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政策は議席数に応じた割合の意見を反映させるべき


 今日はこちらのニュースです。
 

 衆院予算委「1人当たり与党21分、野党256分」 質問時間配分めぐり自民が調査結果公表
 
 自民党は7日、衆院での質問時間の配分が野党に大きく偏重しているとする調査結果を公表した。平成26年12月の衆院選以降、予算委員会での委員1人あたりの平均質問時間は与党21分、野党4時間16分で、12倍の開きがあった。
 
一方、希望の党の大島敦幹事長は7日、産経新聞の取材に「与党は法案提出前に部会で議論できる。情報量が圧倒的に違うのだから、野党の質疑時間は今より多くてもいい」と述べ、反論した。

 
 やえは、国会の場での議論や政策決定は、議席数に応じた割合の意見を反映させるべきだと思っていますし、それはこれまでよく言ってきたところです。
 政府与党が出してきた法律案に対して、議席の2割を占める政党からは法案全体の2割ぐらいを修正する、1割を占める政党の主張は1割ぐらいを修正する、とした上で、全政党からの意見をそれぞれの議席数に応じた割合で修正案を入れていけば、形上は全国民の意見を反映させた法案ができるからです。
 もちろんそのような形にもっていけない案件もあるでしょう。
 例えば「とある新税を導入するか否か」という○か×かを問うような場合は、どちらかを決めなければなりませんから、最終的には多数決を取るコトになるでしょう。
 それはそれで仕方ありません、それも選挙の結果です。
 しかしそうでない場合は、極力割合ごとに意見を反映させていくとするのが、選挙の結果を十二分に反映させた、つまりは民意に添った政策であり政治が実行されている形になるんだと、やえは思っています。
 
 ですから、国家の場において議席数に応じた質問時間が与えられてるというのは、ごくごく当然のコトだと思います。
 これ、テレビの討論番組とかでも思うんですよね、1政党ごとの時間を平等に与えていたら、結局野党の方が時間が長くなっているワケですよね。
 200人の政党と5人しかいない政党とで発言時間が同じというのは、これはむしろ不平等ですし、結局テレビを見ていたら小政党ばかりの野党側がワーワー言っているだけになっていますから、これ本当に面白くないんですよね。
 まして公式の場である国会において、なぜ質問時間が議席数に応じて割り振りましょうという提案に対して反対できてしまうのか、理解に苦しみます。
 選挙の結果としてその議席数があるのですから、その割合に応じて意見を言うというコトこそが選挙の結果ではないのでしょうか。
 
 もちろんこれは与党側の判断で野党に多く時間を配分するというのでしたら、それはそれでアリなのでしょう。
 それも与党の判断なのですからね。
 でもそれを義務かのように思ってしまうのは、勘違いと言うしかありません。
 本来は議席数に応じた質問時間があるべきところを、色々な事情で野党に貸していただけであって、それを与党が戻そうと言ったら野党はそれに反対する理由はないハズです。
 今までがイレギュラーなのであって、それを当然の権利かのように言うのは間違いです。
 言っちゃ悪いですが、こういうのって「庇を貸して母屋を取られる」ですよね。
 
 「安倍総理は傲慢だ」と野党はよく言ってますが、少なくともこの件で民意を無視して傲慢な態度を取っているのは、野党でしょう。
 

日本の外交が弱いと言うなら、強くする方策を考えるべきでは? (3)


4.武力を背景にできない
 長くなってしまったので、これで最後にしようかと思うのですが、最後は、結局のところは日本は「武力を背景にできない」という重い重いハンデを背負っているというコトを指摘しておきたいと思います。
 
 もちろん普通の交渉事であるなら日本は経済力という強い強い武器をもっているワケですが、しかし残念ながらこの世の中は綺麗事だけでは終わらない現実があります。
 いま現在進行形で戦争が起きています。
 ISILなんてもはや話し合いではどうしようもないでしょう。
 そもそも戦争のような場合に限らず、結局最後は「武力」が物を言う交渉事だって世の中にはたくさんあるのです。
 そして日本だけがそれに目を背けても、その行為に全く意味はありません。
 むしろ目をつむればつむるほど、他国はその日本の愚かな行為に付けいるだけです。
 
 ギリギリの交渉であればあるほど、「背景に武力がある」という“事実”がモノを言います。
 なにも「攻められたくなければ言うコトを聞け」なんてコトを言うべきだという主張はしません。
 むしろ武力をことさらに強調する必要もありません。
 なぜなら、その国の武力がどのような状態なのかなんてコトは、外交の必要最低限の知識だからです。
 日本はいま、国防費だけなら世界有数の金額を掛けていますから、日本人よりむしろ近隣諸国の外国の方がその日本の実力を知っているコトでしょう。
 そして同時に、憲法九条という自縛法によって、「最後はどうせ何も出来ない」というコトも知っているのです。
 日本人が九条を誇ろうが誇るまいが、世界の外交は当然としてこの事実を知っているのであって、この“事実”は、日本政府や日本人がことさら大きく主張しなくても、それ以前の問題として、外交の場においては“常識”として理解されているのです。
 外交とは、「その上」で行われているワケなんですね。
 
 ですから、結局は「日本は最後は武力に頼るコトもできる」という手段を自ら用意しておくというのが、外交にとっても大きなアドバンテージになるのです。
 いざとなれば戦争を仕掛けるコトができる国と、どうやっても戦争を仕掛けられない国とでは、本当にギリギリのギリギリ、お互いにもう譲り合うコトができない状態の交渉の最後の場面で「武力のプレッシャー」があるのとないのとでは全然違うというのは、簡単に想像できると思います。
 しかし残念ながら、日本はここの部分を自らの意志で放棄しているワケなのです。
 
 だけど日本人は本当は知ってるハズなんですよね。
 このようにいちいち言葉にしなくても、例えばISILの問題にしても、南砂に米軍が航行した件にしても、なぜそんな交渉が出来るのかなんて、本来考えるほどのコトでもないですよね。
 でも日本人はそんな「現実」から目を背ける。
 そろそろいい加減にした方がいいと思うんですけどね。
 
 ですからここの部分は特に強く言いたいのです。
 外交を弱くしているのは政治家ではなくむしろ国民なのではないでしょうか、と。
 そして、この点だけでなく、例えば政府専用機の問題にしても、なぜそれを増やせないのかは政治家に責任があるのではなく、やはり国民の意志による部分が大きいハズです。
 そういう視点からも、外交の問題を見てはどうかと、やえは思うワケです。
 
 
追記
 コメントで「外務大臣は非議員にすればいいじゃないか」という趣旨のコメントいただきましたが、ごめんなさい、もしかしたらやえの書き方が悪かったかもしれませんが、これはシステムの問題であり、仮にいまの日本のシステムのままに非議員を外務大臣に選んでも、議員と同じように閣僚は国会に縛られます。
 以前、参議院議員になる前の川口順子さんという民間出身の外務大臣がいましたが、非議員だからという理由で国会日程から解放されていたワケではありません。
 当然として全閣僚出席の委員会では答弁がなくとも出席義務がありましたし、外務委員会などにも出席義務がありました。
 
 国会のシステムについては、やえは前々から国会改革論として色々な文章をアップしていますので、そちらも合わせてご覧になって頂ければと思います。
 

国会で審議しても聞く耳持たなかったくせに、今さら何を言うのか


 こういうマスコミの二枚舌、その場だけで批判できればいいという軽い態度こそが、いま国民から向けられている冷ややかな目の原因だというコトに、マスコミはいつになったら気づくのでしょうか。
 

 (社説)臨時国会召集 要求無視は憲法軽視だ
 
 野党が憲法53条に基づき安倍首相に出した臨時国会の召集要求がたなざらしにされている。
 
 いま臨時国会で議論すべきテーマは増えるばかりだ。環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意の国民生活への影響は。「1億総活躍社会」とは何なのか。米軍普天間飛行場の移設問題では、沖縄の民意に耳を傾けようとせず、埋め立て本体工事に着手した政府の姿勢を早急にただす必要がある。

 
 ハッキリ言って、いまの国会の制度であれば、とにかく国会を開いて審議をたくさんすればいいっていうコトにはなりません。
 大臣など行政府の長は、国会で審議し答弁するだけが仕事なのではなく、文字通り行政を動かすコトも重要な仕事です。
 でも大臣が国会答弁で丸一日国会内に縛られては、それも出来なくなりますよね。
 さらに総理や外務大臣などは外遊も国会答弁と同じぐらい重要な仕事であり、それを軽視してはなりません。
 詳しくはやえも「国会改革論」としていくつか文章を公開してますのでそちらを読んで頂きたいと思うのですが、とにかく、時々通年国会論が出されるワケですけど、いまの制度だとそれはむしろ国益を損なわせる結果にしかならないと言うしかないのです。
 
 ましてマスコミは、これまでなんと言ってきたのでしょうか。
 あれだけ長い時間を掛けて国会で審議してきた安保法制に対して、いくら国会で政府側が丁寧に丁寧に説明しても、また与党議員が国民に分かりやすい質問をしたとしても、それらを一切無視して「国民の理解が深まっていない」という一言で切り捨ててましたよね。
 そもそもマスコミとは、国会と国民とを結ぶ役割を持っているハズなのに、国会のそういう動きを伝えずにネガティブなコトばかり言うのはマスコミ自身の否定にしかなってないハズなのですが、そういう本来の役割すらかなぐり捨てて、マスコミは安保法制と安倍内閣のネガティブキャンペーンに走りました。
 そのマスコミが一体いまさら何を言っているのでしょうか。
 
 憲法の規定とか、重要案件があるから国会を開け、と主張するコト自体は、まぁあってもいいでしょう。
 それは普通の主張だと思います。
 しかし、マスコミはもうそんなコト言う資格ないんじゃないですか?
 いくら国会で審議しても、それを無視してきたマスコミが、いったいどうして今になって急に「国会で審議しろ」と言うのでしょうか。
 審議しても聞かなかったようなマスコミに、国会で審議しろなんて言われたくないですよね。
 もしマスコミは本当に本心から国会で審議すべきだと思っているのであれば、まずは安保法制の時の自らの態度を改め、謝罪するコトからはじめるべきです。
 野党や極論の人の主張だけを垂れ流すのではなく、与党や法案賛成者の意見も、同じ紙面を割いて載せるべきです。
 いまからでも遅くはありません。
 自分勝手な主張をする前に、まずはそれをやってからにしたらどうでしょうか。
 
 マスコミのこういう二枚舌や、その場だけの一貫性の無い批判体質こそを、国民はいま嫌気がさしているのです。
 無責任なのは誰でもないマスコミ自身なのですが、それに本当に気づいていないのか、それとも認めたくないだけなのかは分かりませんが、こんな記事を書いているようでは、ますますマスコミに対する国民の信頼は失墜していくだけでしょう。
 他人にどうこう言う前に、マスコミはまず自分の足下を見るべきです。
 

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