それでは、現法律案についての中身に移りたいと思います。
なお、これから書くコトに関しましては、4月8日に自民党の法務部会で提示されました修正案を含んだモノを「人権擁護法案」と呼びます。
よって、衆議院のサイトなどで公開されている、今国会以前に提出された法案とは中身が多少変わっていますので、ご注意ください。
この法案についてはいろいろと問題点が指摘されているワケですが、まず根本的な話から入りたいと思います。
それは、「この法案が成立したらどう変わるのか」というコトです。
具体的に言いますと、現状でも人権を侵害するコト、差別をするコトというのは、倫理的にも法的にも許されない行為であるのは間違いないところでして、よってではこの法案が成立した後に人権侵害をしたらどうなるのか、というところに「どう変わるのか」という点を見て取れるのだと思います。
現行法では、人権侵害があった場合には、刑事・民事の裁判があり、侵害者には刑事罰が加えられ、被害者は名誉回復や損害賠償を請求する行為をとるコトになります。
では、この法案が成立したらそれがどう変わるのか、という話ですね。
この法案で、現行から最も変わる点、それは「救済手続」です。
人権が侵害された場合、今までのような時間も手間もかかるような裁判という手段ではなく、その一歩手前の段階にて、行政手続によって迅速に侵害から救済しようというのが、この法案の一番重要な趣旨になっています。
それは第一条からも見て取れます。
(目的)
第一条
この法律は、人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防並びに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。
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この法案でまずいちばん最初に明記してあるのが「被害の適正かつ迅速な救済」です。
ここからも、救済手続がこの法案のキモであるコトが分かると思います。
それでは、救済手続について条文を読んでみましょう。
まず、救済手続には「一般救済手続」と「特別救済手続」という2種類の手続があるのですが、前置きとして第三十八条にこのような条文をおいています。
(救済手続の開始)
第三十八条
何人も、人権侵害による被害を受け、又は受けるおそれがあるときは、人権委員会に対し、その旨を申し出て、当該人権侵害による被害の救済又は予防を図るため適当な措置を講ずべきことを求めることができる。
2 人権委員会は、前項の申出があったときは、当該申出に係る人権侵害事件について、この法律の定めるところにより、遅滞なく必要な調査をし、適当な措置を講じなければならない。ただし、当該事件がその性質上これを行うのに適当でないと認めるとき、不当な目的で当該申出がされたと認めるとき、人権侵害による被害が発生しておらず、かつ、発生するおそれがないことが明らかであるとき、又は当該申出が行為の日(継続する行為にあっては、その終了した日)から一年を経過した事件に係るものであるときは、この限りでない。
3 人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、職権で、この法律の定めるところにより、必要な調査をし、適当な措置を講ずることができる。
4 人権委員会は、この法律の定めるところにより調査をした結果、人権侵害による被害が発生し、又は発生するおそれがあると認められないことその他の事由によりこの法律の規定による措置を講ずる必要がないと認める場合において、当該調査を受けた者から当該調査の結果についての通知を求める旨の申出があったときは、当該申出をした者に対し、当該調査の結果を通知しなければならない。
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この条項は、改正された(される予定の)部分が多く含まれています。
人権侵害があった場合は人権委員会に申出をし、申出を受けた人権委員会は救済や適切な措置をとならなければならないと定めている一方、不当な目的で申出がされたときには即刻突き返し、さらには申出をした人間に「人権侵害ではありません」と通知を出さなければならない、と定められている条文です。
また、「一年を経過した事件に係るものであるとき」と定められていますので、例えばいわゆる“従軍慰安婦問題”も、この法では当てはまらないコトになりますね。
やえはこの「措置を講ずる必要がないと認める場合」における申出者に対する通知というモノも、氏名や内容等公開するなどして、誤った申出に対しては一定のペナルティを与えるべきだと思っています。
そんなコトをしたら本当に申し出なければならない人が萎縮してしまって申し出られなくなってしまう、という意見が出てくると思うのですが、しかし逆に被告人(法律用語的には被告人は適切ではないのですが、加害者というと処分決定前の段階においては適切ではないと思いますので、当サイトでは訴えられた人いう意味においての被告人と呼ぶコトにします。以下同)とされた人は強制的に被告人にされてしまうワケでして、被告人は選択の余地は無いワケですから、だからこそ同じぐらいのプレッシャーは申出者も受けるべきです。
本当に自分が救済が必要だと感じるのであれば、ペナルティーを受けるコトはないハズなのですから、堂々と申出をすればいいのです。
しかも、その前に後述する人権擁護委員によって、被害者は申し出する以前から様々な相談などを受けているハズですから、その点において、すでに被害者であるという立場は十分に保護されていると言えるでしょう。
もちろん申出する内容によっては、被告人に対して強制力を持たないような措置になる場合もありますので、全て場合において氏名公開などする必要はないと思いますが、しかし被告人に対する処分と同等のレベルで、間違って申出した場合には、ペナルティーを課すべきだとやえは思っています。
また後で詳しく書くコトになると思うのですが、やえが現時点でこの法案に最も疑問を持っている、誤った告発をされた場合の救済措置が全く定められていない、という点を補完する意味においても、この不当申出者のペナルティーは有効だと思いますので、ここは是非シッカリと整備してほしいところです。
では、まず一般救済手続について見ていきましょう。
(一般救済)
第四十一条
人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、次に掲げる措置を講ずることができる。
一 人権侵害による被害を受け、又は受けるおそれのある者及びその関係者(第三号において「被害者等」という。)に対し、必要な助言、関係行政機関又は関係のある公私の団体への紹介、法律扶助に関するあっせんその他の援助をすること。
二 人権侵害を行い、若しくは行うおそれのある者又はこれを助長し、若しくは誘発する行為をする者及びその関係者(次号において「加害者等」という。)に対し、当該行為に関する説示、人権尊重の理念に関する啓発その他の指導をすること。
三 被害者等と加害者等との関係の調整をすること。
四 関係行政機関に対し、人権侵害の事実を通告すること。
五 犯罪に該当すると思料される人権侵害について告発をすること。
2 人権委員会は、委員、事務局の職員又は人権擁護委員に、前項第一号から第四号までに規定する措置を講じさせることができる。
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また、この一般救済手続を行う前段階として、人権委員会は調査等をするコトができるようになっています。
(一般調査)
第三十九条 人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防に関する職務を行うため必要があると認めるときは、必要な調査をすることができる。この場合においては、人権委員会は、関係行政機関に対し、資料又は情報の提供、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる。
2 人権委員会は、委員、事務局の職員又は人権擁護委員に、前項の調査を行わせることができる。
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ではまず、救済の方を見ていきます。
第四十一条で定められている救済方法をザッと書き出しますと、「助言」「関係団体への紹介、あっせん」「人権尊重の理念に関する啓発、指導」「両者間の調整」「行政機関への通告」「告発」です。
最後の「告発」に関しましては、「犯罪に該当すると思料される」場合のみです。
まぁ、当然と言えば当然ですね。
「助言」「関係団体への紹介、あっせん」「行政機関への通告」につきましても、これは被告人に対しては関係ない話でして、特に問題は無いでしょう。
「人権尊重の理念に関する啓発、指導」は、むしろ後述する人権擁護委員の仕事になるんじゃないかと思うのですが、この救済手続は擁護委員でも行えるコトになっていますから、まぁ適切だと言えるでしょう。
最後の「両者間の調整」ですが、これは後述する「特別救済手続」における「調停及び仲裁」とのかねあいから、「調整」とはかなりゆるやかになるものになると思われます。
すぐ下の「調査」についてのところでも書いてあるのですが、一般救済手続には強制権を持ちうるような措置は存在しませんので、調整と言っても、ほとんど「話し合い」のレベルなのだろうと思われます。
さほど気にするほどのコトでもないでしょう。
次に第三十九条に定められている調査についてですが、条文にはこれしか書いていません。
職務を行うため必要があると認めるときは、必要な調査をすることができる。この場合においては、人権委員会は、関係行政機関に対し、資料又は情報の提供、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる
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つまり、どのような行為までを調査とするのか、あまり明確ではないんですね。
ただ、前後の条項から想像するに、おそらくは、事実関係の確認が主になるのではないでしょうか。
「本当に被告人は被害者が訴えるような言動をとったのかどうか」という確認が主になるでしょう。
よって、関係行政機関に対し、資料請求できるというのも妥当だと言えます。
あくまで行政機関に対してのみであり、民間は対象になっていませんので、例えばプロバイダーからIPの開示を求めるといったようなコトは不可能です。
ちなみに、よく問題視されている「立ち入り調査や物品の押収、またそれを拒否した場合の過料」ですが、それは一般救済手続には規定されていませんし、過料も第三十九条には当てはまらないコトになっています。
となれば自動的に、人権委員会が強制的に何かを求めたりするコトは出来ないとなるワケです。
ですから、さきほど述べました「調査」についても、呼び出しや立ち入り物品の押収などは行われないコトになりますから、やはり「調査」は「事実関係の確認」ぐらいになるのではないかと思われます。
当然の話ですが、この場合において氏名の公開なども行われません。
それはその内容が規定されている第六十条においても明確です。
結局、一般救済手続というモノは、救済と言ってもかなりゆるやかなモノであり、基本的には人権啓蒙活動や、最も踏み込んだとしても「まぁまぁ、それは人権侵害だからやめるべきですよ」と言うぐらい程度にとどまるコトになるでしょう。
唯一強い行動と言えば「告発」となるでしょうが、しかし告発はある意味誰でも出来る行為ですし、裁判になればあとは裁判所の権限下におかられるワケですから、それが問題とは言えないでしょう。
逆に言えばそれ以上の権限は認められていませんのでそれ以上はなにも出来ないワケでして、犯罪性が無く、意見の相違である場合においては、普通に人権委員会や被害者との議論が可能であるでしょうし、その場合は「調整」というコトになるのでしょう。
基本的には犯罪性が高い場合を除き、全て「話し合い」で終わる程度と考えて差し支えないと思います。
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