本来の柔道の精神を取り戻せ

 今日は山口県知事選挙についてひとこと言っておこうと思ったのですが、あまおちさんがどうしても昨日の柔道のコトについて言いたいと言っておりますので、今日は我慢してお付き合いください。
 よろしくお願いします。
 
 
 おい、我慢してっていうのなんだー。
 
 と、みんな昨日の柔道見た?
 結果だけ見ればやはり柔道発祥国としては全部金メダルを取って欲しい気持ちはあるから色々と残念な部分もあるが、でも精一杯戦った選手達には最高の賛辞を送りたいと思うし、それでもやっぱり感動したっていうのが率直な気持ちだ
 だがね、ちょっとね、これについて一言言っておきたいんだ。
 

 五輪柔道:旗判定やり直しで、海老沼が準決勝へ
 
 審判に向かって大ブーイングが起きた。柔道男子66キロ級準々決勝。最初は相手の韓国選手に旗3本が上がったが、本部席にいる審判委員(ジュリー)から異議が出た。畳にいる審判3人が協議の末、もう一度、旗判定に。やり直しは、今度は海老沼に旗が3本上がった。韓国選手はしばらく畳から下りようとしない。後味の悪い試合ながらも、海老沼が準決勝に進んだ。

 
 柔道を知らない人はなんのこっちゃかもしれんが、簡単に説明すれば、柔道の試合時間5分+延長戦3分でも決着が付かない時は「旗判定」と言って、主審と2人の副審が「総合的にどっちが有利に試合を進めたか」を判断して有利だと思う方の色の旗を揚げて決着を付けるというルールがあるんだが、この試合の旗判定の結果としては海老沼選手の負けが宣告された後、審判本部席から判定のやり直しが指示され、なんと2回目の旗判定が行われて、海老沼選手の勝ちということになったという珍事があったのだ。
 オレは柔道の試合を観ていて、旗判定が2回もされたなんてのは初めて見た。
 オレの目から見たら明らかに試合内容は海老沼選手が勝っていた試合だと感じたが、それでも選手の気持ちになれば、判定を覆された選手はもちろん、海老沼選手にとってもしんどい出来事になってしまったのは否めないだろう。
 ビデオ判定は試合の公平性という観点からは今のところ最も有効な手立てだとは思うが、それと選手の気持ちは別問題だ。
 さすがにこれはどちらの選手に対しても同情を禁じ得ない。
 このようなことをしでかした国際柔道連盟には猛省を求めるところである。
 
 今回の柔道を見ていると、判定の取り消しがかなり多い。
 ビデオ判定が導入されて、それが柔道界で浸透してきたというのはあるのだろうが、それにしても一本と宣告された後に取り消しがあるなんてことも、今回の五輪だけでもかなり頻発してしまっている。
 色々な意味でこれは「ない」
 そもそも柔道というものの精神からして、ちょっとこれはあり得ないと言わざるを得ない。
 
 オレが最も言いたいのは、判定の取り消しがあるにも関わらず、一本や延長戦でのポイントが付いた後にはいったん試合が止まってしまう部分にある。
 ここも柔道を知らない人にはなんのこっちゃになってしまうが、柔道という競技は投げ技だけの競技ではなく、投げた後の寝技の攻防、つまり押さえ込みや絞め技、そして関節技もあってこその柔道であるのだから、本来の柔道で言えば、もし本当に一本が決まっていないならそのまま寝技の攻防に移行しなければならないという点だ。
 今のままのルールだと一本が宣言された時や、延長戦の場合は「有効以上のポイントが付いたらそこで終わり」という昔で言うサドンデス方式なので、延長戦時の有効以上の宣言が出された時は、そこで流れがいったん止まってしまう。
 だから、この場合は寝技の攻防は行われない。
 でもそれなのに、後から判定が覆えり、それは一本や有効以上ではないと宣告されるのであれば、では本来あるはずの寝技の部分が審判のミスによって行われないことになってしまう。
 あるべきものが無かったことにされてしまうわけだ。
 これは本来の柔道の精神としては、あってはならないことなのだ。
 
 柔道のもともとの考え方・精神で考えると、一本とは相手を殺させる威力のある技のことだ。
 立ち技ならその一撃かもしくは武器により楽にとどめがさせる状態に、押さえ込みであれば短刀などの武器で致命傷を負わせるぐらいの時間相手を制止出来ているという意味というのが、本来の柔道の精神である。
 だから一本が決まれば相手は「死んだ」ということで試合は即終了だし、重傷レベルである「技あり」は2回目で殺せるということで「合わせて一本」だし、そこまでの傷ではない有効はいくら有効を重ねても「技あり」以上にはならないという、そういうルールなのである。
 つまり逆に言えば一本でなければ相手は死んでいないのだから、そのまま試合は続行されなければならないのだ。
 
 もし判定が覆されるルールなのであれば、この本来の柔道の精神を激しく損なっていると言わざるを得ない。
 よってビデオ判定を取り入れて冷静に正確に判定する(これ自体には異論は無いが)のであれば、仮に一本であっても、延長戦であっても、投げ技をかけた後も試合を止めずに寝技の攻防までさせるべきだ。
 特に一本かと思うぐらい綺麗に投げれば、多くは寝技の体勢では有利になることが多いし、立ち技で崩して寝技で有利に試合を進めるというのは柔道の正道なのだから、判定が覆る可能性が僅かでもある限り、寝技できっちりと「仕留める」までさせなければ、柔道としては嘘になるだろう。
 ビデオ判定自体はなくならないだろうし、ビデオ判定の方が優先させられるというのは公平性の観点からは最も優れた方法だから、せめてこのようにルールは変更すべきである。
 もしその上で選手が一本を宣告された後に油断をして寝技をしなかったのであれば、それは自業自得なので仕方が無い。
 要は、本来の殺し合いであれば神の座視にいる審判が、その試合を無駄に止めなければいいだけの話なのだから。
 
 今回の件に関連して、もっと変えるべきルールは色々とある。
 「効果」の復活もその1つだ。
 「効果」とは「有効」のもう1段階下のポイントなのだが、今回はこれが廃止されている。
 例えば技をかけたことによって相手が尻餅をついても、これまでのルールだと「効果」なのだが、いまのルールでは一切のポイントが付かないことになってしまっている。
 おかしいだろう。
 技によって相手が尻餅ついても、一切の「技の有能性はなかった」となるのだから、こんなおかしいことはない。
 そしてなにより、ここが今回の誤審の一端にもなっているのだ。
 
 なぜ1回目の旗判定で海老沼選手が負けたのかと言うと、おそらく「相手選手の方が手数が多かった」という審判の判断が働いたのだと思われる。
 しかし柔道の判定とは、手数とか積極性とかだけで判断されるものではない。
 柔道には後の先を取るという技術もあり、相手の技に合わせてかける技もあり、決して先に仕掛ける方が優れているとは言えないのが柔道である。
 よって当然後の先によって有効的な技が決まるのであれば、それは十分に判断材料になるし、もちろん後の先だけでなく、手数は少ないけど出す技は全て相手を崩しているという場合も、柔道という競技においては優先させられるべきポイントなのである。
 よって、いくら手数は相手が多かったとしても、相手をより崩したり、分かりやすく言えば手数だけ出して全く相手が崩れなかった選手よりも、何度も何度も尻餅をつかせていた選手の方が、旗判定では勝たせるべきなのだ。
 一回しか技を出さなくても、ただ1回だけでも一本を取れば即勝ちになるのが柔道なのだからな。
 
 これが本来の柔道の姿なのだ。
 手数や積極性ではなく、「有効的な技を出したかどうか、相手を崩したかどうか」が、一番重視すべき点であるというのが柔道なのだ。
 審判本部も、だからこそ判定をやり直させて、それが結果となったのだろう。
 
 だから結果の結果としては、オレは間違っていないと思っています。
 しかし今回は、「効果」があればこんな誤審は起こらなかったと言える。
 まだ本戦の5分間の間であれば「効果」だけでは優勢勝ちにならないというルールでもいい。
 また、延長戦でも「効果」ではサドンデスにならないということでもいい。
 しかし延長戦を3分戦った後の旗判定に入る段階では、「効果」が多い方が勝ちにしなければ、それは柔道ではなくなってしまうと言えるだろう。
 ここはこのように変えるべきだ。
 
 まだまだ言いたいことはあるのだが、長くなるのでこの辺にしておこう。
 しかしもっとも重要なことは、審判の質をもっとあげることだ。
 まだまだ外国人審判の質が低い。
 今回の件は、海老沼選手にしても、相手の選手にしても、選手の立場に立てば気の毒な話だ。
 試合の公平性はいいが、それによって選手の心を折るようなことをしてしまっては本末転倒になりかねないだろう。
 国際柔道連盟には猛省を求める。