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2016-07

自分の主張と相手の主張と論拠


 今日はごく普通の、当たり前のお話をしたいと思います。
 
 やえはサイトやブログで様々な主張をしています。
 例えば「憲法は改正すべきです」と主張しているとしましょう。
 
 それに対し、やえ以外の別の人が「自分は憲法改正に反対です」と、自分のブログなどで主張するのは、これは普通の行動ですよね。
 誰にも咎められる行為ではありません。
 またその際、もしやえの文章を引用して反論されているのであれば、それに対しやえも再反論をするコトもあるでしょう。
 そしてさらにそのやえの再反論に、さらに反論するコトだってできます。
 議論とはこうあるべきですね。
 これらは誰にも咎められる行為ではありません。
 
 しかしこういう言い方は違います。
 
 「やえ十四歳は改憲意見を主張してはならない」
 
 ハッキリ言って、こんな言い方されても、どういう根拠でそんなコト言わなきゃいけないのですかと、改憲論以前の問題として言わざるを得なくなります。
 もっときつい言い方するなら、「アナタにそんなコト言われる筋合いはありません」となります。
 
 これがもし「14歳はブログを書くことを禁止する」という法律があれば別です。
 すなわち「14歳禁止法により、やえ十四歳は意見をブログで主張してはならないコトになっている。よって改憲意見を主張してはならない」という論立てでしたら、筋は通りますし、主張としてもわりと正当なモノとなるでしょう。
 つまりこの場合は、「法律がある」という論拠があるからこそ、「主張してはならない」という論が成り立つんですね。
 そもそものお話として、どんな論や意見や主張だとしても、一番大切なのは「論拠」なのです。
 
 お話を現実世界に戻すと、つまり「14歳禁止法」なんて存在しない世界のお話に戻しますと、少なくともやえに対して「自分の意見を書くな」とか「改憲論を主張するな」と他人が言える論拠はありません。
 それはいくら自分が憲法改正に反対という意見であったとしても、「主張するな」という意見の論拠にはなり得ず、まったくその主張に正当性はありません。
 それこそ「アナタにそんなコト言われる筋合いはありません」であり、さらに第三者から「他人の口を塞ぐようなコトを言うな」と批判されても仕方ないでしょう。
 
 「やえは改憲論を主張するな」という主張は、それは実際は「憲法論議」なのではなく、「やえの行動に対する口出し」なんですよね。
 「やえは改憲論を主張するな」という主張の主論は「やえの行動に対する口出し」なんです。
 よって、この主張の論拠はあくまで「やえの行動に口出しできる理由があるかどうか」なのであり、憲法に対する意見というモノは実は一切関係がないのです。
 ここを間違えてはいけません。
 全ての意見は、その主論と論拠の関係が適切に成り立ってこそ、初めて論として成り立つのです。
 これが成り立たない意見は、それは意見ではなくただの罵詈雑言、つまり悪口でしかありません。
 
 まぁ当たり前のお話です。
 当たり前のお話ですから、もちろんここの登場人物がやえではなく国会議員だってこれに当てはまります。
 いえ、国会議員の方がより明確だと言えるでしょう。
 
 なぜなら、国会議員ひとりひとりの意志とは、明確に採決という形で目に見えるからです。
 つまり仮に改憲に賛成か反対かで採決が行われれば、全ての国会議員は国会において賛否を明らかにして投票が行われるワケで、この「国会議員1人につき1票」を投じる投票の行動については、誰にも咎めるコトのできない、いや本来は咎めてはならない行為ですよね。
 だって民主主義の根幹じゃないですか、国民の代表たる国会議員の投票なんですから。
 ですから、いくらその議員がどんな思想を持っていたとしても、他の議員の行動を縛るような言い方をしてはなりません。
 
 「自分は改憲に反対だから、お前は改憲を検討してはならない」
 
 どれだけ独善的な発言なのでしょうか。
 よく他人をヒトラーに例える人がいますが、この発言こそ独裁者の発想だと言わざるを得ません。
 
 国会議員には憲法や法律などにより、その権限が明確に定められています。
 国会内でどのようなコトが出来るのか、それは全て憲法や法律などが根拠となって、その権限が与えられています。
 それは憲法改正でも同様です。
 今さら説明しませんが、憲法法律などにより国会議員は憲法を改正する発議を行うコトが許されていると明記されている以上、国会議員のその行動を咎めるコトができる人間はこの世にはいないのです。
 もちろん成否は別ですよ。
 改憲できるかどうかは、これも憲法法律などによって定められていますから、その方法に乗っ取って、改正発議に是となれば発議は成功ですし、非となれば失敗となります。
 ですから是か非かどちらに投票するかは国会議員の自らの判断ですが、それと同じように、「発議にかける」という行動そのものもについても、それを咎めるコトなんて誰にも出来ません。
 憲法改正の発議の手続きを進めるコトと、その結論を出すコトは、それらは別々の行動であり、それぞれについて憲法法律によって定められている方法で進めるべきであって、そしてそれらも別々に、行動に対してそれを咎める権利は誰にもありはしないのです。
 
 もちろんですが、「むこうは改憲へ動いているが、我々は憲法改正には反対だ」と主張するだけならいいんですよ。
 そして投票の際に反対票を投じるのも、当然の権利でしょう。
 しかし、他人の行動を縛るような言い方をするのは、全くもって正当性のない言動です。
 それは決して「憲法改正論議」ではなく、「他人の行動を縛る」という主張でしかありません。
 そしてその主張に論拠は無いんですね。
 ここをごちゃ混ぜにしてはいけません。
 「自分は改憲に反対だ」という主張と、「改憲に動くコトは許されない」という主張は、これは全く別の主張なのです。
 ここをごちゃ混ぜにしてはいけないのです。
 
 論とは結論の部分ではなく、論拠こそが核心です。
 論拠があれば結論に説得力が生まれ、論拠がなければいくら結論がシッカリしていても論とは呼べません。
 落書きです。
 こんなコトは、本来は言うまでもない当たり前のコトなのですけどね。
 

被災3県は安倍政権にNOと言った?


 選挙の結果について選挙直後に、どの番組か忘れたのですがテレビでこのようなコトを言っていました。
 
 「被災3県の選挙区では野党統一候補が勝利した。これは被災3県の県民は安倍政権にNOを突き付けた」
 
 確かに、岩手・宮城・福島の3件の選挙区においては自民党候補が負け、岩手においては野党系無所属候補が、宮城と福島では民進党候補が当選をしています。
 それは事実であり、それぞれの県民がそういう選択をしたっていうのは受け入れなければならない結果だと言えます。
 
 ただし、これだけをもって「被災3県の県民は安倍政権にNOを突き付けた」と言ってしまうのは、かなり稚拙なモノの見方だと断じざるを得ないでしょう。
 選挙とは、全体で見れば政権選択の手段ではありますが、ミクロで見れば立候補者本人の政治家としての資質を国民が直接選択する手段となります。
 最近の選挙では立候補者が所属する政党も大きな選択の判断材料ではありますが、すなわち、選挙区においてはそれ以上に「候補者本人の資質」というモノが投票行動の判断の材料として挙げられるワケです。
 
 これは今さら言うまでもありません。
 選挙区での選挙というのは、最後は立候補者本人の力によるところが大きいのです。
 与野党問わず大物と言われる議員では、例え大逆風選挙でも議員個人の力によって選挙を勝ち抜いてきました。
 例えば岸田外務大臣は政権交代選挙の時に広島県においては岸田さん以外の選挙区は全て自民党が敗北し、岸田さんだけが自民党で当選していましたし、逆に今の広島県は亀井静香ちゃん先生だけが野党系無所属で、他の全ての選挙区が自民党の当選者という構図になっています。
 また、その次の選挙の第二次安倍政権が誕生した時の選挙でも、それでも選挙区で当選した民主党の議員さんもそれなりにいましたよね。
 岡田民進党代表も、決して三重県全体が民進党支持という県ではない(現在5選挙区のウチ3つが自民党当選)のですが、それでも自分の選挙においては抜群の強さを誇り、そして今回の参議院選挙でも民進党候補の勝ちをもぎ取っています。
 このように、選挙区での選挙というのは第一に候補者本人に対する有権者の判断であり、1つや2つの選挙区の当落だけでは政党全ての評価を判断できる材料とは決してならないのです。
 
 その上で、果たして「被災3県の県民は安倍政権にNOを突き付けた」という分析は正しいかどうか、では比例の得票と比べてみましょう。
 すでに各都道府県の選挙管理委員会では投票結果を公表していますので、これを分析してみます。
 岩手はこちら、宮城はこちら、福島はこちらとなっています。
 小数点以下は切り捨てとして、自民党と公明党の総数の合計と、民進党・共産党・社民党・生活の党の野党4党の総数の合計を比べてみます。
 

◆岩手県
 与党2党 257,846
 野党4党 274,895
 
◆宮城県
 与党2党 491,071
 野党4党 404,724
 
◆福島県
 与党2党 395,710
 野党4党 387,551

 
 小沢王国と言われる岩手県ではさすがに与党が負けていますが、宮城と福島は与党の方が勝ってるんですね。
 宮城なんて結構差が付いて与党の勝利とすら言えるのではないのでしょうか。
 
 さて果たしてこの結果を前にして、「被災3県の県民は安倍政権にNOを突き付けた」と言えるでしょうか?
 
 これって結構悪質な印象操作ですよね。
 つまりこれをごく普通に当たり前に分析すれば、「選挙区は野党候補に入れたけど、比例は与党に入れた」っていう人がいっぱいいたのであり、それって「全体としては自民公明を支持するけど、でもこの候補者はイヤだな」っていう人がいっぱいいたっていう結果なのであり、よってそれは全体としては、逆に「安倍政権にはYES」という意思表示を少なくとも宮城福島の被災2県は主張していると見るべきでしょう。
 結局は「負けたのは候補者が悪い」という、ごく普通の結論が得られるだけです。
 そしてこの分析は決して難しい分析でありません。
 ただ比例の得票を合計すればいいんですからね。
 
 マスコミは印象操作で与党を攻撃しようという意図をはじめから持っていたと言わざるを得ません。
 本当に悪質です。
 マスコミはこんな簡単な分析すらせず、いえもしかしたらした上で隠している、報道しない自由を発動して、印象操作をしようとしたのかもしれません。
 騙されないように注意しましょう。
 

憲法改正の国会が果たす役割は「発議」であり国民への「提案」


 そもそも「選挙で口にしなかったから憲法改正を国会で取り扱ってはならない」という主張自体がナゾなんですよね。
 いったいぜんたい、どこにそんな規定があるというのでしょうか。
 
 憲法改正の手続きは、憲法に規定があります。
 

第九十六条
 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 
 「国会が発議する」という部分は選挙後のインタビューなどで安倍総理もよく発言していてたコトですが、発議とは「会議などで、ある意見・議案を言い出すこと」「合議体で、議員から一定の事項について議事の開始を求めること」とこちらの辞書では書かれていますように、まず最初に口火を切るコトを指し示す言葉であり、もっと簡単に俗っぽく言うと、「言いだしっぺになる」という意味です。
 また、憲法にはもっと分かりやすくこう書かれているんですね。
 
 『国民に提案して』
 
 よってこの第96条を分かりやすく言い換えれば、「国会が『憲法改正をしましょう』と言い出しっぺとなり、そしてどう改正するかの条文を国民に“提案”した上で、それについて国民投票によって決定しましょう」というコトになります。
 繰り返しになりますが、憲法の規定における憲法改正の手順の中での国会の役割とは、「言い出しっぺとなり」「中身を国民に提案する」コトです。
 
 こうやってシッカリと憲法を読み直すと、「選挙で口にしなければならないなんて規定はない」という以上に、憲法そのものに「憲法改正での国会は言い出しっぺの役割だよ」って書いてあるんですね。
 これを素直に日本語的に解釈すれば、最初の提起は選挙ではなく国会でOKだと憲法は規定していると解するのが普通でしょう。
 ですから安倍総理は、国会の憲法審査会でシッカリとした審議をし、もし2/3の同意が得られるなら決議を行うコトで、憲法改正の発議を行い国民に提案をして、そして最後その提案がどうなのかを国民投票にとって国民自身に判断してもらいますと言っているワケです。
 まったくもって普通のコト、普通のコトというか憲法の規定に則っていると言えるワケです。
 このように、本来は論点がないくらいキッチリ規定されているんですね。
 
 別に自ら争点にするのはいいんですよ。
 するなとは言いませんし、してはならないなんて規定はやえは見たコトがありません。
 ですから、自ら争点にするのはいいんですよ、野党やマスコミのように。
 ただその場合は、自らの言葉に従うべきでしょうと、自ら2/3を目標にしたんですから、それに破れた以上は自民党への改憲に注文を付けるのは公約違反でしょうと言うしかないワケです。
 自分で最初にそう決めたんですから、それに従うのは当たり前ですよね。
 
 繰り返しますが、憲法の規定により「憲法改正での国会の役割は発議であり国民への提案」と書いてあるのですから、選挙での争点にしているかどうかなんていうのは全く言いがかりでしかないのです。
 それなのに「争点にしなければ発議してはならない」なんて言ってしまうのは、言わば「会議を開くかどうかを会議して決めろ」と言っているようなモノで、全く現実的でない、反対のための反対の駄々だとしか言いようがないでしょう。
 もっと言えば、2/3で憲法改正の発議ができるコトは公開されている憲法に書かれているコトであり、また自民党は改憲を目指す政党で、さらに改正案も公開しているワケなのですから、それを知らなかったという方が間違いです。
 選挙期間中、街頭演説の場などで配布できる政権公約パンフレットにおいても、自民党は「そこで、衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め、各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指します」とシッカリと明記されています
 これで知らなかったと言う方が無理があると言えてしまうのではないのでしょうか。
 
 憲法改正の国民の判断は国民投票で決められます。
 国民の意思はそこで決められるのです。
 それ以上も以下もありません。
 
 
 久しぶりにコメントをたくさんいただきましたので、今日はこちらのコメントにレスしたいと思います。
 

改憲阻止を訴えて議席を獲得した以上、議席的に負けていたとしても改憲阻止を訴える義務があるんでないの?
投票した人の意見を政治の場で代弁するために存在してるんだし

 
 前回の更新についてのコメントですが、ちょっとやえの趣旨を誤解されているんだろうと思われます。
 やえは決して、民進党や共産党に「憲法改正に反対だ」という意見を言うな、なんてコトは書いていないんですね。
 よく読んでみてください、そのような趣旨はありません。
 では何を書いていたのかと言えば、この2つの一文が一番分かりやすいかもしれません。
 
・改憲勢力の2/3の獲得の阻止ができなかったのですから、2/3の勢力が改憲に動いても、それに対して批判する権利なんてありはしません。
・つまりいま民進党や共産党が自民党への改憲に注文を付けるコトは、明確な公約違反だと言えるワケです。

 
 つまりは、自民党や2/3勢力の行動に対して民共が口を出しているコトについて、やえは批判しているのです。
 いまさら民共が憲法改正に反対している考え方そのものなんかには特に意見すらありませんし、それはこれからも主張すればいいと思います、言論の自由があるのですから。
 でも民共はいま自らの考えを主張しているのではなく、自民党や安倍総理の行動に対して批判をしている、他人の行動に注目を就けようとしているワケで、もっと言えば安倍総理の行動を縛るような主張をしているワケです。
 これについてやえは、自ら目標を設定した上で負けておいて何を言っているんですか?と批判をしたんですね。
 
 まぁそもそもとして自ら立てた目標をクリアしたからという理由だけで他人の行動を縛るなんてコトがまかり通るかどうかはともかくですが、まして自ら立てた目標すらクリアできなかったクセして、どの口で他人の行動に口出ししようとしているんですかってお話なんですね。
 ですから、「投票した人の意見を政治の場で代弁する」のであれば、それはおっしゃる通り正当な政治活動だと思いますし、民共はそうすればいいと思います、正面から「自分たちは憲法改正に反対だ」と言えばいいでしょう。
 でも「自民党は憲法改正に動いてはならない」はダメですよ。
 なんの権利があって他人の行動を制限しようとしているのでしょうか。
 まして2/3を与えるコトが国民の意思なのであって、民共には明確にNOを突き付けたのですからね。
 
 少なくとも国民の判断は「改憲勢力に2/3を与えた」のですから、各国会議員と政党はその範囲において憲法や法律に定められている権限の中で行動すべきです。
 それが国民の意思なのですから。
 

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