橋下大阪市長の従軍慰安婦発言についてひとこと

 橋下大阪市長の従軍慰安婦発言についてひとこと言っておきたいと思います。
 
 この問題に言及する場合、様々な点をキチンと整理してからでなければなりません。
 論点をごちゃ混ぜにしたまま問題や橋下市長を批判しても、それは的外れなモノにしかならないでしょう。
 パッと思いつくだけでも4つの論点が存在します。
 
・一般論として従軍慰安婦が軍隊において必要かどうか
・慰安婦が必要な場合、その慰安婦を軍が強制権を持って、本人の意志に関係なく連行されたのかどうか
・過去において日本軍と日本政府が、強制権を持って慰安婦を集めたかどうか
・軍隊に慰安婦が必要な場合、しかしそれを公的な場で認めての議論をすべきかどうか
 
 これらは全てバラバラの別問題のお話です。
 
 「従軍慰安婦が軍隊において必要かどうか」という点においては、事実として日本以外の国にも慰安婦制度があった以上、普通に考えて「慰安婦は必要だ」と言うしかないのでしょう。
 やえにはよく分からないのですが、まぁ男の人は必要なんでしょうと思うしかありません。
 極限状態になると、まずそういう欲求が高くなるっていうのは、お話としては聞きますしね。
 そしてこの場合において最低なのは、敵国の中で民間人相手に兵士がレイプしてしまうコトです。
 これは絶対に避けなければなりません。
 しかし歴史の残念な結果として、古今東西軍隊が派兵先でレイプを繰り返してきたというコトは、事実として記録に残っているワケです。
 ネットでは、ベトナム戦争時に韓国軍がベトナムの民間人に対してそのような行為に及んだと、よく指摘されているところですね。
 ですから、こういう最低最悪の行為を抑止するためにも、レイプではなく報酬を払っての合意の上での管理売春で収めようというのが従軍慰安婦制度なワケです。
 そしてそれは、日本だけに限らす世界各国で採用されて、軍や政府の管理下で運用されていたのです。
 
 こういう実体を鑑みれば、従軍慰安婦制度は必要だったと言うしかないのでしょう。
 この手のお話をするとすぐに女性のジンケンガーとかヒステリックに叫ぶおばさんが出てくるワケですが、しかし現在の日本においても、お金で身体を提供する女性は少なくない人数いるワケですから、レイプを無くすコトができる上に合意の元で対価をキチンと支払えるのであれば、従軍慰安婦制度は絶対悪だと言う方が人間という性質を正面から見ない盲目的な意見だと言うしかありません。
 人には食欲もあれば性欲もあるのです。
 汚いと一方的に決めつけてそこから目を逸らしても、それはただの逃げでしょう。
 逃げている人の意見などは、ただのヒステリーであって、それを意見と呼称するコトはできないと思います。
 
 従軍慰安婦の問題は、それが問題化するのであれば「慰安婦が必要な場合、その慰安婦を軍が強制権を持って、本人の意志に関係なく連行されたのかどうか」という部分にあります。
 つまり慰安婦を人さらいのように連れてきて仕事に従事させるのであれば、それはレイプと何ら変わらない行為であり、それは最低最悪の行為と呼ぶしかなくなるワケです。
 ですから、もしここの部分を議論するなら必要な議論だと言えるでしょう。 
 橋下市長がもしこの部分さえ肯定するのであれば、それは批判されて仕方ないと思います。
 でもやえは、さすがの橋下市長でもここまでを肯定しているとは今のところ読み取れていません。
 
 そしてそれは日本軍に対しても同様のコトが言えます。
 「過去において日本軍と日本政府が、強制権を持って慰安婦を集めたかどうか」ですが、これは宮沢喜一内閣時に正式に日本政府として否定しているところです。
 日本軍に従軍慰安婦制度があったコトは事実ですが、しかし軍や政府が強制権をもって意にそぐわない慰安婦を武力を持って集めたという証拠は無かったと、日本政府として認めているワケです。
 よってこの点においても、もはや日本軍を批難するような言説というのは全て妄想を論拠としたヒステリックな誹謗中傷だと断じるしかありません。
 新たな証拠が出てくれば別ですが、これは先日も言いましたように、そうでない以上は日本は誰にも責められる謂われはないのです。
 ここは全ての国民が冷静に受け止めなければならない「事実」です。
 
 さて最後の「軍隊に慰安婦が必要な場合、しかしそれを公的な場で認めての議論をすべきかどうか」というのは、要は、「慰安婦の問題は常に軍のブラックボックスであり、公の場で語るべきではない」という性格を孕んだ問題なのかどうかという点です。
 やえはこういうタブーは好きじゃないんですけどね。
 ただ、少なくとも民主主義の国会において「従軍慰安婦は必要だ」と行政府の立場から堂々と言える人って難しいんじゃないでしょうか。
 なぜなら、それはもう現状の橋下市長への批判、というか誹謗中傷の類だと思いますが、それを見れば明らかでしょう。
 いくら論にならないヒステリックな中傷とは言え、それでも一票には変わりないというのが、民主主義政治のこわいところです。
 特に「下」のお話は、政治に限らず一般的にもタブーにされやすい話題でもあります。
 よって、実際橋下市長の発言にもアメリカはイヤな顔をしたとかしないとかというお話もありますように、こうも堂々とこの手のお話を、特に外国の一市長程度に突然振られたら、不快感を示しても当たり前なのかもしれません。
 その対応一つで自分達の政権が吹っ飛んでしまう可能性だってあるのですからね。
 
 まぁここの問題は、やえは「議論においてタブー化はどんな議題でもイヤだ」と言っておきます。
 昔から議論のタブー化・聖域化はありましたが、朝鮮半島への批判とかですね、全てにおいてロクなコトはありませんでしたからね。