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バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳

なんのために増税するのか


 「身を削る努力」って、なんだ、流行語大賞でも狙ってるのか?
 
 身を削る努力をすれば増税が許されるのか?
 身を削りさえすれば増税の理由になるのか?
 滅茶苦茶じゃないか。
 全然論理的じゃない。
 もしこれが論理として通るなら、増税は政治家の個人的な所有物にしかならんじゃないか。
 政治家個人が身を削る事で国家大論になるんだったら、じゃあなんだ、政治家が無給にでもなれば憲法も改正していいとかになるのか?
 バカバカしい。
 
 政治家個人が身を削っても削らなくても、増税には何ら関係のない話だ。
 
 税金は必要だから集めるのであって、よって集める必要があるかどうかの判断は、その事業等が必要がどうかが理由になるのだ。
 というか、それだけしか理由にならない。
 「身を削る」という言葉の意味もよく分からないが、もし政治家に税金を投入する必要がないのであれば、それは財政状況に関係なく削るべきであり、もし政治家の政治活動に金が足りないのであれば増税に関係なく税金を投入すべきである。
 こんなのは言うまでもないだろ。
 当たり前のことだろ。
 とりあえず「身を削る」と言えば済むと思っている奴は考えが足りなさすぎだし、なにより中身を見ずに身を削る必要があるとドヤ顔で言っている奴はお前は実は何も考えてないだろと、ただ政治家を叩きたいだけが理由だろと言うしかない。
 
 増税は必要だからやるのであって、では本当に増税が必要かどうかの判断は、なぜ足りないのかを考え、どうすれば足りなくなるのかを議論して、集めた金は何に使うのかを説明してこそ判断できるのである。
 
 増税議論に「身を削る努力」なんて考えが入る余地は無い。
 もし行政に無駄があれば、それは増税の有無に関係なく削るべきだけの話でしかない。
 増税をするから身を削れなんていうのは、精神論以下の、もはやイチャモンでしかないのだ。
 
 増税は手段だ。
 目的ではない。
 増税というのは、国を豊かにするために必要な金を投入しなければならないけど、その金が足りないから行うものだ。
 つまり「金をどう使うのか」が一番の論点なのだ。
 ただただ増税しただけでは決して国は豊かにならない。
 税金を集めただけでは何の意味も持たない。
 集めた金を使ってこそ国は豊かになる。
 だから「どう使うのか」が一番重要であるというのは、本来は考えるまでもないことのはずなのだ。
 
 よって増税を議論するなら、その増税した金を「どこに」「どう使うのか」を議論する必要がある。
 そして各主張者や政党は、ここの論拠によって立場が変わってくるのだ。
 程度の低い奴は「増税すると言ってるのだから民主党も自民党も同じ」と言ってるが、それは例えばデモという同じ手段を使っているから、フジテレビデモの奴も、在特会の嫌韓デモも、新しい教科書をつくる会の教科書の採択に反対するプロ市民のデモも、全て同じ立場だと言っているのと同じことになる。
 そんな馬鹿な事があるわけないのだが、でもこの「同じ増税だから民主も自民も同じ」という主張を唱える人というのは、そんな馬鹿なことを言ってしまっているのだ。
 
 オレが知る限り、民主党は子ども手当などのバラマキ政策のせいで足りない金を補填するため、また赤字国債の見た目を減らすというだけの目的で行っている年金積立金からの借金である交付国債の補填のために増税をしようとしている。
 一方自民党は、国土強靱化などのインフラ整備、民主党が「コンクリートから人へ」と出鱈目やってたツケを払い戻すために増税させてほしいと言っていると認識している。
 そもそも自民党は、経済対策をしてからとも言っているな。
 これで判断するんだよ。
 増税しか頭にない奴が多いようだが、国家天下を語るのであれば、なぜ増税するのか、増税した場合は何にどう使うのかを考えて判断しなければならないのだ。



皇統問題2 「男系」という珍しい考え方が現代にも残っている理由 (下)


(つづき)
 
 男系という考え方はかなり珍しいというコトは説明しました。
 普通一般社会でこんなコトが話題に上がるコトはありませんし、それは現代日本だけの感覚だけに関わらず、江戸時代以前の武家社会ですら養子縁組みが普通だったコトから考えても、男系という継承の考え方はかなり特殊と言えるでしょう。
 それなのにこの現代においても男系という考え方が残っているというコト自体が、日本の社会と言いましょうか、日本人の歴史の中において「天皇の継承は男系でなければならない」という常識が脈々と受け継がれている何よりの証拠と言えるでしょう。
 最近「男系は絶対のルールではない」とうそぶいている人が増えてきましたが、この歴史に背いて天皇の何を語るというのか、やえには全く疑問でしかありません。
 
 また、現代に考え方が残っているというだけではなく、事実として「男系が一度すら断絶したコトが無い」という明確な事実があるワケですね。
 これに対して例えば小林よしりん先生は、中には女系で継承された時もあったと言ってますが、しかしそれは「男系が断絶した」という意味にはなりません。
 それは結局たまたま女の親子間で継承がされただけであって、でも男系の基本ルールはキチンと守られている上でのお話でしかないんですね。
 このよしりん先生の例は男系のお話とは全く関係の無い事例なのです。
 
 ここをちょっと勘違いしている人が多いのですが、男系という考え方は、それが上書きされるとか優位に立つとか、そういう概念ではありません。
 言ってみれば最低限度の下地的なルールと言えるでしょう。
 かなり砕いて言えば「男系であれば、あとはなんでもいい」のです。
 親が天皇でなくても自分が男系ならいいんです。
 女性であっても男系ならいいんです。
 そもそも親が皇室育ちでなくても男系であればそれでいいんです。
 それは歴史の事実として全て残っているコトです。
 
 時代によって天皇や皇室のあり方というのは変わってきますから、どういう方が天皇として相応しいかという議論はあると思います。
 それは時代ごとの価値観で考えるべき問題です。
 しかしそれは全て「男系」という下地があってこそです。
 例えば、現代にしてみれば皇室で育っていない方が天皇に即位するというのはかなり違和感があるでしょうから、親はともかく自身は皇室で育つのが望ましいと思います。
 それを現代の天皇即位の条件にしてもいいと思います。
 でもそれは同時に、「男系」という考え方がまず先に条件としてあってこそのお話です。
 皇室で育てば男系でなくてもいい、というお話には絶対になりません。
 皇室育ちであるコトが望ましいけど、まずは男系であるコトが条件である、という言い方でなければならないワケです。
 
 先程のよしりん先生の言い方は、ここが間違っているのです。
 女の親子間で継承されたコトは、確かに歴史上あります。
 しかしそれは「男系のルール」が破られたワケではありません。
 「男系のルール」がまず下地としてあった上で、たまたま女性天皇が近い期間で継承されただけなのです。
 女性間の継承が「男系のルール」を上書きしたワケでは決してありません。
 「男系のルール」は決して消すコトの出来ない下地なのです。
 決してこのルールが一度たりとも破られたコトの無い、破ってはならない、唯一絶対の天皇の継承に関するルールなのです。
 これは歴史が証明しているコトです。
 
 天皇の継承の問題は天皇だけの問題です。
 他人がそのルールをどうこう言える問題ではありません。
 その上で、日本人が天皇の継承のルールを男系という一般的には全く採用されていないルールを現代まで認知しているワケで、その事実こそが天皇継承ルールが「男系」にあるという証拠であるワケです。
 そしてそれは、皇統譜を見れば一目瞭然の事実として、一度たりとも男系が途絶えていないという事実がさらに証明しているのです。
 
 もし神武天皇家が継承するために男系でなくてもいいと主張するのであれば、まずは男系が途絶えたという証拠を提示しなければなりません。
 いくら男系以外のお話を持ってきて「こういう継承もしたからもう不要だ」と言っても、そんなのは全く無意味なのです。
 なぜなら、そのお話全てが「男系という下地」があるお話だからです。
 もし男系でなくてもいいという主張をするなら、「男系という下地が無い」という証明が必要なのです。
 ここを間違えないようにしなければなりませんし、この証拠がない限り、「神武天皇家の継承のルールは男系である」と言うしか無いのです。
 
 
 さて次回は、神武天皇家でなくなったら過去の日本と現代の日本が断絶してしまうというお話をしたいと思います。



皇統問題2 「男系」という珍しい考え方が現代にも残っている理由


 前回は男系の仕組みについておさらいしましたので、今回は男系という考え方というモノを考えてみたいと思います。
 
 天皇の継承の問題というのは、文字にすると当たり前ですが、天皇の継承の問題です。
 もっと言えば、「天皇だけの問題」です。
 天皇の存在は我々日本人の問題ですが、天皇がどう継承されるのかという問題は天皇の問題です。
 今は皇室典範という法律に形的には縛られていますが、しかしその法律でさえ、これは他の一般常識を元にして制定されている一般法律とは違い「天皇の常識」をもとに制定されている法律であり、ここは明確に一線を画する存在です。
 例えば現在、天皇は男性のみにしか即位出来ないコトになっていますが、これは一般常識からすればこのような規定の法律が存在するコトはあり得ないと言っても間違いではないような内容ですよね。
 例えば会社の代表取締役には男性しかなれないと規定してしまえば、これはもはや憲法違反だと裁判所が認定するコト間違いなしの規定だと言っても全く過言ではないでしょう。
 でも皇室典範だけは違うのです。
 立憲君主制という仕組みである以上は、全ての上位に憲法が置かれていると形上はなっていますが、ある意味というか実質は、やはり天皇やそれに関する法律は憲法を越えるような存在であると言えるワケです。
 
 ただやえは「天皇は男性のみ」というのは、これは天皇の常識というよりは戦前・戦中の「近代日本の常識」になっていますから、いつか改正は必要だと思っています。
 しかしその中でも、悠久の時を越えて現代に残る「天皇の常識」というモノがあります。
 それが「男系」という考え方です。
 
 男系については前回詳しく説明しましたが、この男系っていう考え方、珍しいと思いません?
 少なくとも現代の一般家庭でこんな継承の仕方を採用している家はないでしょう。
 例えば長女しかいない家庭に次男の男子が婿養子として女の家に入っても、それでその女の家は名字が残りますし、一般常識として継承されたと認識されますよね。
 また、時代が遡って武家や大名家にしても、いろいろと規定はあったようですが、養子による継承が認められていました。
 これは現代の一般家庭でも同様ですよね。
 例えば、武家ではありませんが、新選組の局長であった近藤勇は、近藤家の嫡男ではありません。
 養子です。
 さらにそのお父さんも元々は養子であり、近藤家は三代続いて養子による継承が行われています。
 それでも世間体的には完全に「家が継承されている」と認められているワケで、つまり家の継承の仕方というのは「その家次第」と言えるワケです。
 
 一子相伝という考え方があります。
 ある技術などを、継承人数を少数というかひとりだけに絞って、変に技術を拡散させずに水準を保って継承させるという方法です。
 さらにこの場合、自分の実子にしか継承しないと定めている家もあるでしょう。
 というかほとんどでしょうね、「一子」相伝ですから。
 つまり他人に継承して仮にその技術が悪用されるぐらいであれば、実子がいない場合は断絶した方がマシだという考え方です。
 この場合、それについて他人がとやかく言うコトではありません。
 例えば基礎的な技術は弟子を取って広く伝えるけど、最も核となる技術や最も難しい技術は実子ひとりのみに伝える、剣術とかですね、の場合、もしその実子が何らかの事故などで亡くなって最も核となる技術が継承させずに断絶した場合、その技術を持たない弟子が家を継いだといくら言っても、なかなか元の家をそのまま継いだとは見なされないのではないでしょうか。
 この場合新しい当主は、前の家の系列の新しい家と見るのが妥当かと思われます。
 これがもしただの一般家庭であれば、その新しい当主が養子に入るとか娘がいれば結婚して継いだコトにすれば継いだと見なされるのでしょうけど、今まで技術の継承こそを家の継承と規定していた家では、突然そんなコトをしても認められないというのが実情なワケです。
 これも結局、「その家の継承はその家のルールによる」と言えるワケです。
 
 家の継承はその家によるのです。
 他人がとうこう言うべき問題ではありません。
 その家が、それぞれの歴史の中で築いてきたモノを土台にして継承のルールが明確になっていき、そしてそれがさらに歴史として継承させ、歴史を作っていくのです。
 
 天皇は天皇の歴史と常識によって継承されるのです。
 一般常識とかで考えられるモノではありません。
 天皇の継承は天皇の歴史のみで考えるべきモノなのです。
 その中で、現代においても「男系」という考え方が残っているというコト自体が、まずひとつ、天皇は男系というルールが存在するという1つの証左と言えるのではないかと思います。
 
 
(つづく)



権力の抑制と国民のあり方


 今日はこちらのコメントについて色々と考えてみたいと思います。
 

 いや、やらなければならないから具体案を提示してくださいよと。
話は急ぐんですよね? ならどうやってその有識者会議を開かせるんです? どうすれば民主の連中を動かせると思っているので?

 
 まずですね、考えてもらいたいというか、確認しておきたいコトがあります。
 それは、立法府にしても行政府にしても司法府にしても、そういう権力を直接持っている機関というのは、これは国民が本来持っている国家を運営するための権力という力を具現化した存在だというコトです。
 簡単に言えば、立法府も行政府も司法府も国民そのものだというコトです。
 
 民主主義においては国民が主権者であり最終責任者です。
 よって最も権力を持つべきは国民ですが、国民というのは複数人いますから、ひとりひとりに強い権力を持たせていたら国家運営なんて出来ません。
 これで起こるのはただの内乱でしょう。
 ですから国家運営に必要な権力というモノは、別の形として集約させ具現化させて、ある程度の少数の人間に権限を与えて実行権、代行権と言った方がいいかもしれませんね、権力を代行させる必要があるワケです。
 そもそも国民全員が政治だけに集中は出来ませんからね。
 別の経済活動やなにやらをしなければ国家は国家として成り立ちませんから、ある程度の少数に国家権力を代行する権限を与えて、その運営に集中させなければならないワケです。
 
 よって、よく政治や司法は国民から切り離された分離独立した権力機構だと思っている人がいますけど、それは明確に違うというコトは確認しておきたいのです。
 権力とは国民そのものです。
 立法府も行政府も司法府も国民そのものです。
 国民が本来持っている国家を運営するための権力を具現化したモノがそれらの統治機構なだけというお話なのです。
 
 権力をある程度集中させれば、それを抑制させる必要もあります。
 本来権力は国民のモノであり、国民とは大多数からなる集合体なのですから、ひとりや少数だけが権力を好き勝手揮えるようにしてしまうコトを防ぐためです。
 具体的には、立法府と行政府の間には総理の指名権や不信任案と衆議院解散権で交互に監視し合ってますし、立法府と司法府の間には弾劾裁判所と違憲立法審査権によって監視し合っている等です。
 この辺は公民の教科書にも載っている三権分立の基礎中の基礎ですよね。
 三角形でそれぞれの権力と監視し合っている図を見たコトあると思います。
 権力は集中させなければ国家運営が出来ませんが、しかし集中させるからこそ抑制もしなければならないのです。
 この辺が民主主義の難しさ、煩雑さ、手続きのめんどくささになるワケですね。
 
 国民は、権力機構に所属していなければ直接巨大な権力を振るうコトは出来ません。
 だから一般国民が行政府にでも立法府にでも司法府にでも、直接強制権を持って何かを実行させるというのは、基本的に国政選挙と国民審査以外は日本の制度では存在しません。
 国によってはリコール権があるのかもしれませんが、基本的には民主主義国家であれば国民が直接強制権を発揮出来る場合というのはこれぐらいでしょう。
 それ以上一国民に権力を与えるというのは、国家運営が出来なくなってしまうからですし、一部の人だけに権力を与えるのは民主主義の原則から離れてしまうからです。
 
 その上で、今回のお話を考えてもらいたいのです。
 民主党がというよりは行政府がというお話ですが、行政府がキチンと責任を果たさず仕事をしない場合は、国民はどうしたらいいのかというコトを考える場合において、しかし行政府はやっぱり国民そのものであるという視点を抜かして語るコトは出来ません。
 結局ですね、行政府が責任を果たさなければそれは最終的には国民の責任なんですよ。
 国民がその行政府、つまり民主党を与党に選んだ責任なのです。
 その結果国民がいかに不利益を被ったとしても、それは最後は国民のせいなのです。
 つまり、国民は民主党によって被害を一方的に受けているのではなく、自業自得と表現する方が適切なのです。
 
 ですから、直接何かを出来ないと気が済まないというような人が最近増えてきているワケですが、基本的には選挙以外のコトを強制的に何かさせようとする方が間違いだというコトは理解しておくべきです。
 だってそれは、「他の国民を差し置いて自分にだけ強大な権力をよこせ」と言っているコトに他ならないのですから、そんなのは認められるハズがありません。
 結局民主党が行政府のトップをとっているというのは、それも国民の選択の結果なのですから、それを覆すというコトは選挙という「国民の意見を集約した総意」を「国民の意見を集約した総意」以外の方法で覆すというコトになるのですから、それは民主主義に反するとしか言いようが無いのです。
 何かがしたい、結果が欲しいとギリギリしている人が多いのは分かるのですが、しかしそれは「他人の意見を無視した権力の集中」という民主主義に真っ向から反する考え方であるというコトは知っておくべきコトなのです。
 
 権力は国民そのものです。
 国民とは自分ひとりではありません。
 他人がいて国民であり、他人がいて権力があり、それをそう簡単に直接どうこう出来るモノではないのです。
 それは権力そのものである国民自体を、国民自身で否定するコトになるだけでしょう。
 
 結局、一国民に出来るコトは、批判です。
 批判こそが最も正統的な国民の手段です。
 それしかできないのかと思ってしまうかもしれませんが、それ以上が出来るという状態は民主主義から逸脱し、他人の意見を握りつぶすコトになるのですから、ここの線引きは大切です。
 
 そして特に、批判の対象は国民であるコトが一番望ましいとやえは思っています。
 なぜなら、いま現在民主党が与党であるのは、それは国民のせいであり、責任であり、自業自得だからです。
 これを質し正すには、国民が次に間違わない結果を出すために国民自身の考え方を改めるべきであり、それしか方法がないからです。
 いくら民主党の議員を批判したところで、次の選挙がどうなるかは国民の判断にかかっているのですから、やっぱり批判すべきは国民なのです。
 ですからやえは、当サイトでの主張というのは全て日本国民に向かって言っているつもりです。
 民主党批判も、前の選挙の際には民主党を選べば日本は大変なコトになる、その後は民主党を次に選んだらますます大変なコトになるというコトを国民に分かってもらうために主張しているのです。
 政治以外のお話も全てそうです。
 国民の考え方が変わってこそ、日本という国や社会派よくなっていくのです。
 それこそが民主主義の国民にとっては最も正統的な「政治参加のあり方」だと思っています。
 
 「どうやったら有識者会議を開かせるんです?」というご質問には、批判するコトによって理解させるという方法しかありません。
 もしそれが出来ずに国民に不利益が被ったら、それは結局はその程度の行政しか出来ないような民主党を選んだ国民自身の責任であり、自業自得的に国民自身が追うべき責任なのです。 
 正直選挙前からずーっと民主党のデタラメさを指摘してきた身としては納得しがたいモノがあるのですが、それでも「国民の責任」という言葉からは逃げられません。
 民主党に投票した人には猛省を促したいと思いますが、しかしそれ以上のコトが出来る状態にはしてはならないのです。
 もしやえがやえだけの考えを行政や立法に繁栄させられるような事態になったら、それはやえによる独裁政治の始まりであり、もはやそれは民主主義政治ではないのですからね。
 
 少なくとも、「民主もダメだけど自民もダメだ」という中身が全くない適当なデタラメ論で全てを片付けてしまう人が、もっとも政治を悪くしているとは思います。
 やえはこれからも諦めずに本来やるべきコトをしろと、これは政党に限らず立法府にも行政府にも主張をし、国民に訴えていきたいと思います。



皇統問題1 「男系」とは系統のあり方ではなく資格


 改めまして皇統の問題をおさらいしていこうと思います。
 やえの考え方はこちらにまとめているのですが、当時は悠仁殿下もご誕生されていませんでしたし、なにより画面がピンクですから(笑)、もう一度今度はブログでまとめていきたいと思います。
 また、出来ましたらQ&Aも作っていきたいと思っていますから、もし疑問や質問や批判がありましたら、どうぞご遠慮なくコメント頂ければと思います。
 よろしくお願いします。
 
 ではまず第一回目は、「男系」とは系統のあり方ではなく資格というお話です。
 
 ここをよく思い違いしている人って多いと思うのですが、「男系」という考え方は、系統のあり方の考え方ではありません。
 現在の天皇と次の天皇との間柄、現在の天皇と先代の天皇との間柄などの、天皇と天皇との関係を示す考え方ではなくてですね、例えば「今上天皇から東宮殿下に継承されたら男系での継承だよね」っていう言い方は間違いです。
 正確には、「東宮殿下は男系の人です」「悠仁親王は男系の人です」という言い方をするのが正しくて、資格というとちょっとアレな感じはしますが、現代の感覚で言えば、「男系」とは天皇に即位するための必要最低絶対条件の資格という風に考えるのが正しい捉え方なのです。
 
 現在の天皇における男系とは、「自分から見てお父さんのお父さんのお父さんの…お父さんが神武天皇」というのが定義です。
 「悠仁殿下のお父さんのお父さんの…は神武天皇だから、悠仁殿下は男系の方だ」という言い方ですね。
 ここで重要なのが、「お父さんが天皇」という考え方ではない、この定義の条件にはそれは含まれていないという点です。
 つまり自分のお父さんが天皇でなくても、自分は天皇になる資格はあるというコトです。
 これはちょっと考えれば当然で、例えば悠仁殿下には皇位継承権が現在でもあるワケですが、しかし悠仁殿下のお父様でいらっしゃる秋篠宮殿下が天皇でなくも皇位継承権はあるコトは皆知っているコトですよね。
 そして当然現代の皇室典範にも「男系」が明記されていまして、その上で悠仁殿下にも皇位継承権があるのですから、悠仁殿下は男系の資格を有している方だというコトが言えるワケで、この実例を見ても、男系とは「自分のお父さんが天皇」という点は条件には入っていないというコトがハッキリしていると分かるワケです。
 あくまで男系というモノの条件は、「お父さんを遡れば神武天皇に行き着く」というだけの意味しかないのです。
 
 ですから、天皇と天皇との直接的な関係は、天皇に即位する際にはあまり意味はありません。
 もちろん皇位継承権の上位下位についてはここは密接な関係になります。
 基本的に皇位継承権第一位は天皇の実子長男だというのは長い歴史を見ても明らかなコトですが、しかしこれはあくまで継承権の順列に関係するルールであって、単に継承権を得られるかどうかの「権利」に係るルールではありません。
 天皇に即位出来るかどうか、皇位継承権を得られるかどうかというのは、現代では皇室典範によって様々なルールが規定されていますが、天皇の長い歴史を見れば唯一「男系」というルールのみが天皇の資格を縛っていたと言えるのです。
 
 また、男系は直接天皇に繋がらなければならないという意味でもありません。
 これも結局は同じコトになるのですが、男系とはあくまで資格であって、天皇と天皇との関係を示す考え方ではありませんから、直系とかなんとか、そういう考え方は意味を成しません。
 例えば悠仁殿下の場合は、自分から見て祖父が天皇ですからまだ直接の繋がりがあるように見えるので、だから天皇に即位する資格があるんだとかいうように勘違いしてしまいがちですが、それは直接的には天皇の即位には関係がありません。
 現在においても、第六位の皇位継承権者は寬仁親王殿下という方なのですが、このお方は今上陛下から見て従兄弟に当たる方になります。
 もうちょっと分かりやすく言いますと、昭和天皇のご兄弟のご子息というコトになります。
 で、ですね、現在もそうなのですが、継承権としては悠仁殿下の方が上ですから、まぁ年齢の問題がありますけど、例えば悠仁殿下が即位した後に、寬仁殿下が即位するという可能性も、これはあるワケです。
 この場合、悠仁殿下と寬仁殿下の間柄を示す適切な日本語ってちょっとないですよね。
 「お爺さんの従兄弟」ですから、ここまでくるとちょっと一般常識で考えれば「直系」とは言えない間柄と言えるでしょう。
 でもそれでも、現在の皇室典範で言っても、そういう継承のされ方が行われる可能性はある、実際の皇位継承のルールとしては明文によって確立しているワケで、長い歴史の天皇の皇位継承権としては間違っていない正当なルールでの継承と言えるのです。
 
 これは過去に似たような例はたくさんあります。
 こちらウィキペディアに天皇の系譜である皇統譜が転記されているのですが、こちらの46代と47代の天皇の間柄をご覧になってみて下さい。
 (46)孝謙天皇と(47)淳仁天皇ですね。
 ご覧下さい、この二方の天皇の間柄はどう説明すればいいのでしょうか、日本語としては一言で示す言葉はないと思います。
 敢えて言うなら「お爺さんの従兄弟」ですね。
 
 さらにいきましょう。
 同じページの48代と49代の天皇の間柄を見て下さい。
 ちょっと表現のしようのないぐらいの間柄です。
 敢えて言うなら「親戚」でしょうか。
 でも多分、現代の感覚でしたらこれぐらい離れていると「親戚」と言うのも憚れるぐらいの間柄でしょう。
 ひいひいお爺さんの兄弟の孫ですよ。
 自分に当てはめて考えて、顔が浮かぶ人っていますかね。
 もはや他人ですよね。
 
 でも、天皇に即位するにはこれでも問題がないワケです。
 これはひとえに、天皇継承のルールが「男系」という点のみにあるという証左です。
 最低限「男系」という資格を有していれば天皇に即位するコトが出来る、というコトがここから見て取れると言えるでしょう。
 
 まずここの頭のスイッチを切り替えてみてください。
 男系とは何かと聞かれたら、それは資格だと認識して下さい。
 天皇と天皇との間柄を示す概念ではありません。
 あくまでその人個人だけの資格に関する概念なのです。
 
 万世一系と言うとどうしても一本の直線で引かれた線のようなイメージを持ってしまいがちですが、もちろん行ったり来たりしながら皇統は一筆書きはできるワケですけど、でもそれは一本の直線という意味ではないのです。
 男系という資格を持つ人が常に天皇に即位するコトで、最終的には一筆書きが、たまには線の上をなぞって戻って辿るコトもありますけど、最終的には一筆書きが出来るという意味であって、万世一系もどちらかと言えば「辿れば初代天皇である神武天皇に遡れる」という点の方が重要だと言えるのです。
 男系とは、その線を表す概念なのではなく、その人の資格を表す概念なのです。
 
 
 さて次回は、「男系」という珍しい考え方が現代にも残っている理由という点を考えてみたいと思います。



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