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バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳

憲法改正安倍私案について


 先日、自民党の安倍総裁が読売新聞で憲法改正に関する考えを発表しました。
 一応これは総理大臣としてでもないというコトですし、また自民党としても正式な党内手続きを経て決定されたモノではなさそうなので、いまのところ「安倍私案」と呼ばせて頂きます。
 特に大きな話題になったのは9条の部分ですね。
 現行の9条第一項・第二項をそのまま残したまま、さらに自衛隊の存在について9条内に追記するという形をとるという、そういう発案です。
 これについて、簡単にはなりますが、やえの感想を述べておこうと思います。
 
 率直な感想を言えば、これに反対する日本人なんているんですかね?という感じです。
 まぁ自衛隊の存在すら反対しかねない共産党のような人達もいますし、その考え方そのものは存在を尊重しなければなりませらんから、反対なんてあり得ないとは言いませんが、それでもいまさら自衛隊の存在を否定するというのは、あまりにも現実が見えていないと言わざるを得ないでしょう。
 9条の一項や二項については、確かに様々な意見があり、ある意味最も日本にとってセンシティブな、下手をすると真面目に国を二分してしまいかねない難しい問題です。
 ですから、それをひとまずそのままにしておき、しかし9条に自衛隊を明記して、自衛権についてはハッキリと憲法の中で存在を明らかにしておくというのは、様々な意味で有効的な手段ではないでしょうか。
 安倍さん、上手い手を考えついたモノです。
 
 もちろんそれ以外の部分で異論があるというのも、それはそれでそれぞれの事情があるんでしょうし、あってしかるべきだとは思います。
 例えば自民党内で言えば、最初にも言いましたように、この安倍私案は自民党の組織内手続きで正式に通ったモノではありませんし、まして自民党には野党時代に組織として正式決定した改正草案がありますから、それを無視するような形をとってしまった安倍総裁に対して異論を言うというのは、組織人としては間違ってはいないと思います。
 また、行政府が立法府を権限を侵したなどと言っている人はさすがに飛躍しすぎてイチャモンレベルだとは思いますが、手続き論はそれはそれで大切なモノですから、手続き論について自論を述べておられる人も、それはそれで間違ってはいないでしょう。
 それぞれの立場において、その立場での発言は、尊重されるべきです。
 これらの議論は憲法の中身の議論ではありませんが、これはこれで必要な議論でしょう。
 
 もしかすれば、一項や二項を残すコトに不満を口にする人もいるかと思います。
 しかしそれは、やはり現実をキチンと見てからにすべきじゃないかと思うんですね。
 結局そういう人って0か1かでしか物事を見れない人でしかなく、しかし現実というのは1回で全てが達成されるコトなんてあり得ないワケで、成果というモノはなにごともコツコツと積み重ねていった上での結果でしかないワケです。
 憲法改正がいかに難しい問題かは、ちょっと考えれば分かるコトのハズです。
 やえだって9条は、他国並みに戦争ができる形にすべきだと思っています。
 しかしだからといって、今回の安倍私案に反対するというのは筋が違うでしょう。
 まず「9条を改正した」という事実と、その積み重ねが重要なのです。
 そういう意味で、この「反対しにくい改正案」は、安倍さんのかなりの妙手だと評価できるんだと思っています。
 
 これから色々な議論が起きるでしょう。
 しかしこれは安倍さんもおっしゃっているように、議論はどんどんすべきです。
 そしていずれ来たるべき日に、もっとまともな、世界に誇るコトのできる憲法に直さなければなりません。
 まずはこれがその第一歩になればいいなと思います。
 



反対のための反対にならないために


 民進党などの人達が、テロ準備罪、一部では共謀罪と呼ばれている法案について、手段を選ばない反対の仕方をしています。
 例えばこんな主張です。
 

 皆さんのメール、LINE、Twitter、Facebookが監視されるようになってしまいます。
昨日有楽町で枝野本部長、海江田元代表、松尾東京2区総支部長と共に、共謀罪廃案を訴える街頭演説をしました。
 
民進党山尾しおり議員Twitterより

 
 共謀罪というイメージだけで、曖昧な表現で恐怖を煽ったり、実際には法案の中に全く規定されていない行動までをさもこの法律の中でできてしまうかのように喧伝して、つまりデマによって、法案への反対を広めようとしているワケですね。
 例えば「皆さんのメール、LINE、Twitter、Facebookが監視されるようになってしまいます」というのも、例えば現行法下であったとしても「○○を爆発する」なんて書けば違法行為になるのですから、共謀罪によって突然新しい概念が発生するワケではありませんし、またこれが特定の誰かに向けただけのメールやDMなどの文章に対するモノだったとしても、それもやっぱり現行法下で裁判所の令状が下りれば可能な捜査手法であり、共謀罪ができれば警察などが無制限に全ての人の通信を傍受できるようになるワケではありません。
 それなのにこの書き方というのは、敢えて事実誤認させようとしているとしか思えない書きぶりなんですね。
 また他にも、「共謀罪が成立したら国外逃亡しなければならない」とか言ってた民進党の議員もいるようですが、これも果たして具体的にテロ準備罪のどこの条文にひっかかるからそうなるのか、その辺の説明が一切無く、無根拠に、もはやデマによって恐怖を煽っているとしか言いようがありません。
 恐怖を感じるような結論だけを提示し、しかしその根拠を示さず、時にデマによって人心を煽る手法は、もはや反対のための反対の手法でしかなく、それがどんな主義主張であっても許してはならない手法のハズなんですね。
 
 これを踏まえた上で、よく考えてもらいたいコトがあります。
 いまテロ準備罪では、このような醜く卑怯な論法を民進党やサヨクな人達がよく使っていますが、しかしこれは決してサヨク方面の常套手段ではないんですね。
 むしろこれは、思想の左右を問わず、反対をするための常套の手段であるとすら言えてしまうのです。
 右寄りの人達も、ちょっと前までは似たような論法で、とある法案に反対していました。
 
 人権擁護法案です
 もう中身については詳しく説明しませんが、この時も多くの人から、法案の中身からかけ離れた例え話や恐怖を煽る例え話が多く飛び交っていました。
 例えば、ちょっと一部を隠して引用してみます
 

 これは、ほんの一例ですが●●●●とその関係者が自分たちに都合の悪い報道・世論に対して●●という言葉を付けて有形無形の圧力をかけてきます。
 要するに●●●●という秘密警察をつくり、国民を「●●」という言葉をこじつけて監視・取締りします。
 これでは●●●●による独裁!になります

 
 どうですか?
 これ下手したら、民進党や左翼系メディアがテロ準備罪や特定機密保護法かなんかの法案で反対するために流布されたプロパガンダと言われても、そのまま信じてしまいそうじゃないですか。
 「秘密警察」とか「独裁」とか、いかにもですよね。
 でもこれ、さっきも言いましたように、人権擁護法案に反対するために書かれた文章であり、黒丸のところは「人権」もしくは「人権擁護委員」という言葉が入る文章です。
 そしてこのプロパガンダを載せているサイトは、当時多くの自称保守人によって引用され、また根拠として使われました。
 当時は相当有名なサイトだったんですよ。
 
 しかし当然ながら、人権擁護法案にはそのようなコトができる条文は皆無だったんですね。
 
 ですから、思想の左右に限らず、こういうコトってあるんですよ。
 何かを反対するために、安易にデマに飛びついてしまう、下手をすればデマそのものを作ってしまうコトがあるワケです。
 その姿は、左右の思想を問わず滑稽なのですが、やってる本人はそれに気づかないんですよね。
 ですからせめて、自分とは別の立場の人を見て、我が身を振り返って欲しいです。
 ああはなってはいけないと。
 
 特に法案というのは、必ず国会に提出されてその中身が国民に知らさせれるワケですから、それに賛否を言うなら、当たり前ですが中身をキチンと読んで、中身に則した議論をしなれば意味はありません。
 それが国会議員ならなおさらです。
 ですからもう一度、よくよく立ち止まって考えてもらいたいんですね。
 特にいまの民進党のひどさが、デマすら作りかねない論法がひどいと思うのであれば、それは決して民進党やサヨク思想特有の症例ではないというコトを、立ち止まって考えてもらいたいと思います。
 これは思想の左右を問わず、よくプロパガンダとして使われる手法なのです。
 そしてその手法は、健全な議論を行う上では許してはならないのです。
 
 民進党のコトをひどいと思うのであれば、それを教訓として、どんな場面でもそうならないよう、国会議員は当然としして、公の場で持論を主張する活動をする人全てに自覚してもらいたいと思います。
 



評価は野党が決めるのではなく国民が決めること


 今村大臣の件に限らないのですが、野党の審議拒否って、民主主義における本来主役であるハズの国民を完全に置き去ってしまっているんですよね。
 いや、野党が審議拒否と言って国会審議の場に出てこないというのは、勝手にすればいいと思うんですよ。
 中には「税金の無駄だ」という人もいますが、代議員制民主主義においてはいったん代議員を選んだ以上は任期中はその行動の全てを保障すべきですから、お金がもったいなどの批判は当てはまらないとは思います。
 ですが、その経費を使った上でのその政治家や政党の言動に対する評価は、国民自身が下すべきです。
 具体的に言えば、選挙の際に国民が審判を下すべきなのです。
 
 よって、民進党などが審議拒否するのは民進党の勝手ですが、その評価は国民が下すべきであって、つまりは委員会を止める必要は一切ないんですよね。
 野党が欠席するから審議できない、と考える必要は本来ないハズなのです。
 現在の国会運営は、こういうときにそれでも与党が委員会を開会しようとすると、野党やマスコミなどが「強行運営だ」と無責任に騒ぎ立てるので与党も無理に進めようとははしませんが、そもそもこのマスコミの伝え方自体が間違いであって、委員会も淡々とスケジュール通り進め、それで野党が欠席するなら淡々と欠席し、マスコミもマスコミで「野党が欠席した」という事実だけを脚色せずに伝えればいいのです。
 その結果、与党の行動と野党の行動を、国民が自分の目で見て自分の頭で考えて判断すればいいだけなのですから。
 ここに与党も野党もマスコミも、他人のバイアスがかかる余地はありません。
 大臣の言動とそれに対する与党の言動を国民が判断する。
 それに対する野党の言動を国民が判断する。
 これが民主主義です。
 マスコミは、事実を事実だけ淡々と伝えればいいのであって、マスコミの個人的な意見など必要ありません。
 
 民進党も自らの主張に自信があるなら、与党だけで国会を進めてもいいハズですよね。
 「民進党は審議しないと主張し、自民党は審議すると主張する」、この構図に民進党自身が自信があるのであれば、与党が強硬に国会を進めるコトに対して批判する必要はなく、単に自分の事務所でニタニタしながら、空席の目立つ委員会をテレビかなにかで見ていればいいじゃないですか。
 与党が審議をし野党が拒否をするというこの構図自体を広く国民に知らしめられたとしても、むしろその方が民進党自身は国民から支持が得られるんだと自信を持っているからこそ審議拒否をしているハズなのですから、なんら慌てる必要はないハズですよね。
 それなのになぜ、いちいち「強行採決だ」とか何だとか騒ぎ立てるのでしょうか。
 民進党は自分たちの行動に自信がないのでしょうか。
 
 今村大臣の発言の件は、確かに国民に対しては謝罪すべき案件だとは思いますよ、日本人としては本音と建て前は使い分けてこそだと思いますし。
 でも、国民に対しては謝罪すべきですけど、野党に対しては関係ないじゃないですか。
 まして国会運営には一切関係ないハズです。
 これがまだ、新しい大臣の所信表明からやり直せ、と言うのでしたら理解はできますが、一切の審議拒否とは、いったいどういう理由で審議拒否になるのか、やえには全く理解できません。
 
 そういうコトからも国会運営はとにかく淡々と行うべきで、その上で出席するしないは政党が自らの判断で決めればいいだけで、国民はそれを審判するだけという、そういう国会運営にすべきなのではないでしょうか。
 少なくともマスコミなんかがそれに口出ししていい理由はありません。
 判断は国民自身が行うべきです。
 



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