫られプロレスを取ったのである。
そして今年6月にプロレス復帰を果たした。

現在のプロスポーツ、しかも格闘技で、ガンに侵されながらでも選手としてプレーを許されるスポーツがあるだろうか。
最近安全面ばかりを気にして何かを忘れてしまっている人間が多くなってしまった。
しかしプロレスは知っているのだ。
命より大切なモノがある、ということを。
西村の病気は治ったわけではない。
いつ死ぬかも分からない。試合中に、リング上で急死するかもしれない。
それでもリングに戻ることを決めた西村と、それを許したプロレス。
小説やドラマ、勝つことだけを目的としたスポーツなど、それら全てを超越したモノがこのプロレスにはあるとオレは思う。

はっきり言って今の西村はプロレスを見せられる体の状態ではない。
ヘビー級のレスラーということで、公式HPのプロフィールには体重105Kgとなっているが、これほど体重があるとは思えない。
練習不足も否めない。
ここまで言うのもなんだが、Jrヘビーのライガーや金本と闘っても勝てるとは思えないし、普通なら客が満足できる戦いも見せることが出来ないと思う。
それでも今の西村には客を引きつける力がある。
もちろんそれはガンに侵されているという事情から来る同情や、病魔と闘う姿から来る感動とかもあるだろう。
しかしオレには別のモノに惹かれている。
それは日本人特有といっていい「滅びの美学」というものである。
西村はプロレスを通して「滅びの美学」を体現しているのだ。
基本に返ったレスリングスタイル、体重が無く逆に痩せているからこそさらに美しく見えるブリッジ、同じく痩せているからこそさらに長く見える手足で相手を絡めるコブラツイスト。
病気だからガンだからいつ死ぬか分からないからこそできるプロレスを西村はやっているのである。
感動や情熱や楽しさ美しさを魅せるプロレスの中で、オレは西村に儚さを感じ、滅び行く美しさを感じている。
2000/08/29

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