選挙がムダとはなんと贅沢な

 解散前は散々自民党を叩いていたワケじゃないですか。
 政治資金とかうちわとかSMとかですね。
 SMってなんのコトなのか十四歳のやえにはよくわからないワケですが、しかしだったらその直後にせっかく衆議院が解散となって総選挙が行われるのですから、それで国民の意思を示せばいいじゃないですか。
 そういうのがダメっていうならダメと、ハッキリと示せばいいのです。
 簡単なコトじゃないですか。
 
 それなのになんですか。
 解散の大義がない?
 なんとまぁ贅沢なコトを言うんですね。
 選挙ほど国民の意識が明確に、そして直接的に政治に反映されるイベントもないというのに、それを行うコト自体に異議を唱えるなんて、日本は本当に平和で豊かな国なんですねと改めて気付かされると共に、ちょっと平和ボケすぎるんじゃないですかと心配になってしまいます。
 
 まぁマスコミのミスリードなんでしょうけどね。
 だから結局、マスコミは「直接的に明確に誰も否定できない国民の意思」を示されるのがイヤなんでしょう。
 なぜなら、「自分たちが世論だ」と言えなくなるからです。
 マスコミは、世論を代弁しているというお題目を唱えながら自分たちの都合のいい主張を振りかざしているのであって、しかし選挙はそれよりも「民意」としては高次にありますから、マスコミにとっては選挙をされると困るワケです。
 特に最近はもはやマスコミの世論煽動で選挙が左右されにくくなってきた、それこそ民主党政権で国民中が懲りているので、簡単には騙されなくなりましたから、それだけにマスコミは焦っているのでしょう。
 常に自分たちだけが正義ぶりたいマスコミは、しかし自分たちよりも正義の存在である「選挙の結果」に対しては、そんな「大義がない」なんて言葉でごまかそうとしているだけなのです。
 
 果たして大義がないのは誰なんでしょうか。
 そこのところをシッカリと今回の選挙によって国民が示す必要があるのかもしれません。