押しつけられる日本?

2014年4月29日

 核問題とは直接関係ないのですが、そこから派生したレスについて、ちょっと触れておきたいなと思っていた題材でしたので、レスをするという形で言及しておきたいと思います。
 
 よく「日本はアメリカの言いなりだ」という論があるじゃないですか。
 その根拠として「TPPを押しつけられている」というような論が見受けられるのですが、TPPそのものに対する賛否は色々あってもいいとしても、しかしこれまでのTPPの交渉を振り返れば、果たして「押しつけられている」と表現するのが適当なのかどうかっていうのは、かなり考えさせられる問題なんじゃないかと思うのです。
 
 このようなレスを頂きました。
 

 客観的に見て政府が国家戦略を全然持っていないと断定して全く問題無いと思いますね。
 本当に持っているのならTPPもイラク戦争参加も構造改革も断れたはず。
 やえさんの仰る経済大国とて、「アメリカ的な経済学」に基いて、保守派と呼ばれる安部総理すら移民を入れようとしたり、モノだけ持っててもこうしてジワジワと国家変えられちゃって日本がなくなっていき、そのうちアメリカのように一部の金持ちが特区作ってそこに住み各地にスラムができるようになると思いますね。

 
 やえにはその結論はあまりにも飛躍しすぎているとしか見えないので、ここまで言われるともう何とも言えないのですが、つまり、TPPをやるから、イラク戦争に参加したから、構造改革したから、その結果として日本にスラムが出来る、という論ですよね?
 うーん、ごめんなさい、やっぱりやえにはちょっと理解出来ないですね。
 「TPPもイラク戦争参加も構造改革も」っていう構造改革って小泉総理のですかね、しかしこの論っていうのは、TPPなどが絶対悪だという前提でのお話ですよね。
 そもそも何が「アメリカ的」なのか、では逆に「日本的な経済学」とは何なのかという部分も不明瞭であり、例えばそのひとつが「スラムのありなし」だったとしても、TPPに参加するからアメリカ的なんだとか言ってしまうのは、ちょっとその理屈がよく分かりません。
 例えば競争主義に基づく経済とは、「アメリカ的」ではなく「自由主義経済」だと思うのですが、それは日本も悪ではなく是として受け入れて今までやってきたワケで、もちろんスラムがあるのは日本としてはマイナスだとは思いますが、そのスラムを作らないっていう視点は、単に「アメリカ的経済の結果」なんてモノなのではなく、これは別の要因も含んでのお話であり、経済だけで語られるモノではないんじゃないでしょうか。
 なんかここまで書いて結局何が言いたいのか分からないと言われそうですが、まぁその通り分からないんですよ。
 「アメリカの言いなりになるからスラムが出来る」と言われても、「アメリカの言いなり」と「スラムが出来る」の間の繋がりがよく分かりませんから、それをいくら分析してもよく分からないのです。
 ですから、果たして「アメリカ的な経済学」とは何なのか、そしてそれは悪だと断定出来るモノなのか、アメリカに見える闇の部分は、それは果たして経済だけが理由なのか、社会や文化や歴史などにも起因するモノなのではないのか、という、単に「アメリカ的が全て悪だ」と勧善懲悪で見るのではなく、もっと多元的な視点で見る必要があるのではないかとやえは思うのです。
 
 で、TPP交渉について今までの経緯を振り返れば、本当に「押しつけられている」という一言で済ませられるかどうかは疑問なんですね。
 TPPは確かに日本には譲れない一線があるモノとされ、お米なんかはその最たるモノとして象徴になっています。
 そしてそれに対してアメリカが、ここは関税ゼロにしろと言っているのも確かです。
 しかしですね、TPP交渉って決してコメだけを交渉の論点になっているワケではないのです。
 他にも交渉となっている品目はあって、日本以外にも「この項目は関税ゼロはしないでくれ」って言ってる国はあるんですね。
 
 アメリカにだって譲れないモノがあります。
 例えば自動車です。
 アメリカから見た日本に対して自動車の関税をゼロにした日本車に負けると分かっているので、アメリカも自動車の関税をゼロにされると困るからここは勘弁してくれと日本に言ってきているんですよ。
 つまり日本はアメリカに対してコメを、アメリカは日本に対して自動車を、関税ゼロではなく例外扱いにしてくれとお互いに要求し合っています。
 この前オバマ大統領が来日して、その時までにはなんとかこの辺の合意を得ようとしていたようですが、結局どちらもここの部分の折り合いが付かずに継続審議になったというコトは、そのときのニュースで大きく報じられていた通りです。
 他の品目もあるのだとは思いますが、とにかく日米間だけの交渉においても、未だ合意が得られていない状態が続いており、TPP参加は未だ決まっていません。
 
 この事実ひとつとっても、「アメリカが一方的に日本に押しつけている」とは言えないのではないでしょうか。
 すなわち、日本にもアメリカにもどの国にもその国の独自事情があって、その国内事情を優先させたいと思っているワケで、TPPは民主党政権の時から日本は手を出しているワケですが、その間もう数年も経ちますが、未だに正式に交渉が妥結していないのですから、少なくともずっと交渉しているっていう時点で「押しつけ」ではないですよね。
 アメリカはアメリカの言い分を日本に伝えていますが、日本は日本の言い分をアメリカに突きつけているワケです。
 そしてどちらもお互いに譲らないからこそ妥結に至っていないワケで、つまり「譲らない」という事実だけもっても全然「押しつけ」ではないですよね。
 「押しつけ」だったら、交渉なんて期間が存在せずに、すぐに決定されていたコトでしょう。
 ここにどこに「アメリカだけが押しつけている」っていう構図があるのか、やえには分からないんですね。
 
 繰り返しますが、もし「日本が押しつけられている」のであれば、すでに日本はTPP参加を決定していたコトでしょう。
 本当に「押しつけ」であれば、交渉の余地も選択の余地も無いハズですからね。
 でも日本は「コメは勘弁して欲しい」とオバマ来日があっても譲らず、引き続き「交渉」しているワケです。
 やっばり押しつけられていませんよ、相手はこちらの要求にも耳を傾けているのですから。
 耳を傾けている時点で、もはや「押しつけ」でもなんでもありませんよ。
 だから安倍政権になって一年半弱が経とうとしているのにも関わらず、未だTPPは「交渉継続」の状態なんじゃないですか。
 
 勘違いして欲しくないのは、ここでやえがTPPそのものの是非を言っているワケではない、というコトです。
 TPPそのものへの是非はあっていいと思いますよ。
 だからTPPは反対だって言うのだって自由です。
 でも、反対だからといって、「押しつけられている」とレッテルを貼るがごとくな言い方をするのは良くないと言ってるんですね。
 だって「押しつけられている」という事象を示す根拠がないんですから。
 日本も自分たちの主張を示し、アメリカも自分たちの主張を示し、その折り合いをどこに付けるのかっていう「交渉」を今現在進行形で行われているのですから、むしろこれは「押しつけられていないという証拠」とすら言えるでしょう。
 ですから、TPPに反対だって言うのは構いませんが、しかしそれは中身によって論を示すべきお話であり、「アメリカに押しつけられているから」という中身の無い、まして事実とも言いづらいイメージ的なモノで反対論を唱えるべきではありません。
 
 同じお話になりますが、小泉構造改革についても触れておきましょう。
 よくアメリカの「年次改革要望書」の通りに小泉総理が改革を進めたんだと言う論が見受けられるのですが、例えばその大きな柱である郵政改革ひとつとっても、それは全くの的外れだと言うしかありません。
 だって小泉さんは総理になるかなり前から「郵政民営化」は自論でしたからね。
 総理になる前からの自論を、最高権力者である総理になったから、今が一番のチャンスだと推し進めたワケですよ。
 ある意味、政治家として当たり前の、そして政治家として理想的な行動ではないですか?
 安倍総理だって、第一次の時は小泉内閣の時からの課題などがあり、自らの信念通りには動けなかったコトも多々あったように、総理大臣になればなんでもできるっていうワケではないのですから、ここが民主党の最も勘違いしていたところですが、それはともかく、そういう中で昔からの自論である郵政民営化を、総理になっても大反対があっても断行出来たっていうのは、政治家としての主張の一貫性が通っていると表現出来るでしょう。
 すなわち小泉さんは、過去の自らの主張通り総理になってからそれを実現しただけなんですね。
 ここに「総理になってから吹き込まれたんだ」なんて概念が入る余地はないのです。
 そういう歴史があるのに、「郵政民営化はアメリカの年次改革要望書にのっとったハゲタカに売り渡す行為だ」なんていう言い方をするのは、いくら郵政民営化に反対すると言えども、あまりにもレッテル張りでしかないイメージ操作だと断じざるを得ないのではないでしょうか。
 
 アメリカは世界大国を自認していますから、他国の動向や自国の利益になるためにはどういう形が望ましいかっていう希望図もあるワケで、「世界大国アメリカ」としてはそれを年次改革要望書のような形に表すコトも平気でしちゃうんでしょう。
 特に日本は世界トップの経済大国なのですから、アメリカとしての注目度は高くて当然です。
 ですから、やえは年次改革要望書を直接調べたワケではありませんが、その中に日本の郵政民営化があったのかもしれません。
 しかし記述があるからといって、それだけで「押しつけられた」という証拠にはなりませんよ。
 外交に限らず交渉というモノは、最も良い形は「お互いに利益になる」という形であるワケで、交渉=勝負であり勝ち負けがあると思っている人はこれまで交渉というモノに参加したコトがないのかなって思わざるを得ないところなんですが、つまりは小泉さんは小泉さんなりの正義があって郵政民営化を長年の自論にしてきた、アメリカはアメリカでどのタイミングかは分かりませんが日本の郵政を民営化するコトが望ましいと思ったのであって、それがたまたま合致したというそれだけの理由で「一方だけの理論でコトが推し進められている」と言ってしまうのは、ちょっと陰謀論すぎるでしょう。
 もしくは、アメリカの方が小泉さんの自論に乗っかったという形も可能性としてはありますしね。
 「まさか日本がそういう手段を用いるとは思わなかったけど、これはアメリカにとっても利益のあるコトだから、年次改革要望書にも書いておこう」とした可能性だってあるワケじゃないですか。
 でもそれは「押しつけられた」ではないですよね。
 発案は小泉さんなんですから。
 
 さらに言うならば、小泉さんって当時から総理大臣になるなんて予想していた人はほとんどいなかったワケですよ。
 総理になった時の自民党総裁選だって、ほとんど奇跡的な党員投票の結果によって予想外の結果だったのです。
 あの時の雰囲気を忘れている人が多いようですが、小泉さんはなるべくして総理になった人ではありません。
 ですから、もしアメリカが「次の権力者にこの案件を通させるべく早めに手を打っておこう」というコトで郵政民営化を小泉さんに吹き込んでいたっていう想像も、かなり的外れとなります。
 とにかく小泉さんは総理になる前から永田町では変人で通っていた人ですから、こういう過去をキチンと知っておけば、アメリカの言いなりだとか言ってしまうのはかなり的外れになってしまうのです。
 
 念のため繰り返しておきますが、それぞれの政策について自分は反対だと言うのはいいんですよ。
 それは当然自由です。
 でも、反対だからと言ってそれを推し進めた事情を陰謀論で貶めて、レッテルによって印象操作しようとするのは間違いです。
 ここを間違えてはいけません。
 
 「日本がいま進めている○○という政策は結果的に××となる。よって反対だ」と言うのでしたらいいんです。
 是非ともそういう議論をしてほしいと思います。
 しかし「アメリカに押しつけられている政策だから日本はダメになる」と言ってしまうのは、それはただの陰謀論でありレッテルである印象操作でしかないというコトは指摘しておきたいと思います。