マスコミの「街の声」は廃止しろ

2015年7月14日

 これって相当悪質だと思うんですよ。
 
 
 
 明らかに同じ女性が、別の案件でテレビの複数のインタビューに答えています。
 いわゆる「では街の声を聞いてみましょう」なんて言いながら事前に録画した映像を流す手法ですが、もしやこんな「仕込み」をしていたのでは、そもそもの「街の声」とは一切かけ離れた行為にしかなりませんよね。
 しかし、この画像だけでは、たまたま傍聴マニアだった可能性も捨てきれないでしょう。
 では次の画像をご覧下さい。
 
 
 
 この画像の不自然なところは、そのしゃべっている内容ではなく、3つの画像はそれぞれ別のテレビ局の映像であるという点です。
 左上のロゴを見れば一目瞭然ですね。
 つまり別の番組の「街の声」、街頭で歩いている人に声をかけてランダムに選んでインタビューをするっていう形式のコーナーであるにも関わらず、なぜか複数のテレビ局で同じ人を選んでしまっているのです。
 例えば別のテレビ局であるにも関わらず、3社同じところ同じ場所に集合し、一斉に同じ人を捕まえてインタビューをしたと言うのでしょうか。
 確かにそれならこの不思議画像の説明は付きますが、しかしそれは果たして「街の声」なのでしょうか?
 もしこの人が、この問題について特に高い見識を持っている「有識者」であれば、複数のマスコミが同時にインタビューをするっていうのも不自然ではないでしょう。
 しかしこの画像は明らかに違いますよね。
 一番下の画像など「大田区民は」とキャプションまで付いているワケで、一般人であるコトが明示されています。
 よってこの「仕込み」は何を意味するのかと言えば、「自分たちに都合のいい主張する人を狙ってインタビューした」というコトを意味しているワケです。
 
 ここで、2つのパターンが予想されます。
 ひとつは、はじめから「人を仕込んでいる」という可能性。
 この人はお金か何かでテレビ局に雇われた人であって、経費削減か何かの理由で複数のテレビ局がひとりだけを雇ったのではないかと思われます。
 人を雇えば「自分たちに都合の良い主張」を簡単に流せますし、最近はインタビューもそう簡単に一般人は受けませんから、声をかける時間を省くコトもできるワケです。
 最初から仕込む気マンマンな時点で悪質ですよね。
 
 もうひとつは、各社インタビューをしたはいいけど「都合の良い主張をする人」が他に見つからず、結果的にこの人に集中せざるを得なかった、という可能性です。
 こっちの場合も悪質です。
 結局マスコミは結果ありきでインタビューを行っているとしか言いようがないからです。
 つまりインタビューというのは形式だけで、はじめから「自分たちの主張」をテレビで流すコトを決めてからインタビューを撮りに出ているんですね。
 
 どちらにしても、こんなモノのどこが「街の声」なのでしょうか。
 
 こういうコトをするんであれば、最初から社のアナウンサーに堂々と言わせればいいんですよ。
 もちろんそれは放送法違反ですから出来ないワケですが、しかし出来ないからと「一般人ぶった仕込み人」に言わせるっていうのは、さらに悪質なのではないのでしょうか。
 特に「街の声」とは、「普通の人の中にもこういう風に考えている人がいる」というコトを視聴者に植え付け、有識者などの特別な人ではなく一般人でもこう考えるのが普通なんだと無意識に同調圧力をかける効果があるワケですから、より悪質なワケです。
 社のアナウンサーが言うならそれはその社の考え方なのねで終わりますが、「街の声」という形とで画面に映し出されるのであれば、名もなき多くの人の意見であると思ってしまいがちになってしまいますからね。
 それをマスコミは巧妙に利用しているワケです。
 
 
 
 この画像はその最たる例ですよね。
 下の画像の肩書きを見れば、「この人は特定の考え方を推進するための“特殊な人”」だという印象を受けますが、上の画像のようにただ単に「デモ参加者」なんて言えば、それは「名もなき多くの人の意見」だという印象を受けてしまいます。
 特に最近のデモへの報道はこんな感じですよね。
 

 摩訶不思議な官邸前抗議集会と実態を報じないNHK
 
 永田町に静けさが戻ってきた。通常国会が6月22日に閉会した後も、首相官邸前は気ぜわしかった。ピークは7月1日。憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定が行われたその日、官邸前は閣議決定に抗議する集会の参加者であふれた。
 
 (中略)
 
 抗議集会の参加者の間には多くの「のぼり」がはためいていた。現場でみればすぐに分かることだ。「○△教組」「○×労連」など、特定の野党と関係が深い団体のものがほとんどだった。最も目をひいたのは、警察庁が極左暴力集団と認定している団体の真っ赤な旗だった。
 だが、こうした映像はNHKでは映されない。集会には共産党や社民党の国会議員も参加し、マイクを握って安倍政権批判を展開し、参加者が同調していた。これも映らない。だから、「ごく普通の善良な一般市民が、暴走する安倍政権への抗議に集まった」との印象を受けた人もいるだろう。
 参加者の言葉遣いは総じて聞くに堪えないほど品がなかった。否が応でも耳に入ってきてしまう訴えを聞いているだけで不快な気分だった。一国の首相を「安倍!!」と呼び捨てにし、「ファシスト」呼ばわりする。「安倍は人殺しだ!!」というのもあった。文字にするのもはばかれる罵詈雑言もあった。こんな過激な集会には、子供の姿もあった。

 
 事実を隠してマスコミの都合のいい部分だけを伝える。
 これは「印象操作」であり、「世論誘導」であり、「煽動」そのものなのではないのでしょうか。
 少なくともジャーナリズムを標榜する媒体がやっていい行為ではありません。
 
 今回の画像、ネットから色々と出てきたモノなのですが、最後にちょっと面白いモノがありましたので紹介しておきます。
 面白いと言っても悪質なんですけどね。
 
 
 
 上の画像の一般人かのように出ている人、下の画像では岸田外務大臣にマイクを向けているところから、テレビ局の政治部の記者であるコトが分かります。
 さらに背景から総理官邸の中でのやりとりのようですから、これは正式な記者でなければここには入れないハズです。
 ですからガチガチのテレビ局の社員以外に考えられませんね。
 これってつまり、日常的に「仕込み」をしている証拠なのではないのでしょうか。
 
 「街の声」は廃止すべきです。
 最低でも「これは個人の感想です」というCMに入れられているようなキャプションを大きくいれるべきでしょう。
 そもそもそれが本当に「街の声」だとしても、それだけを公共の電波で大きく取り上げる正当性はないハズです。
 前にも言いましたように、どんなコトをしたとしても全ての国民はひとりひとり平等なのですからね。
 それなのにマスコミがその人だけの意見に肩入れするっていうのであれば、マスコミの不偏不党性は崩れ去っているとしか言いようがありません。
 いまのマスコミは煽動機関と言われても仕方ないでしょう。