外交の最後は国民の評価で決まる

 やえが最も日本の歴史上最も外交で失敗したと思っている1つに、日比谷焼き討ち事件があります。
 この事件の直接的な原因は、日露戦争における講和条約であるポーツマス条約が発端なワケですが、何が失敗かと言えば、政府の外交手腕が失敗したのではなく、国民の反応評価によって政府の功績が全く逆の評価になった点にあります。
 さらにもっと言えば、その時の国民の反応が、その後に続いていく日本の戦争に対する冷静な判断力を著しく落としてしまった原因になったのではないかと思っています。
 
 今でこそポーツマス条約は日本にとって高い評価を得ています。
 戦争自体は日本とロシアとどちらが勝ったとは言いづらいギリギリのモノだったのに、外交交渉によって勝ちと言える内容の条約を結ぶコトが出来たというのが、この条約です。
 Wikipediaにも「日本は困難な外交的取引を通じて辛うじて勝者としての体面を勝ち取った」との一文があります。
 この辺は今では有名なお話ですよね。
 
 しかしそれを当時の日本国民が理解せず、外交の失敗と責め立て、ついには焼き討ち事件を起こす事態にまで至ってしまいました。
 今でこそポーツマス条約は政府の正しい判断だったと言われますが、しかし当時の国民の反応ははどういうモノだったのかは、それはもう焼き討ち事件が起きたというだけで想像できますよね。
 そして事実としてこの焼き討ち事件の結果、当時の内閣であるに第1次桂内閣が総辞職するという事態を招いてしまっています。
 政権は正しい外交を行ったのに、国民の判断によって政権が倒れてしまったのです。
 
 この“弱腰外交”は、その後ますます政府に対して強気の対応を迫るコトになります。
 その後日本は負けていく戦争に突入していくワケですが、やえはこれだけが全てとは言いませんけど、しかし「引くに引けなくなった要因」の1つとしてこの日比谷焼き討ち事件があったと言えるのではないのかと思っています。
 当時の日本は君主制とは言え、選挙で選ばれた議員が多くを占める行政府や立法府が存在する民主主義国家とも言え、国民の意思が政治に大きく影響する国家でもありました。
 そういう中においてこの国民の判断は、“政治家”に強い恐怖心を植え付けてしまったと言えるでしょう。
 「もうこの程度では国民に理解されない」という思いが、より無謀な戦争を招いてしまったという一面は否定できない事実だと思います。
 
 この過去は教訓にしなければなりません。
 歴史的にその出来事が正しいと証明されても、しかし政治はその時代において点ではなく線や面として繋がっていくモノであり、その時その場でその1つの出来事が国民の判断でダメだと判断されてしまった結果、その後に続く別の出来事への判断を狂わせてしまうコトになりかねません。
 いえ過去に事実としてそうなってしまったワケです。
 国民の判断・評価というモノは、外交にとってとてもとても大きなファクターであり、国民の冷静な判断が必要なモノなのです。
 
 こういう記事があります。
 

 強硬派・ラブロフ外相は岸田氏との握手を拒否 長門会談をめぐる日程闘争はなお…
 
 3日午前(日本時間同日午後)、露外務省別館。ラブロフ氏は岸田氏と並んで会場入りしたが、報道陣の前を素通りして席に着いた。立ち止まって握手し、記念撮影に応じる通例をあえて無視したとみられる。

 
 ネット上ではこれだけで、岸田外相や政府の“弱腰”を責める書き込みが見られました。
 また、昨年か一昨年ぐらいの日露外相会合の記者会見における「日本とは北方領土の協議はしていない」との突然のラブロフ外相の発言に対しても、未だに岸田外相への批判があり、今回の件と併せて“弱腰”を責める書き込みがそれなりにあるワケです。
 特にロシアや中国との外交の場において、記者会見だけにおける「勝手に振る舞う相手」だけの映像を見て、「日本はナメられている」とか「日本は弱腰外交をいつまで続けるのか」とか言ってしまう国民がそれなりにいてしまうワケです。
 
 しかし果たして実際はどうなのでしょうか。
 そもそもとして、ラブロフ外相の思うままの結果が出るのであれば、むしろそれはラブロフ外相は満面の笑みを浮かべて握手するコトでしょう。
 そんなのちょっと自分に置き換えて考えれば分かるコトですよね。
 本来外交とは勝ち負けではないのですから、だからこそそういう場では笑顔で握手するっていうのが国際外交儀礼であるにも関わらず、たまにロシアや中国なんかは感情をあらわにするワケですが、しかしそれはつまりは「自分が気にくわない結果だからこその悪態」でしかないワケですよね。
 もちろんその「自分」とは、自国や自国民にとってという意味の場合もあるワケですが、どちらにしても外交儀礼を曲げて悪態をつくというのは、「笑顔をとるコトができない自分側の都合」があると捉えるワケです。
 こんなの少なくとも「日本の弱腰」とは全く繋がらないコトなんですね。
 
 そして、記事の一部だけを見るのではなく、全体をよく読み、さらに別の記事なども見れば、もっと見えてくるコトがあります。
 まず、さっき引用した同じ記事には、こんな一文があります。
 

 普段、外相級との会談に応じないプーチン氏が岸田氏と会談し、安倍晋三首相の親書を受け取ったことも、ラブロフ氏は気に食わなかったようだ。しかも、ラブロフ氏は当初、この会談に同席すると伝えられたが、実際に同席したのはモルグロフ外務次官だった。

 
 もしこれがラブロフ外相の個人的な感情でのお話でしたら、これはもうラブロフ外相の器が小さすぎるってだけにしかなりません。
 こんなんで日本側が一喜一憂する必要は全くありません、というか、するだけ損です。
 
 もしこれがロシアの国家としての行動であるのであれば、これはむしろ岸田外務大臣がプーチン大統領に会ったコト、そして安倍総理の親書を渡したコトが、日本の外交的勝利(あまり勝ち負けで表現したくないのですが)と言えるコトとなるでしょう。
 よってこっちだったとしても(おそらくの後に「16日に東京での経済フォーラムへのプーチン氏出席を決めたのもラブロフ氏だった」とありますので、こっちだとは思ってます)、日本は一喜一憂する必要は全くないどころか、ちょっと悪態をつかれたぐらいで右往左往するのは日本の外交的利益を失わせるコトに繋がると言えるでしょう。
 これってつまりは、日比谷焼き討ち事件と全く同じ構図になるワケです。
 ここをよくよく考えなければなりません。
 まして相手は、日比谷焼き討ち事件の時のロシアなのですからね。
 
 もうひとつ、こちらの記事をご覧ください。
 

 岸田外相、ラブロフ外相と会談 北方領土問題で詰めの協議
 
 前回のロシアでの日ロ外相会談では、岸田外相が、記者会見で「領土問題について、突っ込んだ話し合いをした」と強調したのに対し、ラブロフ外相は「領土問題の話はしなかった」と完全に否定した。
会議に同席した人物によると、カメラが会場を去ったあと、ラブロフ外相は、国内世論対策から、「領土問題を議論したことを認めるわけにはいかなかった」と岸田外相に謝ったという。

 
 もちろんこんなコトは冷静に考えれば分かっていたコトなのですが、それでも「ロシア側の勝手な都合」による悪態で、日本の一部国民が右往左往したのは事実です。
 これはあまりにも日本外交にとっては害悪でしかなかったと断じざるを得ません。
 
 現代はこうやって色んなところから一般国民にも情報は入ってくるのです。
 先ほどの「握手拒否」にしても、同じ時期にこの記事が出ているのですから、こうやってキチンと情報を仕入れれば、「ああまた国内世論のためのワガママ発動か」と冷静に判断できるワケですし、そうすれば自ずとどのような評価を下せば日本にとってよいのかも見えてきますよね。
 すなわち、「またロシアにとっては良くない結果=日本にとっては良い結果が出た、少なくとも交渉の中で出てきたんだな」と判断するコトができるワケです。
 少なくとも「日本や岸田外相がナメられている」とか「日本外交は弱腰だ」とかという批判は全くの的外れであり、そしてその批判はむしろ日本の国益を損なう、日本外交の利益を無に帰さしかねない害悪だと断じるしかなくなるのです。
 
 繰り返しますが、確かに日比谷焼き討ち事件の時はマスコミも発達していませんでしたから国民にどれだけの情報が流れていたか分かりませんので一考の余地はないコトはありませんが、しかし現代ではそんな言い訳も通用しません。
 ちょっと探せば、こうやって色んな情報に接するコトができますし、キチンと精査すれば、このような結論を出すコトも難しくないのです。
 もし精査する時間なんてないと言うなら、短絡的な考えを誰もが見れるような場所で書く方が間違っていると言うしかありません。
 だってそれは、日本の国益を損なう行為なのですからね。
 外交は一般国民にとって一番縁の遠い政治かと思いがちですが、実は国民のその場の評価がすぐに反映されてしまう一番身近な政治だというコトを意識する必要があるのではないでしょうか。
 
 まぁそもそもとして外交に限らず交渉官という人は、表面上はニコニコして腹を読ませず、交渉すればいつの間にか利益を持って行ってしまうような人こそが、優秀な人と言える人なのではないでしょうか。
 ちょっと不利益なコトがあったからと悪態をつくような人は、交渉官としては二流三流ですよ。
 そしてそれを受ける人、外交の場合は国民ですが、その表面だけの三流交渉官にコロっとやられてしまうようでは、あまりにも情けないと表現せざるを得なくなってしまうでしょう。