政治も外交も点で見るのではなく、線と面で見なければならない

 外交を勝ち負けで見てしまう人、また記者会見の表面上でしか判断しない人、自国の総理や大臣の態度だけで全てを決めようとする人がいますが、これはあまりにも危険な政治の見方だと言わざるを得ません。
 政治も外交も、その場その場の点だけで判断するのではなく、過去と現在と未来とを総合的に見た上で、つまり線であり面で見なければ、本来その評価なんてできるハズがないんですね。
 ちょっと古いお話になりますが、その最たる例がありますので、紹介しておこうと思います。
 
 昨年の9月に、岸田文雄外務大臣がロシアを訪問し、ラブロフ外相と日露外相会談を行いました。
 この時のロシアはウクライナ問題でかなりピリピリしていた時期で、すでにG8から追放されてG7になっていた時でしたが、日本は日本で様々な諸懸案、特に北方領土問題と平和条約問題がありますので、二国間外交は行わなければならないという状況でした。
 そんな中で行われた日露外相会合でしたが、そこでひとつ問題が起きました。
 外相会合が終わった後の記者会見で、突然ラブロフ外相が「領土問題は協議していない」と言いだし、岸田外相があきらかな不満を態度を示したのです。
 その後、一応は両者握手しましたが、いまロシアが国際社会の中で置かれている微妙な立場が浮き彫りになった“事件”と言えるコトでした。
 
 これについて、日本国内でもだいぶ広く報道されましたし、結構印象深いシーンでしたから、よく覚えている人もいると思います。
 そして未だに「岸田はロシアにやられた」と言っている人がいます。
 それぐらい印象的なシーンだったのは確かです。
 
 しかしハッキリ言ってしまいますと、そう言っている人はあまりにも短慮で、外交を評価するコトに向いていない人だと言わざるを得ません。
 
 この問題、2つの視点があります。
 1つは過去の日露の外相同士のこれまでの関係と、そもそも岸田外相という人物の人となりについて。
 もう1つはその未来に行われた日露首脳会談での結果についてです。
 
 まぁ政治家の人となりまで知るべきとは言いませんが、ただ、政治を良く知る人の間では、岸田外相は超慎重で粘り強い性格で、公式の場ではあまり感情をあらわにする人ではないというのは、わりと有名なお話です。
 その一方、お酒には永田町一強いという面もあり、この回より以前の日露外相会合では、お酒の強いロシア人であるラブロフ外相と飲み比べをして懇親を深めたという逸話もあったりします。
 つまり、ラブロフ外相も岸田外相の人となりはよく分かっているワケですね。
 
 まずここがポイントです。
 「普段は感情をあらわにする人ではない」「それをラブロフ外相も分かっていた」のであり、その上で、岸田外相のあの態度だったのです。
 ラブロフ外相もラブロフ外相で事情や立場があるのでしょう。 
 おそらく「領土問題は議論していない」という発言はロシア国内向けだと言われているところで、はじめから記者会見でそう発言するコトは決めていたのでしょうけど、しかし岸田外相のアレは想定外だったハズです。
 それでも岸田外相なら淡々と記者会見をこなすのではないかという、ロシア側の思惑があったのではないのでしょうか。
 記者会見は会談ではありませんから、議論する場ではありません。
 また公式の場でもありまんから、仮に記者会見の場で議論したところで、「外相会談」とは呼べないシロモノです。
 だからあの場でムキになって反論しても、見ている人がスッキリするかどうかという実質論以外の部分では無意味とは言いませんが、しかし下手すれば外相会合で積み重ねたモノが無意味になるというリスクがある以上、そこで反論する利益は全くありません。
 その上で岸田外相のあの態度だったんですね。
 それは、ロシアとラブロフ外相にとって、計算外の行動だったのです。
 まさか“あの”岸田外相が、あそこまで露骨な態度を示したというのは、おそらく日本関係者だってビックリしたコトと思います。
 
 そしてそれを踏まえた上で、その後の日露首脳会談で、その結果があらわれます。
 外相会合も首脳会合も去年のお話なので記事が見つけられなかったのですが、たぶんこの首脳会談も覚えている人多いと思います。
 安倍総理がちょっと遅刻してしまって、小走りでプーチン大統領に駆け寄った、あの時の首脳会談です。
 この時の首脳会談は11月15日ですが、さきほどの外相会談は9月21日ですから、その間わずか2ヶ月弱という短期間の差というコトになります。
 
 さてここでは何が議論されたのでしょうか。
 もちろん領土問題と平和条約締結問題(これは戦争後の講和条約とか和平条約と言った方が分かりやすいですが)を議論していますし、そしてそれに対して後からプーチン大統領が異議を唱えたとかもありませんでした。
 もしそんなコトがあったら、安倍さんの小走りではなくそっちの方が大きく報道されいたでしょうしね。
 
 たった2ヶ月の間の会談のこの違いです。
 外相会談の時には「岸田外相ははしごを外された」と言っていた人もいましたが、そういう意味では果たしてはしごを外されたのは誰だったのでしょうか。
 もっと言えば、岸田外相のあの“メッセージ”があったからこそ、その先に繋がったとすら言えるかもしれません。
 もし言われるままに何も反応しなければ、ロシアはそれに味を占めて、国内を引き締める意味で同じ手を使ってきたかもしれませんし、下手をすれば日露首脳会談ではもっと厳しい態度が待っていたかもしれません。
 でも、少なくとも結果としては、日露首脳会談では領土問題も議論されたと、プーチン大統領も認める会談で終わったのです。
 
 これのよう「結果」を見れば、岸田外相は、会談と記者会見を壊さずかつロシアに強いメッセージを送ったと、そう見る方が適切ではないのでしょうか。
 少なくとも結果としてはそう出ているワケです。
 未だロシア関係の記事が出ると、岸田外相のこの時の態度を批判するような書き込みとかを見かけますが、これはあまりにもこれまでの経緯が無知な、不適切な政治と外交の見方をしている人だと言わざるを得ません。
 政治も外交も点で見て、その場その場だけで感情に振り回されて評価していては、結果的に国益を失わせるコトにしかなりません。
 広く長く、線で、面で見るべきなのです。