外交的弱点をさらけ出す愚

 今日はちょっと遅くなってしまいましたが、こちらのニュースです。
 

 「脅威論振りまくな」 中国から日本に4つの要求
 
 中国の王毅外相は、日中関係を改善するため、「中国脅威論や経済衰退論を振りまくな」などと会談で日本側に4つの要求をしました。
 王外相の要求の1つ目は、政治面について「歴史を真摯に直視し、反省する」ことなどです。2つ目は、日本人の中国観について「中国脅威論」や「中国経済衰退論」をまき散らすなとしています。3つ目は、経済について一方が一方を頼るといった古い考えを捨て、中国を平等に扱うよう求めています。4つ目は、国際問題について中国への対抗心を捨て、地域の平和に協力すべきだとしています。こうした要求の背景には、日中関係悪化の原因は中国側ではなく、あくまで日本側にあると強調する狙いがあるとみられます。

 
 GWに岸田外務大臣が中国を訪問した際のニュースですが、これに対してすぐにカッとなってしまう一部の人が「なぜ言われっぱなしなのか」みたいな批判をしているのをたまに見かけます。
 「中国に言われるだけでなぜ言い返さないのか」
 「土下座外交か」
 みたいな、そんな短絡的な批判です。
 
 なにが短絡的か。
 それはなにより、つい先日、同じようなお話が国会で話題になったばかりだという点をもっと振り返ってみて欲しいのです。
 TPPの黒塗り資料のお話です。
 
 民進党が「交渉のやり取りを記録した資料を出せ」と政府に迫ったので、政府が全てを黒塗りにした資料を出したという件ですが、しかしこんなのはそもそも当たり前なんですね。
 岸田外務大臣も国会で答弁していましたが、交渉の末に出た結果を明らかにして議論するっていうならそれは普通のコトで、むしろ今のTPPの議論でもそうなっているところですが、しかしその前段階の外交交渉のやり取りそのものは秘密にするのが外交上当然のコトとなります。
 それは信頼関係とか色々な要素があるワケですが、その中でも「自らの手の内を明かし、自国の弱点を明らかにしてしまうから」という理由も大きな理由として挙げられます。
 ちょっと考えれば分かるコトです。
 「××についてはそちらの考え方も分かるが、日本としては○○で勘弁してもらいたい」という交渉内容が明らかになれば、「つまり日本は××をこうすれば嫌がるんだな」と簡単に分かってしまうワケです。
 そして物事はもっと複雑です。
 TPPともなればとても広範囲な分野を細かいところまでギリギリの調整をしていたのですから、その交渉の内容を全て明らかにしてしまえば、それを分析されるだけで国益の多くを失ってしまうのです。
 
 そしてこれは日本側だけのお話ではありません。
 
 アメリカをはじめとするTPP交渉に参加した全ての国が、交渉内容の過程を白日の下に晒されてしまうと、同じように自らの弱点を晒してしまうコトになるのです。
 まさかアメリカだけが全く弱点のないアメリカの利益だけが追求できるのがTPPなんて思っている人はいないと思いますが、つまりもし日本が民進党の要求通りに交渉内容を公開してしまったら、それは日本だけが不利益を被るのではなく、TPP交渉に参加した全ての国の国益を失うコトになるのです。
 そうなければ、どうなるか。
 もちろん日本の信頼は地に落ちる上に、なによりこれで一番得をするのが、「TPP交渉に参加していない国である上に、国際法を無視するコトに抵抗の少ない国」こそがほくそ笑むコトになります。
 
 中国ですね。
 
 TPPの交渉を明らかにしろっていう主張は、つまりはそういうコトなのです。
 そして「外交交渉は明らかにしない」というのは、TPPだけに限ったお話ではありません。
 全ての外交交渉において、当然の措置です。
 
 ではこれを踏まえた上で、今回の記事について考えてみましょう。
 あら、中国さん、結果ではなく要求だけを自らの口で明らかにしてしまってますね。
 要求、つまり交渉の経過の中身なワケですが、つまりこれはどういうコトなのか、もう分かりますよね。
 中国は自分たちの弱点について、自らの口で説明してしまっているのです。
 
 「中国脅威論や経済衰退論を振りまくな」
 「歴史を真摯に直視し、反省する」
 「経済について一方が一方を頼るといった古い考えを捨て、中国を平等に扱え」
 「国際問題について中国への対抗心を捨て、地域の平和に協力すべき」
 
 つまり
 
 「中国脅威論を言われたり、経済衰退論を言われたら困る」
 「歴史認識問題をあまり大きく取り扱われると困る」
 「完全な資本主義自由主義経済を展開されると困る」
 「東アジアの海洋で対中国包囲網をされると困る」
 
 中国は自らの口でこう暴露してしまっているのです。
 これはおそらく、中国国内向けに「日本に対する強気な態度」を見せるためにこういうコトを言ったのでしょう。
 それはもしかしたら言論の自由のない中国国内に対してなら効果があるのかもしれませんが、しかし外交的には完全に失敗です。
 ここまで露骨に弱点を晒してどうするっていうんでしょうか。
 
 そして同時に考えてもらいたいです。
 「なぜ日本は言い返さないのか」
 この批判は2つの点で間違っています。
 
 1つはもう言うまでもありませんね。
 反論を公開すれば、日本の弱点を晒してしまう可能性があるからです。
 いちいち相手や、むしろ日本と中国を天秤に掛けようとしている国に対して、弱点になるような情報を与えてあげる必要など全くありません。
 日本は強国です。
 常に世界中からその一挙手一投足が注目されているのです。
 それを忘れてはなりません。
 
 そしてもう1つは、外相会談とは決してマスコミに公開されている冒頭の発言だけではないというコトです。
 こちらの記事によりますと、会談は実に「約3時間20分に及んだ」とのコトですから、当然のようにかなり突っ込んだ議論が行われたと見るべきでしょう。
 そうした時、「言われっぱなし」と捉えるのは、あまりにも短絡的過ぎると言うしかありません。
 中国という文字を見るだけで頭に血が上る人たちは、中国の、中国国内向けの拙いパフォーマンスなんかにまんまと乗せられてどうするのでしょうか。
 この辺よくよく考えてもらいたいです。
 
 ニュースの字面だけ見て脊髄反射するのは、政治を見る行為とは言えません。
 ぜひ広い視野で政治を見てもらいたいです。
 短絡的な批判は、むしろ日本の国益を失わせ、それをたくらむ国へのアシストにすらなっている可能性があるのですから。