反論出来る匿名と反論が届かない実名

 今も昔もネットが世の中に出てきた時から、その匿名性というモノは常に議論の対象になります。
 すなわち、匿名という存在はいくらモノを言っても無責任のままでいられる、これは言論としていかがなものか、という感じの論調です。
 特にこの手の意見というモノは、元々ネットではない場で活動していた人、文筆家ですとか、タレントですとか、弁護士ですとか、そういうリアルの世界で活動している人から出されるコトがほとんどです。
 自分たちは実名で、変えようのない顔を晒してまで言論活動をしていて、場合によっては全く知らない人から反論や批判されるリスクを負ってまで言論活動しているのに、ネットでの匿名はそういうリスクを負っていない、反論や批判が来ても簡単に逃げられてしまう、だから卑怯であり言論としては認められない。
 こういう理屈なワケです。
 
 でもやえはふと思うのです。
 政治を取り扱うテレビ番組とかによく出るタレントっているじゃないですか。
 例えばみのもんたさんとか、古舘伊知郎さんとか、爆笑問題さんとか。
 ああいう人達って、まぁ何人かは芸名なのでしょうけど、一応顔も出しているというコトもあって実名での主張者というコトが言えるワケですが、しかし果たしてああいう人たちに対しての反論っていうのは、いったいどうすれば出来るのでしょうか。
 あの人達っていうのは本当に反論を自らの身で受けているのでしょうか。
 
 例えばネット上で、自分のサイトやブログやまた掲示板などを使って、そういう実名活動の人たちを名指しで批判するっていうコトはあるでしょう。
 というか、やえもよくしてますよね。
 あの時のみのもんたさんの発言はおかしい、と。
 でもこれって基本的には一方通行ですよね。
 批判の対象の人は必ずその批判や反論を読んでいるかどうか分からない、むしろまず読んでいないコトの方がほとんどなワケで、ですから果たしてこれを「反論」と呼んでいいのかどうかというのは疑問が残るところです。
 だって反論というのは、その対象者が読まないと「反論を受けている」という状態とは言えないですからね。
 むしろ知らないモノは存在しないモノと言っても過言ではありません。
 読んだ上で放置するっていうのはひとつの選択肢ではあると思いますが、そもそも対象者がその反論の存在に気づかないという場合において、その反論は本当に「反論」と呼べるシロモノなのかどうかというのは難しいところではないのでしょうか。
 
 つまりですね、いくら実名者であったとしても、結局その人に反論や批判が届かないような仕組みになっているのであれば、それは実名が負っているとされるリスクを本当に背負っているかどうかは大変に疑問の残る課題だと思うのです。
 逆に言えばですね、ではなぜ匿名がダメだと言われるかと言えば、それは反論や批判からあっさりと逃げられるからですよね。
 匿名そのものがダメではなく、ダメの論拠は「反論や批判からあっさりと逃げられるから」です。
 であるなら、それが実名であっても顔を出していても、「反論や批判からあっさりと逃げられる」のであれば、それはやっぱり無責任だと言われても仕方ないのではないでしょうか。
 
 こう考えた時、「実名で活動しているけど反論を受け付けないシステムになっている人」というのは、果たして匿名だからという理由だけで批判する資格があると言えるのかどうかというのは、疑問に持たざるを得ません。
 例えばやえなんて、その上で掲示板とかコメント欄を解説しているワケですから、「やえの主張」に対しては誰であろうとも直接やえに対して反論や批判が出来るシステムをとっているワケです。
 むしろ当サイトは匿名さんでもコメント出来たりしてますしね。
 さらに言えば、やえなんかはこのサイト長いですから、昨日今日作ったブログとは背負っているモノが違います。
 少なくともやえはそう思っています。
 そう考えたら当サイトは「批判反論が出来ない相手」ではないワケで、では「実名で活動しているけど反論を受け付けないシステムになっている人と比べたとき、どちらがより無責任なのか」というのは、なかなか考える余地のある問題ではないでしょうか。
 
 言論主張に責任を持つっていうのは、結局はその人本人の気持ち次第なのではないでしょうか。
 いくら実名を出し顔を晒しても、本人に反論を聞く気持ちがなければ、結局は無責任のままで終わるでしょう。
 例えば、政治に対して不平不満を言ったお笑い芸人に反論をしても、その芸人が「あれはギャグだよ」とはぐらかして聞く耳持たなければ、それは主張者としては無責任ですよね。
 しかも芸人としては全然それで実名の傷がつくワケではないのですから、もはや匿名と何が違うんですかと言いたくなります。
 やっぱり結局は本人の気持ち次第なんですよね。
 
 結局実名活動の人が「匿名はなんたら」とか言うのって、体の良いレッテルなのでしょう。
 よくよく考えれば匿名とか実名というカテゴリーだけで責任論を語るコトなんて出来ないのです。
 ぜひ反論出来る匿名と反論が届かない実名はどちらが無責任なのか考えて貰いたいところです。