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【朝日新聞】閣僚通信簿 第2次安倍内閣を採点する(下)


 
 (つづき)
 
 では朝日新聞の「閣僚通信簿 第2次安倍内閣」の後半です。
 web版もここで二つに分かれていますので、アドレスを張り替えておきます。
 こちらです。
 
 

 ■岸田文雄 外務 ハト派、首相に異唱えず
 《星2》外交の独自性
     *
 官邸主導の外交方針は自分の意に沿わなかったのに、外相として異を唱えるしんどさに背を向けた。自民党ハト派の名門派閥宏池会の領袖(りょうしゅう)。安倍首相との外交・歴史観の相違は明らかだったが、役目を従順にこなすだけの姿勢が目立った。
 就任会見では、中国、韓国を「重要な二国間関係」とした。それから2年弱。両国との二国間での首脳会談は一度も実現せず、溝はますます深まるばかりだ。安倍首相の靖国参拝を止められず、「対話のドアはオープン」と繰り返すだけでは改善は望めない。
 集団的自衛権の議論でも、唯一のメッセージは「丁寧に議論すべきだ」。解釈改憲の流れにハト派のお墨付きを与えた責任は重い。
 宏池会の先輩宮沢喜一氏はかつて首相としてPKO協力法を成立させた。自衛隊が初めて派遣されたカンボジアを6月に訪れた。「宮沢も悩んだ。現実と折り合いをつけるのが宏池会の伝統」という。現実に向き合う覚悟に期待も込めトータルで星2。(村松真次)

 
 これもひどいですね。
 最初から批判するコトを決めて言葉を引き出しから出してきたという感じの、批判のための批判文です。
 
 まず間違っているのが、自民党の派閥である宏池会を朝日新聞は自分の仲間かのように思っているコトを前提にして書いてあるところです。
 大間違いです。
 朝日新聞的には安倍総理の外交・歴史観に反対するコト、中国韓国と馴れ合うコト、そして集団的自衛権に反対するコトが正義なのでしょうけど、それはジャーナリズムとしてどうなのかとは思いますがそれはまぁいいとしても、それを宏池会に押しつけるのは全くの間違いであり、勘違いとしか言いようがありません。
 「ハト派」という言葉だけでイメージを押しつけ、また印象を一人歩きさせようとしてレッテル張りをしているのかもしれませんが、確かに宏池会は相対的にハト派と呼ぶのはそう間違いではありませんけど、しかしその比べる相手はあくまで「自民党内」でのお話でしかありません。
 朝日新聞なんていう極左という反日に凝り固まっている会社から見れば、本来は、宏池会ですらバリバリのタカ派になってしまうハズなんですよね。
 自民党内で比べれば宏池会はハト派でしょうけど、朝日新聞から見れば宏池会はタカ派なのです。
 あくまで右左なんていうのは立ち位置の違いを比較によって表現しているだけでしかないのであって、「自民党ハト派」と「朝日的極左」を同じように扱うコト自体が間違いなのです。
 
 この辺、以前に宏池会特集の記事を書いていますので読んで頂ければと思いますが、朝日新聞からしたら宏池会は現実的にはバリバリのタカ派であるにのも関わらず、それを現実には存在しない「朝日的な極左思想が宏池会のハズだ」という幻想を前提にして記事を書くので、ここまでひどいトンチンカンな記事になってしまうのです。
 
 さて、先日麻生さんのところでも触れ、また岸田さんの星評価のタイトルにもなっている「独自性」についてちょっと詳しく述べておきましょう。
 では果たして「独自性」とはどういうコトを指し示すのでしょうか。
 総理や内閣の意思を無視して、好き勝手自分の考えだけの政策を推し進めるのが「独自性」なのでしょうか。
 確かにマスコミや国民、というか大衆は、自分勝手な意見を言うコトこそを独自性だと思い込んでしまっている面があります。
 テレビに出たりして目立てば、それが独自性だと無意識にでも思ってしまっている面は否めません。
 でも本来組織としてはそんなコトはあり得ないんですよね。
 それが民間会社であった場合でも、例えそれが個人の発案からの製品だとしても、最後は社名を関した製品になるワケですし、製品化される間には数多くの会議に諮られ、数多くの人の手にかかって製品化されるワケですよ。
 つまり外から見ている人にとっては、その人の発案から始まったなんて知る余地もなく、この部分において独自性なんて考慮する必要性もないと言えるでしょう。
 製品を評価する場合、作った人の独創的な発想があったかなんて、いちいち気にしますか?
 大臣はあくまで内閣の一員であって、内閣は必ず一体となって政府を運営するのですから、結局「安倍内閣」においてその政策が国益に適うかどうかこそを、評価する方は評価すればいいのです。
 大臣個人の独自性があろうがなかろうが、それに国家運営や国民生活にいったい何の意味があると言うのでしょうか。
 
 製品化される前段階から会社に断りもなく勝手に製品発表をしてしまうっていうのが、朝日新聞の言う「独自性」なのでしょうか。
 朝日新聞は、記者個人が上司に断りもなく勝手に好き勝手書いた記事を載せていいと言うのでしょうか?
 絶対違うでしょう。
 大臣個人の推し進めたい政策があるとしても、それは総理大臣も納得できる、内閣として一致できる政策に多少の修正を加えながら形を整えて進めていくワケです。
 それは企業でも内閣でも組織である以上変わらないワケで、つまりは「独自性」とか「存在感を示せない」と言ってしまうコトは、単に「外に人からは見えない、知らないだけ」でしかない状態なのです。
 岸田さんらしい政策と言えば核廃絶の国連署名とか広島での初のNPDI外相会談の開催とかでしょうけど、それも当たり前のように安倍総理も合意している政策です。
 でないと出来るワケない、特に署名の方は国連での正式な署名ですので制度的に総理大臣の許可なくできるワケがないのです。
 ですからこれは岸田さんの独自性と言えるワケですが、ただこれはあくまで広島選出の議員だからこそ独自性が想像しやすいだけのお話であって、それ以外にも岸田さん発案の外交案件はまだまだいっぱいあるかもしれないですよね。
 岸田さんが発案し、安倍内閣としてそれを一致して推し進めている政策は、このほかにもいっぱいあるかもしれません。
 そういうのを無視して、ただ内部調整のプロセスを知らないからというだけで独自性がないなんて言ってしまうのは、ただのレッテルでしかありません。
 事実、訪問国数は安倍総理の方が多いけど総移動距離は岸田外相の方が多いという記事もどこかで見かけたのですが、この辺でも岸田さんの独自性は十分にあるし、そしてこの中にも独自性と呼べるモノが隠れているのではないのでしょうか。
 
 むしろそれを丁寧に探してすくい上げて国民に提示するのがマスコミであるハズじゃないんですか?
 それなのに、表面しか見ずに適当なコトを書くだけであれば、そんなのマスコミでなくても十分ですよね。
 丁寧に政府内部のコンセンサスを取っているからこそ安定した政策を展開しているとすら言え、パフォーマンスをしなければ独自性がないと言ってしまうのであれば、本当にもうマスコミの存在意義はないと言えるでしょう。
 やっぱりこの記事は、取材せずに適当に書かれたモノだと断じるしかないのです。
 
 今回は朝日新聞の通信簿に対する採点ですから個別具体的なお話をあまりしてもどうかと思いますが、もうちょっと言うならば、もし集団的自衛権に反対するコトがハト派なのであれば、集団的自衛権をフルで行使できる世界の大部分の国は極右国と言えるでしょう。
 朝日新聞が大好きな中国も韓国も、極悪非道な極右国家なのです。
 このように、現実を見ないまま、ただ自分の好き嫌いだけで記事を書き採点なんてすると、ここまでデタラメになるという、またもや悪例の好例です。
 まして前の麻生・新藤・谷垣大臣の記事と違い、岸田さんのこの記事には1つとしてすら具体的な政策が出てこないところからも、「宏池会は自分たちの仲間だ」という勝手な思い込みと、それに対して「裏切られた」という、ストーカー的な気持ち悪いデタラメ記事でしかないと断じるところです。
 
 

 ■下村博文 文部科学 現場縛るやり方は疑問
 《星2.5》教育改革の実績
     *
 就任前、複数のポストを打診されたが、固辞し悲願の文科相に。「バラマキ」批判のあった高校無償化に所得制限を設けて浮いたお金を低所得者対策に回し、大学生向けの海外留学制度を立ち上げて民間から約80億円の寄付を集めた。政府の教育再生実行会議の担当相も兼ね、教育委員会制度や大学入試などの改革にも次々に着手。実行力だけで見れば、「星四つ」。
 教科書制度の見直しでは、尖閣諸島や竹島を「わが国固有の領土」と明記するよう学習指導要領の解説を改定。教科書の検定基準は、政府見解に基づく記述を求めるように変えた。これまでの歴史教育に「自虐史観」が強いとして改める姿勢を隠さなかった。道徳教育への思い入れも強く、視察先の小学校で国の道徳教材が学校に置かれたままになっているのを見つけ、「省として指導したい」と踏み込んだ。
 いずれも子どもに影響が出かねず、両方でマイナス1。そもそも国が現場を縛るやり方は評価できないので、さらにマイナス0・5でトータルで星2・5に。(高浜行人)

 
 なんだか同じコトしか言えなくなってきているのですが、ちょっと言い方を変えますと、岸田さんのときと違い、この下村さんの具体的政策の列挙は評価としてはいいのでしょうけど、でも結局これらも「安倍さんと考え方が同じ」であるコトには違いないんですよね。
 つまり安倍内閣の方針を着実に積み重ねてきたという点では、下村さんも岸田さんも麻生さんも変わらないワケで、ここにおいて採点の公平性が全く担保されていないダメ記事だと言うしかありません。
 
 またマスコミとしてジャーナリストとしてこの記事としての公平性として、この「現場が絶対正義」という姿勢も疑問に持たざるを得ません。
 そりゃ子供に影響でますよ、それが民主主義国家としてのあり方なんですから。
 ですからここで議論すべきなのは、影響の有無なのではなく、その政策が国益に適うかどうかであり、もし下村さんのその政策に対する大臣としての権限の発揮が国益に適わないというのであればそう批判すべきですが、しかしこの記事は「現場が正義」「影響が出ないのが正義」という歪んだモノサシでしか見ていないので、こんなモノでは採点する資格などなとしか言いようがありません。
 むしろ自ら「朝日は正義」と言っているようで、本当に気持ち悪いですねという感想しか出てきません。
 
 特に「尖閣諸島や竹島を「わが国固有の領土」と明記するよう学習指導要領の解説を改定」に向かって「子どもに影響が出かねず、両方でマイナス1」なんて断じるところが、さすが朝日新聞ブレませんねと皮肉を言うしかないワケです。
 
 
 さて、この後も各大臣への「通信簿」が続くのですが、正直同じお話にしかならない上に、明日には内閣改造されてしまいますので、あと特にひどい数大臣を紹介して終わりたいと思います。
 これもっと早く気づいていれば、全文紹介できたんですけどねぇ。
 というわけで、まずはこの人です。
 
 

 ■茂木敏充 経済産業 反対意見にも耳傾けて
 《星2》原発政策の説明
     *
 安倍内閣は、民主党政権の「原発ゼロ」方針を白紙に戻し、原発を「重要なベースロード電源」として、再稼働も進めることにした。これだけの方針転換をどう説明し、国民に納得してもらうのか。
 その点、茂木氏は新聞記者や経営コンサルタントだったこともあり、官僚がつくった答弁を書き直すなど、言葉へのこだわりは強い。石原伸晃環境相や鉢呂吉雄元経産相ら原発関連の「失言大臣」が多いなか、失言もなく、官僚は「安定感がある」と評価する。
 だが、その言葉は国民に響いているだろうか。記者会見では「もう国会で答えました」などと、原発問題のように答えにくい質問には回答を避ける場面が何度もあった。原発の位置づけを決める審議会の委員も大半を原発維持派でかためてしまい、反対派の声を反映しようとはしなかった。そんな一方的な態度では、どんな説明も信用されまい。反対意見に耳を傾け、何度でも説明を尽くす姿勢が説得力を生むはずだ。国民は納得しておらず、星2。(福間大介)

 
 これはひどいです。
 2点という低評価の根拠が「その言葉は国民に響いているだろうか」という、なんともあやふやな評価軸しかないのです。
 マスコミは大臣の貴重な時間をつぶすのが目的なんですか?
 もし大臣から「国会で答えた」と言われたら、マスコミこそが主体的にその発言を自ら調べ精査して、その上で疑問があればそう質問すればいいじゃないですか。
 なんでマスコミの方から大臣に苦労をかけて当然だと、マスコミは楽するのが当然だと思い込んでいるんですか?
 何様ですか?
 これ完全にマスコミの怠慢でしかないのですが、その責任を大臣の方に押しつけるところが朝日新聞の何様感がよく出ていますよね。
 
 そしてまたここでも、原発反対はこそが正しいと言わんばかりの決めつけの態度。
 もしこれを問題にしたいのであれば、まずは反対派が示す論拠が正しいコトを科学的に検証してそれを記事にして示すべきでしょう。
 それをせずして、ただ反対派がいるからっていう理由だけで「その言葉は国民に響いているだろうか」なんて言うのは、あまりにも傲慢です。
 もはや「自分が気に入らないからマイナス」としか言いようがないひどい記事です。
 
 

 ■菅義偉 官房 情報収集力生かし即応
 《星4》危機管理の徹底
     *
 危機管理役に徹した1年8カ月だった。内外問わず危機への情報収集力、対応力は卓越していた。「地球の裏側で、情報収集がきつかった」。内閣発足直後の昨年1月、アルジェリアで日本人10人が犠牲となる人質事件が発生。この経験が原点だった。
 平均して朝1回、昼1回、夜2回――。菅氏が毎日こなす懇談の数だ。相手は政財界、官界、マスコミなどさまざま。移動中やトイレでも携帯電話を手放さない。就寝時も携帯とタブレット型端末が枕代わり。
 集めた情報の量が決断の速さにもつながる。首相の靖国神社参拝後に、米国を非難する衛藤晟一首相補佐官の動画がネットに掲載されると、すぐさま発言の取り消しを求めた。内閣を揺るがしかねない材料を敏感に察知し、つぶしていく。その姿は「モグラたたき」のようだった。
 数少ない失点の一つが、首相の靖国参拝だ。歴史認識問題が急所と理解しながら、ダメージコントロールは不十分。中韓や米国との余計な摩擦を招いたのでマイナス1。トータルで星4に。(星野典久)

 
 靖国神社参拝がダメージ、と断じている時点で、もはやお里が知れると言ったところでしょう。
 靖国神社参拝に反対なら反対で良いのですが、当然としてそうであればその論拠を明確にすべきです。
 まして朝日新聞の論拠は、場合によって捏造であるコトが過去のいくつかの事件から明かであり、それだけでは正しく判断できないのにも関わらずなのにです。
 そんな体たらくな朝日新聞程度が、今回は論拠すらつけずに「参拝=ダメージ」と結びつけてしまうのは、こんなのただの言いがかりでしかありません。
 今回の記事全部に言えるのですが、こんなのもはや新聞記事とは言えないクオリティーです。
 
 
 ではもうだいぶ長くなってしまいましたので、最後にこの記事を批判した山本一太大臣の「通信簿」を紹介して終わりたいと思います。
 

 ■山本一太 沖縄・北方 物言う持ち味、影潜める
 《星2》明確な情報発信
     *
 「発信力」を期待されて起用されたが、力を十分に発揮したとは言い難い。
 毎週2回の記者会見は通常30分間以上に及び、形式も異色だ。大半の時間を充てるのは、質疑よりも、自らパワーポイントを駆使する「プレゼンテーション」。内閣府は主導権を他省庁に握られ、独自に仕事をする機会は少ない。そんな中で取り組みの説明を尽くそうとした。ひたむきな一面がのぞく。星三つ。
 しかし、肝心なニュース発信では、持ち前の明確な物言いを避けがちだった。ウクライナでの旅客機撃墜の際、領土問題相としての見解を問われても「コメントする立場にない」。発言の影響に神経質なように見受けられたので、マイナス1。
 自民党内で「世代交代」を訴え、長老議員が影響力を持つ派閥政治を批判。安倍首相を世代交代の旗頭として支えた側近だ。目標と方法論を歯にきぬ着せず語り、長老から煙たがられる姿には一定の支持があった。あの明快さは「野党的存在」ゆえか。トータルで星2に。(蔭西晴子)

 
 「ウクライナでの旅客機撃墜の際、領土問題相としての見解を問われても「コメントする立場にない」」
 当たり前じゃないですか。
 これ、どうせコメントしたらしたで越権行為だとか批判するんですよ。
 またなんとか批判の正当性を保とうと「領土問題相だからコメントして当然」と言わんばかりですが、しかし「領土問題相」はあくまで「日本の領土の問題に関する担当大臣」であって、外国同士の領土問題に介入する担当大臣ではありません。
 そういうのは100%外交問題であって、その担当は外務大臣です。
 領土問題相は全く関係ないのです。
 もしただ文字を眺めていただけだとふと騙されてしまうかもしれない、なんとも微妙な騙し方、この辺のいやらしさ卑怯さに、朝日新聞の欺瞞性が十二分に発揮されていると言えるでしょう。
 
 自分の担当ではないコメントを求められたのを拒否したコトをもって「長老から煙たがられる姿」ではないので合計2点とは、ここまでのこじつけも珍しい記事です。
 この記者、何を考えながら文章を書いているのでしょうか、まともな合理的な思考能力を持っていればこんな文章を書くコトなんてできないと思うのですが、不思議でなりません。
 世代交代を訴えていたのはまさに自民党内のお話であって、それは当然自民党所属の参議院議員の山本一太として「歯にきぬ着せず語り」をしていたのでしょう。
 自民党所属の参議院議員は当事者なんですから。
 しかし「ウクライナでの旅客機撃墜」は山本大臣としてまったく自分とは関係ないお話であって、議員としての発言と同一視するコト自体がメチャクチャなんですね。
 沖縄問題に対して「歯にきぬ着せず語り」をしなかったというのでしたら、まだ批判の整合性はあります。
 沖縄問題は民主党政権によってメチャクチャにされた非常にナイーブな問題ですから、なんでもかんでも「歯にきぬ着せず語り」をすればいいってモノではないですから、むしろそんなコトする方がダメだと思いますが、まぁそこを無視したとして「歯にきぬ着せず語り」が絶対正義だと仮定するのであれば、この批判も一応の整合性はあります。
 しかしよりにもよって「ウクライナでの旅客機撃墜」へのコメントを求めて、それに答えなかったからという理由で「歯にきぬ着せず語りではない」と言ってしまうのは、ちょっとこの記者の頭の中の整合性とか論理的思考とかがどうなっているのか、日本人とは違う思考回路しか持っていないのではないのか、むしろ鳩山さんのような宇宙人的なかわいそうな頭しか持っていないのではないかと、同情してしまうレベルなワケです。
 蔭西晴子記者、大丈夫ですか?
 
 だいたいにして、自分のコトなのに説明から逃げ回っているのは誰なんでしょうかね。
 朝日新聞の社長や記者さん達?
 国家そのもの、つまりそこに生きる国民をもウソと捏造によって貶め続けてきたくせに、未だ謝罪も反省もなく開き直っている新聞社は果たしてどこなんでしょうか。
 これでよく他人を点数付けするなんて傲慢なコトができましたね。
 しかも根拠も無く、叩くためだけの記事を。
 さすが朝日新聞、ここまでの“クオリティー”を示せるのはサスガだと言うしかありません。
 絶対にマネしたくないですね。
 
 
 というワケで、今回の朝日新聞による「閣僚通信簿 第2次安倍内閣」に対する採点ですが、もう0点です。
 本当ならマイナスもいいところなんですが、まぁそこまで考えるとどこまでもマイナス点を付けなければならなくなるので、最低点の0点です。
 むしろ評価する部分を見つける方が難しいです。
 よくここまでの頭の悪い文章が書けるもんだと感心するレベルです。
 
 朝日新聞って本当に恥ずかしい会社ですね。
 

【朝日新聞】閣僚通信簿 第2次安倍内閣を採点する


 先日朝日新聞が載せた「閣僚通信簿 第2次安倍内閣」という記事がひどいと話題になっています。
 これに対して、産経新聞も記事にしていますが、特に沖縄・北方担当大臣の山本一太大臣が、自らのブログで批判をしています。
 

 「内閣府の担当になって50日しかたっていない記者に(中略)評価させるというのは、あまりにも手抜き(アンフェア)ではないだろうか?!」
 
 「自分はこの記者を知らない。名刺交換をしたこともなければ、言葉を交わした記憶もない。記者会見で質問を受けた憶えもない」とも強調し、「つまり、この記者は、閣僚を間近で取材してきた『番記者』ではない」
 
 「山本一太の通信簿の内容は、他の閣僚の評価と比べても最悪だった。星の数が2つだったからではない。閣僚として進めてきたさまざまな政策について、全く言及がなかったからだ。どの政策分野も『間近で取材していない』記者には、どこでどんなことが行われてきたのか、ほとんど分かっていないと思う」

 
 なかなか政治家が直接新聞の記事を批判するっていうのは珍しいですが、この批判を見れば、この記事はかなりひどい内容ではないかと想像できます。
 特に「言葉も交わしてない」「担当になって50日しかたってない記者」に、一国の大臣に対する「通信簿」がどうやって書けるのか、果たして朝日新聞の常識というモノはこれほど一般的な常識と乖離しているのか再確認させられるところです。
 
 というわけで、批判の本道である全文をキチンと見てから批判するっていうコトを実践するためにも、また第二次安倍内閣もあさってには改造するというコトですから第二次安倍内閣を振り返るという意味も込めて、この朝日新聞の「閣僚通信簿 第2次安倍内閣」という記事を採点してみようと思います。
 朝日新聞のサイトで記事が公開されていますが、会員でないと全文が読めません。
 無料会員でも読めるので、全文が気になる方はそういう手段もあるというコトをお伝えしておきます。
 とりあえず長いので、ひとりずつ記事順に引用していきましょう。
 

 閣僚通信簿 第2次安倍内閣
 
  安倍晋三首相は9月3日、第2次内閣発足後初の改造をする方針だ。戦後最長の600日を超える在任期間となった現在の閣僚たちは、政治家としてどう評価されるべきなのか。主権者である国民への説明責任、任免権を持つ首相との距離、官僚に対する政治主導、族議員らのいる自民党との関係――。各閣僚を間近で取材し続けてきた「番記者」が独自の視点で、通信簿をつけた。
 
 【通信簿の見方】
 《星(5点満点)》評価の指標
     *
 担当記者が閣僚をどのような点で評価するのかを示した上で、星を5点満点(0.5点単位)でつけて採点した。

 

■麻生太郎 財務 政権運営に貢献、失言も
 《星2.5》「麻生節」の政権浮揚効果
     *
 ほとんど自分の言葉で記者会見をこなす数少ない閣僚のひとりだ。奔放な「麻生節」はネット世界や若者の間でも人気だが、失言も多い。安倍政権への貢献という観点でみれば、功罪半ばの星2・5か。
 記者会見の名物は記者への逆質問だ。長期金利が低い理由を聞いた記者には「どうしてだね?」と切り返し、統計数字を記者に言わせようとすることもしばしば。記者が詰まると「勉強してから質問しろよ」。「経済通閣僚」の自負が強いが、法人税率引き下げの効果に疑問を呈すなど、安倍首相との距離をさらしてしまう場面もある。
 円滑な政権運営のために汗をかく、もうひとつの顔もある。集団的自衛権の行使容認をめぐっては、公明党や世論に配慮して閣議決定を少し遅らせることを安倍首相に進言した。
 そんな隠れた努力を台無しにしかねないのが失言癖だ。憲法改正の議論でナチスを引き合いにしたり、集団的自衛権をいじめ問題に絡めて語ったりして周囲をひやひやさせるが、本人に気にする様子はない。(疋田多揚)

 
 基本的に「失言」という印象を強くしようとする記事だという印象です。
 というか、「失言ありき」と言わざるを得ない、むしろそれしか言えないのですかと言いたくなる記事です。
 記事中で具体的な失言例を2点ほどあげていますが、正直いまこんなコト言われても「そんなコトありましたっけ?」程度にしか思わない人の方が多いんじゃないでしょうかね。
 つまり別に“国民から”の批判はそう上がらなかったと言えるワケで、やっぱり本当に批判のための批判記事なんですねという印象をさらに強くするだけの記事でしかないワケです。
 結局朝日新聞というのは「麻生と言えば失言」という、バカの一つ覚えで取材もせず頭も使わず結論ありきの記事を書く、そんな会社でしかないと言うしかありません。
 
 またこれは後述しますが、記者会見とのやりとりの中で「安倍首相との距離をさらしてしまう場面もある」という部分について、これはかなり矛盾をはらんでいます。
 というのもこれもマスコミの常套手段で、総理や内閣との方針とちょっとでも違うコトを大臣が口にするとこうやって批判するくせに、しかし全く方針通りにすると「イエスマン」とか「存在感が無い」とか言い出すのです。
 どっちにしても批判の材料にするんですね。
 
 大臣が担当の政策について、独自の見解を持つコトはそれは全く不思議ではありません。
 政策は最後に内閣全体として1つの結論が得られればいいだけのお話であって、ちょっとこの記事だけだと「法人税率引き下げの効果に疑問を呈す」がいつどこでどういう文脈での発言なのか分からないのでなんとも言えないところですが、別にこれだけをもって「総理との距離をさらしてしまう」とは言い過ぎでしょう。
 決してそれが、財務大臣としての決定事項ではないんですからね。
 財務大臣としての決定が総理や内閣としての決定と乖離しているのであれば「距離を」と言うのも分かりますが、そうでないのであれば、そんなのただのレッテルとしか言いようがありません。
 マスコミお得意の批判のための批判なのでしょう、これは。
 
 そしてマスコミの最も傲慢な点が、この「安倍政権への貢献という観点でみれば、功罪半ばの星2・5か」です。
 マスコミが大臣や政治家の政策の面において点数を付けるのはいいんですよ。
 それはまぁ民主主義として国民の権利とすら言えます。
 しかし「安倍政権への貢献」という点について評価できるのは安倍総理だけでしょう?
 せめて同じ内閣の一員ならまだしも、なぜ全然別組織の人間が、例えば民間会社なら人事課が行うような「組織への貢献度」を、どうして部外者が評価できるというのでしょうか。
 他人の組織の人間の貢献度を自分の価値観で評価する。
 朝日新聞はいったいぜんたい何様なのでしょうか。
 やはりこの朝日新聞の記事は、はじめから視点や論点がズレていると言うしかありません。
 
 

 ■新藤義孝 総務 政策の推進、官邸主導に
 《星2》地方の活性化
     *
 安倍内閣にとって経済政策「アベノミクス」の地方への波及は重要課題。少子高齢化や過疎の問題に加え、来春には統一地方選も控える。地域活性化の担当相として期待がかかったが、官邸主導に埋没。成果は乏しかった。
 靖国神社参拝など首相と信条を同じくし、「お友達枠」との見方がつきまとった。「安倍氏には『近くにいる人間は使わなくて結構です』と申し上げていた」と強調したこと自体、「お友達」を意識していた裏返しだ。
 「ふるさと納税」の拡充方針も、菅義偉官房長官の求心力を借りた。「誰が発信するかではなく、政策実現が第一」と献身的な取り組みを強調したが、推進力は「星一つ」どまりだ。
 ただ、地方活性化は多くの省庁が関わり、一閣僚だけで統率しにくいのも事実だ。総務省は、地域の金融機関が収益性があると判断した活性化策に限って、国が補助する制度を導入。地域の経済循環と創意工夫を引き出す試みに着手したことは評価する。プラス1で、トータルで星2。(斉藤太郎)

 
 これももう最初から批判するためだけの批判記事と言うしかありません。
 出ました「官邸主導に埋没」
 ついさっき「総理との距離がある」と言ったばかりなのに、今度は「官邸主導に埋没」です。
 なにをどうやっても批判するという卑怯な姿勢の最たる例ですね。
 こういう悪例こそ教科書に載せて学校で教えた方がいいのではないのでしょうか。
 
 新藤さんの場合のような、官邸主導を地域活性化担当相として政策決定を支えるっていう形がなぜ悪いのでしょうか。
 少なくとも「埋没」なんてマイナスイメージの言葉を使うのは不適切でしょう。
 むしろ「官邸主導」とは、総理がリーダーシップをとって政治主導で政策を進めていくっていうコトの体現のハズですから、ここ数年こういう形こそを国民から望まれたいた行政の姿ですよね。
 それなのになんでしょうかこの言い様は。
 ある時は独裁者と言ったり、ある時は政治をメチャクチャにするコトを「政治主導だ」と言って最低内閣を擁護したり、さすが朝日新聞だと言うしかありません。
 
 また最後にとって付けたかのようにプラスの部分を入れていますが、これだって当然のように「総理が合意した政策」なんですよね。
 結局、言い方を変えているだけ、批判するための批判しているだけというコトが、この短い文章の中で露呈してしまっているのです。
 本当に悪例として好例な文章です。
 
 

 ■谷垣禎一 法務 悪質運転厳罰化を実現
 《星3.5》「法の支配」の実行
     *
 「法の支配」が国民生活の安全安心につながると強調し、安定した法務行政を目指した。8人の大臣が入れ替わった民主党政権から一転、重鎮らしいリーダーシップを発揮。安定感を評価し省内からは「過去最高の法相」という声も出る。
 法相を自ら希望したとされる。悪質運転や少年犯罪の厳罰化など、提案した法案は次々に成立。再犯防止にも力を入れており、安定性では減点なし。
 その一方で、独自色は乏しかった。死刑には肯定的で、在任中に5度、計9人に執行した。日本の死刑制度は国連規約人権委員会などから批判されている。存廃はさておき、将来的な死刑のあり方にも言及は少なかった。刑事司法制度改革でも「私は法制審議会に諮問した立場」と、多くを語らなかった。
 閣内でも「らしさ」が出なかった。象徴的だったのは、昨年成立した特定秘密保護法。約30年前、内容が似ている「国家秘密法案」に反対したが、今回は「立ち入ったことは控える」。発信力でマイナス1・5、トータル星3・5に。(北沢拓也)

 
 「安定」という意味では、大臣の資質に大きく関わる、そしてそれは国益に直結する重要な要点です。
 その最も悪い例としては、民主党政権の時の田中直紀防衛大臣でしょう。
 あの時のガタガタの大臣のせいでどれだけ国益が失われたか、想像を絶するとしか言いようがありません。
 そういえば、田中防相の奥さんである田中真紀子外務大臣に対しても同じコトが言えますね。
 ですから、谷垣さんが安定しているから評価が高いというのは正しい評価の仕方でしょう。
 
 しかしその観点から言えば、第二次安倍内閣の全ての閣僚は最高得点を与えなければ、評価という点の公平性は担保されません。
 なぜなら、第二次安倍内閣は一度も一人として閣僚が交代しなかった期間が戦後最長の内閣だからです。
 よって、そういう観点から第二次安倍内閣は最高であるのは事実であって、谷垣さんも同様ですが、しかし同時に、谷垣さんだけこの点によって評価するというのは全く公平性が担保されていない評価の方法だと言うしか無いんですね。
 新藤さん2点、麻生さん2.5点という点数の付け方は、同じ会社の同じ記事無いというコトもあり記者が違うというのは言い訳にならないわけで、大変に不適当な、分かりやすく言えば「手抜き記事」だと断じざるを得ないのです。
 少なくとも「採点」という行為をしていい立場ではないと言うしかありません。
 
 そしてバカの一つ覚えで「独自色は乏しかった」です。
 もう繰り返しません。
 批判のための批判です。
 また「約30年前、内容が似ている「国家秘密法案」に反対したが」って、30年前と今とでは全然状況が違うのに、この記者は何を言ってしまっているのでしょうか?
 むしろ30年前から全然考え方が変わっていない人というのは政治家としては不適当でしょう。
 批判のための批判ならなんでも批判に繋げてしまう、またもや悪例の好例です。
 
 
 (つづく)
 

五輪招致、「福島の人々への配慮が足りない」と言うのは論理的思考が出来ないと暴露している自己紹介


 今日はこちらの記事です。
 

 汚染水説明理解されず 五輪招致 海外記者「失望した」
 
 「水や食べ物は安全」「住民は普通に生活している」「東京は全く問題になっていない」――。招致委は8月下旬、想定問答を作った。政府が3日、計470億円の対策を発表すると「これで説明できる」と余裕も見せていた。
 だが、現地初の記者会見で海外メディアの質問6問のうち4問が汚染水対策に集中し、竹田恒和理事長は答弁に困窮。「厳しい。この説明では納得してもらえないのか」。招致関係者は国内外の温度差を感じた。
 会見に出た海外の記者は「失望した」「意図を理解しない答え」と突き放した。東京と福島の距離を強調する姿勢に「東京だけ安全ならいいとも聞こえ、福島の人々への配慮が足りないのではないか」との声もあった。

 
 ひどい記事です。
 まぁ朝日新聞ですからひどい記事ならお手の物なのかもしれませんが、今回はいつもとベクトルの違うひどさです。
 
 つっこみどころ満載でアレなんですが、まず一番ひどいところは「東京と福島の距離を強調する姿勢」に対しての答えとして「東京だけ安全ならいいとも聞こえ、福島の人々への配慮が足りないのではないか」というモノが成り立っているとしてしまっている書き方です。
 しかし実際にはこの「東京だけ安全ならいいとも聞こえ、福島の人々への配慮が足りないのではないか」という返答は、議論をごちゃ混ぜにして、とにかく相手を攻撃するコトだけを目的とした言葉でしかありません。
 というのも、そもそもこの場は「オリンピックの開催地の選定場所」であり、その「安全なオリンピック開催のために」という理由のために「東京の安全性」を問うているワケですから、この際「福島の人々への配慮」というのは「オリンピック招致の場としての東京」という目的には一切関係がないんですね。
 注意して欲しいのは、これが「福島の人はどうでもいい」とかいう意味ではないというコトです。
 これこそが議論をごっちゃにするモト、もしかしたら意図的にそう言っている人もいるのかもしれませんが、「オリンピック開催地としての東京がふさわしいかどうか」の問題と、「福島の人々の心情」の問題は、論理的にリンクするコトのない全く関係のないお話でしかないのです。
 この議論の本質を、主題をキチンと確認し、その主題についての返答をしてこそ議論だという理論的理屈をシッカリと認識してほしいのです。
 
 科学的見地から、放射能の問題は、もっと言えば「放射能の害」は、距離によって完全に緩和されます。
 極端なコトを言えば、アメリカは広島に原爆を落としてもアメリカ本土には影響がないから落としたワケですし、チェルノブイリだって放射線濃度は全世界である程度高まったとかいうデータを見たコトある気がしますが、他国にまで直接人体の影響がでるほどの影響が出たとは科学的に認められていません。
 少なくとも「遠ければ遠いほど影響が減っていく」というのは、だれしもが認める科学的事実でしょう。
 こう考えたら「東京は福島から遠いから問題ない」という説明は、「科学的見地に基づいた説明」と言えるワケです。
 しかしこれに対して「福島の人々への配慮」という言葉は、心情の問題であって、「科学的見地」とはまったく次元の違う物の見方です。
 ここが「議論をごちゃ混ぜにしているモト」なのです。
 もし東京側の説明に反論するのであれば、科学的見地からの反論をしなければなりません。
 科学的見地からの反論とは、例えば「福島で検出されている放射線はこれだけで、過去のデータから計算すれば東京までの距離ならば人体に影響が出る範囲だ」とかです。 
 これでしたら「議論」ですから、もしそう言われたのであれば東京側はさらに科学的見地からの反論が必要になるでしょう。
 繰り返しますがこれが「議論」なのです。
 科学的見地からの意見に対し、人の心情を持ち出すのは、こんなのは議論と呼べるシロモノではありません。
 
 まして最初に言いましたように、これは「オリンピック開催地の選定の場」です。
 ですからこの場に参加している日本代表の人達も、日本政府として来ているワケでも、原発事故の責任者として来ているワケでもありません。
 あくまで「東京でオリンピックを開催するコトの提案」に来ているのです。
 原発や放射能処理に責任を負って来ている人達ではありません。
 総理も都知事もそうです。
 今回の出席は、あくまで「東京を開催地にするため」の立場での出席なのです。
 むしろもしこれが「行政府の長としての出席」であれば、単なる民間人(中には王族もいるそうですが)が一国の首脳にプレゼンをさせるなんて行為になるワケで、とんでもない失礼をさせているコトになるでしょう。
 そうではなく、政治や外交を離れた「オリンピックのため」に、全ての人はその場に集まっているのです。
 ですから、東京の放射能のコトを心配するコト自体は、「オリンピックの安全のため」という理由がありますから質問して当然ですが、しかし「福島への配慮」なんてモノはオリンピックには一切関係のないお話でしかないのです。
 それは政府や東京電力が考えればいいコトです。
 「オリンピック招致メンバー」にも、「オリンピック委員会」にも、何ら全く一切合切無関係のお話なのです。
 
 卑怯です。
 この一言しか言いようがありません。
 弱者を楯にとって反論を許さぬという、この世で最も卑怯な「攻撃」のひとつが、これです。
 論理的思考も、科学的思考も出来ないまま、単に相手を攻撃するためだけに弱者まで持ち出して、言葉の上だけで相手を貶めようとする行為。
 これを卑怯と言わずして何と呼ぶのでしょうか。
 
 そしてなにより、これをそのまま国内に垂れ流す朝日新聞もさすがというか、いつも通りとしか言いようがありません。
 どこまで日本を貶めれば気が済むのでしょうか。
 新聞であれば、本当にオリンピック委員や外国プレスがそう言ったのであればそれを伝えても構いませんが、しかしこの構図はキチンと説明する必要があるのではないのでしょうか。
 論理が破綻しているんですからね。
 これだけの記事ではタイトルも含めて、むしろ朝日も「失望している」と助長しているようにしか読めません。
 この論理破綻を指摘しないまま、別次元のお話を無理矢理くっつけて記事にして、何らかの結論を誘導している姿は、もはや「事実を伝えている」とは言い難い行為でしょう。
 
 日本人でも外国人でもマスコミでも、論理的思考が出来ず科学的思考も出来ず議論をごっちゃにする人に対しては軽蔑するしかありません。
 

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