敷金を返せ!!〜敷金返還闘争記〜


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第二章 カウンターパンチによる敗北

 当日、オレは「そんな必要はない」と言い張ったのだが、どうしても彼女君が「掃除をした方がよい」と言うので、渋々早めの時間に部屋に行って掃除をすることになった。
 2時間程度掃除をして、その30分後に立ち会い業者が到着する。
 「こんにちわ。私T◎HT◎不動産の山田(仮名)です。こちらは工事担当の○○です。よろしくお願いします」
 「なに、相手も二人か。しかも契約を結び管理してたT◎HT◎不動産が来るとは思わなかったな。こちらはもう一人が女だから不利だなぁ。」なんて意味不明なことを考えながら、オレは自分の頭を戦闘モードに切り換えようとしていた。
 「工事担当の者がちょっとお部屋を見させて貰いますので、その間説明をさせていただきます。」
と山田氏は、書類を出しながら、部屋にはテーブルも何もないので床に座ったので、オレもその前に座る。
 説明は形式的なもので、家賃や敷金の金額の確認、書類のサインの確認などである。
 その後、工事担当の者がだいたいの必要工事場所の目星をつけ、それを書類に書いて山田氏に渡した。
 オレはまず明細を向こうに書かせて先制パンチを食らわしてやろうと思っていたのだが、何も言わずに向こうから明細を書き始めたので、肩すかしを受ける格好になってしまった。
 山田氏がそれを見せながら一つ一つ説明をする。とりあえずオレは全てを聞くことにした。

1.キッチン壁のクロス張替(100)
2.キッチン天井のクロス張替(100)
3.トイレ壁のクロス張替(10)
4.トイレ天井のクロス張替(10)
5.洋室壁のクロス張替(100)
6.洋室天井のクロス張替(100)
7.洋室のCF(フローリング)張替(20)
8.トイレのCF張替(20)
9.洋室・トイレの壁下側のクッション(コピーが汚くて名称が分からない)(20)
10.室内清掃(100) 

(かっこ内はオレ側の負担割合%)

 ちなみにオレの前の部屋は1DKである。
 なんと、これの合計金額は、オレが預けておいた敷金を超えている。つまり、オレがさらに不動産屋に金を支払わなければならないのだ。
 しかし、オレはこれを見て説明を聞いたとき「かかった!!」と思った。そう、室内清掃代である。
 「えー、建設省が作成しているガイドラインによると、室内清掃代というのはこちらが払う必要は全くありませんよね?
これをきっかけに畳み掛けようとした。まさに昨日まで考えていたシュミレーション通りである。
 しかしそれに対して山田氏は冷静に
 「はい。ガイドラインではそうなっています。しかし天堕さんとの契約では室内清掃は退室時にそちらに払っていただくというふうに書いてありますので

え?

 なに、契約書に書いてあんの?そんな・・・。
 オレは愕然とした。契約時には当然このような知識はなく、不動産屋は説明したのだろうが、オレはたいして聞き止めもせず流していたのだろう。全く覚えていなかった。手元に契約書はなかったが、T◎HT◎不動産がウソを付くはずはない。
 ガーン、とオレは強烈なカウンターパンチを受けた
 今までのシュミレーションが全てくずれたと言ってもいいぐらいの衝撃を受けた。
 オレはぐぅの音も出なかった。
 だがしかしここで引き下がるわけにはいかない。完全敗北だけは許されない。こんな気持ちだけを頼りになんとか気を取り直して、次の切り崩しにかかる。

天堕「こ、このフローリング代というのは何ですか?」
山田「ええと、汚れとかについてです」
天堕「でも通常使用の場合はこちらが全く払う必要はないですよね。例えば仮に私が刀か何かで床を斬りつけて傷つけたっていうならそりゃこっちが悪いでしょうから払うべきなんでしょうけど、このへこみなんてあなた方もそういうのは詳しいでしょうから分かると思いますけど、ベットのへこみですよねぇ。ベッドや冷蔵庫などのへこみは通常使用であって自然消耗にあたり、それの工事代を払わせるというのは原状回復を超えるものなんじゃないですか?」

 ここまでくると、かなり逆ギレ気味にオレはまくし立てるようにしゃべり出した。
 それに慌てたのか山田氏はこのようなことを言い出した。

山田「いや、天堕さんもよくご存じのようですけど、私どももこのような商売をしていますからガイドラインのことは勉強しています。だからへこみとかのことを言っているんじゃないです。ここの、へこみの部分にあるインクの汚れとかを見まして、そのクリーニング代として金額を提示されていただいているんです」

 インクの汚れ?
 確かに心当たりはないがインクか何かの汚れが付いている。
 そうは言ってもここで引き下がるわけにもいかないと思い、「でもこれは通常使用なんじゃないんですかぁ・・・」とオレが言っていると、なにやら彼女君が雑巾を持ち出してその部分を吹き始めた。
 また山田氏はこのようなことも言い出した。
 「私どもは中間の立場でして、この物件を所有しているのはご存じかと思いますが、セ○ワ不動産さんなんですよ。で、私どもT◎HT◎不動産はセ○ワさんの依頼を受けまして立ち会いさせていただいておりまして、この場所では金額についてどうこうはできないんですよ」
 これにはさすがのオレも頭の中にクエッションマークが付いてしまった。
 工事費とかを決めたのはアンタらじゃないか、と思いながら
 「は?意味がよく分からないんですけど」と聞き返すと、
 「ですから、私どもは第三者的な立場から、部屋の汚れとかを見て工事費を設定して、それをセ○ワさんに報告するということだけしかできないんです。天堕さんの要求があればそれはそれを聞いて持って帰るということだけで」
 今まで管理者だ、みたいな立場で事を進めてきたのに、いきなりオレがまくし立てたらそういう方向に、言い方は悪いが、逃げに入ってしまった。
 つまりオレが出す要求は、ここでは決定できなく、ただセ○ワ不動産に報告するだけ、ということらしい。オレがちょっと怒り気味になったので、こう言ってひかせようとさせる作戦なのかもしれない。
 そんな話をしていたら彼女君が「取れた…」とボソッとつぶやいた。
 なんとさっきまで付いていたインクが取れたのだ。

天堕「・・・・・」
山田「・・・・・」
天堕「・・・取れましたね。・・・だからさっきから言ってますけど、こちらからフローリンク代とか9番代を出さなければならない根拠は全くありません。どこからその20%というのは出てきたんですか?それはフローリングとかのへこみとかに対してこちらが20%ほど悪いということでしょ?
山田「い、いや、そういうワケじゃないんですよ。床とかの汚れを客観的に見た場合、天堕さんも負担していただくという形で、私どももガイドラインには忠実に従うのは当然だと思っています。それを超えることは違法ですから。ですから、これはガイドラインに基づいてこちらが作成した書類でして、これに基づいて20%という数字を出させていただいたんですけど」
天堕「書類?」
山田「ええこれです。以前天堕さんに営業所にお越し頂いた時に説明させていただいたと思うのですけど」
天堕「・・・・ん?ああ、なんか見たことあるような書類ですね・・・あ、これいきなりサインしてくださいって言われてサインした書類ですよ。説明も何も聞いてませんよ」
山田「過失割合の負担額についてなんですけど」
天堕「聞いてませんよ。それサインしてくださいって言われたからしただけであって、説明も合意もしてません。それにそれってガイドラインにそのグラフが書いてあるんですか?」
山田「いえ。それは書いてません。ですからそちらが悪いとかそういう意味ではなくて、このグラフに基づいて20%という数字は出させていただきました」

 こういう対応はマニュアル化されているのだろうか。客に追求されれば自分は悪くない、書類があるだとか、要求は聞くだけだ、とかそればかりである。
 多分、厳しい追及をかわすためにわざわざ所有している不動産屋と立ち会い業者は別なのだろう。オレもずいぶんこの方法ではやりにくいと感じた全ての要求や質問はスカされる形になるのだから。

天堕「(アンタらの査定が正しいとはかなり疑問だが)とにかく、フローリングと9番についてはこちらが足す必要はないと判断します」
山田「分かりました。それはセ○ワさんに報告します」
天堕「(やれやれ)それでは、このクロス張替代というのは?」
山田「そちらの方は煙草のヤニです。このヤニはクリーニングしても落ちないと判断しまして、よって張替と言うことで、それはそちらの過失と言うことで100%負担していただきたいと判断しました」
天堕「煙草・・・?それも通常使用じゃないんですか?」
山田「ですから、クリーニングをしてもヤニが落ちないと判断しましたので、過失と言うことで」

 これにはオレは正直マイった。「めいん」の「煙草」でも載せているようにオレはかなりのライトスモーカーなのだが、しかし友人や知人はけっこうなヘビースモーカーが多くて、また彼女君もけっこう吸うのである。余談だが、なぜかオレと縁のあった女はほどんど煙草を吸う人間だった。
 そして、オレは自分が吸わないものだから、煙草のヤニについての判例や法律について全く調べていなかったのである。はっきりいってアウトオブ眼中だった。
 2発目のカウンターパンチ
 さらに次の負けじと発したオレの言葉も良くなった。

天堕「でもキッチンでは煙草は吸わないようにしてるんですけど」
山田煙草のヤニって部屋伝いに行ってしまうんですよ。だからほぼ同じようにヤニが付くんです。ここのトビラもそんなにピッタリと締まるタイプではありませんし」

 またまた3度目のカウンターパンチ
 これでオレはかなりのダメージを喰らってしまう。
 「そ、そうですか・・・」
 こういうのが精一杯だった。
 ここはとりあえず置いておくのが得策だと考え、次にトイレのことについて聞くことにした。

天堕「このトイレについては?トイレは当然煙草はないですし、へこみも特別な傷も汚れもないはずなんですけど、なぜこちらが負担しなければならないんですか?」
山田「ですから、それはこの書類のグラフに基づいての数字でして…。」

とその時、今までそこらを見ていた工事担当の人間がこんなことをいきなり言い出した。
 「だから、この壁を見て、次のお客さんがきれいと思うか、入りたいと思うかどうか、なんですよ。煙草のヤニについてもここの壁の端を見れば分かるんですよ。
と壁のコーナーを指さした。その部分は確かにかなり白い。ヤニの付いている部分との差は一目瞭然である。
 しかし、後に詳しく書くが、この男の発言はかなりガイドラインから逸脱した発言である。
 だが、今までの3度のカウンターパンチによって、オレはその逸脱した発言について反論することが出来なくなってしまっていた。
 「だから、煙草のヤニについてはいいって言ってるじゃないですか。分かりましたって」
と言うのが精一杯だったのである。
 この辺が敗北の原因だったわけであるが…。

山田「では、クロスの1・2・5・6と清掃代の10番は納得していただけると言うことでよろしいでしょうか?」
天堕「ま、まぁ、仕方ないでしょう。」
山田「では、ちょっと計算いたしますので、こちらの方にサインをお願いできますか。いや、サインをしたからといってそれで最終契約と言うわけじゃないんで、とりあえず確認のためにお願いします」
「ふぅーーーー、分かりました」

項目1.2.5.6.10の負担につきましてはご了解を頂いたものとします。

天堕 輪

 この日オレが突っぱねた部分は結局10%や20%の部分だけ。
 はじめの山田氏の出したこちらの負担額は2万5千程度だったが、オレの言い分が全て受け入れられるとしても、やはりこっちが1万5千ほど払わなければならないという結果だった。
 かなり激しいやりとりをやったところで1万の差。しかもこっちが払わなければならない…。
 オレは心の中が煮えたぎる思いで、想い出のある旧天堕宅を離れることになった…。


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